第5話「暗闇を手にするもの」

家に帰る道中、橘の心は複雑だった。


・・・・・
桐生と橘はあの路地から移動しとある波止場に来ていた。
「桐生さん・・・」
今まで無言を突き通していた橘が重い口を開いた。
「なぜあんなことを・・・」
「何故?あんな連中生きているほうがおかしいんだ。それなら俺が罰する。それだけだ」
桐生は事も無げに言った。橘はそんなことを平気で言う桐生が信じられなかった。
「違う!あなたは間違ってる・・・!こんなのあなたの言っていた正義とは違う」
「黙れ!!」
しかしその言葉を桐生は声を荒げて切り捨てる。
「これが俺の正義だ!ギャレンの資格を失った俺にとってこれが絶対だ!烏丸所長から話は聞いた。橘、貴様ギャレンを捨てたらしいな」
橘は何も言い返せなかった。
「所長からお前を助けるよう言われたが俺はそんな気は毛頭ない!」
桐生はそう言ってバイクに乗った。そして最後にこう吐き捨て行ってしまった。
「自分の正義を見失った奴に今を戦う資格などない!!」
・・・・・

「正義か・・・」
橘は呟いた。そういえば昔、同じ事を言われた気がする。橘、いや一般人からしてみれば桐生の言う「正義」とは本来のものとは大きく歪められているだろう。しかし桐生は自分の道を決して曲げない、それが後輩である橘が持っていなかったものだった。まさに桐生にとって『正義』とは『信念』と言っても過言ではなかった。それが橘には決定的に欠落していたのは言うまでもない、自分自身がよく知っている。
「・・・」
橘はふと我に返って空を見上げた。気がついたらすっかり暗くなっている。そしてその夜空にはその存在を知らせるように満月が一つだけ輝いていた。


次の日、上城睦月は絶好調だった。一年でもそう無い、まさに吉日ともいえよう。
今日は睦月の所属するバスケ部の試合だった。後半から途中出場、そして睦月は誰もが予想していなかった行動を起こすことになる。
「睦月!」
選手の一人が睦月にパスを回す。それを受け取った睦月はドリブルしながら走り出す。その前面に相手プレイヤーが立ちはだかる、その数2。いつもの睦月ならここら辺りでパスを出し繋いでいただろう。しかし、
(・・・いける?)
睦月は心の中で小さく呟いた。ディフェンス二人がボールを奪おうとゾーンディフェンスからシフトし動き出す。しかし睦月にはどこに行けば抜けるか、その隙が見えていた。右側の選手の方に走り出す。その脚が想像以上のバネによって睦月の体が加速する。そして身を翻して回避、そのままの速度を維持したままドリブルで一気にゴールポストまで行く。そしてステップを踏み込み跳躍した。その脚力によってゴールポストまで悠々と跳べた。そしてボールをポストに叩き落す、所謂ダンクシュートだった。ガシャンと音を立ててボールがリングを通り抜けた。
「やった、睦月!!」
望美の声が聞こえて気がした。そしてゲームはすぐさま動き出す。睦月もすぐさま走り出した。


選手控え室で望美は目を輝かせて睦月を見ていた。
「すごいじゃん睦月!どうかしたの!?」
「いや・・・今日は調子がよかったんだ」
睦月は照れ笑いを浮かべた。実際睦月の活躍は目を見張るものだった。先ほどのダンクに加えセンターラインからのスリーポイントシュートを入れたかと思えば何人ものディフェンスをすり抜け再びゴールを決める。結果、チームは圧勝だった。
(これもライダーになったからかな・・・?)
そんな考えがふと頭に浮かぶ。
「何考え事してんのよ?」
「え、いや・・望美に褒められるなんて滅多にないからさ・・・」
「ばか。褒めてるんだからしゃきっとしなさいよ、男でしょ」
正直望美の男勝りな性格には敵わないよ・・・睦月は思った。そのとき誰かが控え室に入ってきた。
「おい睦月!!」
バスケ部の先輩だった。数人引き連れベンチに座る睦月の前に立つ。
「お前の今日のプレーどういうことなんだ?」
そのうちの一人が言った。
「え・・・」
「ふざけんな!バスケってのはチームプレイなんだよ」
「そうだ。お前だけ一人目立ってんじゃねえよ!」
先輩達が口々に言った。しかしそれを聞いて望美が黙っているわけが無い。
「ちょっと待ちなさいよ!睦月のおかげで勝てたんじゃない!あんた達なんかボケッと突っ立てるだけで・・・」
「いいんだ」
睦月は立ち上がって望美の肩を持った。そして頭を下げたのだ。
「俺が悪かったです・・・すいません」
「けっ・・わかればいいんだよ」
それで十分だったのか先輩らはぞろぞろと出て行った。その気配が消えたところで望美は睦月を睨みつけた。
「どういうことよ!何であそこで謝るわけ!?」
「いや・・だって俺争事と嫌いだし・・・俺が頭を下げてすむならそれで十分だろ」
望美は大きなため息をついた。睦月にはこんな一面があった。争いごとをことごとく嫌がるのだ。そして平然と頭を下げる。それが望美からすれば許し難いことなのだが当の本人はそれを直す気が無いらしい。
「あ、そうだ!」
睦月が何か思い出したようだ。
「お袋におつかい頼まれてるんだ。ついてきてくれないか?」
そうして手を顔の前でパンと軽い音を立てて合わせる。望美は再びため息をついた。どこまでマイペースなんだ、睦月・・・しみじみと望美は感じた。


「ったく・・・」
剣崎はぼやいた。
「広瀬さん人使い荒いんだもんな・・・自分で行けばいいのに」
なんて事を目の前で言えば危うく命を落としかねない。栞の腕力はもはや虎太郎は言うまでも無く剣崎をも上回る。そうして白井邸で一番の力持ちは剣崎に買い物を命じていた。これでもライダーなのに・・・自分が少し情けない。
「でも晩飯だもんな・・・まぁ仕方ないか」
とりあえず渡されたリストを手に剣崎はスーパーに足を運ぶのだった。

その後から顔見知りの男子高校生と女子高生が入ってきたのを剣崎が知らないのは言うまでも無い。

「ん〜このレタスなんかいまいちだな・・・」
睦月はそういいながらレタスの山を吟味していく。そんな様子を望美はまじまじと見ていた。
「睦月ってさ、変わってるよね。そんなにして選ぶなんて」
「俺ってこういうの好きなんだ。何かこう家庭的っぽくてさ。暖かいていいじゃん。これでいっか」
睦月は選んだレタスを一玉買い物籠に入れた。そして次から次へと材料や切れた調味料などを探し出していく。こんな主夫だったらきっと奥さんも喜ぶだろう。最後にレジに並んで会計をしようとした時事件は起こった。
「ちょっと待ちなさい!」
大声が聞こえてきた。そっちに目を向ければ店員のおばちゃんが全速力で男を追いかけていた。だが男の足の速さに敵うこと無く男は店から出て行った。
「万引きよ!誰か捕まえて!!」
咄嗟に持っていた買い物籠を床に置いて、
「望美、ここで待ってて!」
そういって睦月は駆け出した。

店を出たところで万引き犯は自分のしでかしたことに若干後悔していた。手元に握られているのは茶色くて細長いビンの某清涼飲料水だった。何でこんなものを万引きしようと思ったんだ・・・。そして万引き犯はこちらに背を向ける一人の男を見つけた。バイクのハンドルに荷物をかけている。溺れる者は藁をも掴むというのはまさにこういう状況を言うのか、それとも只単に濡れ衣を着せようとしているだけなのか。咄嗟に万引き犯は神技のごとく男のジーンズのポケットにビンをそっと入れた。しかし男の方は全く気付かない。そして万引き犯は街の雑踏に紛れ込んだ。

睦月はスーパーを飛び出した。すぐに辺りを見回し逃げる人影がいないか確かめる。そして見つけた。バイクに跨り今まさに公道へと走り出そうとしている男。そのポケットにはおばちゃんがさっき言っていた万引きされた物が入っている。
「待て!!」
睦月は走り出した。試合の時と同様、一気に加速する。すぐに追いつき男の肩に手を置き無理矢理こっちに振り向かせた。
「え!?」
フルフェイスのヘルメットの中で声がくぐもった。そして男がバイザーを上げるとあの顔だった。
「剣崎さん!?」
「え!?君は・・・」
剣崎も当然驚きを隠せない。睦月は非難するような目を剣崎にを向けた。
「剣崎さん・・・まずいですよ。仮面ライダーが万引きなんて・・・」
「え!?万引き、俺が!?どういうことだよ」
「だってほら・・・」
睦月はポケットからあのビンを取り出した。それを見て剣崎は目を白黒させた。
「うぇ!?」
「とにかく一緒に来てください!」
強引にバイクから降ろされて剣崎はスーパーに向かうことになった。バイクに残された買い物袋を危うく忘れるところだった。
「ちょっと待ってくれ!晩飯の材料が!!」


桐生はバイクに取り付けた通信傍受機のダイヤルを回していた。それは特定の周波数だけをキャッチするものだった。警察の無線や携帯電話の話し声、様々な声がキャッチされたが桐生は何の注意も払わなかった。自分に必要なのはたった一つ。しかし、いやまだと言うべきかその情報が桐生の元に届くことは無かった。


「はぁ・・・」
剣崎はため息をついた。精神的に結構きつい時間だった。スーパーのスタッフルームでずっと剣崎は無実を証明したものの一向に店側は聞いてくれない。遂には切り札にこう言ったのだ。
『じゃあ警察に連れて行くしかないね。万引きでも立派な犯罪だし』
『警察!?』
あの時、剣崎は自分が捕まった時の光景を考えてみた。非難の目で見つめる虎太郎と栞、そして町中に報道される自分の姿。『仮面ライダー万引きで捕まる』なんて新聞に載ったらひとたまりもない。
『勘弁してください』
そうして剣崎は頭を下げる羽目になってしまった。
「でもいいじゃないですか。あの店のおばちゃんも警察に通報せずにすんだんですから」
能天気に言ったのは隣の少年だ。自転車を押しながら剣崎の隣をピタリと歩いている。
「お前どこまでついてくんだよ」
うんざりしながら剣崎は言った。
「仕方ないじゃないですか。一応身元引受人ですし」
剣崎はそれ以上言葉を交わさなかった。今すぐにあの家に帰ってゆっくりとくつろぎたいと思ったことは無い。しかしその思いも届くことは無く剣崎の携帯が鳴り仕事が舞い降りる。
『剣崎君!アンデッドよ。場所はそこから少し離れたところよ。一応橘さんにも連絡しておいた』
「りょ・・・了解」
『どうしたの?元気ないわよ』
栞がいぶかしむような声で聞いてきた。
「ちょっと色々あって・・・」
『とにかく早く向かって!』
電話が切れた。仮面ライダーとは24時間体制の仕事だ。こんな風になることもたまにはあるだろう。剣崎は気持ちを奮い起こしてバイクのエンジンをつける。
「すまないな。これから仕事だ」
「それって仮面ライダーのですか!?」
睦月の目が輝いたような気がした。しかしそれに答えることは無く剣崎を乗せたバイクはあっという間に行ってしまった。
「よーし、俺も」
そう言って睦月も自転車乗った。

そこから離れたところで
『剣崎君!アンデッドよ!』
スピーカーから声が聞こえてきた。それこそ桐生の探していたものだった。
「来たな」
そして桐生はバイクを走らせ先ほど告げていた場所に向かうのであった。


ハカランダの自室に始はいた。
『弱い・・・弱すぎる』
あの低い声がどこまでも響いてくる。始は殺気だった表情でただ黙っていた。
(弱い・・・俺は人間の中にいるから弱いのか?)
そんな考えが堂堂巡りしていた。その時、一つの気配がした。紛れもない、アンデッドだ。
「解放されたアンデッドか・・・」
そのアンデッドが出てくるならあのライダーも出てくる可能性があるかもしれない。借りを返すべく始はハカランダを出て行った。


そこは待ちの雑踏から少し離れた場所だった。今は機能していない噴水を取り囲むように道ができている。
始の予言どおりその場所には解放されたボアがいた。剣崎はバイクを止めてカードとバックルを取り出した。
「出てきたところ悪いけどまた封印させてもらうぞ!」
そしてバックルにカードを装填し腰にベルトが巻きつき剣崎は右手を前に構えて高らかに言った。
「変身!!」
スクリーンを抜けると同時にブレイドは剣、ブレイラウザーを抜いてボアに駆け出した。


睦月がその場に着いたのはすでにブレイドが闘っているときだった。剣でボアの拳を防ぎながらブレイドは目の端にその姿を捉えた。
「お前!?離れてろ!」
ブレイドはボアを蹴り飛ばして剣を構えなおした。その姿を見ながら睦月はこう言った。
「俺も戦いますよ、仮面ライダーとして」
そしてカバンから深緑のバックルと蜘蛛のカードを取り出した。バックルの側面からスリットを引き出しカードを入れる。

ジャララララッ

ブレイドやギャレンと同じようなベルトが出現し睦月の腰に巻きついた。それを確認して睦月は言った。
「変身!」
バックル前面をスライドさせてクラブの紋章が露わになる。するとスクリーンが前方に現れて睦月の方に向かってきた。それを睦月が通り抜けたとき紛れも無い、あの深緑の戦士となっていた。

勝てる、ブレイドは確信した。あの時はまだ未熟で封印したとき体がボロボロだったが今は違う。確かな経験がそれを物語っていた。ボアの体を袈裟に斬りあげて距離をおく。しかし剣を構えたブレイドの脇を誰かが通り過ぎた。
「!?」
その姿はあの時のライダーだった。そのライダーは右側の腰のホルスターから短い棒を取り出した。その棍棒とも言える棒の両端が突如伸びた。そして三つ葉をかたどった刃をつけた身の丈ほどの杖となった。その杖を左手に持ち右側へと薙ぎ払うようにしてボアを打ちつける。真横にすっ飛んで倒れたボアへと追いつき今度は杖を頭上で回す。そしてその勢いを殺さず、かつ杖の長さから生まれる遠心力を利用して一気に振り下ろす。だが間一髪。倒れていたボアは横に転がりその杖を避けた。打ち付けられたコンクリートがはじけ飛ぶ。ボアはすぐに立ち上がりそこから逃げ出した。
「待て!」
ブレイドが追いかけようとするが物陰にさえぎられボアの姿はあっという間に消えてしまった。ブレイドは悔しそうに舌打ちをしてから深緑のライダーに向いた。
「まさか君が睦月って奴だったなんてな・・・」
「違う」
真っ向から否定の言葉が出た。そして声色もあの少年のそれとは違う、低い声だった。そしてライダーの腕が動いた。
「!?」
ブレイドがその攻撃を避けることが出来た僥倖だった。咄嗟に腕と共に杖が襲ってきたので思わずしりもちを着いてしまった。しかし戦士の攻撃は止まらない。先ほどと同じように杖が振り下ろされてくる。だがブレイドはそれを剣で受け止めた。やはりその一撃は重かった。
「ぐっ・・・」
杖を力づくで弾いてブレイドは立ち上がる。しかしライダーは止まらない。ブレイドはそのリーチの長い攻撃を避けていくことしかできない。
「止めろ・・・止めろ睦月!!」

少し・・・かなり遅れて橘がやって来た。そして見たのは二人の戦士が戦う姿だった。
「剣崎!?それにあれは・・・?」
橘は唯一の可能性をつぶやいた。
「新しいライダー!?」
しかし今橘は戦う術を持たない。只見ているだけだ。しかし別方向に新たなる人影が現れたとき橘の顔は驚愕に包まれた。

ブレイドは攻撃できなかった。杖という武器は本来、太刀に打ち勝つべく作られたものだ。そのリーチと太刀には出来ない動きがそれを可能とする。ブレイドは捨て身の覚悟で攻撃を避けながらカードを一枚抜いてラウザーに通した。
『ビート』
ライオンのレリーフが右腕に張り付き力が宿る。そしてライダーが杖を振り切った隙に一気に距離を詰め胸にストレートを放った。
「うぁっ!!」
ライダーが吹き飛びバックルが取れた。そして睦月へと姿を戻した。
「お前・・・!!」
ブレイドの声に怒りが混ざる。しかし突然目の前に人が現れた。ブレイドは誰か分からなかった。白いジャケットを着て右腕には黒い革のグローブ、そしてその男は不敵に笑いあのバックルを手に取ったのだ。
「桐生さん!!」
何時から来ていたのか背後で橘の声がこだまする。しかし桐生は躊躇うことなく睦月がやったのと同じようにバックルを装着した。
「変身・・・」
『オープンアップ』
紫色のゲートが主を認めたように桐生の体を通り抜ける。深緑の戦士となった桐生は杖を取り出した。そしてあの低いエコーとどす黒い気配を漂わせた声で言った。
「俺の名はレンゲル・・・最強の仮面ライダーだ」