第7話「暗闇照らす炎」

それは栞が少しだけ居間から出て行った時に起こったことだった。

栞が居間へと続くドアを開けようと手を掛けたとき、

ガサ・・・ガタ・・・
「・・・・」
ドア越しから物音と声が聞こえてきた。今虎太郎は様子を見に行くためにまたハカランダに行ってて不在だ。とすれば考えれる可能性は只一つ。
「まさか空き巣!?」
栞は呟いた。そしてそっと傘を取ってきた。あまり頼りにならない気もしたが念のためだ。いざとなれば己の拳で撃退すればいい。
「いくわよ・・・!」
心の中でカウントダウン。5・・・・4・・・3・・2・1・0、突入!
「!?」
突入したとき既に空き巣犯は窓に足をかけて逃げ出そうとしていた。その空き巣犯がチラッとこちらを振り返る。
「あなた!?」
栞はその顔を知っていた。当たり前だ。先刻剣崎の言葉を受けていた少年だったからだ。そしてその手に握られていたのはもう一つのバックルとカード。
「待ちなさない!!」
空き巣犯の少年、睦月は止まらず家を抜け出した。栞も後を追い家を飛び出した。しかし睦月は既に遠く離れた場所を疾走していた。速い、あっという間に睦月は見えないところまで行ってしまった。
「剣崎君に教えなきゃ!」
そして屋敷に戻って栞は受話器を手に取るのだった。


波止場で汽笛が鳴り響いていた。

「橘さん・・・俺思ったんですけど」
桐生が去った後、剣崎は呟いた。
「なんだ?」
「いや・・・桐生さんを救うことが出来るのは橘さんだけだと思うんです」
「救う・・俺に何が出来る・・・?」
「桐生さんはきっと橘さんにギャレンに戻って欲しいだけなんです。それで戦えって・・・桐生さんは闇に囚われてる。だから桐生さんを救えるのは橘さんだって・・・」
「よせ・・・」
剣崎の言葉を橘は否定し海を見つめた。今の俺に何が出来るだろうか?戦う意思のない俺に桐生さんを救うことが出来る・・・?静かな海を見つめながらその答えを模索する。少し沈黙が続いた。剣崎も黙って橘の背中を見ていたがポケットの携帯が鳴って電話に出た。
「もしもし?」
しばしの沈黙。そして、
「何だって!?」
驚く声が波止場に響いた。剣崎は電話を切ってこう言った。
「睦月がギャレンのベルトを!!」


そこはとある路線のジャンクションとも言うべき場所だった。ここで貨物や列車が並び次の出番を待っている。その周辺は異様なほど静まり返っていた。
「・・・・」
反対側の道とを結ぶ歩道橋の上で男が只一人立っていた。白いジャケットに身を包み右手には黒いグローブとその手に握られたバックル。その後ろから4体の異形の姿が現れた。ボア、ディアー、ジャガー、ローカスト、解放されたアンデッドだった。この周囲に誰もいないのも奴らの仕業なのかは誰にも分からない。桐生はバックルのスリットにカードを差し込んだ。ベルトが現れ桐生の腰にすぐに巻きつく。
「変身・・・!」
紫色のスクリーンが桐生の体を通り抜け姿を変える。
「さあ来い・・橘・・・!!」
決意の籠もった声が静かな空間に響いた。


橘と剣崎はバイクで睦月の行方を追っていた。しかし睦月の姿が一向に見つからない。そこに、一本の通信が入ってくる。
『剣崎君。アンデッドの反応をキャッチ。そこから近いわ。合計で4体・・・解放されたアンデッドよ!』
「わかった。そっちに向かう」
剣崎は電話を切った。橘が「どうした?」と聞いたから剣崎はそれに答えた。そして橘は、
「もしかしたらまたそこに桐生さんがいるかもしれない。リモートで解放されたアンデッドがレンゲルに操られるなら可能性は高いはずだ。それと睦月が来る可能性もな」
「何故ですか?」
「睦月がまだレンゲルの力に依存しようとしているならそこに向かう可能性は高いかも知れない。しかしサーチャーも無しに来るかどうかは分からないが・・・」
「とにかく行きましょう!」
剣崎の言葉と共に二台のバイクが走り出した。


橘の予想が正しかったのか、まるで見えない糸に導かれるように睦月はレンゲルの前に姿を現したのだ。ギャレンのベルトを手にして。アンデッドが睦月へと襲いかかろうとしたがレンゲルが右手で制した。
「何のようだ?その手に握られてるベルトはお前に扱えるような代物じゃないぞ」
「違う・・・返して欲しいんだ。レンゲルのベルトを・・・」
懇願するような声で睦月は言った。そして手に握られているバックルを差し出した。
「ほら、これと交換で・・・」
「無駄だ!ギャレンの称号を持つのはこの世界でたった一人・・・!それは俺ではない!」 
「そ・・そんな。頼むよ。返してくれよ・・・」
睦月はすがりつくように言ったがレンゲルはそれを払いのける。
「消えろ!」
後ろの壁に叩きつけらると同時にバックルが睦月の手から零れ落ちた。レンゲルはアンデッドに睦月を消すように指示する。その命令通りアンデッド達が睦月に襲い掛かろうとする体制に入ったところで、
「待て!」
まさに間一髪。剣崎と橘が到着した。とっさにレンゲルはアンデッドに対して命令を解除する。
「橘・・・!」
レンゲルが橘に向かってこようとするが装着した剣崎が立ちはだかった。
「俺が相手だ!変身!!」
剣崎は一気にスクリーンを駆け抜けそのままレンゲルに向かった。
「いいだろう。まずはお前からだ、新米!」
レンゲルも腰を落として戦闘体制に入る。そしてブレイドが突き出した右腕を裏拳ではじく。ブレイドはそれでも構わず突っ込んだ。
「ウェイ!」
今度は左腕をレンゲルめがけ放つ。しかしそれも軽くいなされレンゲルは間合いを保つように後ろに下がる。そうしてブレイドのパンチを弾き、それでかつ一定の間合いを保つ。通算7発目のパンチを弾きブレイドの胸にストレートを入れた。そしてブレイドに組み付き振り返って陸橋から飛び降りた。
「うわっ!」
ブレイドは着地し損ね転がったがレンゲルは着地と同時に杖を取り出し走り出す。
「むん!」
掛け声と共に振り下ろされた杖をぎりぎりで受身を取りながら回避し腰のホルスターから剣を抜く。しかし結果は以前と同じようにブレイドは中々自らの間合いに入ることが出来ない。レンゲルもそのことを知っているのかブレイドに隙を与えない。やがてブレイドは追い詰められ背中が電車の壁にぶつかった。そしてブレイドと剣とレンゲルの杖が交錯した。
「橘さん!」
剣を弾かれ、杖を胸に打ち付けられたブレイドは陸橋の上から見つめる男の名を呼んだ。
「闘ってください!橘さん!!」
「出来るのか・・・今の俺に・・・」
欄干を握り締め橘の脳裏に一つの映像が回想された。

・・・
場所は病院だった。その個室のベッドにたった一人、桐生がいた。やがて自分の来訪に気付いたのか先輩は目を開いた。
「橘・・・」
小さな声で桐生は呟いた。そして無い右腕の代わりに左腕でギャレンのバックルとカードを取り出した。
「ギャレンをお前に託す・・・俺の跡を継いでくれ・・・」
「桐生さん!?」
「お前なら出来る。お前なら自分の『正義』を証明できる・・・」
その言葉を受け自分はバックルを手に取った。

これが自分のスタートラインだった。
・・・

『正義』・・・俺にとってそれは何なのだろうか?俺は桐生さんのようにはなれない・・・。あそこまで自分の『信念』を貫くことが出来ない。大事な人を殺したも同然の俺にまた闘うことが出来るのか・・・?
(だから救えるのは橘さんだって・・・)
剣崎の言葉が蘇る。それが答えなのか分からない。多くのことが矛盾しているかもしれない。それでも今の俺に出来ること、それは・・・
「誰かを救うことだ・・・!」
失った物はもう戻らない。ならば今を闘い一人でも多くの人を救うことだ。『彼女』がこの世にいるならばきっと自分にそう言うだろう。自分の中で再び炎が宿る気がした。

橘は振り返った。視線の先には壁にもたれかかる睦月とその隣にあるバックルとカード。橘は走り出そうとした。しかし
「!?」
4体のアンデッドがその道を阻む。
「邪魔だ!」
橘は駆け出した。第一にローカストが飛び掛ってくる。それを受身をとりつつ真横に回避、次はボア、振るわれた腕を姿勢をひくくして避けバックルまであと少し、だが、
「!!」
突然ジャガーが目の前に現れた。その爪は橘を傷つけるのは容易いだろう。しかしその腕が振り下ろされた時、橘の姿はそこには無く空中を跳んでいた。そして受身を取りながら衝撃を殺しバックルとカードを手に取るとすぐさまバックルにカードを通した。ベルトは瞬時に飛び出し橘の腰に巻きつく。陸橋の縁に足をかけたとき突然、橘の視界が真っ白になった。ディアーが最後に落雷を落とそうとしたのだ。しかし橘はそれでも止まらない。勢いよく踏み出し、橘は宙を駆けた。重力に従い体が落下していく。今度は地面と体とが平行になるような体勢になる。落下していく中、橘は高らかに言った。
「変身!!」
ベルトのレバーに手をかけスクリーンを出現させる。着地したときその姿は橘ではなく真紅の戦士であった。

レンゲルはブレイドを弾き飛ばし振り向いた。まさにギャレンが着地したときだった。
「ギャレン!!」
待ち侘びていたような声を上げレンゲルは走り出す。対するギャレンも走り出す。レンゲルは杖を袈裟に振るったがギャレンはそれを避けて一気に懐にもぐりこむ。そしてレンゲルの胸に拳を放った。そのまま何度も拳を放つギャレンに対しレンゲルの杖は思うように動かない。
詰まるところ、相性の問題だ。ブレイドの剣がミドルレンジでのみ威力を発揮するならレンゲルの杖はミドルレンジ〜ロングレンジに対応する。それでは勝てない。それならばとギャレンはこう考えた、杖が思うように振れないショートレンジに持ち込めばいいと。
だがそう簡単にもいかなかった。何とかギャレンから離れ杖をギャレンの首めがけ振り下ろす。それが直撃すれば一溜まりもないだろう、だがギャレンはレンゲルに一気に肉薄した。そしてレンゲルの腕、首を掴み自分の腰を一気に落とす。
「はっ!!」
レンゲルは体が一瞬浮き上がりすぐさま砂利に叩きつけられる。それは相手の力のモーメントを最大限に利用し自分は最小限の力で相手を殺す、合気の動きの一種だった。しかし受身を取っていたのかすぐさまレンゲルは立ち上がり杖を突き出した。それをギャレンは脇で挟み込みロックして動きを封じようとする。だがここまではレンゲルの計算詰め、力を振り絞りギャレンを空中に放り上げる。
「うぉらあ!!」
ギャレンが宙を舞う最中、レンゲルは杖を構える。だが上昇するギャレンは右腰のホルスターに手を掛け銃を取り出した。そして頂上に達した時に引き金を引いた。合計で5発の光弾がレンゲルめがけて降り注ぐ。真下にいたレンゲルはそこから離れた。だがギャレンは落下中も引き金を引き続ける。それに応じてレンゲルも距離が離れてしまう。そして着地した時にギャレンは膝を付き下を向く格好になった。普通の相手ならそのような行動を見せたならそれは隙に繋がるだろう。だがギャレンは違っていた。さっきまでのレンゲルの位置、そして行動を瞬時に判断し彼の脳裏に新たな映像がはじき出される。その映像を頼りに下を向いたままギャレンは銃口を向けた。
「!!」
その光弾はレンゲル右腕に当たり一瞬だけ動きを止めた。そしてギャレンは立ち上がり引き金を引いて4発の光弾を撃ち出す。それはレンゲルの両足、両手に命中する。それは杖も届かない、銃だけに許された絶対の領域だった。そしてギャレンは銃からカードホルスターを引き出した。扇状に展開された中からカードを三枚選びぬく。レンゲルも素早くカードを抜こうと右腰のホルスターに手を掛けようとするがギャレンがそれを許すはずも無い。全て光弾で捩じ伏せられる。
『ファイア』
『ドロップ』
『ジェミニ』
どこまでも紅い炎がギャレンの足を纏う。そのバックに三枚のカードが浮かび上がる。そして銃をホルスターに収めギャレンは腰を落とし次の行動に移そうとする。そのマスクがダイヤに光った。
『バーニングディバイド』
ギャレンは跳びあがり空中で弧を描く。そして炎が噴出される方向に体を捩じらせてムーンサルトすると同時にギャレンの二つの姿が二つに分裂する。それはどちらも本物であり、どちらも幻影だった。そして空中で逆さを向いたギャレンがレンゲルへと足を振り落とす。
「はあ!!」
炎がレンゲルの鎧に燃え移る。着地したギャレンは振り返ってレンゲルを見た。
「ぐっ・・・」
身を捩じらせて苦しげな声を上げるレンゲルの足取りはふらふらだった。しかしレンゲルは指を鳴らしてアンデッド達を呼び寄せると同時に深緑のバイクを呼び出す。アンデッドに相手を任せてレンゲルはその場から去っていった。
「桐生さん!!」
だが四体のアンデッドが目の前にいる。
「剣崎!」
「はい!!」
さっきまで見ているだけだったブレイドは出番とばかりにカードを抜き取る。
『スラッシュ』
ギャレンも援護しようとカードを一枚抜いた。
『バレッド』
ギャレンが威力の高められた光弾を打ち出した。そして足止めされたアンデッド達にブレイドが突っ込む。光を帯びた剣が振るわれる。
「ウェイ!!」
アンデッドが瞬くに斬りつけられバックルを開いた。ブレイドはすぐにブランクカードを投げつけた。
「ふう・・・」
一先ず帰ってきたカードに安堵しブレイドは息をつく。だがまだレンゲルが残っている。ギャレンが白井邸に通信を開こうとしたときジャンクションの中で悲鳴が起こった。その声は紛れも無い、桐生のものだった。
「桐生さん!?」
ブレイドとギャレンは走り出した。


レンゲルは遠くへ逃げることができなかった。
「はぁ・・・はぁ・・」
ふらついた足取りで壁にもたれかかった。その時バックルが独りでに閉じ
てレンゲルの変身を解除させる。バックルが落ちて桐生も崩れ落ちるように座った。右腕が焼けるように熱い。さっきの戦闘でオーバーヒートしている。もう右腕は使えないかもな、桐生がそう思ったときだった。
「・・・返してもらう。そのベルト」
少年の声が聞こえてきた。あの睦月という名の少年だった。しかしさっきまでの気弱な雰囲気を感じさせない。その睦月が手をかざすとなぜか桐生の前にあったはずのバックルが睦月の手の中にあった。カードを入れっぱなしだったバックルを装着して睦月は右手で己の顔を隠すようにかざした。左腕はそれに添えるようにする。
「変身!」
右手を下ろしてカバーを一気にスライドさせる。紫色のスクリーンを抜けたレンゲルはカードを二枚抜き取った。そのうち一枚を地面に投げつけて残る一枚をラウザーに通した。
『リモート』
地面にあるカードは『10 シャッフルセンチピード』だった。封印を解かれたセンチピードは主に従い桐生へと近づく。その最期を見届けずレンゲルはその場を離れていった。
センチピードが近づいてくるとき桐生は確かに死を悟った。そしてセンチピードの腕が振りあがったとき覚悟して目を閉じた。
「・・・?」
だが何も起こらない。目を開くとブレイドがセンチピードの腕を掴んでいる光景が写った。そしてそれを見たところで桐生の視界はブラックアウトした。

ギャレンとブレイドが駆けつけたのは間一髪だった。
「桐生さん!」
もたもたしている暇は無い。ブレイドはその時カードを三枚抜き取ってすぐさまラウザーに通した。
『マッハ』
『サンダー』
『キック』
いくつもの紫電が飛び出す。そして剣を突き立ててマスクがスペードに光った。
『ライトニングソニック』
ブレイドの周りの世界が急停止した。すぐさまブレイドは走り出してセンチピードの腕を掴んだ。そしてセンチピードにアッパーを喰らわせて空中に放り出す。それを見て一気にブレイドは飛び上がり一本の雷となった右足を落下と同時に突き出した。
「ウェーーーーイ!!」
直撃し時間が再び動き出す。一瞬の出来事だった。最後にブレイドはカードを投げつけてブランク10として封印したのだった。


それから数日後の話となる。
「・・・世話になったな」
白井邸を出て行く者がいた。その男は白いジャケットを着て黒いグローブをはめている。
「本当に行くんですか?桐生さん」
あの後、剣崎と橘はすぐさま桐生を連れて帰った。外傷はさほど無かったものの安静は必要だった。一番の問題だった義手は幸い虎太郎の徹夜の作業で何とか修復できた。
「おい、新米」
桐生は剣崎のほうを向いた。
「今度どこかで遭ったときまだ俺より弱かったら承知せんぞ」
「はは・・・わかりました」
剣崎は苦笑いを浮かべた。右腕のリハビリも兼ねてなのか桐生は剣崎に杖の修行をつけていた。結果、剣崎の大敗なのは言うまでもない。
「橘・・・お前は『正義』を見つけたか?」
「これから見つけます、必ず。あなたのように貫けるような『正義』を」
その声は決意に満ちていた。それを聞いてうれしかったのか桐生は軽く笑って橘の胸を軽く叩いた。
「お前はもっと馬鹿になれ。重く考えすぎなんだよ」
そして別れの時は来たようだった。桐生は歩き出し白井邸を離れれていく。きっと桐生も自分の『正義』見直すためにどこかに行くのだろう。それはどうなるのか分からない、桐生自身が決めることだから。
「そうだ。一つ言い忘れてた」
桐生は突然振り返った。そしていつものような不敵な笑みを浮かべてこう言ったのだ。

「俺もなりたかったよ。『仮面ライダー』ってやつにさ」