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第1話「チベットから来た男」

大地が帽子を投げ捨てた。そしてその像がぼやけて別の姿とダブって見える。やがてその像の輪郭がはっきりとしたき大地はもはや別の姿となっていた。そう、陸上では最大と言われる哺乳類、その巨大な体躯から繰り出される攻撃は全てを圧倒するだろう。象の始祖たる上級アンデッド、エレファンとは長い柄の槌を取り出した。

「逃げるぞ剣崎・・・ここで戦っても勝ち目が無い」
ギャレンはブレイドだけに聞こえるように囁いた。確かに今ここで戦うのは愚考だろう。逃げの一手が必要なのはまさにこの時だ。ギャレンはエレファンとの強さを知っている。もちろんブレイドも。だが、
「ウェイ!」
ブレイドは走り出した。ギャレンの言葉が聞こえていなかったのか、それともここで逃げたくないという思いがあったのだろうか。それでもギャレンを驚かせるのには充分な行動でもあった。
「止せ剣崎!」
しかしブレイドは止まらず走りながら剣を構えた。エレファントもブレイドの剣に応じようと槌を斜めに構える。ブレイドが振り下ろしてきた剣をエレファントはその巨体から考えられないほど身軽にかわし槌と真上から振り下ろしてきた。ブレイドはその場からすぐに離れた。振り下ろされた槌が地面を粉々に砕いた。だが振り落とされた槌でエレファントはすぐさま次の行動に移っている。槌をゴルフのクラブのように振るいブレイドに不意打ちを与えた。かなり重量があるはずの得物をエレファントは自分の体の一部かのように軽々と使っていた。
「ぐぁっ」
重い一撃を加えられてブレイドは転がった。そしてブレイドの視界が暗くなった。見上げるとエレファントが槌を今まさに振り下ろしているところだった。
「ぐぅあああ!!」
「剣崎!!」
ギャレンが銃を抜いて走り出した。光弾を放ちながら牽制しつつブレイドからエレファントを引き離す。ラウズポイントがまだ残っていることを確認しつつギャレンはカードを一枚抜いた。
『ジェミニ』
ギャレンの姿が二つに分裂した。そして二人同時に引き金を引いた。
「そんな物など!!」
エレファントは一喝し光弾を避け、別の弾を手で弾いた。だがギャレンにとってはそれで充分な時間稼ぎだった。二人いたギャレンは二手に別れ一方はブレイドに、もう片方はエレファントに向かった。ギャレンはエレファントに光弾を放ちつつ距離保ちつつ、もう片方は、
「剣崎!大丈夫か?」
「うっ・・・」
呻くブレイドを抱き起こしたとき、ギャレンは絶句した。
「装甲が壊れてる・・・」
それは有り得ないことだった。ライダーシステムの対アンデッドの鎧は普段なら決して壊れることは無い。しかしブレイドのマスクは粉々に砕け剣崎の顔の一部が覗いていた。しかも血を流している。まずい、ギャレンはそう思った。一刻も早くここから逃げなければ二人ともやれてしまう。そして、
「所詮は幻影、時間稼ぎか」
エレファントは向かってきたギャレンを吹き飛ばした。その姿が薄れ、幻影のギャレンは消えてしまった。だがオリジナルのギャレンはカードを手にしていた。それが計算の内では最後になるはずだった。上手く逃げ切れることをギャレンは願った。
『バレット』
レリーフが銃に張り付く。そしてブレイドを肩に担いだギャレンはエレファントの足元めがけ強化された光弾を放った。以前伊坂にした時のように砂の煙幕を張り巡らせた。
「ちっ・・・」
エレファントは舌打ちをした。そしてその煙幕から抜け出ると二人の姿は消えていた。エレファントは苛立ち槌を振り下ろしてコンクリートを再び粉々に砕いた。


講習の後の帰り道、
「蜘蛛・・・王」
睦月が呟いた。しかしその声はどこか朧だった。脳裏にさっきの叫び声が響き、さらに新しい声も聞こえてくる。
(王を・・・王を倒せ。そうすればもっと強くなれる)
まるで何かにとりつかれたかのように、睦月はどこかふらふらと彷徨うのだった。


橘は何とか白井邸に剣崎を連れてきた。剣崎は道中遂に気絶してしまい結局橘が担いで来ることになってしまった。
「「剣崎君!?」」
栞と虎太郎の顔が真っ青になった。剣崎の頭からまだ血が流れている。すぐさま虎太郎が救急箱を持ってきて応急処置を始めた。
「何があったの?」
その間に栞が橘に聞いた。橘はソファーに崩れるように座った。さすがに大の男一人担いでくるのは辛かったようだ。
「新城、ウルフを封印した後、大地が来たんだ。逃げるよういったんだが剣崎が止まらなくて返り討ち。そして何とか逃げてきた」
「そんなに強いの?あの象のアンデッド」
「ああ。今までのどのアンデッドよりも力強い。俺たちの攻撃じゃ全く歯が立たなかった」
橘は悔しそうに言った。今までの闘いの中で大敗だといえるだろう。
「くっ・・」
「大丈夫剣崎君!?」
剣崎は虎太郎がまだ頭に包帯を巻いている最中に目を覚ました。ゆっくりと上体を起こして剣崎は言った。
「すいません、橘さん・・・」
「気にするな。だがもっと状況を把握しろ。あの時お前の体も限界だったはずだ」
「でも・・・あそこで逃げていればずっとあのアンデッドには勝てない。そう思ったんです」
剣崎はバックルを取り出してた。傷ついた鎧は今修復されている。それを見つめながら言った。
「力が欲しい・・・あいつに勝てるような力を・・・」
白井邸が静かになった。気まずくなって落ち着かない虎太郎は冷蔵庫に向かい牛乳を取り出した。

ピンポーン

呼び鈴が鳴った。来客だった。こんな場所に客は珍しい。あったとして遥香か天音だろうと栞は思っていた。だが栞がドアを開けたときその予想は脆くも崩れ落ちた。
「こんにちは」
どこか中国系の顔をした男だった。頭にスカーフを巻き、どこか民族的な服装。そして一番気になったのは右手に持たれた鳥篭。見るからに怪しかった。その男は栞に笑顔を向けてこう言った。
「君は・・・広瀬栞君だね?」
「あの・・・どちら様ですか?」
対する栞は声に驚きを含ませて返した。栞はこんな男見たことが無いと思った。何故見ず知らずの男に名前を知られているのか?思い当たる節が無い。
「どうしたんだい?」
今度は牛乳片手に虎太郎がやって来た。それを見て男は、
「その牛乳・・・君が白井虎太郎君か」
「え!?」
男は満足そうに二人を見た。
「そうか、ここだったか・・・」
対して二人は全く話についていけない。むしろ男が先に行き過ぎているような気がしないでもないが。
「失礼するよ」
あろうことに男は屋敷に入ってきた。戸惑う二人を尻目に男はずかずかとリビングに入っていく。そして栞と虎太郎の次に、今度は剣崎と橘が驚く番だった。
「おお!」
男は驚嘆の声を上げた。さらに言葉が続いた。
「君がブレイドの剣崎一真君か!そしてそちらはギャレンの橘朔也君だね?」
そして白井邸にいた四人が度肝を抜いた。ライダーであることまで知っているならますますこの男の素性が分からなくなる。
「いい加減にして!あなたは一体誰なんですか?」
栞は怒った。体中から何かが溢れ出ているような感じさえする。
(まずい・・・!!)
剣崎と虎太郎は頭の中でこのままだと男がどうなるか想像して止めに行くべきか悩んだ。想像したのは言うまでも無い、男が栞によってボコボコになる映像だ。
「すまない。紹介が遅れてしまった。何せ長旅でやっとたどり着いたから嬉しくて堪らなくてね」
男は意外にも礼儀正しく謝った。さすがの栞は面食らった。剣崎と虎太郎は内心安堵の息をついた。
「私の名前は嶋昇(のぼる)。烏丸所長の知り合いだ。そしてこの子はナチュラル」
鳥かごの中のカナリアが嶋の言葉に答えるように鳴いた。
「所長の?」
橘が聞いた。嶋は頷いた。
「烏丸所長とはチベットで知り合った」
そう言って嶋は一枚の写真を取り出して橘に渡した。橘は驚いて目を見張った。
「所長!」
それを聞いて栞たちもそれを見た。確かに嶋と烏丸が小屋の中で一緒に写っていた。
「信じてもらえたかな?私は君たちのサポートをするようにと頼まれてきた。しばらくの間ここに住まわせて貰う」
なんとも勝手に話を進められた気がして仕方がなかったが4人はどうすることもできなかった。
「それと烏丸から預かった言葉がある。『恐れること無かれ。怯むこと無かれ。絶望の中に必ず光がある』」
嶋は右手の人差し指を立てていった。その指には赤い糸で作られた指輪のようなものをつけている。そのその指輪には赤くて短い糸の束がついている。
「絶望の中の光・・・」
剣崎はそこの部分を繰り返していった。今が絶望とするなら必ず光明は見えてくるのだろうか・・・剣崎は考えたが答えは出なかった。
その時、橘の携帯がなった。携帯を見た後、橘はすぐに「出かけてくる」と言って屋敷を出た。その姿を嶋は鋭い目線で見ていた、誰にも気付かれずに。


橘はメールで書かれた公園に来ていた。
「何のようだ?」
ベンチには睦月がいた。だがその表情はどこか暗い。
「聞きましたよ。あの象のアンデッドに負けたそうですね・・・」
それを聞いて橘の顔が歪んだ。それを睦月が知っているのは明らかにおかしい。剣崎もサーチャーも持たせていないはずだ。
「お前がそのことを何故知っている?」
「聞こえたんですよ、声が。あなたと剣崎さんが負けたってね・・・」
橘の脳裏で様々な可能性が出てきた。誰から聞いた?どこで知った?疑問の種は尽きないが今言えることは睦月の様子はいつもとはすごくかけ離れていたことだった。
「お前おかしいぞ。まさかまた蜘蛛の意思に取り込まれようとしてるんじゃないか」
「違います!」
睦月は声を荒げた。
「俺は俺自身です。俺だって人類の平和を守るために戦いたい。例え身が滅びても・・・俺ならあのアンデッドを封印できる」
「落ち着け。今は対策を練るんだ。お前一人で敵う相手じゃない」
「じゃあどうしろって言うんですか?このまま逃げてるだけだったら勝てないですよ?」
橘を睨みつけながら睦月は挑戦的な声で言った。
「あなたがそう言っても俺は一人でやります・・・俺が最強のライダーだって証明してやる」
そう言って睦月は公園から出て行った。その表情はいつもの大人しそうな少年からかけ離れている暗い、そして邪悪にさえ見えた。
「待て!」
「止めておいた方がいい」
橘が後を追おうとした時後ろで声がした。
「嶋さん・・・」
振り返ると嶋がいた。この一連の会話を聞いていたのだろうか。
「カテゴリーA、蜘蛛の力は強い。あの子の心に相当強く巣を張っている。無理矢理引き離そうとしたらあの子の心まで壊れてしまう」
橘は顔に当たる風がどこか荒々しいように感じた。
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