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第6話「足止め」

剣崎はバイクを屋敷の横に停めて屋敷の中に入った。その足取りはどこか重い。
「どうだった?」
虎太郎が出迎えたが剣崎は首を横に振った。答えはNOだ。
「そっちはどうだった?サーチャーに反応は?」
「駄目よ。全く反応なし」
三人はため息をついた。橘が負傷したのは丁度昼頃、そして今は夕方。とっくに日は傾いていた。その間ずっと剣崎はバイクで睦月を探し回り栞と虎太郎はサーチャーにレンゲルの反応が出ないか探していたのだ。嶋はまだ帰ってきていない。
「ったく・・・どこ行ったんだよ。睦月の奴」


嶋はハカランダへと来ていた。
「ここか・・・」
ちょっとだけ立ち止まって見ていると中から始が出てきた。驚いたそぶりは無い、まるで嶋の来訪を知っていたのかのようだった。
「何の用だ?」
始は冷たく言った。対して嶋は穏やかに返した。
「やっぱり気配に気付いてたか。けど今日は君に会いに来たわけじゃない」
「なら何が目的だ?」
「ここに来てるはずの子に会いたいんだ。通してくれ」
そう言って嶋は始の脇を通り過ぎた。始は何も言わずに嶋の後にドアを通った。
「いらっしゃいませ。あ、この前のチベットのおじさん!」
出迎えたのは天音だった。嶋はこんにちは、と言って辺りを見た。客はそこそこ、その中に一人の少女がいた。
(彼女か・・・)


夜になって最後の客がハカランダから出て行った。
「始さん。悪いけど外の看板ひっくり返してくれない?」
遥香に言われて始は外に出た。夏の蒸し暑い夜だった。始は看板をひっくり返して『CLOSED』が露になった。それだけの作業を終えて中に入ろうとしたとき足音が後ろから聞こえてきた。
「すいません。もう閉店で・・・」
そういいながら始は振り返ったがその足音の主を見たとき表情が一変した。その表情で暑い夜だったはずが一気に氷点下にさえなった気がする。
「今度はお前か・・・何のようだ、上條睦月」
冷徹な視線にビクともせず睦月は立っていた。その表情も冷めている気がする。
「あんたと少し話がしたい」
始は後ろの建物をチラッと見てから言った。
「いいだろう。だが少し場所を変えるぞ」

そうして二人は小さな公園に移動した。ここなら人気も少なく気にせず話せることが出来た。
「あんたは何者だ?」
そう切り出したのは睦月だった。
「あんたはアンデッドのはずだ。でも人間の臭いがする。あんたの本質はどっちだ?人間か?それともアンデッドか?」
「俺がアンデッドだとすれば上級アンデッドである可能性があるはずだ」
「嘘だ。いくら上級アンデッドでも人間の臭いは出せない。その本質がアンデッドだからだ」
それを聞いて電灯に照らされた始の表情が歪んだ。薄暗くて分からないもののどうやら笑っているらしい。
「人間、アンデッド・・・ふん、俺にとってはどうでもいい質問だ」
「どういうことだ?」
暗闇の中で始の顔がますます歪む。それが無性に不気味に思えた。
「俺は人間でもアンデッドでもない・・・その両方とも言っていい。蜘蛛に飲み込まれてるお前の存在だと言えばいい」
今度は睦月の顔が悩んでいるように歪んだ。
「お前は人間とアンデッドの狭間だとでも言うのか?」
「これ以上お前に言う価値は無い。俺の存在は俺にしか知ることが出来ない」
始が背を向けて帰ろうとしたとき後ろで睦月が、
「そうか・・・お前が『奴』だったのか。それなら全て納得できる・・・そうだ、お前は『奴』だ」
始はチラッと睦月を冷たい視線で見つめた。そして少しばかり殺気を込めて言った。
「決着ならいつでも受けてやる。俺はいつでも闘える」


白井邸は静まり返っていた。その屋敷の二階より上、屋根裏部屋で一人窓から見える景色を嶋が見ている。そこは普段剣崎が使っているのだが来客のとき、主に剣崎は居間で寝ていた。嶋の隣に鳥篭があった。もちろんナチュラルもいた。
(彼女の存在・・・それが彼を救う鍵となるのか)
ハカランダで嶋は望美と少しだけ話をすることが出来た。望美の方は最初かなり怪しんで話さなかったものの何とか話してくれた。
『睦月君のことをどう思う?』
『最近、睦月すごく変なんです。いつも優しそうな笑顔なのに会っても暗い表情で・・・。私それが凄く心配で・・・』

「どうしようかね・・・ナチュラル」
嶋は軽くため息をついた。ナチュラルはどうしたのか?、とでも言うように囀った。
「運命、そんなのがあるのかな・・・ってさ」
運命、人に定められたもの。確率論では言い表せない、人のその先を決める超自然的な『何か』。人がそれを変えることが出来ない物と決め付けたとき、運命と呼ばれた『何か』は人の前に立ちふさがる。
「人が決めし運命というものがあるならそれに抗うのもまた人・・・剣崎君たちのように」
彼らのことを嶋は思い出していた。彼らは必死に運命に逆らおうとする。たとえそれが自身の物ではなくても彼らは運命と闘っていた。
「私も自分の運命に抗わなければならないようだな・・・」

その朝嶋はゆっくりと階段を降りていた。ナチュラルに静かにするようにと人差し指を立てた。階段を降りて居間を覗くと剣崎がソファーで寝ていた。
「随分疲れているのだろう・・・もう少しだけ寝ていてくれ」
嶋が手をかざすと何処からともなく風が吹いた。とても小さな風で剣崎の髪が揺れたが目を覚まさなかった。嶋の能力は概ね『風』と言っても良かった。風に乗ったアンデッドの気配を読み取り、風に乗って移動する。今のは『癒し』の風を送ったのだろう。そして嶋は屋敷を出た。
「ありがとう・・・」


嶋が白井邸を出た頃、奇しくも橘も動き始めていた。ドアをノックする音が聞こえてきた。
「橘さん、具合はどうですか?」
看護婦は個室に入ったとき度肝を抜いた。患者が今にもここを出て行こうといているなら当然だ。だが橘は気にしない。それどころか
「橘さん。何やってるんですか!安静にしないと!!」
橘は既に着替え終え本気で出て行く気なのか荷物を担いだ。
「世話になった。俺は出る」
「いけません!ちゃんと安静にしないと体に負担が・・・」
看護婦は橘を力ずくで止めようとした。だが腕力で橘に敵うはずが無い。橘は組み付く看護婦の腕を振り解いた。
「すまないが時間が無いんだ」
橘は急ぐ足取りで個室を後にした。まだ万全の体調じゃないのは自分でも分かっている。だが橘は行かなければならない気がしていた。


嶋はナチュラルを連れてまたしてもハカランダへと来ていた。そして今度も始がいた。玄関で掃除をしている。始は顔を上げて嶋を睨んだ。
「またお前か。しつこい奴だ」
「しつこくてすまないが今度は君に用がある。場所を変えたいだろ?」

今度も昨晩睦月と話した公園だった。始はデジャヴの一種を見ているような気がした。
「面倒な奴らだ。お前は何の話がある」
「その話をするまえに君の正体を確かめておきたい・・・」
嶋はそこで一呼吸置いた。そして再び口を開いた。
「ジョーカー、違うか?」
始の眉が少しだけ動いた。まるでその名を嫌うかのように。
「俺をその名で呼ぶな」
始は冷たく返した。否定は無い、嶋の言った事は当たっている。
「やはりそうだったか・・・ジョーカーであり、カテゴリー2の力を使う君は徐々に人間へと同化し始めている。そしてこの世界に溶け込もうとしている。違うか?」
「馬鹿馬鹿しい。俺は人間に同化したりしない。俺の存在は俺が決める」
「そうかな?居るはずだ、君にも大切な人と呼べる存在が・・・あの二人の存在が」
始は目を見開いて嶋を見た。だが始は反論しなかった。
「君がどういういきさつであの家に居るのか聞くつもりは無い。ただ君があそこにいると言うのなら・・・この子を預かって欲しい」
嶋は鳥かごを始に差し出した。始は鳥かごをチラッと見て大した興味も無さそうにそっぽを向いた。
「それを俺に渡して何になる」
「君の存在がこの戦いの切り札だからだ。ジョーカーという存在だからじゃない。相川始という存在が、だ」

惜しくも嶋の思いが今の始に届くことは無かった。だがずっと先、始は気付くことになる。それは誰でもない、『彼』が教えたのかも知れない。『人を愛する』ということを。

始は鳥かごを受け取った。どうせ後で返せばいいと思っていた。
「朝から済まなかったな。私は行かなくてはならない」
「上條睦月に封印されに行くのか?無駄なことを・・・」
「確かに徒労に終わるかもしれない。けど私も運命に抗ってみたい。それと信じたいんだ・・・睦月君が運命に抗ってくれることを」
そう嶋が答えた時、一瞬風が吹いた。その一瞬の強風は嶋を別の場所に運んでいった。


橘が陸橋の中腹にいる睦月を見つけた。バイクを止めて睦月に呼びかける。
「睦月!」
睦月はゆっくりと振り向いた。
「何だ橘さんか。俺に何のようです?」
それを聞いて橘は癇に障ったがバイクから降りて睦月と対峙した。
「お前、まだ嶋さんを探しているんじゃないだろうな」
「当然ですよ。俺はあの王を封印する。そうすることで俺はもっと強くなれる」
嶋から聞いたとおり蜘蛛の意思は完全に睦月に干渉していた。それも本人の性格を変えるくらいに。
「そんなことはさせない。俺が止めてみせる」
橘はポケットからバックルを取り出そうとしたが担いでいた鞄からアラーム音がした。鞄から取り出したのは言うまでも無いアンデッドサーチャーだった。場所を確認するとかなり近い、というよりも目で確認したほうが早かった。高架下でペッカーが人を襲っていた。睦月は振り向いてそっちを見てから視線を戻す。
「取り逃がしたんですか。あいつの相手は任せます。俺は決着をつける・・・」
橘にすれ違う形で睦月は歩く。橘も睦月に背を向けて走り出した。そしてバックルにカードを差し込んでベルトが巻きつかれる。
「くそ!こんなときに!!」
そんな悪態をつきながら橋から飛び降りバックルに手をかける。
「変身!」
ギャレンは着地するや否やペッカーに向かって飛び蹴りを入れた。背後で目を白黒させている男を「逃げろ!」と一喝し銃を抜く、そして照準を合わせようとした、が。
(くそ・・・視界がぼやける)
ギャレンの視界が揺らいだ。システムに不備は無いただ橘の体調がまだ万全ではないのだ。ギャレンは引き金を引いたが弾丸はペッカーに命中することはない。ペッカーは反撃とばかりに羽を放った。散弾銃の弾のようにばら撒かれた羽は回避を許さない。数本避け切れなかった羽が足に刺さり苦悶の声を上げながらギャレンはペッカーに組み付いた。


ピンポーン

剣崎が暗い意識の中で聞いたのはこの音だった。起きなければという思いと逆にまだ寝たいという欲望が出てくる。扉が開く音がして自分のいる居間に入ってきた。剣崎は重い瞼を開けた。そこにいた男は何の表情も持たずに剣崎を見下ろしていた。
「は・・・始!?」
驚きのあまり剣崎はソファーから立ち上がろうとしてまたしても転がり落ちた。ガタンと大きな音をたてて。
「気楽な奴だな。蜘蛛はとっくに動き始めているというのに」
「何!?」
剣崎は時計を確かめた。時計の針はすでに10時を指している。いつもならもっと早く起きているはずだったが完全に寝坊した。
「何やってんだ。こんなときに!」
そう剣崎は自分に言ってパソコンを立ち上げた。その間に剣崎は始が鳥かごを持っているのに気が付いた。
「お前何でそれを持っているんだ?」
そのとき上から栞と虎太郎が降りてきた。二人もたった今起きたところなのか眠たそうだ。
「何よ。朝から騒々しい・・・なんであなたがいるの!?」
「相川始・・どうして・・・」
始の存在に気付いて二人も覚醒した。そのときパソコンからアラーム音がした。栞がサーチャーを確認してる間に始は剣崎に鳥篭を差し出した。
「あの男が俺によこした。俺には必要ないからお前達に返す」
「どういうことだよ。ナチュラルは嶋さんにとって大事な存在なのにお前に託すなんて・・・」
虎太郎はそう言った。そして栞が声を上げた。
「大変よ!橘さんが戦ってるわ」
ギャレンの位置とアンデッドの情報が現れる。剣崎はパソコンの横にあるマイクに言った。そこからライダーに通信を送ることが出来るのだ。
「橘さん。無茶しないで下さい。俺も行きます」
『そんなことより嶋さんを探せ!睦月は本当に嶋さんを封印する気だ!』
「分かりました。すぐに探し出します」
ナチュラルの入った鳥篭を虎太郎に渡して剣崎は屋敷を飛び出した。


白井牧場から出て剣崎はさらにスピードを上げる。そのとき、横から何かが飛び出した。その姿には見覚えがある、二本の角を持った雄牛だった。剣崎は急ブレーキをかけてドリフトしながらバッファローに距離をとりながら止まった。最悪のタイミングだった。思わず剣崎はこう口にする。
「くそ!こんなときに!!」
奇しくもそれは橘と同じ台詞だった。


「でも嶋さんはどこに行ったのかしら。朝からずっといないみたいだし」
「もしかして昨日言ってたように封印されに・・・」
「どうしてそこまでして・・・そこまでして駄目だったら・・・」
二人のやり取りを見ていた始がついに口を開いた。
「無駄だと思うか?」
思わず二人は振り返った。
「あの男も徒労だと分かっているだろう。だがあいつは自分の運命に最後まで抗おうとしている。その運命がどれだけ大きな存在であるのか知っていてもな・・・」
そう言って始は屋敷を後にした。
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