第4話「暗闇を見つめる者」

「ここのオムライスおいしいな・・・」
「でしょ?僕のお勧めなんですよ」
剣崎と少年はとある店に訪れていた。助けてもらったお礼をしたいと少年が言ったので剣崎はそれに乗ることにした。
「このデミグラスが・・・」
剣崎はオムライスをほお張っていく。虎太郎の作るご飯も中々のものだがたまにの外食も悪くないものだった。
「・・・で何かあったんですか?探し物でもあるんですか?」
睦月が切り出した。剣崎はスプーンを動かすのを止めて言った。
「そうなんだ。今睦月って奴を探してる。心当たりないかな?」
「睦月・・・知らないですねえ・・・」
睦月・・・まさに少年のことだったのだが剣崎が一向に気付くわけも無い。睦月はさらに情報を聞き出そうとした。
「それでその睦月って子、何かしたんですか?」
「そこから先は仕事だからちょっとな・・・」
「あとでアイス奢りますよ。あそこの抹茶がもうおいしくて・・・」
「それでさ・・・」
剣崎はあっさりと話しはじめた。それはもう憤りを通り越して呆れてしまうくらい。
「その睦月って奴がライダーのベルトを持ってるかもしれないんだ。それをどうしても取り返したくてさ」
「仮面ライダーですか・・・俺もなってみたいなぁ」
それを聞いて剣崎は軽くむせた。水を一杯飲んで息を整える。
「馬鹿!あまりいい仕事じゃないんだぞ!給料は安いし24時間休みなしだからな」
「それでも・・・ライダーになれれば変わるかもしれない。悪い夢を見なくて済むかもしれない・・・」
「え・・・」
それ以上のことを剣崎は聞くことができなかった。


橘はメールに書かれていた場所に来ていた。そこは人気の少ない都会から少し入り込んだ静かな路地だった。そこに来たが橘自身半信半疑であった。
「ここだと思うんだが・・・」
そのとき背後でその静けさを破るようにバイクのエンジン音が聞こえた。橘はすぐに振り返った。そして、男の名を呼んだ。
「桐生さん・・・!?」
それはどこにでもいる男のように見えた。この暑い時期に白い長袖のジャケットを羽織り顎には乱暴に生えた髭、そして右手につけられた黒いグローブ。しかしそれだけではなかった。同じ『世界』にいた者ならわかるだろう。男にはどうしても拭いきれない『闇』があったのだ。橘もそれを感じ取ることは出来た。それは以前桐生には無かったものだった。
「橘・・・久しぶりだな」
桐生はかつての『後輩』の名を口にした。

白井邸では栞と虎太郎が取り残されていた。基本的に二人の仕事は剣崎たちのバックアップだ。だから二人になる時はよくあった。しかしそんな状況なのにま全くときめかないのはなぜだろう・・・虎太郎は牛乳片手に思索しようとした、が
「白井君なにか変なこと考えてない?」
栞は目ざとく気付いた。女の勘は鋭いと昔から言う。まさにそのとおりの結果だった。
「いや、別に何も」
虎太郎は平静さを装いつつ答えた。そしてその思索を止め別のことが思い浮かんだ。
「ねぇ広瀬さん?」
「何よ?」
「橘さんがさっき言ってた『きりゅうさん』って誰なの?まさか薬品の希硫酸な分けないよね?」
「そんなわけないじゃない」
栞は肩を竦めた。この状況でなぜ希硫酸で驚かなければならないのか・・・
「桐生さん・・・桐生豪はかつてBOARDの一員だったの」
それを聞いて虎太郎はどことなく興味が惹かれた。
「へぇ、じゃあその桐生さんもライダーになってたりしたの?」
「ええ」
驚いたことに栞は否定しなかった。ライダーになれる人間は少ない。カテゴリーAの力を使役するには潜在的な要素がどうしても必要だったからだ。それ故、虎太郎や栞はライダーになることはできない。剣崎や橘が『特別』なのだ。
「桐生さんはライダーシステム一号、ギャレンのかつての適合者『だった』人よ」
「え!?じゃあその桐生さんって人は・・・」
「橘さんの先輩にあたる人よ」


橘はすぐに用件を切り出すことにした。
「桐生さん俺をここに呼び出した理由は?」
「待て。お前をここに呼び出したのは事のついでだ」
「ついで?」
そのとき桐生のバイクから無線のあの独特の音声が聞こえてきた。
「全車両に告ぐ。犯人は人質を盾に逃亡中。場所は・・・」
それは警察の無線だった。
「無線傍受・・・??」
そしてその無線が告げた場所はまさにここ周辺だったのだ。桐生はそれを聞いたときバイクのエンジンを吹かした。
「ついてこい」
橘は桐生の後を追うべく走り出した。

橘が追いついたとき桐生はすでにバイクから降りていた。そのとき一人の男が路地に躍り出たのだ。片手にナイフ、そして脇には一人の少女を連れあたりを見回しながら警戒していた。さっきの無線の犯人、そう橘は悟った。しかし犯人がどんな行動に出るか分からない。助けようとしてもそれが出来ない無いのはそのせいだった。だが、
「桐生さん!?」
桐生は歩き出した。犯人もそれに気付いてナイフを桐生に向ける。
「なんだお前は!来るな!!」
しかし桐生は歩みを止めない。あと2メートルくらいだろうか。
「来るな!!」
橘も薄々と気付いていた。そう、あの犯人には殺気があまりにも無かったのだ。もし本当の殺意と呼べるものがあれば桐生があそこまで近づいてきた時点で少女を殺していただろう。それでも『普通』の人ならそう易々と近づけないだろう。まるで人の殺意を隅々まで読み取っているような行動だった。もはや桐生はナイフの射程圏内に入っていた。
「うわあ!!!」
ついに男はナイフを振り上げた。逆手に構え近寄る桐生の頭へとまっすぐに振り落とされる。しかし桐生は右手を上げるだけだった。ナイフが腕に突き刺されば只ではすまない。しかし、

ガキン!

金属と金属とがぶつかりあうような鈍い音が響いた。ナイフは弾かれ腕はジャケットに穴を開けただけで無傷だった。その状況でも橘は驚かない。その腕の事情を彼は知っているからだ。桐生は怯む犯人からナイフをもぎ取り投げ捨てた。そして左拳で男の顔面を殴りつける。
「逃げろ」
自由になった少女に淡々と声をかけた。言われるまでもなく少女はその場から駆け足で消えていった。桐生は右手にはめられたグローブをとりその手が露になる。その手はもはや人間の手ではない、どこまでも精巧に作られた機械の義手だった。その手がモータ音を奏で犯人の首を鷲づかみにする。男は完璧に怯えきっていた。
「た・・・助けてくれ!」
「お前に・・・生きている資格は無い!!」
ジジ・・バチッ!

その言葉と突如電流が機械から放たれた。それが男の体中をいきわたり一瞬にして心停止へと追い込む。放された男はその場に崩れ落ちた。


「先代のギャレン・・・」
虎太郎は驚きながら言った。確かにギャレンはかつて橘以外の人間がライダーだったと聞かされている。それでも疑問は止まない。
「でも待って。じゃあ何でその桐生さんがそのままギャレンを続けなかったのさ!?」
「それは・・・」
栞はそのことを言うことを少しだけ躊躇った。そしてこう言った。
「前に言ったわよね?『かつての適合者は怪我で負傷した』って。その怪我が致命的だったの。今の桐生さんの右腕は全てBOARDが作った義手よ」
「え・・・そんな・・!」
どんな事故があってそのような事態に陥るのだろうか・・・

その話を栞が直接見たわけではないがこう聞いていた。
それはギャレンが開発された時にまで遡る・・・。その当時のギャレンはまだまだ試作段階だった。実戦で充分対応できるかどうかわからない。そんな中桐生がカテゴリーAの適合者に選ばれた。桐生はそれを快く引き受けたという。
「それで俺の正義が証明されるなら」
と桐生は言ったそうだ。事実システム事態は不備もなく起動。想定していた機能を桐生は充分に発揮していた。もともと幾つかの武道に精通していたのも選ばれた理由だったのだろう。そしてついに来た実戦。敵はカテゴリー6のアンデッドだった。カテゴリー6のアンデッドは自然の『エレメント』を使うと言う。そのアンデッドも例外なく火のエレメントを使役していた。データ上では互角、いやそれ以上が期待できるとされていた。
「もしかしたらその考えが間違ってたのかもしれないわね・・・」
栞は呟いた。
そう。確かに間違っていた。アンデッドの攻撃に対しギャレンの装甲の防御力が劣っていたのだ。その結果、封印の代償に右腕を燃やし尽くされてしまった。他の人ならそれ以上、いや死に追いやられていたかもしれない。そして桐生はBOARDで作られた義手をつけ、そのままギャレンのバックルを返上し桐生はBOARDを去った。その戦闘で得られたデータを参考にギャレンを改良。そして二人目、桐生の後輩にあたる橘がギャレンに選ばれ現在にいたる。

その後桐生の消息を知るものはいなくなった。


橘と別れた後、桐生はふと少年の姿が目に入った。
「やべ・・・望美にまた怒られる・・・」
少年の声が聞こえてきた。その姿が街の雑踏にまぎれるまで桐生は見ていた。
(あの小僧・・・)
ほんの少し引っかかるところがあった。あの少年にはどこか自分と同じ臭いがする。人間同じ『臭い』を持つものには敏感だ。自分と同じように『闇』を知っている人間。だがそれも違う、少年そのものと更に何かが付加されているようだったのだ。それ以上の思考を止めて桐生は再びバイクを走らせた。

その少年もまた『仮面ライダー』であると知らずに