第1話「ベルトの消失」

お気に入りの場所になりつつある重機に座りながら剣崎一真は腕を伸ばした。春も終わりを迎えもう少しで夏という季節の到来を剣崎は体で感じ取った。そして腕を解き家、というより屋敷に目を向ける。あの家に転がり込んできてかれこれ二ヶ月くらいはたったかもしれない。

今は無き「BOARD 人類基盤史」。そして不死生命体、アンデッドを封印する『仮面ライダー』それが剣崎の職業を簡単に言い表せる言葉だった。今の時代そんなことを言っても只のゴシップや都市伝説として疑われるだけだろう。しかしここの家主、白井虎太郎はその存在を信じていた。剣崎を迎え入れさらにオペレーターの広瀬栞も加わり三人であの屋敷に住んでいた。今思えば不思議なもんだよなぁ・・・と心の中で剣崎は呟いた。
そのとき屋敷の窓が開いて虎太郎が顔を出して大声で叫んだ。
「剣崎君!ちょっと来て!」

戻ってきた剣崎は机の上に置かれていたものを見つけた。『仮面ライダー』に変身するためのバックル、そしてアンデッドが封印されたカード。それが今はギャレン、橘朔也のものとそしてもう一つ、伊坂が作った物が置かれている。
「じゃあ所長がこのベルトも作ったんですか?」
そして『所長』と呼ばれた男の前に座った。烏丸啓、かつてのBOARDの所長にしてライダーシステムの開発者だった。
「どうやら伊坂にマインドコントロールされていたらしい。我ながら情けない」
苦々しい顔で烏丸は言った。深緑のバックルを虎太郎は取り上げた。
「でもこれ使ったらライダーになれるんでしょ?すごいじゃないですか!橘さんの代わりになるし」
「代わりだなんて気安く言うなよ!」
虎太郎の言葉に剣崎は憤慨した。虎太郎はしゅんとした顔になった。
「ごめん」
「剣崎君、今は橘さんをそっとしておきましょ」
栞は優しく言った。そして虎太郎はバックルをしげしげと見つめながら言った。
「あの〜これって僕でも付けれるんですか?」
「お前なぁ・・・」
剣崎は怒りからもはや呆れへとシフトしていた。虎太郎はめげずに言った。
「だって僕だってやってみたいんだもん。変身!って」
そうしていつも剣崎が取るようなポーズをとってみせた。
「止めておいた方がいい。そのベルトには何か特別なものがある」
「特別なもの?」
「調べてみたがそのベルトにはギャレンやブレイドとは違った部分がある。伊坂のマインドコントロール以上に蜘蛛の邪悪な意思が関わっているに違いない」
「邪悪な意思か・・・」
カードを見つめる虎太郎の目はどこか焦点があってなかった。

その夜、誰にも気付かれないよう『そいつ』は足音を極力殺して動いていた。リビングのソファーで眠る剣崎には目もくれず階段をゆっくりと上がっていく。そして目指す場所は目前。『そいつ』はその扉を開けた。
「・・・・」
何も言わず気配も殺してゆっくりと中に入る。その部屋で烏丸が眠っている。探し物はすぐに見つけた。机の上に置かれている手の平大の大きさをした二つのバックル、そして二枚のカード。そのうちの一つを取り上げ『そいつ』は暗闇の中で口元を歪ませた。

剣崎は瞼の裏から感じる光で目を覚ました。うっすら目を開くとリビングの明かりが灯っている。
「剣崎、ベルトが無くなった!」
剣崎は寝ぼけ眼で声がするほうを向いた。烏丸が蒼白とした顔で見つめている。
「ベルトですか・・・ここですよぉ〜」
そして包まっていた毛布からごそごそと自分のバックルを取り出した。それを見た瞬間烏丸は呆れるような顔をして次に怒号した。
「違う!伊坂の作ったベルトだ!!」
「うぇ!?」
それを聞いた瞬間剣崎は一気に覚醒した。しかし立ち上がろうとした瞬間、
「うぉ・・ぎゃ!!」
眠っていた体はそう簡単に動いてくれず剣崎はソファーから転がり落ちた。烏丸は再び嘆くような目で剣崎を見た。そのときもう一人やって来た。
「どうしたんですかぁ・・・がたがた煩いんですけど・・」
栞が目をこすりながら入ってきた。
「ベルトが無いんだ」
「なんですって!?」
そして栞は辺りを見渡した。この場にあと一人足りないのに気付いたのだ。
「白井君がいない・・・あっ!!」
栞は真正面にある窓から見つけた。子供が被りそうな帽子をかぶりパジャマのままあるくその姿を。栞は窓に近寄った。その途中で転がっていた剣崎には何の注意も払わず。
「ぐぇ!?」

三人は家を出て虎太郎へと走り出した。その虎太郎は例のバックルとカードをまるで月に捧げるかのように掲げていた。
「虎太郎!!」
栞や烏丸より遥か先頭を走っていた剣崎の声にも一向に反応を示さない。それどころか虎太郎は急に立ち止まりバックルからトレイを引き出しカードを入れた。それを戻し腰に持っていこうとしたそのとき、
「目を覚ませ!」
その声と共に剣崎は虎太郎の手に握られていたバックルを叩き落とした。それと同時に目が虚ろだった虎太郎が正気を取り戻した。
「え・・剣崎君!?僕は・・??白井虎太郎」
意味の分からないことを言っているが無事だった。剣崎は安心し息を吐いた。しかし、
『オープンアップ』
無機質で低い声が足元から聞こえてきた。足元を見るとバックルが落ちたカバーがスライドしクラブのマークが露になっている。そこから夜でも目に付くような紫色のスクリーンが出現しゆっくりと二人に迫ってくる。
「虎太郎!」
剣崎は虎太郎を突き飛ばした。スクリーンの範囲から外れ虎太郎は芝に尻餅をついた。追いついた栞と烏丸も驚いて立ち止まった。
「剣崎君!」
剣崎は待ち構えるようにスクリーンに立ちはだかった。そしてそれが剣崎の体に触れたとき。
「う・・・うわぁぁぁ!!」
剣崎は苦しげな声を上げた。スクリーンが剣崎の体を通り抜けることは無かった。だが一瞬剣崎の体が姿を変えた。それは深緑にしてマスクにはクラブを示すような瞳があった。
「うわぁ!!」
そのとき剣崎は芝生に投げ出された。それと同時にスクリーンも消えていた。
「剣崎君!大丈夫?」
全員が駆け寄り剣崎は立ち上がった。そして烏丸はさっきまで剣崎が立っていた場所へ行き辺りを探した。
「ベルトが無い!探すんだ!」
その夜中、4人はベルトとカードを探したが不思議なことにそれらが見つかることは無かった。


次の日の朝、結局バックルとカードが見つからないままだった。今4人がいるのは空港のエントランスだった。
「本当に行っちゃうんですか・・・」
「せめて私達と行動を共に・・」
剣崎と栞の言葉に烏丸は首を横に振った。
「いや、私には調べたいことがある」
その話は空港に来る前に白井邸で聞いていた。『ボードストーン』何でも人類基盤史研究所が発足するきっかけとなった太古の遺物だそうだ。それが発見されたのは日本からはるか離れた中国奥地のチベットだった。
「私はそこでアンデッドやバトルファイトの真実をさらに深く検証しようと思う。何か成果があれば必ず連絡する」
そのときアナウンスでチベット行きの飛行機の乗員が始まった。
「気をつけてください」
「君たちも気をつけてくれ。あと橘にもよろしく言っておいてくれ」
そうして烏丸は行ってしまった。


そして橘はとあるカフェに来ていた。そこのテラスは燦燦と照る太陽の光が周囲の木々たちで程よく緩和されていた。橘はそこに一人腰を下ろし遥か遠い日のことを思い出していた。記憶という淡いフィルムの中で『彼女』は自分に笑顔を向けていた。

「卒業おめでと〜う!あ〜んど就職祝い!」
小夜子は橘に小さな箱を渡した。笑顔をほころばせながら橘もそれを受け取った。
「ありがとう、開けてもいいかな?」
小夜子も首肯して促した。包みを丁寧に広げその中にあったのは腕時計だった。
「つけてみてもいいかな?」
「もちろん。とても似合うと思うよ」
そんなごく普通の会話だった。それでも『彼女』の笑みははっきりと写っていた。

そしてまたある日には
「これ、この前の時計のお礼」
そう言って橘は小ぶりな箱を机に置いた。
「えぇ!?いいの?」
小夜子は最初面食らったようだがすぐに笑顔になった。
「開けていい?」
しかし橘は、
「今はあけないで欲しい。一つでも失くすと困るから・・・」
そっぽを向きながら言った。

そんな思いが詰まった場所であった。そして左腕には貰った腕時計がつけられている。橘はそれを見つめた。そのとき怒鳴り声が聞こえてきた。
「嘘よ!!」

そこにはテニスバックを肩に下げボールの入った籠を持つ少女とそれを追いかける少年がいた。
「待ってよ・・・」
少年が弱弱しく言いながら彼女に近づいていく。橘が少しばかりその様子を見ていた。そして見詰め合ったかと思えば彼女の拳が彼の顔面を直撃した。見てる側からも分かる、すごく痛そうなパンチだった。うめきながら彼が彼女に近寄りその拍子で籠からボールが転がってきた。そのうち数個、カフェテラスの中に入った。彼女は橘の方に来て、
「あの・・・そこにあるボール取ってくれませんか?」
と尋ねてきた。
「あぁ」
と快く引き受けボールを渡した。彼女も礼儀良く、
「ありがとうございます」
と言った。そして振り返って、
「睦月!」
彼の名前なのだろうか、彼女が叫んだ。その『睦月』と呼ばれた彼は茂みから顔を出した。そしてかばんにこっそりと何か入れた。普通の人ならさほど気にしなかったが橘は見逃さなかった。しかもさっき入れた物はどこか見覚えのある形をしていた。
「君、何か入れなかった?」
「いえ、何も」
淡々と少年は言った。そしてその目はどこか視点があっていなかった。
「俺帰るわ・・・」
そうして少年は行ってしまった。
「睦月・・・」
少女は心配そうな声で呟いた。