カテゴリー2「変貌」

伊坂は気配が一つ消えるのを感じた。
「実験は成功だな。これでギャレンは私の手駒だ。」
そう言った伊坂の目の前には人が一人分くらいは浸かれそうな大きな水槽があった。その水槽には緑の液体と何か植物のようなものが漂っていた・・・


マナーの悪い客、というのは色んなタイプがいるものだ。タバコを吸う客、うるさい客・・・ハカランダで手伝っている限り天音もそういう人たちを目にする。そして今回の客は天音の機嫌をより悪くさせる客だった。
ズルズルーーー
そんな音を立てながらスパゲティをほお張り水をガブガブ飲んでる男がいた。天音はムスッとした面持ちでその客を見つめていた。
「何よあれ・・・」
「よしなさい。お客様よ。」
遥香は静かに天音を諌めた。
「すいません、お冷!」
男が威勢良く言った。天音は口を真一文字に結んだままコップにドバドバと水をこれでもかというくらい入れる。そして入れられた水を一気に飲み干した。
「プハーッ!ごちそうさま!本当にいいお店だよね。」
男は店見渡しながら立ち上がりレジに向かった。遥香がレジの前に立つ。そのとき男がレジに身を乗り出してきた。
「ねぇ。俺この店の常連になっちゃうから困ったことあったら俺に言って、ね?」
「あはは・・・ありがとうございます。」
さすがの遥香も苦笑いで応待した。
「800円だね?釣りはいらないから!おいしかったよ、明太子スパゲティー。それじゃまた!」
封筒を置いて元気よく男がハカランダを出て行った。天音はまだムスッとしている。
「何よ、あれ!明太子じゃないでしょうが。たらこよ!味もわかんないくせに!」
封筒の中身を覗いたとき天音は大きく息を吐いた。封筒の中身の硬貨を乱暴に置く。
「お釣りいらないってぴったりじゃない!」
遥香はそんな天音の様子を見て心のうちでため息をついた。始が出て行ってから天音の機嫌はこの通りだ。どうにかならないかと遥香は心底思うのであった。


男、仁はハカランダの脇に止めていた車に乗り込んだ。
「兄貴、行ってきましたよ!大丈夫でしたよ、二人とも元気そうでした。」
「そうか。」
助手席に座るのはずっと前を向いたまま返事をした始であった。
「でもあの二人は何なんですか?兄貴にとってどういう関係で?」
始が答えるのは少し間が空いてからだった。
「あの二人の大事な人は俺の戦いに巻き込まれて死んだ。」
雪山で写真を自分に渡す男。始にとってはまったく意味が分からないもののそれを受け取った。
「俺は一枚の写真を渡された。それは男の家族の写真だった。俺には意味が分からなかった、この男の気持ちが。何故死ぬ間際で他人のことを気に掛ける?俺にはたまらなく不思議だった。」
「それは考えるさ、家族に会いたいって。」
始の表情は依然変わらなかった。
「俺にはわからない。その気持ちが、だからここに来た。」
仁はフッと笑った。仁は始から不思議な何かを垣間見てきた。まるでどこかの映画に出てきそうな感情を知らないロボットのようなことを言うこの男を。
「本当に兄貴って変わってな。」
「出せ。」
応ずるままに仁は車を発進させた。

その車に始が乗っていることに気付くことなく虎太郎がすれ違っていった・・・・
そして白井牧場に黒い来訪者が来たのを誰も知らない・・・

「治った?」
診療所で小夜子はいぶかしむような声で聞いた。
「あぁ。」
橘は笑顔を小夜子に向けた。
「克服したんだ、恐怖心。また戦える。」
小夜子はまだ信じきっていなかった。橘はそんな小夜子の手をとった。
「前より強くなった気がする。」
橘はより強い言葉で言った。
「これで君に心配をかけなくて済む。お祝いだ。何か食べにいこ。」
しかし小夜子は歩みだそうとしなかった。
「どうしたんだよ?喜んでくれないのか?」
小夜子は首を横に振った。
「ずっと心配してくれてたんだろ?喜んでくれよ、な?」
「そうだね・・・」
小夜子はようやく笑顔を見せてくれた。橘も笑い返して、
「いこ。」
背を向けたとき小夜子は橘の髪の毛に何かが付いてるのを見つけた。
「待って。何か付いてる。」
取れたそれは埃ではなかった。乾燥植物みたいな何かの植物のようだった。
「何でもないよ。行こう。」
橘は部屋を出て行った。小夜子は着ていた白衣をハンガーにかけながら考えていた。何かが違う、いつもの様子とは違う何かが橘の中で変わっている・・・。

しかしそれに小夜子が気付くのはまだ先の話だった。


「お・・・重い・・・」
剣崎は呻いた。
「だらしないわねぇ。こんなの楽勝じゃない!ったく虎太郎ったら自分で牛乳瓶を片付けないんだから・・・!」
栞はぶつぶつ言いながらずんずん歩く。楽勝!?感嘆の念を禁じえないな・・・それに出来るものなら少し手伝って欲しい。剣崎はほとほとに思ってしまった。
二人は今虎太郎に飲み干された牛乳瓶を運んでいた。家の前に残された箱は8箱。最初は剣崎が「俺、5箱持つよ。」って言ったがそれを持ち上げようとした途端、
「う・・・ごめ・・・無理・・・」
あまりの重さに耐え切れず、すぐに降ろしてしまった。栞は呆れて結局半分ずつ持つことになった。しかし4箱でも充分に重い。剣崎が箱を降ろしている間にも栞は先先と歩いて差がどんどん開いていく。剣崎は「う〜っ」と言いながらだるくなった腕を伸ばした。そして箱を持ち上げて急いで栞に追いつこうと小走り。が残り2mくらいのところで栞は突然立ち止まった。何事かと思い剣崎は箱を降ろし駆け寄り、そして栞の隣に来たときすぐさま身構えた。
「お前は!!」
その目線の先には二度と忘れることが出来ないような真っ黒な出で立ち、
「まぁ待て。そう身構えるな、私はただ話をしに来ただけだ。」
そして落ち着き払った様子、伊坂が立っていた。栞はいまいち事情が読み込めない。
「誰なの?」
「所長の言ってた奴だ!新しいライダーを作ろうとしている上級アンデッドだ!!」
それを聞いて栞も身構える。
「ここに何のようだ!」
「だから言っただろう。話をしに来ただけだと。それでどうだ?私の治療を受けないか?」
「なんだと!?どういう意味だ。」
「その言葉どおりだ。君なら私の治療を受けることでより強くなれる。その成果はギャレンで証明済みだ。」
「どういう意味だ!貴様橘さんに何を!!?」
「いいじゃないか。そのおかげで彼は戦える体に戻った。そして君ならより強くなれる。」
「黙れ!!」
剣崎はバックルを取り出した。
「そんな力俺はいらない!今やるべきことはお前を封印することだ!」
それを聞いた伊坂は肩を竦めた。まるで覚えの悪い子供に呆れる大人のように。
「どうも君は血気にはやる。人の話を聞こうとしない。仕方ないな・・・」
そしてさっきまでの態度がサッと消え空気が張り詰める。
「君は痛い目にあわせないと物が分からないらしいな。」
伊坂は七色の光と共にピーコックへと姿を変えた。

"橘・・・私の元へ来い"
突き抜ける風を無視して伊坂の声が突然聞こえてきた。頭の中に直接響く。
「何言ってんだ!!」
後ろにいた小夜子は「何!?」って身を乗り出した。
"早く来い。もうお前の体はあの液体がないと耐えられないはずだ。"
それは突然だった。橘の頭の中に強烈なイメージがあふれ出た。そして橘は全てを思い出した。ひんやりとした感覚、水槽に浸かる自分、そしてそこから見える伊坂の姿。
"思い出したな。そうだ、私の元に来い。お前もよく知っている場所だ。"
橘は突然バイクを脇に止めた。そして小夜子のほうに向き。
「降りろ。」
「え!?」
小夜子は聞き返した。
「降りろ!!!」
ヘルメットの中から覗く形相は何かにとりつかれたようだった。小夜子がバイクから降りるや否やバイクは発進した。
「橘君!!どうして・・・」
小夜子の声に振り向くことなくバイクはやがて見えなくなった。


形勢は一方的だった。
ピーコックの剣がブレイドの胸を叩きつける。鎧に覆われた体は傷こそつけられないものの衝撃だけは体の芯にまで響き渡る。
「これが・・・上級アンデッドの力なのか・・・」
ブレイドは膝を着いた。ピーコックは止めをさそうとブレイドに近寄った。が、その歩みは突如止まる。
「来たな。」
横を向いたピーコックはブレイドと距離を離した。そのとき、

バイクのエンジン音と共にギャレンが二人の間に割り込んだ。
「橘さん・・・!」
ギャレンの到着にブレイドに少し力がみなぎる。しかしギャレンはバイクから降りた途端ブレイドに向かって走り出した。呆然と立ち尽くすブレイドだったがギャレンが拳を振り上げた際に一瞬思考が付いていけなかった。すぐさま潜りこんで回避、ギャレンの拳は空を切る形となった。しかしギャレンはゆっくりと振り返り再びブレイドに攻撃を仕掛ける。
「橘さん!どうしたんですか!!」
しかしギャレンは聞く耳を持たずひたすらに突っ込んでくる。ブレイドは攻撃を回避していくか攻撃を受け止めるしか出来ない。そして左腕から放たれたパンチを右に避けた、がそれは突然のことだった。
「え・・・」
ブレイドはそんな声を上げた。何故か目の前にギャレンラウザーの銃口が押し付けられている。時間が凍りついたような感覚がする。
左腕は囮・・・そして右腕は銃に手を掛けた・・・動きが読まれた。脳裏に光弾が全て命中したゼブラの光景がよぎる。そしてブレイドの体は一度宙を舞いそして地面に叩きつけられた。再び全身に衝撃が走る。
「がはっ・・・」
栞は木の陰からその様子を見ていた。
「何!?どうなってるの。橘さん!!」
伊坂は二人の戦う様子を眺めながら口元に笑みを浮かべた。
「そうだ、ギャレン。お前の力を証明してみろ。ブレイドを倒せる力をお前は持っている。」
ギャレンは銃を向けながらブレイドに向かって叫んだ。
「剣崎、お前を倒す。そして俺の力を証明する!!」