第9話「付き纏う過去」

桐生が去ってから数日、剣崎と橘は消えたベルトの探索に力を入れていた。その間にアンデッドが現れなかったおかげもあって調査に専念できた、が。
「これだけ探しても見つからないなんて・・・」
剣崎はため息をついた。あのジャンクション近辺を探したりしても何の手がかりもない。虎太郎が淹れた紅茶を剣崎は飲んだ。
「これだけ探しても無いってことは・・・」
「睦月だな」
橘が先に答えた。これが二人の結論だった。もちろん探す矛先として睦月のことも考えた。だがその可能性を二人は信じたくなかった。以前のように一般人、それも高校生を闘いに巻き込みたくはない。そして睦月にも『普通』と呼べる人生を送って欲しかった。
「桐生さんから上條睦月に適合者としての資格を乗り換えたのかもしれない」
「蜘蛛の意思がですか?」
「おそらくな、それもかなり深く」
橘も虎太郎が淹れた紅茶を口に含んだ。虎太郎もソファーに座った。
「だからレンゲルのベルトを取り上げてもベルトの意思が睦月を離さないってこと?」
「あくまで仮説だがな。だはそうなれば睦月も闘うしか・・・」
しばし沈黙が流れた。そして橘が口を開いた。
「睦月に会いに行く」
「なら俺も・・・」
「いや、俺一人で行く。元はと言えば俺のせいだ」
「分かりました。広瀬さん、サーチャーに反応は?」
実はと言えば広瀬はずっとパソコンの前にいた。ずっとやっていたことはアンデッドサーチャーの点検と精度をあげようとしていた。
「まったくなし。何でいきなり現れなくなったのよ。サーチャーも異常は無いと思うのに」
「恐らく間を置いてるんだろう。気をつけろ、上級アンデッドは人の姿に化けて俺たちに近寄るかもしれない」
「はい、気をつけます」
剣崎はそう言って手持ち無沙汰にポケットに手を突っ込んだ。その時、
「あ」
間抜けな声を発した。剣崎の指が触れたのは一枚のカードだった。


それは確実に進行していた。行き交う人々のすぐそこで、しかし誰にも分からなかった。無理も無かった。都心部地下で『何か』が蠢いていようとは。そしてその何かは『敵』を迎え撃つべくさらに地下を掘り進むのだった・・・

「ほら」
剣崎は机の上にカードを置いた。静かな部屋で始は驚きの表情を持って剣崎を見ていた。
「お前・・・何故」
「これはもともとお前のだろ。だから返しに来たんだよ」
始は何も言わずにそれを取りポケットに入れた。礼の一つも無いのに剣崎はむすっとしたがあまり気にしなかった。
「また『別に俺が頼んだわけじゃない』って言うんだろ。いいよ、これも俺のお人よしさ」
剣崎は部屋を出て行こうと背を向けた。だがそのとき、
「俺は弱いのか?」
背後で単調な声が聞こえてきた。あまりにも唐突だったからか、
「え?」
剣崎は驚いて振り向いた。

橘はといえば以前剣崎と睦月が出くわしたスーパー周辺で睦月を探していた。しかし一向に睦月の姿は見つからない。探すポイントを変えようかとバイクを停めていた時に携帯端末がポケットで何かを知らせた。それはアンデッドサーチャーの小型端末だった。それを見て橘は呟く。
「アンデッド・・・」
場所は・・・都心部より少し離れたところか。さらに反対のポケットでは携帯も鳴っていた。
「橘さん!アンデッドよ」
「ああ分かってる。今からそこに向かう」
「気をつけて。さっきテレビで見たんだけどその場所で地盤沈下があったみたい。アンデッドの仕業だと思うんだけど・・・」
「恐らく俺たちを誘きよせるつもりだな。剣崎にも連絡を頼む」
「分かったわ」
そして橘は通信を切ってバイクのエンジンを吹かしてその場所に向かうのだった。


剣崎は疑問符を頭に浮かべて始を見つめていた。始は言葉を続けた。
「俺は人間と一緒にいるから弱いのか・・・だがお前は・・・」
あまり言葉になっていなかったが剣崎はさほどきにはしなかった。
「お前、レンゲルに言われたこと気にしてんのか?」
その問いに始は答えなかった。しかしどこか押し黙っているように見える。恐らく図星だろう、剣崎はそう思うことにした。
「え〜っとだな・・・」
剣崎は言葉を捜していた。
「よく分からないけど人間って誰かを愛したりするってことは確かに弱くなる時もあると思う。でもそれは本当の弱さじゃない。その分守ろうとする時、人は本当に強くなれるんじゃないか?って俺は思う」
「俺にはわからない。人を愛するなんていう感情は・・・」
「そのうち分かるよ、君にも」
剣崎は言った。だが始にもいつか本当にそれが分かるんじゃないか?と心のどこかで感じていた。あまり根拠の無い、所謂直感だったが。そして始はいきなり遠くを見るような目になった。
「どうした?」
「アンデッドだ」
始の言葉と同時に剣崎の携帯も鳴った。
「広瀬さん。アンデッドですか?」
「そうよ。橘さんが向かってる。橘さんが言うにはアンデッドがおびき寄せてるかもしれないから気を引き締めてちょうだい。場所は都心部・・・」
「わかった」
位置を確認して剣崎は携帯を切った。ハカランダから都心部は結構距離がある。恐らくつく頃には橘は戦闘に入っているだろう。そして始に向いて言った。
「ここは俺たちがやる。お前は天音ちゃんたちを心配させるなよ」
剣崎は部屋を飛び出した。


橘が到着したときそこはもぬけの殻だった。警察がここから避難を命じたのか恐ろしいほど静かだった。橘はバイクから降り注意深く気配を探った。何も無い、誰もいない。橘は一先ず地盤沈下のあった場所に向かった。
「これか・・・」
橘は呆然とその穴を見た。半径は5メートルぐらいか。ぽっかり空いた穴がそこにはあった。注意深く橘は穴のそこを見た。暗かったが石ころを落としてみるとさほど深くはないようだ。しかし気になることがある。
「あまりにも不自然だ」
その穴はあまりにも綺麗すぎた。穴の側面のコンクリートはボロボロだったがあたりに亀裂すら入っていない。橘がこうして穴を見ているのもそのおかげだ。そしてここ周辺で地盤沈下など到底有り得ないはずだ。地下鉄はもっと深くこの隙間は人為的に掘られたものとしか思えない。そのとき、足元で音がした。何かが割れるような、そんな音を。
「!!!」
足元のコンクリートに亀裂が走っていた。それと同時に自分を中心に半径一メートルの範囲でさらに亀裂が走る。橘は走り出した。中心から崩れていき橘は何とかその穴には落ちなかった。
「これは・・・!」
まるで誘っているかのような行為だった。橘はバックルを取り出しカードを装填する。ベルトを巻きつけ橘は左拳を前で固め宣誓の声を上げる。
「変身!!」
ギャレンは目の前の穴に飛び降りた。

穴の中は広い空間となっていた。しかし周りは決して崩れる様子が無い。ギャレンは銃を抜いた。その目線の先に何かの気配があったからだ。マスクのマニピュレーターが周囲の暗闇に合わせて感度を上げる。その姿が写されたときギャレンは自分の予想が正しかったと再認識することになった。
右腕は異様なほど発達した爪がついている。さらに左腕には盾。目は長い地中の生活で退化してしまっている。モグラの始祖たるモールがギャレンを待ち構えていた。


異変は少年の中でもおきていた。学校帰りに待ち合わせの場所で望美を待っていると突然頭の中で何かが響いた。
「っ・・・!!」
頭が何かに打ち付けられたかのような痛みの錯覚に陥る。睦月は思わず膝をついた。
『俺を受け入れろ!!』
声が脳に響く。睦月は抗おうとした。だがその思いも空しく睦月は意識を手放した。そしてその顔は今朝、ヤンキー達を一蹴した時の表情そのものだった。


彼は立ち上がるや否や荷物を放り出して走り出した。その走っていく方向はまさにギャレンとモールが対峙した場所でもあった。学校からそこまでの距離はそう遠くは無い。5分くらいでたどり着き穴を見つめた。息を少しも乱さずに無表情で深緑のバックルとカードを取り出す。カードを装填しベルトを巻きつけた睦月は平坦な口調で、
「変身・・・」
睦月はレンゲルに変身すると同時に穴に飛び込んだ。

ギャレンは僅かだが押されていた。地中というモールに適した環境があるのも一つの事実といえるかもしれない。そして遮蔽物が無い上にこの空間の狭さ、銃を使うにはあまりにも条件が悪い。ギャレンはモールの爪を避けて拳を放つも盾に阻まれる。
「ちっ」
ギャレンは距離を取り銃を抜いた。何とかブレイドの到着まで時間を稼ぐしかない。照準を合わせるのは一瞬、そして引き金を引こうとしたとき背後で足音が聞こえてきた。
「剣崎!」
だがギャレンの予想は違っていた。振り返ると簡単に闇に溶けそうな深緑の戦士が走ってきていた。
「レンゲル!?」
ギャレンは身構えるがレンゲルはそれすら無視してモールへと向かっていった。レンゲルの突き出した一方的な拳をモールは盾で防いでいく。そしてカウンターとばかりにレンゲルを爪で薙ぎ払った。
「ぐぁっ」
横に転がって立ち上がろると同時に杖を展開させた。しかしレンゲルが行動をするよりも速くモールは横の壁に飛び込んだ。そう、まさに飛び込んだのだ。普通なら壁に激突するところをモールの姿は無かった。
「潜ったのか」
ギャレンが呟いて周囲に静けさが走る。レンゲルは左右を見渡したが何もない。そして、何の前触れも無く岩が砕けるような音がした。それと同時にレンゲルの上に砂利が降ってくる。
「!!」
上からモールが落下してきた。爪を構えレンゲルに振り下ろした。この不意打ちはレンゲルにとって大きくモールの攻撃は直撃した。やがて二撃、三撃と攻撃を喰らう。レンゲルは杖を振った。だが闇雲に振るわれた杖はモールに当たらない。モールがレンゲルから離れたときギャレンの援護射撃が入ってきた。光弾を数発当たったモールはその状況に分が悪いとでも感じたのか先ほどの同様に壁へと進んで潜った。ギャレンは緊張を解いたがレンゲルはまだ杖を振っていた。
「おらあ!」
声とも言いがたい唸り声も混じりレンゲルは何故か杖をやたらめったらに振るう。どこか錯乱しているように見えた。ギャレンはレンゲルを止めようと向かった。
「落ち着け!もう敵は逃げた!」
だがレンゲルは止まらない。まるで見えない何かに向かって杖を振るっているかのようだった。
「よせ!」
ギャレンの言葉を聞いてレンゲルはまるで糸が切れたかのように倒れた。そしてレンゲルのバックルが閉じて睦月が姿を見せた。ギャレンが担ぎ上げても睦月はまだ震えていた。
「しっかりしろ!」
しかし睦月はそれに答えない。ギャレンは入ってきた穴のほうに向かった。その上にはたった今到着した剣崎がいた。
「橘さん!待っててください。今引き上げますから」


暗かった・・・とても暗い闇にいるような気がした。いくら叫んでも、いくらもがいても、その声は響くことは無く、その手は何も掴むことは無い。誰もいない、たった一人だった。それが堪らなく怖かった。しかしそこに一つの光が灯った。その光は徐々に明るみを増していき・・・

「気がついたか?」
見上げると男の人が立っていた。確か仮面ライダーの一人、おぼろげな頭で名前を探す。
「確か橘さん・・・?」
その後ろのにはもう一人、
「剣崎さん?俺なんでここに・・・?」
睦月は辺りを見た。目の前には河川が走っている。
「何も覚えてないのか?」
剣崎の問いに睦月は首を横に振った。剣崎はため息をついた。あの後剣崎と橘はその場を離れてその河川敷の方まで来ていた。
「どうしても君に聞きたいことがある」
そう言って膝を折ったのは橘だった。そして橘は自分の中に浮かんだ仮説を口にした。
「君には何かあるんじゃないか?そうだな・・・例えばトラウマになるような経験をしたとか」
何も知らされていなかった剣崎は驚いた。しかし橘の顔は真剣そのものだ。
「どうしてそう思うんです?」
睦月はようやく立ち上がった。
「君には覚えが無いかも知れないがレンゲルに変身したとき酷く錯乱していた。その弱みがカテゴリーAの付け入る要素なんじゃないかと思ったからだ」
「はは・・・」
睦月は自嘲気味な笑いを浮かべた。
「ライダーが暗闇を怖がるなんて情けないですよね・・・」
睦月は手すりに手を置いて続けた。
「俺、小さい頃に誘拐に遭ったんですよ。そのときの記憶はほとんど無いんですけどたまに夢とかにそんな感覚が襲ってくるんです・・・」
剣崎と橘は険しい顔でそれを聞いていた。無理も無いだろう、それがどれほど怖いかなんて実際遭ってみないと分からないだろう。
「じゃあその事が蜘蛛が睦月を離さない理由なんでしょうか?」
剣崎は橘にだけ聞こえるように聞いた。
「恐らく・・・」
そして橘はある物を取り出して睦月の方に行った。
「君が心のトラウマを抱え続けてる限り蜘蛛は君を離さないだろう。蜘蛛の意思は容赦なく君に干渉する」
そして橘が睦月に深緑のバックルを見せた。さっき取っておいたバックルを橘は全力で河川の方に投げた。ポチャンと音を立ててバックルは見えなくなった。さすがに剣崎は度肝を抜いた。
「ちょっと橘さん!なんてこと!!」
しかし、何故か睦月の足元にはさっきのバックルが水蒸気を出しながら置かれていた。さっき投げたのは確かにレンゲルのバックルだったのに。
「蜘蛛は君を選んだんだ。そのベルトは俺達ではどうしようもない・・・」
確かに蜘蛛の邪悪な意思が消えない限り二人には打つ手が無いのは仕方が無いことだっただろう。だが橘は、
「明日、土曜だから学校は無いはずだな。10時に・・・」
橘は場所を告げた。その場所を言った意味が剣崎には分からない。もちろん睦月にも。
「え!?そこで・・・」
睦月が言葉を続けようとしたとき、
「睦月!!」
剣崎と橘の後ろで女の子の声が聞こえてきた。
「望美・・・」
「こんな所で何やってるの?荷物放置して・・・」
そして望美は橘と剣崎を見た。
「睦月が何かしました?もしかしてカツアゲとかじゃないですよね??」
じろりと近くにいた橘を睨みつけた。どこか栞を思わせるような目線だった。
「そんな馬鹿な真似はしないよ。そんなことをしたら君が許さないんじゃないか?」
橘は笑みを浮かべた。望美はそれ以上聞かず睦月の腕を取った。
「ほら、行くぞ」

その後ろ姿を剣崎と橘は見つめていた。
「橘さん、・・・で何をするんですか?」
「俺が睦月を鍛えようと思う」
「え!?」
剣崎は驚きを隠せなかった。
「蜘蛛の意思を抑えるのは睦月自身しかない・・・例えライダーとして戦わなくても」


そしてあくる朝。睦月は言われた時間、場所に来ていた。
「ここで何するんだよ・・・」
睦月は思わずぼやいた。そして橘がやって来た。
「君が来るのを待っていた。さあ行こうか」
「ちょ・・ちょっと待ってください!ここで何するんですか?」
「君を鍛える。ギャレンになるための基礎訓練の一つ、動体視力のな」
そして睦月は看板を見た。看板にはペンキで「バッティングセンター」と銘打っていた。