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第2話「風」 

人間・・・それは相川始にとって不思議な生き物だった。互いが支えあい、社会の中で生きていく。一人一人では弱すぎる存在、だが笑い、泣き、共感し互いが心を通わせる。不可解だった。始は街中でカメラを携えながら歩いていた。そしてふとしたものをフィルムに納める。
「人間・・・」
この前の出来事で始の中にその疑問が往来していた。人間とは何か?そんな疑問を。
「楽しそうだな」
野太い声が聞こえてきた。始がカメラの覗き窓から目を離すと帽子を被った巨漢がいた。その巨漢、大地を見たとき始の中でスイッチが切り替わり冷たい視線を放つ。
「貴様・・・何のようだ」
「ブレイドとギャレンに逃げられてな。だらしない奴らだ・・・お前はそんなことしないよな?決着をつけよう」
大地は明らかに誘っていた。もちろん罠かもしれない、だが始はその土俵に上ることにした。
「いいだろう。俺は逃げない。だが・・・」
始は少し辺りを見回してから小声で言った。
「ここでは不味い。場所を変えるぞ」
それを聞いた大地は面白そうな顔をした。
「ふっ、アンデッドの癖に人間の心配をするのか・・・いいだろう」

「嶋さーん。俺と一緒に昼飯食べませんか?」
剣崎はお盆を持って外にいる嶋の所に向かった。お盆にのせていたのは今日の昼ご飯の素麺だった。だが嶋の所に行ったとき只ならぬ空気が辺りを満たしているのを感じた。嶋は天に仰ぐように両手を広げていた。そして風が吹いた。

「変身」
『チェンジ』
始は荷物を置いてすぐさま駆け出した。カリスはアローを召還した。エレファントも槌を取り出す。カリスは弓の弦を象った刃でエレファントに斬りかかったがエレファントは身軽に避けた。だがカリスはすぐさま身を翻して変則的な攻撃を打つ。刃を柄で受け止めたエレファントは頭上の段差に飛び乗った。ずしりとした重みで地面が揺れた。
「どうした?この程度か?今度はこっちから行かせてもらう!」
エレファントは飛び降りざまに槌を振り下ろした。

「あいつ・・・本当の力を出していない。相手の技量を測っているのか」
嶋は右手人差し指を立てて目を閉じて立っていた。風が吹いて束ねている糸が揺れる。
「とても慎重なアンデッド。相手の力を見極め、そしてここぞという時に全力を出す。それが奴の最大の武器・・・」
そして嶋は目を開け木陰においていた鳥かごに話しかけた。
「そうだろ?ナチュラル」
ナチュラルは正解だと言わんばかりに囀った。剣崎はお盆を持ちながらその様子をずっと見ていた。
「嶋さん・・あなた一体・・・」

「ちっ・・・」
カリスは次第に圧されていた。エレファントの攻撃をアローで防いだとき、
「ふん!!」
アローを力尽くで捻じ伏せられカリスは丸腰になってしまう。カリスは獣のごとく飛び掛ったがいとも容易く槌で迎撃されて転がった。
「これで終わりだ」
エレファントは止めを刺そうと槌をカリスめがけて振り下ろした。
(やられる・・・!!)
そう思ったとき、カリスの中でもう一つのスイッチ入りかけた。それは自分の中で決して押そうとしなかったスイッチだった。ハートを象ったバックルが緑色に輝く。それを見てエレファントは攻撃を止めた。
「そうか・・・」
エレファントの像が揺らいで人間体、大地に戻った。それは戦う意思がない証拠だった。
「貴様、なぜ止めた?戦え・・・!」
カリスはアローを拾い構えたが大地は一向に戦う意思を見せない。
「貴様、特殊なアンデッドだと思っていたが今気付いた・・・そうか、貴様が『奴』だったのか」
「そんなことはどうでもいい!俺と戦え」
「貴様が『奴』だと分かれば戦うのは最後だ。今はまだ時が満ちていない」
そう言って大地は背を向けた。
「待て・・・!くっ」
始は後を追おうとしたがさっきの傷が疼いた。壁にもたれかかると右腕から緑色の血が流れた。


「どうすればあの象のアンデッドに勝てるんです?」
素麺をすすって胃に流し込んでから剣崎は聞いた。嶋も素麺をめんつゆの入った器に浸けた。
「無いな。これと言って無い」
そうきっぱりと言って嶋は素麺をすすった。そして、
「風がそう言ってる」
そう付け加えた。剣崎は箸を動かすのを止めた。
「風?」
「そうだ。人の恨み、悲しみ、喜び、叫び・・・風は色々なものを運んでくる。君はあのアンデッドと戦うのを恐れてるんじゃないか?」
「恐れてなんか無い!そんな物があったらこんな仕事やってられません!」
剣崎は声を荒げて立ち上がった。素麺やめんつゆを入れた器がぐらぐらと揺れた。
「そうかな?風はそう言ってる」
風で剣崎の髪が揺れた。そして剣崎は座り再び素麺を食べ始めた。どうやら嶋の言葉は図星らしい。
「ライダーとして闘うことで大事なのは何だ?それは心だ。その持ち方で人は酷く弱く、時に想像以上の力を発揮できる」
嶋はお茶を一杯飲んでから言葉を続けた。
「君が闘う理由は何だ?仕事だからか?義務か?そんなんじゃ人は真に強くなれない。もっと別の理由があるはずだ」
剣崎はまたしても箸を止めて黙りこくった。嶋は最後の素麺を食べ切り立ち上がった。
「おいしかったよ。私は少し出かけてくる」
「どこ行くんですか?」
「ちょっと挨拶に行こうかと思ってね。ハートのライダー、相川始君に」
「じゃあ俺も一緒に行きましょうか?道も分からないだろうし」
「いや、私一人で行かせてくれ。それに風が教えてくれる」
そうして嶋は白井牧場の出口に向かって歩き出した。


大地は一人、ビルの屋上にいた。地面に大の字で寝そべり今までのことからとある可能性を考えていた。
「カリスが『奴』だとすればあいつと戦うのは最後・・・その前に三人のライダーを片付ける必要がある」
だがそれは大地にとって容易いことだろう。今までの戦闘で敵の戦力の底は大体見えている。三人を一蹴し、そして最後に奴を倒しこの闘いの勝利者となる。
「・・・完璧だ。全て見切った」
大地は自信を持って言った。そして立ち上がりその場を去るのだった。


「ただいま・・・」
ハカランダに始が帰ってきた。腕の傷はもう癒えている。中に入ると遥香と天音の楽しげな声が聞こえてきた。
「それ本当?チベット行ってみたいなあ」
そして天音は振り返って始に笑顔を向けた。
「おかえり、始さん。ねえこのおじさんすっごく面白いのよ。チベットの話なんて最っ高」
反対側の席に座っていた男は黄色いカナリアを入れた鳥かごを持っていた。どこか中国系な顔をしている。嶋だった。
「チベット?」
「君が相川始君か」
嶋は立ち上がって始に近寄った。そして手を差し出した。
「私の名前は嶋昇。よろしく」
始もゆっくりと手を差し出して握手した。
(・・・!)
始は顔に出さなかったが確かに感じ取った。何かの気配を。
「・・・」
嶋は後ろの二人に見えない位置で意味ありげな視線を始に送る。だが始は一切の戸惑いも出さずに、
「カメラ置いてきます」
下の部屋に行った。部屋に入り、始はさっきの男のことを考えた。
「なんだあの男・・・」
明らかな気配の放ち方。己の存在を知らせるような感じがした。
「恐らくあの男は・・・俺の同類」
そして始は上の階に上がった。だが嶋の姿はもう無い。
「あの嶋って人は?」
「もう帰っちゃった。また来てくれないかなあ」
それを聞いて始はハカランダを飛び出した。


白井邸では
「嶋さん、ハカランダに行ったのかい?」
虎太郎がそう聞いた。
「ああ、始に会いたいんだってさ」
そう言いながら剣崎は居間へと続くドアを開けた。その時、
「きゃーっ!!」
叫び声が聞こえてきた。珍しいことに栞の声だった。それを聞いた二人は栞の元に急いだ。
「どうしたんですか?」
「今、嶋さんの荷物移動させたら蜘蛛が・・・」
剣崎と虎太郎は栞の指差した方を見た。嶋の荷物から赤い蜘蛛が数匹出て動いていた。
「剣崎君これ・・・」
「ああ」
剣崎はこれと似たことがあったのを思い出していた。あの時は金色の蜘蛛だったか状況が酷く似ている。
「もしかしてあの男・・・」
剣崎は屋敷を飛び出してバイクのエンジンを入れた。そしてヘルメットを被り一気にアクセルを踏み走り出した。
「ちょっと待って!!」
虎太郎もマウンテンバイクに跨り必死にペダルを漕いで後を追った。

嶋はゆっくりと一本道を歩いていた。周囲には何も無い、あって草むらぐらいだろう。だがその静かな空間にバイクのエンジン音が聞こえてきた。嶋は振り返るとフルフェイスのヘルメットを被りバイクに跨った男がいた。
「貴様は誰だ?正体を表わせ」
ヘルメットを脱いだ始が言った。
「正体も何も・・・私はチベット帰りの男だ」
嶋はどこか面白そうな顔をしていた。だが冷徹な視線を放つ始の手にはカードが握られていた。そしてバックルが浮かび上がる。
「来ないならこっちから行くぞ。変身」
『チェンジ』
液体が取り囲み始はカリスへと姿を変える。だが嶋はまったく驚く素振りを見せない。カリスは嶋に飛び掛った。

剣崎が二人の戦っているのを目撃した。バイクを止めて嶋とカリスがいる草むらに入った。それを見ていると嶋はカリスの攻撃を全てかわしている。チベット帰りの男にそんなことができるのだろうか?だが嶋はそれを簡単にやっている。
「剣崎君。あれは?」
後ろから追いかけていた虎太郎が追いついた。そして息を切らして自転車から降りた。

「仕方ないな」
嶋はカリスの蹴りを後ろに3メートルほど跳躍してかわした。そんな動きやはり人間にはできない。カリスは駆け出し嶋の顔面を狙ったパンチを打つが嶋はそれを受け止めて弾いた。そして嶋の姿が変わる。
「だが私は戦う気は無い」
そう言った姿はもはや人間ではない、アンデッドだった。しかも蜘蛛、カテゴリーAとよく似ている。違うところと言えばそのアンデッドの腕には蜘蛛の足を模した武器をつけ、体が紫色を基調としていた。カリスはまっすぐと突っ込んだが蜘蛛のアンデッドは軽くいなす。避けられたカリスは地面を抉りながら急停止。そして今度は跳び上がった。
「はっ!」
その時蜘蛛のアンデッドは腕から糸を出した。空中で方向転換できないカリスはそれを受けるしかない。
「何!?」
糸が幾重にも巻き付いてカリスを墜落させる。それを見てアンデッドは嶋に姿を戻した。
「言ったはずだ。戦いたくはないと」
カリスに絡まっていた糸が急に解けた。カリスは立ち上がり変身を解除した。
「じゃあ何が目的だ?」
「そうだ、俺達も聞きたい」
その様子を見ていた剣崎と虎太郎もやって来た。
「あの写真・・・やっぱり偽者だったんだな。何が目的で俺達に近づいた!」
「あの写真は本物だ。それに私もこの戦いが終わればいいとおもってる」
嶋はまったく動ぜず言った。剣崎はバックルとカードを取り出した。
「嘘を言うな。お前を封印する!」
「しっ」
嶋は剣崎に左手を制すように向けた。風が吹いて嶋の右指の糸が揺れる。
「奴だ・・・かなり閾だってる。今回は全力ということか。これは痛い目に遭いそうだ・・・」
剣崎はカードをポケットにしまい今度は携帯を取り出してボタンを押した。相手先は白井邸なのは言うまでもない。
「・・あ、もしもし広瀬さん?サーチャーにアンデッドの反応ありませんでしたか?」
「たった今連絡しようとしたところよ。でもどうして分かったの?」
剣崎は驚きながら嶋を見つめた。そして場所を確認し、始と剣崎はそこへ向かおうとした。だが新しい声が遠くから聞こえてきた。
「始さーん」
天音が自転車に乗って始を探していた。
「ここは任せる」
そう剣崎に言って始は天音の元に急いだ。剣崎はバイクのエンジンをふかした。
「あんたとの話は後だ」
「でも剣崎君。やっぱり危険だよ。その象のアンデッドに勝算がないんだろ」
「たとえ勝ち目がなくても俺は行かなきゃならない」
剣崎がヘルメットを被って今まさに発進しようとしたとき、
「使命感か。くだらない」
嶋は吐き捨てるように言った。それが心に残ったが剣崎はバイザーを下げて行ってしまった。その場に取り残されたのは虎太郎と嶋だけだった。
「いいのか。君は追いかけなくて?」
嶋は虎太郎に聞いた。
「僕が行ってもどうすることも出来ないです。今までずっとそうでした。出来て家で待つことくらい」
「そうかな?君は君自身が思っていないところで彼を助けてるかもしれないよ」
嶋は面白そうな声で言った。どこか虎太郎を試しているようである。虎太郎はどこか照れくさかった。
「そう言って貰えると嬉しいですね。それとあの写真、本物でしょ?僕には分かりますよ」
「ほお・・・どうしてそう言えるのかな」
やはり嶋は楽しんでいるように見える。
「合成だったとしたら僕にはそれくらい簡単に見分けることができます。それに・・・」
「それに?」
「アンデッドの中にも人間臭い奴がいるって最近思いだしたんです」
それは以前、虎太郎が遭った一つの事件があったからだった。
「そうか・・・君もそう思うのか。烏丸もそうだった。君達みたいな人間と会うとアンデッドと人間が共に生きていけるかもしれないと思ってしまう・・・」
嬉しそうに嶋は言った。だが現実ではそれは不可能と言い切れるものだった。その事実を知っていても嶋は虎太郎の言うことに感銘を受けたのだ。そして嶋は剣崎の行った方向を見た。
「さて・・・ギャレンとレンゲルも動いているな。この子を頼んでもいいかな?」
虎太郎は鳥篭を預かった。風がさっきより強く吹いた。その一瞬、虎太郎は目をつむった。
「風が私を呼んでる。行かねば」
そう声がして虎太郎が目を開けると嶋の姿は消えてなくなっていた。
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