カテゴリー2「動き出す糸」

白井邸で深沢小夜子は剣崎にあの植物を見せた。手渡されたシャーレを剣崎はまじまじと見た。
「これが橘さんの体に?」
「そうなの。知り合いの専門家に聞いてみたんだけどね」
興味のある栞も小夜子の前に紅茶を置いて剣崎の隣に座った。
「どうもそれ一万年前に絶滅した植物だって。」
「一万年前!?」
剣崎と栞は我が耳を疑った。一万年前、何が起こったか二人は知っている。
「だからその事を橘君に聞きたくてあそこを突き止めたんだけど・・・」
またまた二人は閉口した。橘がもうあそこにいない事は火を見るより明らかだ。そこに虎太郎が新しく買ってきた牛乳片手にやってきた。
「あの・・・小夜子さん、でしたっけ?それで、その・・・」
「ん?」
「橘さんとはどれくらいの付き合いで・・・というか、えっと〜その・・・」
虎太郎は他方から強烈な目線を感じた。そっちをチラッと見ると剣崎と栞がジトッとした目で見ている。その二人の目線はこんなことをいっている気がした。
(お前は黙ってろ!!)
さすがの虎太郎もそれ以上はいうことができず、
「いえ、何でもありません。」
と言って口をジッパーで閉めるかのような動作。小夜子も気付いていたのか笑みをもらす。剣崎は話を本筋に戻すべく口を開いた。
「これが何かわからないけど伊坂って奴がこれを使って橘さんに何かしたのは確かだ。」
「引き続き分析を頼んでるから連絡します。」
「お願いします。」

家を出て行くとき小夜子は見送る三人に言った。
「橘君は私のことを頼ってくれた。だからどうしても助けたくて・・・」
そして静かに出て行った。それを聞いた剣崎は悲しくなった。あそこまで心配してくれているのに橘さんは何をやっているんだろう・・・


始は仁の住むビルの前にバイクを止めた。ヘルメットを置いたとき
「アンデッド・・・さっきの奴か。」
始は一人呟き、そして気配を走らせた。


ジャガーは先刻得た得物の首に齧り付いていた。鮮血が口の中で一気に広がっていく。その血肉がジャガーの渇きと飢えを満たしていく。そして心行くまで貪り、ジャガーは立ち上がった。しかし、目の前には「誰か」が立っていた。
「お前・・・!!」
それは特異なオーラを放つ「蜘蛛」だった。しかもその姿にジャガーは覚えがある。バトルファイトにおける「A」の名を持つ特別な存在。ジャガーは恐れおののくように後ずさった。しかし「蜘蛛」はゆっくりと距離を詰め、
「消えろ。」
とだけ言った。「蜘蛛」の頭部が三つ葉に光る。ジャガーはそれに従うかのようにあっという間に消えてしまった。

それは当然、始の元にも届けられていた。
「二体・・・消えた?残った方の気配・・・まさか。」
しかし深い思考の中にいる始の視野に一台の車が目に止まった。すぐさま目の前の世界に意識を戻す。その黒い車の中には誰もいなかった。
屋上にスーツ姿の強面の男が立っていた。始は屋上へと続くドアからそいつを垣間見た。そして気配を殺して一気に近づく、まさに獣が獲物を静かに捕らえるかのように。何の訳もなく後ろに立ち腕を取って捻り上げた。冷静な瞳が相手を射抜く、
「あいつの仲間か?」
「な・・・なんのことだ!?」
男は苦しそうな声を上げた。しかしそれに構うことなく腕はどんどん行っては行けない方向に曲がっていく。
「いいんだ、兄貴。」
始は声のするドアのほうを向いた。仁が立っている。そしてため息交じりの声でこう言った。
「出て来いよ、親父。いるんだろ?」
その声に応じるかのように一人の男が物陰から姿を現した。顔つきがどこか仁と似ている。始は男の腕を放した。
「っ・・・!」
男は捻られた腕を確かめるように肩を摩った。始は驚きを含ませた眼差しで仁を見た。
「親父?」
「そう、音楽プロデューサーの一之瀬優。最近テレビでよく見るだろ?自分とこで出したアーティストより目立っているし。」
「要するに目立ちたがり屋。って言いたいんだろ?まぁその通りなんだけどな。」
一之瀬は自嘲的な笑みを作って見せた。しかし仁は敵意剥き出しの表情だった。
「いまさら何のようだ!言っておくけどあの話は聞く気はない!!」
「何度言ったらわかる。お前にはギター、いやミュージシャンとしての才能が無い。俺と一緒に音楽を作る側の人間になれ。」
「断る。何でそんなことをあんたに決め付けられなきゃいけないんだ!」
「それはお前の父親だからだ。俺はもう息子を失いたくない。」
始は仁を再び見つめた。そしてこの前言われたことを思い出す。
(駄目かな?兄貴って呼んじゃ?)
「ふざけんな!!」
仁は声を張り上げた。完全に頭に血が昇っている。
「兄貴が死んだら次は俺かよ!俺はあんたの言い成りでも玩具でもない!!帰れ!!」
吼えるような仁に急き立てられ一之瀬と男はその場を去って行った。

「どうしてだ親父・・・どうしてわかってくれない・・・」
仁の声はどこか寂しげだった。


「にしても橘さんも隅に置けないよね〜」
虎太郎はニヤニヤした面で言った。
「あんな美人な彼女がいるなんて。しかも女医さんだし。」
「な〜に馬鹿なこと言ってんのよ。」
そんな事を言ってる能天気な虎太郎にただただ呆れる栞。
「あんなに心配してくれてる人がいるのに橘さん何やってんだろう・・・」
剣崎は椅子の背もたれに体を預けた。そしてそのクッションの柔らかさにどんどん意識が遠のいていこうとしたその瞬間、

アンデッドサーチャーが反応を示した。

剣崎は慌てて飛び上がった。白井邸に緊張が走る。栞は真っ先にパソコンの前に向かった。
「ここから近い!南西9キロ!!」
「了解!!」
剣崎は家を出て行った。

それは剣崎が出て行ってすぐ後のことだった。サーチャーが別のアンデッドをキャッチした。しかし何か様子が違う。
「何このアンデッド・・・」
栞はすぐさまサーチャーが捉えた波長を分析する。
「反応パターンが普通と違う・・・」
他のアンデッドと比べた結果、それは「ブレイド」と「ギャレン」と限りなく近いものだった。


研究所でもすぐに動きが見られた。
「アンデッドです。ブレイドが向かっています。」
研究員の言葉と同時に伊坂は機械より早く別の気配を捉えた。
「いや、もう一体いる。これは・・・まさかカテゴリーA。」
「お前の欲しがってる奴か?」
橘がふらっと現れた。
「ブレイドなんかよりも面白い相手だ。そっちに向かってくれ。これを使え。」
そして伊坂は橘にブランクカードを投げつけた。受け取り確認した橘は戦いに赴くべく部屋を出て行った。


とあるレストランの見習いがゴミを裏手のゴミ箱に捨てていた。
「ったく・・・いつになったら厨房で働かせてくれるんだよ・・・」
愚痴をこぼしながら蓋を開け乱雑に重ねられたゴミ袋の上にそれを乱暴に置いた。そして何事も無く蓋を閉めドアノブに手を置いた瞬間、
「うぁっ!!?」
突然足元の感覚が消え失せた。そしてさっき目の前にあったはずのドアは無く眼下の景色となっている。あたりを見回せば見えるのは白い糸。自分の体中にもそれが纏わりついて身動きが取れない。
「なんだよこれ!?」
宙に浮いたまま男はもがいても何も起こらない。しかし男の目の前にゆっくりと何かが降りてきた。見習いの顔の血の気が一気に引いていく。そしてその異形の姿に驚きパッタリと気絶してしまった。

背中から生えた6本の脚に禍々しい三つ葉を思わせる顔のつくり。4枚目のカテゴリーAにして蜘蛛のアンデッド、スパイダーが口から大量の糸を吐き男を糸の中に閉じ込めてしまった。


そしてサーチャーが示したまさにその場所には小夜子がいた。そんな事など露知らずに歩く小夜子。ふと立ち止まって、
「剣崎君か・・・」
その声はどこか嬉しげだった。今まで自分だけだと思っていたらちゃんと仲間がいる。
「橘君、心配してくれる仲間がいるじゃない。ちょっと安心した。」
そして次の曲がり角を曲がったときに思いがけないものが目に飛び込んできた。
「ヴヴ・・・」
血にまみれた死体。そしてそれに喰らいつく一匹の獣。いくら医者とは言え急に死体を見せられたらショックを受けないわけ無い。
「キャー!」
その叫び声に気づいたのかジャガーはゆっくりと立ち上がる。小夜子は来た道を全力で戻りだす。しかしその距離間を難なくジャガーは詰めてくる。後ろを振り返ればジャガーは鋭利なつめを振り上げてきた。
「きゃぁ!!」
手の甲を爪が引っかく。焼けるような痛みが手のひらから走り、滴る血をハンカチで押さえながら小夜子は後ろに下がっていく。ジャガーは身を屈め今にも襲ってきそうな気配だ。そしてとどめを刺そうとジャガーは右腕を振り上げた。死を覚悟し小夜子は目を瞑った。
「・・・!?」
しかしいつまで経っても何も起こらない。恐る恐る目を開けると目の前で剣崎が必死でジャガーの動きを食い止めていた。
「剣崎君!?」
「小夜子さん、ここから逃げて!!」
言われるがまま近くの物陰に隠れる。剣崎はジャガーの腹に蹴りをいれバックルにカードを装填した。一気にベルトが飛び出し腰に巻きつく。そして右手を前に構え宣言する。
「変身!!」



白い塊は空中にぶら下げたままスパイダーは己の糸でゆっくりと地面に降りた。その白い塊は身動き一つしない。そしてスパイダーの目の前にはすでにベルトを装着した橘が立っていた。どす黒く光る目がスパイダーを捉える。
「変身」
橘はゆっくりとゲートを通り抜け銃を手にした。


「速い・・・!!」
ブレイドは苦悶の声をあげた。さっきから剣を構えるも敵の姿を捉える事ができない。目の前にいたはずのジャガーが突然姿を消し、砂埃を上げながら次の瞬間には死角にいる。ブレイドはどうにかして防ぎ攻撃に転じようとしても再び姿をくらます。感覚的にぎりぎりで防いでいくもどうしても攻撃は喰らってしまう。
後ろから攻撃を仕掛けたジャガーのクローを背中に受けブレイドは思った。こいつを倒すには二つの場合がある。ひとつは相手のスピードに追いつき攻撃を仕掛ける、そして二つ目は攻撃を見切った上でのカウンター。そして自分にはあいつと同じような速さを得る術が無い。
「どうすれば・・・どうすれば相手の攻撃を見切ることができる・・・」
そして閃いた。相手の攻撃があたる前に、かつ攻撃を当てる方法を。ブレイドは二枚のカードを抜き取りラウザーに通した。
『スラッシュ』
剣が光を纏う。ブレイドはその場で腰を落とし剣を構えた、まるで居合のように。今にも抜刀しそうな勢いでも、ブレイドはじっと動かず気配と殺気だけで相手を探ろうとする。そして機は訪れた。視界の端に黄色い影、そして首筋にぞっと戦慄が走る。
「そこか!!」
ブレイドは振り向きざまに真横に剣を振るう。考えどおりクローを切り落とされたジャガーがいた。そのままブレイドは続けざまに両手持ちで袈裟切り、そして右手にシフトし真下からの切り返し、そして蹴り飛ばした。
「もらった!!」
ここぞとばかりにブレイドはカードを展開する。
『サンダー』
『キック』
そして雷が走り足に集中していく。
『ライトニングブラスト』
「はぁ・・・!!」
ブレイドは剣を突き立て一気に駆け出した。立ち上がったジャガーも走り出し迎え撃つ。助走をつけブレイドは跳び上がり最高のタイミング、角度を定め足を突き出す。
「ウェーーーーイ!!!」
ボディーに足がめり込みジャガーは再び吹き飛ばされた。電撃が体中を駆け巡り爆発を生む。しかしアンデッドであるジャガーの体は保たれたままだった、その代わりにバックルが開かれる。ブレイドはブランクカードを投げつけ封印する。
『9 マッハジャガー』速度上昇。
剣を収めるや否や真っ先に栞から通信が届く。
「剣崎君。別の場所にもう一体いるわ。橘さんが戦ってる!」
「わかった!!」
ブレイドはバイクに乗りすぐさま駆け出した。


仁に連れられ始は波止場に来ていた。
「船上ライブ?」
始は目の前の古い船を眺めながら聞き返した。
「そ、船上ライブ。こいつを修理して海に出て客は別の船で来る。んでこの船を取り囲んで大声援ってわけ。こんなの俺が一番最初!」
「おもしろそうだな。」
仁の提案には少なからずも始は惹かれた。
「だろ!?兄貴もそう思うのよな!」
「父親はいいのか?」
それを聞いたとたん仁は再び怒ったような表情をした。
「別にいいんだ。どうせあいつは自分の人形がほしいだけなんだ。」
そして始の方を向いた。
「俺は自分じゃない奴らの世界なんかぶち壊してやる。そして俺、いや俺たちの世界を作るんだ。兄貴とならどこへでも行ける気がする。」

そして辛い別れが来るのにはそれほど時間はかからなかった。それにはまだ仁、始さえも気づいていない。