カテゴリー1「仮初の復活」

橘・・・橘・・・・・
「うっ・・・」
頭に直接響くような声で橘は離れていた意識を取り戻した。徐々に掠れていた視界が明瞭になってくる。頭が重い・・・意識を失ってからの記憶が無い、唯一体中ひんやりとした感覚だけが残っている。
「ここは・・・」
廃工場、そう言い表すことしか出来ない光景だった。所どころに埃が積もり人の気配が感じられない。橘は壁にすがりながら立ち上がった。
"しっかりしろ、橘"頭の中で伊坂の声が響いた。
「どこだ!貴様!何故貴様の声が!!」
"君に治療を施した。君の恐怖心を取り除き君は元のギャレンに戻った"
「どういうことだ!俺に何をした。」
橘の声が工場の中で空しく響いた。
"自分の力を試してみろ"
その時、橘の背筋をゾッとさせる感覚が走った。すかさず振り返るとゼブラが3m程はなれて立っていた。しかしゼブラの脚は3mの距離を一気に詰めた。橘は咄嗟に後ろに顔を仰け反らせた。顔がさっきあった場所を拳が通り抜け風圧を生む。
「戦えるのか。おれの体は本当に!?」
腰にベルトが巻きつき橘は左手を構えた。
「変身!!」

「橘さんがいない!?」
「そうなんだ。あたりを探してもどこにをいない。」
剣崎は栞の連絡を受け急いでギャレンが戦っていた場所に向かった。しかしいくら探しても橘の姿どころか人っ子一人いなかった。携帯片手に剣崎はバイクにもたれかかっていた。
「もしかしたら橘さん最期の戦いに挑んだのかも・・・」
虎太郎の不安げな声が聞こえてきた。
「何言ってんだよ!演技でもない!」
剣崎は最悪の事態を考えたくなかった。しかしこの現状を見てどうしたらいいだろうか。
「とにかく今は橘さんをさが・・・」
剣崎の言葉は白井邸で鳴り響くアラーム音でかき消された。
「え・・・?」
栞も戸惑いの声を上げる。
「アンデッドか!?」
「違う・・・ギャレンだわ!場所はそこから西に50キロ!」
それを聞くや否や剣崎はエンジンを唸らせた。

ゼブラは武器を取り出してギャレンに向かった。しかしギャレンは攻撃の隙を的確に捉え易々とかわしていく。そして回し蹴りで武器を右足で弾きギャレンは左足を軸に身を捩じらせ華麗なまでの蹴りを放つ。
「戦えるのか!?俺の体は。」
ギャレンは走り出しそれにあわせる形でゼブラも武器を構える。そしてギャレンが射程圏内に入った瞬間ギャレンの首を一閃するコースで武器を振るった。しかしギャレンの姿はそこには無かった。ゼブラの頭上をギャレンは一気に跳躍し今まさに着地したところだった。そしてゼブラが次に何をすのか頭の中で像が描かれる、すかさずホルスターから銃を抜き取った。
「読める・・・相手の動きが読めるぞ!!」
ギャレンが振り返ればその予想通りゼブラは武器を振り上げていたところだった。そのがら空きの胴体に光弾を浴びせる。
"どうだ橘。これで分かっただろう。君は治った"
再び伊坂の声が頭の中で響いた。ギャレンは向かってくるゼブラを掻い潜り背中を蹴り飛ばした。
「何のためにこんなことを!」
"じきに分かる。いずれまた連絡する。今は戦える自分を楽しむんだな"
頭の中でふっと何か消えた気がした。
「どこだ!」
しかしそのことばかりに気をとられている場合ではない。ギャレンは目の前の敵に集中した。追撃を加えるべくカードを使役する。
『バレット』
銃が一瞬光を帯びる。しかしゼブラにも変化が現れた。像がダブり突然二人のゼブラへと分裂した。
「分身!?」
戸惑いを覚えながらもギャレンは一体へと銃口を定めた。引き金を引き光弾がゼブラへと命中するのを確認しもう一体へと狙いを定めようとした、が。
「!?」
残る一体は姿を消していた。そして光弾が当たったゼブラの像が突然ぶれ始め、そして徐々に消えてしまった。分身を撃った、そうギャレンは確信する。
「くそ!」
あたりを見回してもゼブラはいなかった。それを確かめギャレンはバックルのレバーに手を掛けた。スクリーンを通り抜けたとき橘は自分の手を確かめるように動かした。以前感じたように手に力が入ることは無かった。今までより強くなった感じさえある。バックルを握り締め橘は廃工場を後にした。


「橘さん!」
工場の出口にいた橘を見つけ剣崎は内心ほっとした。
「剣崎。逃げたアンデッドを見なかったか?」
「え?」
橘の口調は冷静だった。クールでかつ冷静な口調で話す以前の姿そのままだった。
「分身されて取り逃がしてしまった。」
「え・・じゃあ治ったんですか?」
「分からない。広瀬がBOARDの資料を持ち出していたな。分析してもらおう。」
そういって橘は背を向けた。剣崎は態度の一変した橘の背中をただ呆然と見つめることしかできなかった。


白井邸で橘はメモリーを栞に渡した。そのメモリにはさっきギャレンの戦闘データが詰め込まれている。栞はすぐさまデータの解析を行う。
「それにしても橘さん一体どこに居たんですか?」
虎太郎が橘に聞いた。剣崎も便乗した。
「そうですよ。行ったら橘さんはいないし、サーチャーからは反応が消えてるし。」
橘は何も答えなかった。それに対する答えが無いわけではない。ひんやりとした感覚がまだ橘の頭の隅に残る。そしてそれを頼りに自分が倒れている間何をしていたのか思い出そうとしても蜘蛛の糸を掴むかのごとくすり抜けていく。
「橘さん?」
剣崎の言葉に、
「あぁ。」
橘は生返事で返した。そして、
「どうだ広瀬?何か分かったか?」
「確かに分身しているわ。見ただけだとどっちが本物か分からないでしょうね・・・でもこれを見て。」
栞は分身したゼブラの映像を映し出した。ちょうどバレットの弾丸が分身体に当たったところで停止した。なぜか分身体の体が白く光っている。
「分身は攻撃を受けた瞬間に体が光るの。ギャレンの銃なら見分けるのは簡単だと思うわ。」
「分かった、次は逃がさない。じゃあな。」
その言葉に剣崎は「えっ!?」と声を漏らした。
「橘さんどこに行くんですか!?」
「お前と一緒にいてもどうしようもないだろ。俺は俺のやり方でアンデッドを追う。」
「ありがとうございます。俺一人だと不安で・・・橘さんがいてくれれば鬼に・・鬼に・・・」
「「金棒!!」」
虎太郎と栞が声をそろえて突っ込みを入れた。
「そう金棒!俺頑張りますから!!」
「あぁ、じゃあな。」
素っ気無い挨拶で橘は白井邸を出て行った。それを見た剣崎はうれしさを堪えきれない様子で竹刀を持って外へ出た。

しばらくして、
「ウェーーーーイ!!」
そんな声が虎太郎と栞の耳に届いた。椅子に座りながらその様子を眺める二人は若干呆れ気味のため息をつく。
「はぁ・・・でも橘さん何か変じゃなかった?様子というか雰囲気みたいなの。」
「僕もそう思った。あんなに恐怖心におびえてた人がそんな急に変わるもんなのかな?」
「でも橘さんは元々すごい鍛錬を積んできた人だから何かきっかけを掴めば。」
「じゃあ何だと思う、そのきっかけって。」
虎太郎の言葉に栞は腕を組んで考え込んだ。虎太郎は窓から見える剣崎を眺めながら牛乳を飲む。
「それ・・・」
「何さ?」
栞は虎太郎の手に握られている空の牛乳瓶を指差した。机の上には飲み干された牛乳瓶が数本並べられている。
「少し飲みすぎなんじゃない?牛になっちゃうわよ!」
虎太郎は新しい牛乳瓶の蓋を開けながら満足げな声でこんなことを言った。
「だったら自分のお乳を飲めばいいじゃん?もぉ〜〜ってね。」
それにはさすがに栞も、
「最っ低!」
非難の声を漏らした。外からはまだ竹刀を振っているのだろう剣崎の声が聞こえるだけだった。

「待ってよ兄貴!」
荷物を肩にかけ始はビルを後にしようとした。仁が始の前に回りこむ。
「俺さ心配なんだよ。またあのヤクザ達に追われるんじゃないかって思って。頼む、行くところが無いなら俺のボディーガードやってくれよ。」
しかし始の無表情な瞳は仁を一瞥し、ただ背を向けるのみだった。
「そしたらさ兄貴の言うこと何でも聞くからさ!」
その言葉に始が僅かながら反応した。ゆっくりと振り返る。
「その言葉は本当か?」
「あ、ああ。」
突然の言葉に戸惑いながらも仁は返事した。


白井邸で戦いを告げるアラート音が鳴り響いた。それを見て栞は窓から顔を出し剣崎にあらん限りの声で叫んだ。
「剣崎君、アンデッドが現れたわ!!」
巻藁に竹刀を打ち込んでいた剣崎はこちらを振り返って、
「わかった!!」
そう行って走り出した。取り残された巻藁には「アンデッド」と書かれた紙が貼り付けられている。それを見て栞は心のうちで再びため息をついた。どこまでも単純な人なんだろうか・・・
「場所は?」
バイクの前で虎太郎がヘルメットを持ちながら待ってくれていた。虎太郎はヘルメットと竹刀を交換しながら目標地点を教える。
「気をつけて」
「ああ!!」
剣崎はバイクに跨りその場を後にした。

栞はもう一人の人物に連絡を入れた。
「橘さん、アンデッドをキャッチしたわ。」
「分かった!」
アンデッドサーチャーにはブレイドの位置が表示され、それに続くようにダイヤマークが新たに表示される。
「そこから東北東45キロよ。ブレイドも今さっき向かったわ。」
次に橘の口から飛び出した言葉は栞と側にいた虎太郎の意表をつくものだった。
「剣崎を止めろ!俺がやる!!」
そういって通信がプチッと切れた。
「やっぱり変だよ、橘さん。」
虎太郎は徐々にアンデッドに近づいていくギャレンのマークを見つめながら呟いた。


波止場で叫び声が響き渡った。しかしその声は二度と聞こえることは無かった。ゼブラはゆっくりと立ち上がり辺りを見回し、こっちへ向かってくる赤い姿を捉えた。
それはギャレンにとっても同じだった。ゼブラを発見しバイクのエンジンを更に唸らせその勢いを生かし前輪を持ち上げた。ウィリーを維持したまま突っ込んだがゼブラは横に跳ぶ。回避されたギャレンはバイクを急停止させ飛び降りゼブラに向かって走り出した。
そしてブレイドが到着したのは既にギャレンが戦っている最中であった。
「橘さん!」
ゼブラと組み付きあいながらギャレンは
「手を出すな!これは俺の戦いだ!」
そう叫んだ。
「何言ってるんですか!誰かの戦いなんて。」
ブレイドは走り出しギャレンと組み合ったままのゼブラにパンチを入れる。そして剣を抜き駆け出そうとしたとき、その動きは急に止められた。ギャレンが後ろからブレイドを押さえつけているのだ。
「頼む。確かめて見たいんだ。俺の体が本当に治ったのか!」
ブレイドを後ろに退かしギャレンはゼブラを投げ飛ばした。ギャレンが走り出すのと同時にゼブラもすぐに起き上がりギャレンへ駆け出す。まず仕掛けたのはゼブラだった。ゼブラがギャレンの右頬にパンチを放つ。ギャレンは仰け反ったがすぐさま体制を立て直してゼブラの拳を次々と防いでいく。そして何発か防いだ後の僅かな隙を見逃さなかった。左足に体重を乗せ体を捩り右足はその勢いと遠心力でより強くなる、そして全てのモーメントを敵に放てるよう角度を調節する。
「っらぁ!!」
回し蹴りを横っ腹に受けゼブラは真横に吹き飛んだ。距離を詰め今度は左足での蹴り。しかし二度も同じ手は通じなかった。ゼブラはギャレンの左足を防ぎホールドする。右足だけで立ったままの状態になってしまった。
「!?」
咄嗟の反応でギャレンは右手をホルスターに手を伸ばす。そして掴んだ銃で狙いを定め引き金を一気に引く。ゼブラは左足を掴んでいた腕を放しバックステップとも跳躍とも言える程跳んでみせた、がその動きに合わせたかのような光弾全てがゼブラに命中した。ブレイドはそれを見て息を呑む。
「すげぇ・・・」
倒れたゼブラの像がぶれる。ブレイドは緊張したが一度見たギャレンは動じなかった。重なるようになったゼブラがそのまま二人に分かれる。
「分身。やっぱり俺も!」
ブレイドは剣を構えたがギャレンはその足元に弾を放った。
「手を出すな!」
そして分身したゼブラの一体に放つ。仰け反りながらもギャレンの光弾が当たる度にその体がフラッシュする。そしてもう一体の方へと狙いを定めた

「あっちが本体か!!」
ギャレンはカードホルスターを広げ二枚抜き取る。
『ファイア』
『アッパー』
ギャレンの右拳が炎で包まれボクシングのファイティングポーズをとる。二体のゼブラは同時に走り出した。そして同時に跳躍しながらギャレンに攻撃を仕掛ける。しかしギャレンの狙いは一体だけだった。拳が最大限の力を発揮できるタイミングを狙いギャレンの拳が放たれる。
「はぁっ!!」
確かに伝わる手ごたえはそれが本体である証だった。ゼブラは胸に炎の焼き跡をつけたまま吹っ飛んだ。そしてバックルが開かれる。ギャレンはカードを投げゼブラを封印する。
『9 ジェミニゼブラ』分身能力の行使。

「やりましたね、橘さん!」
剣崎は笑顔で橘に駆け寄った。
「ああ。」
橘も笑顔で返す。
「でもどうやって恐怖心を?」
橘は深く考えるようなそぶりを見せながら後ろを向いて、
「自然さ。考えることも無かった。自然になくなってた・・・」