第11話「振り払う光」

「・・・とまあこんなところだ」
喫茶店で橘は一息ついた。睦月は机に並べられたラウズカードを眺めながら橘がさっき言ったことを頭の中で反芻させた。並べられているのは橘がこれまで手に入れたカード、そしてレンゲルが最初から持っていた『A チェンジスパイダー』『2 スタッブビー』『4 ラッシュライノス』『5 バイトコブラ』『5 ブリザードポーラー』『10 リモートバク』6枚のカードだった。これらのカードは伊坂がどうにかして手に入れたのだろう。ライダーの研究をしていた伊坂がカードを手に入れないはずが無い。
「あとカードの簡単な説明と行きたい所だが実際のところカードは使ってみないとどんな効果を起こすか分からない。それに使うときでも微妙に違うときがある」
使ってみないと分からないという点ではブレイドが『ライトニングソニック』を発動させたときだ。ある程度剣崎は予測していたと思うがそれをも上回る力が発揮された。そしてブレイドの『サンダーディアー』は剣から雷の刃を発生させたり剣に直接纏わせて使う、といったことが出来る。
「使い方次第ですか・・・」
「そういうことだな。だがこれが一番分かりやすい」
そう言って取り上げたのは『6 ブリザードポーラー』だった。
「カテゴリー6は自然のエレメントを使うんだ。このカードは『氷』のエレメント、他のカードと組み合わせやすいはずだ」
あとの三人を言うならブレイドは『雷』、ギャレンは『炎』、そしてカリスは『風』ということになる。それを組み合わせることで彼らは『必殺』と呼べる技を生み出す。
「なんかトレーディングカードみたいですね・・・あとこのカードは?」
睦月は橘の『J フュージョンピーコック』を指差した。確かに他のカードと孔雀が描かれたカードとは微妙にデザインが違っている。
「これは絵札、つまり上級アンデッドだ。このカードは全く分からない。使ってみてもラウザーがチャージされるだけだった」
未知のカード、気になるがどうしようもなかった。
「上級アンデッド・・俺にも封印できるんでしょうか?」
「きっとできるさ・・・さてと、そろそろ行こうか」
橘は立ち上がった。時計を見ると一時を指していた。
「行くってどこですか?また何かの特訓ですか?」
「いや、アンデッドの探索に向かう。剣崎はずっと探しているんだが見つからないらしくてな。一緒に探してもらう」
それは曲がりながらも仮面ライダーとして一緒に行動できるという意味であった。
「はい!俺、頑張ります!」


そうして二人は剣崎と合流した。
「どうだ睦月、少しは強くなったか?」
剣崎は会ってすぐに聞いた。睦月は苦笑いを浮かべて、
「いや、正直全くそんな気はしないんですけど。橘さんがスパルタで・・・」
それを聞いて剣崎も苦笑いを浮かべた。
「はは・・そうか・・・」
橘にしごかれたのは睦月だけではなかった。無論この男もだ。そんな会話を受け流した橘は、
「始めるぞ。前回のデータによると奴はモグラのアンデッドのようだ。剣崎の報告ではサーチャーに反応が無いらしい」
「やっぱり地下深くに潜って身を隠しているじゃないですか?」
「俺もそう思う。だから今回は地下街を重点的に探してみよう。剣崎はこの前のポイント付近、睦月は・・・」
各々橘に指示されたポイントを確認して行動を開始した。橘は二人とは正反対の方角に歩き出した。睦月と剣崎は途中までは一緒だった。
「俺、思ったんですけど。剣崎さんがライダーとして戦う理由って何なんですか?」
「いきなり聞かれてもなあ。やっぱりライダーとして人を守る、それが俺のかけがえの無い、誇りを持てる仕事だからさ」
「そうですか・・・じゃあどうしてライダーに選ばれたんですか?」
「ちょっとそこは色々あってさ・・・要は橘さんにスカウトされたんだ」
剣崎は遠くを見つめるように言った。その日のことは色々あるんだろう。今はそれを聞いてる時ではない、また次の機会にとっておくことにしよう。
「じゃあ俺はこっちなんで」
分かれ道で睦月は言った。剣崎も手を挙げて睦月に言い返した。
「無茶はするなよ」


モールは地下にいた。だが只の地下ではない。東京都心部に張り巡らせた人がつくりしもの。それはモールにとって格好の住み場だった。その時目の前に大きな音共に強烈な光がモールを照らした。

橘から受け取った小型端末を見ながら睦月は地下街をうろうろしていた。反応があればすぐさま伝えられるが今はそんな気配は無い。
「なんせ相手は地下を移動するんだもんな・・・」
見つかるのかと睦月は若干不安になっていた。確かにモグラだから地下を移動するのはわかるがこんな人の目につくような場所にいるだろうか?何かが抜けてるいるような気がする。ふと睦月は天井を見た。そこから続くのは地下鉄への改札だった。地下鉄は様々な場所に張り巡らせられている。移動するのにこれほど便利なものは無いだろう。
「あ!」
睦月は閃いた。そして携帯に番号を入力した。

「地下鉄??」
信じられない、そういう声で橘は聞き返した。
『もしかしたらアンデッドは地下鉄の線路に身を潜めているんじゃないですか?あそこなら人目につくことは滅多になさそうですし・・・』
確かに辻褄は合うかもしれない。橘が最初にモールを戦闘をした場所も、確か地下鉄が走っている場所の真上だったはずだ。
「それに地下鉄は東京周辺を走っているから移動も容易、ということか・・・。わかった、そこを当たってみよう」

橘の指示で剣崎と睦月も地下鉄の構内に来ていた。そこは地下鉄にとっては中心的な場所でそこから様々な場所へと移動する。剣崎は半信半疑だった。
「でも地下鉄って。こんな場所だったらすぐに見つかっちゃうんじゃないですか?」
到着した地下鉄が昼間の少ない客を乗せ走り去っていく姿を剣崎は見送りながら言った。
「わからない。だが調べてみる価値はあるはずだ」
その時睦月のポケットで端末から音がした。アンデッドの反応を受け取った証拠である。
「アンデッド!?やっぱり地下鉄だったんですよ!場所は・・・」
睦月はそれを見て息を呑んだ。
「どうした?どこで現れたんだ?」
「それが・・・」
睦月は呆然として一点を見ていた。剣崎と橘もその方へ向いた。そして橘も勘付いた。さっき列車が出発した方向を見つめながら、
「まさか・・・さっき出て行った列車の線路に!」
それを聞いて真っ先に剣崎は走り出した。それに続いて橘、睦月も駆け出す。線路に飛び降りすぐさま列車の跡を追う。

何かの夢だ、そう思いたかった。もし夢ならいっそのことここで目を覚ましてまだ待機中で居眠りしている自分のほうがどれだけいいだろうか、運転手は本当にそう思っていた。これを夢と言わずに何と言えばいいだろうか?ライトの先に訳の分からない怪物が居たならば。その怪物がゆっくりとこちらを向いた。
「ひっ・・・」
駅長は思わず逃げ出し後ろの車両に向かった。そしてその車両で叫んだ。
「お客様!すぐさま後ろの車両へ避難してください!」
その声に遅れて電車が揺れた。それに動揺し乗客たちもパニックに陥ってしまった。どうすればいい?そう駅長が悩んだとき壁をコンコンと叩く音が聞こえた。


すぐに電車は見つかった。その脇を過ぎて先頭にたどり着いた。そこに待ち構えていたのは火花を散らす列車とモールだった。橘はバックルにカードを差し込みながら言った。
「睦月!お前は中の乗客たちを外に避難させろ。アンデッドは俺と剣崎がやる!」
「はい!!」
睦月はすぐに来た道を引き返した。
「「変身!!」」
背中でその声を聞きながら睦月は扉を見上げた。とにかく中から開けてもらいそこから助けるしかない。睦月は壁をノックした。すると窓から駅員らしき人物が顔を覗かせた。
「誰ですか?救急隊の方ですか?」
「そんなことどうでもいいから扉を開けてください!それと乗客全員ここに集めて来てください。僕が駅まで誘導します!」
運転手はすぐに応じてくれた。中から扉をいくつか開け、男性は飛び降りそれが出来ない女性や子供を睦月が降ろす。昼間のおかげでもあるのか幸い乗客は少ないらしい。
「もう大丈夫だよ・・・」
そういいながら泣きじゃくる子供を睦月は降ろした。そしてどんどん人が列車から降りていく。だが睦月にも疲労は蓄積していった。無理も無いだろう、腕の力や足腰を使う重労働だ。やがて睦月は息切れして壁に手をついた。
「はあ・・・あと何人くらいですか?」
「あと二十人くらいかと・・・大丈夫ですか?」
「何とか・・・・」
睦月は乗客を降ろそうとした。だがその肩に誰かが手を置いた。振り返ると先ほど助けたスーツ姿の男性だった。その後ろにも男達が数人居た。
「いくら若いからって大変だろ?手伝うよ」
「俺も!」
睦月はそれを聞いて呆気に取られた。そして我に返った。
「あ、ありがとうございます!」
おかげで作業はより早くなった。睦月や男達がどんどん降ろしていき最後の駅長を睦月が降ろした。
「じゃあ僕の後を着いて来てください」
睦月の誘導にしたがって乗客たちはホームに着いた。そしてホームに上れるものは上がり、出来ないものは脚立や手伝ってもらったりしてようやく全員を避難させることが出来た。
「これで大丈夫です。僕はまた戻らないと行けません。それじゃ・・・」
睦月が背を向けて剣崎たちの元に行こうとしたとき誰かが引きとめた。駅長だった。
「待ってくれ。どうしても君に礼を言わなくちゃいけない。君は命の恩人だ!ありがとう!!」
そして次々と乗客たちも礼を口にした。睦月はそれを見ながら恥ずかしそうに笑った。だが睦月の中でも何かが変わっていた。
「こちらこそ・・・ありがとうございます」
今度こそ睦月は走り出した。暗い闇の中へと、だが睦月は怖くなかった。睦月は気付いた。一体自分は何のために戦えばいいか。
(俺は・・・あの笑顔を守りたい!)
暗い闇の中、そこから自分を引っ張り出してくれたのは紛れも無い、笑顔という『光』だったのだ。


「どうやら無事避難できたようだな。剣崎!」
「はい!」
ブレイドは剣を、ギャレンは銃を抜いた。今までそれらを手にしなかったのは列車に被害を及ばせないようにするためだった。ギャレンが牽制に光弾を放ちブレイドが突っ込む。だがモールは光弾を盾で防ぎ爪で剣と打ち合う。巨大に発達した爪でブレイドを薙ぎ払い壁に『潜った』。
「どこだ・・・」
狙ってくるのはギャレンだろう。だが何処からか分からない。突如ギャレンの足元から手が伸びた。
「何!?」
その手がギャレンを地中へ引き釣り込む。脚、そして胴まで地面に埋まってしまった。哀れギャレンは身動きが取れない。
「橘さん!?」
モールが這い出てきてブレイドと対峙した。そこに作業を終えた睦月が来た。睦月はすぐさま深緑のバックルからスリットを引き出しカードを差し込んだ。
(俺を受け入れろ・・・)
声が聞こえてくるが睦月はそれを跳ね除けた。そしてベルトを装着し右手を顔にかざした。
「変身!!」
『オープンアップ』
睦月は紫のスクリーンを通り抜け姿をレンゲルへと変えた。すぐに杖、レンゲルラウザーを展開させモールへと振るった。モールはブレイドと同様に盾で防ぎレンゲルに反撃しようとした。しかしレンゲルの姿はどこにも無い。
「こっちだ!」
モールの背後で声がしたのと同時にレンゲルは突きを繰り出しそこから立て続けに袈裟に斬った。背中ががら空きだったモールに確実にダメージを与えていく。
「考えたな。まさか杖を棒高跳びの要領で使い、敵の背後に回るとは」
まだ埋まった状態のギャレンは言った。モールが盾で攻撃を防いだ瞬間、レンゲルは杖を地面に突き立て跳んだのだ。まさにこれこそが杖にしか出来ない動きだろう。
「やぁ!!」
最後に真横に薙ぎ払いモールを壁に激突させた。ここがチャンスとばかりにレンゲルは腰につけられたカードホルスターからカードを二枚抜いた。それを杖の刃が付いていないほうの溝に通した。
『ブリザード』
『バイト』
二枚のレリーフが浮かびレンゲルの胸に張り付いて消えた。そして冷気が噴出し力の名が告げられる。
『ブリザードクラッシュ』
凍てつくような冷気に周囲の空気中の水分が凝固し氷となってしまう。それくらいの冷気がレンゲルの周りを包んでいた。そしてよろめいているモールに対し、
「はっ!」
その場で回し蹴りをした。もちろん距離があるのだから意味は無い、筈だった。
「!!」
モールの上半身の真横に氷が纏わりついていく。そして肩が完全に凍りつきモールは腕を動かせなくなってしまった。次にレンゲルは脚を突き出した。それに続いてモールの胸を中心に氷が広がっていく。やがてモールは完全に氷漬けになってしまった。そしてレンゲルは跳びあがった。
(変えてみせる!)
その思いに応えるかのように物理法則が捻じ曲げられる。レンゲルは体を捻り頂点に達するとモールに向かって加速した。そして右足と左足でモールの頭を挟み込むように蹴った。氷が粉々に砕かれモールは吹き飛ばされた。その氷がなくなってもモールはもう動かなかった。バックルが開かれて封印の合図を知らせる。
「睦月!封印するんだ!」
ようやくブレイドに助け出されたギャレンが言った。それを聞いてレンゲルはうなづいた。
「・・・はい」
レンゲルはブランクカードを取り出しモールに投げつけた。モールの体はカードに見る見るうちに吸い込まれカードはレンゲルの手元に戻ってきた。
『スクリューモール』コークスクリューの効果と威力増加。
それが少年のまだまだ続く、長く、遠い道のりのスタートラインだった。


−−−2.0部Fin−−−