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第5話「危険な賭け」

出かける、と言った嶋は河原の道をゆっくりと歩いていた。橘と睦月が会ったあの河原だ。嶋が川の流れを眺めていると人影がやってきた。
「久しぶりだな・・・カテゴリーK」
睦月だった。その表情は途轍もなく暗い。対象的に嶋は落ち着いた様子で振り向いた。
「遂にその子の体まで乗っ取ったのか」
「そうだ。お前を封印するためにな」
だが声は睦月自身のものだった。恐らく睦月の心まで完全に乗っ取ったのだろう。
「その子の体はその子自身のものだ。お前は封印された大人しくレンゲルとして再生するんだ」
「ふん。馬鹿が!」
睦月、蜘蛛は吐き捨てるように言った。
「あれは俺がわざと封印されただけだ!俺にとってこっちの方が都合いいからな」
そう言ってベルトとカード取り出した。カードを入れてすぐさまバックルをスライドさせた。
「変身」
レンゲルは杖を展開し腰を落とした。
「仕方ないのか」
嶋の周りを風が吹いた。決意を含ませた声が、
「少々痛めつけないと駄目なようだ」
嶋の姿が一瞬にしてタランチュラに変貌した。


工場が密集した中、心の中でギャレンは悪態をついた。
(くそ!狙いが定まらない!)
いかにして戦うか、その組み立てが今回は難しい。ギャレンは壁に背を預けて思考していた。だがその時間も長くは続かなかった。すぐさま空中から何かがギャレンを襲ってきた。ギャレンは受身を取ってそれを回避する。襲ってきたそれは無数と壁に突き刺さっていた、羽だ。
「空中から狙い撃ちか・・・やり辛い」
空中から一つの影が降りてきた。その姿はまさに鳥人間と言えばしっくり来るだろう。鋭いくちばしに腕に生えた羽、キツツキのアンデッドペッカーが再び羽を放ってきた。ギャレンは銃をすぐさま抜き取り羽を打ち落とした。煙を上げる中落としきれなかった羽がまだ向かってくる。ギャレンの銃が普通の拳銃だとすれば敵は散弾銃だと言っても良い。
「ちっ!」
ギャレンは再び受身を取って回避した。武器という観点から言えばどちらも遠距離、だが手数の差、そして空を飛べるという点から言えばこちらに部が悪いのは言うまでも無い。そして回避行動を取ったギャレンの目の前に映ったのは突撃してくるペッカーだった。空中を滑空するように迫ってきたペッカーはギャレンを掴みそのスピードを殺さず壁に激突させた。衝撃で工場の壁が砕けて中に突っ込んでしまった。
「あぁ!!」
煙の中からギャレンが出てきた。どうにかして空中から引きずり降ろす必要がある。ギャレンは周囲の環境を確認した。敵が飛んでいるのはそう高くは無い、どこか高台か何か使えば組み付けるはずだ。そして工場が並んでいるだけあって配管やパイプがいたるところに並んでいる。これだ、ギャレンはそう確信した。そしてすぐさまカードを抜き取った。
『ファイア』
炎の力が銃に宿った。イメージは火の玉、ギャレンは引き金を引いた。火球が数発飛び出しパイプに直撃した。
ジュァ
そんな音がして水が一気に蒸発して水蒸気になった。それもかなり濃い煙幕となっている。その中にギャレンは飛び込み身を隠した。
「!!」
ペッカーは敵の姿を見失って焦った。羽を煙幕めがけて放ったが何も起こらない。そのとき、赤い姿がペッカーの視界に飛び込んできた。
「捕まえた!」
水蒸気が消えた場所のすぐ近くにH鋼の山があった。ここからギャレンは跳び上がり何とかペッカーに組み付くことが出来たのだ。そして片手の銃で片羽を打ち抜いた。ふらふらと飛ぶ力がどんどんと低下していく。そして地面に墜落した。ギャレンは転がりながら衝撃を殺してすぐに駆け出した。右拳を突き出しペッカーを吹き飛ばす。さらに距離が離れてから銃を抜き容赦なく追い討ちをかける。このまま勝負を着けようかとしたところで一枚の羽がギャレンの持っていた銃を弾いた。そしてペッカーから目を離した一瞬、その一瞬でペッカーはそこから消えてしまった。
「逃げたのか・・・だがあれではそう長くは飛べないはず」
ギャレンは銃を収めたが立て続けに通信が入ってきた。
『橘さん!大変なのよ。嶋さんが!!』
「何だ。何があったんだ?」
『嶋さんが戦ってるの!』
「何!?」
栞が場所を告げるのを聞きながらギャレンはバイクのエンジンを吹かした。

間一髪だった。ブレイドは心からそう思った。
「あ・・危なかった」
まさに紙一重、引き寄せられたブレイドはバッファローの角を掴み直撃を何とかして防いだ。だがあくまで直撃を防いだだけで何の解決にもならない。新たな衝撃が襲ってきた。ブレイドは今度は吹き飛ばされた。
「何なんだよ。これ・・・」
遠く距離を作ってバッファローを見つめた。だがブレイドは気付いた。今はさっきのような引き寄せられる力は無い。恐らく距離が離れると力が弱くなるのだろう。何かに似ている。
「同じようなのをどっかで・・・」
そしてブレイドは思いついた。あまりにも身近にあるではないか。
「そうか、磁力!」
見かけるのは冷蔵庫に紙を貼り付けたりする程度だが工業的にも使われている。時に離れたり、時に引きつける力。対象物に磁力を行使するのがバッファローの能力だった。
「となればこっから近づくのは駄目なのか・・・」
それならばと、ブレイドはカードを抜いた。
『サンダー』
イメージは飛ぶ斬撃。ブレイドの剣に雷が宿る。
「ウェイ!」
ブレイドは下から斬り上げた。そこから雷の斬撃が飛び出しバッファローに一直線に向かう。だがバッファローもそれを善しとするわけは無い。今度は周囲の機材を引き寄せ即席のバリケードを作ったのだ。
「まだだ!」
ブレイドは最後の刃を飛ばした。斬撃が重なりいっそう大きくなりバリケードを両断のもとにした。そして壁の後ろでバッファローのうめき声が聞こえてきた。しかしブレイドが駆け寄ったときにはその姿が消えていた。周囲を見渡してもその気配は無い。そして磁力のあの感覚も無い。
「しまった!逃げられた」

そのときブレイドの下に通信が来たのは言うまでも無いだろう。


タランチュラは糸を放射状に放った。だがその糸はレンゲルの杖に細切れにされてしまう。その次に襲ってきたのは一本の糸だった。その太い糸は杖に絡みつくや否やレンゲルの手から杖を離そうとする。いくらもがいても離れない。
「ちっ」
そして抗争の末レンゲルは杖を奪われた。杖は放物線を描いてタランチュラの後ろの地面に転がった。そして二人は同時に駆け出した。レンゲルは跳躍し足を突き出した。加速した勢いを殺さず相手に向かう、所謂跳び蹴りだ。タランチュラは爪で防いだがその衝撃ばかりは殺せなかった。
「ぐっ・・」
飛ばされ地面に倒れたタランチュラにレンゲルは追撃の手を加えようとする。だが横から衝撃が走った。その衝撃に体を飛ばされ地面に倒れてしまう。
「何!?」
よく見ればそれは自身の杖だった。タランチュラからまだ離れていなかった糸で杖はタランチュラを中心に円を描くようにしてレンゲルに向かったのだ。今度はタランチュラが追撃するところだったが横から到着したギャレンが割り込んだ。
「橘君!」
ギャレンはバイクをドリフトで止めるや銃を抜きレンゲルに向けた。そして引き金を引き光の弾丸はレンゲルの四肢を打ち抜きレンゲルは動かなくなった。
「睦月!」
ギャレンはバイクから降りてレンゲルに近寄った。ギャレンはバックルのレバーに手をかけて変身を解く。その橘の表情は完璧に怒っていた。
「頭を冷やしたか!?落ち着けと言ったはずだ!!」
そしてレンゲルに背を向けてタランチュラに向かおうとしたが、
「危ない橘君!」
それは油断としか言い様が無かった。レンゲルが動かないものだから橘は戦闘の意思がないと思い込んでしまった。だがそれは間違いだったと一瞬で悟った。
「!!」
レンゲルは橘の肩を掴み走った。その先は河原へと続く斜面だった。そして引きずられた橘はそこへ身を放り出された。
「うわぁ!!」
凄い勢いで橘は斜面を下っていく。そして木に頭をぶつけたとき、橘の意識がブラックアウトした。


次に橘が目を覚ましたとき、目の前には真っ白な天井があった。何と言う馬鹿な展開だ、橘は心の中で呟いた。病室で橘は頭に包帯を巻かれていた。
「橘さん!」
剣崎が橘の視界に飛び込んできた。橘は上体を起こそうとしたが目眩がして呻いた。
「っ・・・」
「ゆっくりしてください。ここは病院です」
「そんな事分かってる・・・俺は河原で気絶してたのか」
剣崎に助けられ壁にもたれるように橘は上体を起こした。周りを見ると剣崎、栞、虎太郎、嶋がいた。何故か虎太郎にいたってはりんごを剥いている。
「大変でしたよ。嶋さんから急に連絡来て橘さんが倒れた!って来たから。体はそれほど重態じゃないそうです。けど頭打ったるそうなので一応ここで三日ほど入院だそうです」
「そんなに待ってられるか・・・」
橘は立ち上がろうとしたが剣崎が止めた。
「もしかして睦月が・・・」
「違う・・・これは俺の不注意だ。それより嶋さん。何故睦月のところに行ったんですか?自分でも戦うのは分かっていたはずです」
椅子に座っていた嶋は済まなさそうに言った。
「もちろんそれは承知だった。だが蜘蛛を抑えなければあの子に光は来ない。私は無理にでも抑えようとしたが想像以上だった」
「そんな・・・じゃあどうすればいいんですか?」
「一つだけ方法がある」
嶋は窓に向かい外の景色の見ながら言った。
「私を封印するんだ」
その発言に場が騒然とした。
「封印されたとき、私と蜘蛛が彼の中で反発を起こし戦い始める。私が勝てば彼を救える」
「でも嶋さんが負けたら・・・」
「そのときは彼の心は闇に覆われてしまう・・・」
「駄目よ!そんなの危険すぎるわ」
「そうです。一か八かの賭けみたいな危ない橋を渡るなんて・・・」
虎太郎もりんごを剥くのを止めて言った。
「だがそれ以外に方法が無い・・・」
「大丈夫です。俺達が何とかして睦月を救います。あなたの力は借りません」
剣崎はそう言った。それを聞いた嶋は言葉を詰まらせた。
「行こう。虎太郎、広瀬さん」
「そうね。睦月君を探しましょう」
そう言って三人は部屋から出て行った。残されたのは嶋と橘、そして虎太郎が剥いたりんごだった。橘がそれを放っておくのも良くない気がしたのでりんごの皿に手を伸ばした。
「不思議な連中だな・・・」
嶋は呟いた。橘はりんごの一切れを飲み込んだ。
「皆あなたのことが好きなんです。あなたのことを信頼できる、だからあいつらはあそこまで真っ直ぐなんです。俺達全員、あなたのことを人として見ている」
それは睦月との会話で気付いたことだった。
「そうか・・・そんなことを言ってもらえるなんて嬉しいな・・・」
嶋はどこか照れくさそうだった。それから、少しだけ独り言だ、と断ってから嶋は話し出した。
「私が烏丸の下に向かったのは話しただろ。だが私にも不安があった。アンデッドでありながら人間に味方するという矛盾。その矛盾に私は酷く恐れていた。もし彼が私を信用できないと言って跳ね除けたらどうしようかと思った」
嶋はその日のことを思い返していた。どこか遠い目をしている。
「だが烏丸は私を信じてくれた。私達は共通の目的を持つ、その間に人間もアンデッドも関係ないと。彼は私に信じることを教えてくれたのかもしれないな」
嶋はふっと笑みを浮かべた。
「信頼し合える人はあまり居ないかもしれません。けどあいつにはいる・・・彼女の睦月に対する思いは本物だ・・」
橘は最後のりんごを食べた。その皿のりんごは見事に消えていた。
「彼女?」
「望美という女の子です。睦月のことを本当に心配している。おそらく今も・・・」
「彼の大切な存在か。その彼女に会ってみたいな。どこにいるか知ってるかい?」
橘は多少戸惑いながらも答えた。
「えぇ・・・高校生のはずです。おそらくここ近辺だと・・・」
「なら風を頼りに歩くのもいいな」
そう言って嶋は部屋の出口に向かった。そして別れ際に、
「無茶はするな。君は休んでなさい」
そう言って嶋はドアを閉めた。嶋が行ってから橘はポツリと呟いた。
「そんなわけにはいかないでしょう。俺もこれ以上誰かを失うのは見たく無い」
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