カテゴリー1「異質な蜘蛛」

カラン、とベルの音がハカランダに響いた。
「あれ、姉さんと天音ちゃん居ないのかな・・・」
虎太郎は誰も居ないハカランダに恐る恐る入った。そしてテーブルが並ぶ中、一枚の紙が置いてあるのを見つけた。虎太郎はそれを取り上げた。
「なんだこれ・・・」
そしてそこに書かれた文字を何度も読み直した。そのたびに顔が怒りで赤くなっていく。
「どういうことだよ、これ!」
虎太郎は紙を机に叩きつけた。そして後ろでまたベルが鳴った。
「ただいま〜、って虎太郎来てたの。」
遥香は買い物にでも行ってたのか両手に袋を持っていた。
「姉さんこれ・・・」
虎太郎は買い物袋を置く遥香にさっきの置手紙を見せた。

その手紙にはこれだけ書かれていた。
「始さん見つけた。絶対つれて帰るから心配しないで。 天音」


それは遥香がハカランダを出て行った時にまで遡る。天音は退屈そうな顔で退屈そうなテレビのチャンネルを回していた。
「今週のゲストは一之瀬・優さんです。今回は路上ライブについてのことなんですが・・・」
「路上ライブなんてね、所詮はただの流行りですよ。あんなのは最初だけだ。最初上手く行っても長続きしない・・・」
天音は退屈さのあまり欠伸をした。何でこんな昼間の番組は退屈なんだろう・・・。そして再びリモコンをテレビに向けようとしたとき、
「え・・・!?」
天音はテレビの端の方に映る人影に目が釘付けになった。その人は路上ライブをする男の奥の方で座っている。
「始さん!?」
そして手前の男にも見覚えがあった。以前ここに訪れた最悪な客・・・。何の接点があるのかわからない、でも偶然じゃない。天音はそう確信し、すぐさま手紙を書いてハカランダを出て行った・・・


「気持ちは分かるけど。始さん居なくなって天音すごく落ち込んでたから・・・」
「俺も探してくる。何かあったら必ず電話するから。」
そう言って虎太郎は出て行った。

虎太郎はまだ怒りが収まっていなかった。
「あいつは・・・あいつは!!」


「あの?」
天音はすでに例の場所に来ていた。テレビで見たようにストリートライブがあちこちで行われている。天音はその一団の一つに声をかけていた。しかし、
「何?リクエストかい?」
それは捜し求めている男ではなかった。天音は心の奥でため息をついた。
「あのここで前ライブやってた人知りませんか?眼鏡かけてる人」
「知らないなぁ。」
天音はまたまた心の奥でため息をついた。そしてその場を足早にを離れていった。


ギャレンはスパイダーの異質さに感づいた。今まで戦ってきたアンデッドと一線を成す強さ、そして気配。ギャレンは次第に壁に追い詰められていく。
「くっ・・・!!」
このままでは確実に不利だ。そう確信したギャレンはスパイダーに向かって走り出した。スパイダーは右手を構えた。そして肉薄する距離にまで来たタイミングを狙い振り下ろした。しかし
「はぁ!」
ギャレンの姿はそこには無かった。腕の勢いは殺されること無く地面をえぐる。そして掛け声が響きギャレンは宙を舞っていた。スパイダーの手前で跳び上がり一回転しながらの着地、そしてホルスターから銃を抜く。
ジャラララッ
その音とともにカードは扇状に広がった。その中で一枚をギャレンは抜きラウザーに通そうとしたとき

バチッ

白い塊が右手に当たった。その衝撃で『バレット』のカードが弾き飛ばされ無残にも後ろでひらひらと落ちていく。
「糸か・・・!」
手のひらへの衝撃は思ったより重かった。蜘蛛の糸は自然界においても強力なことで知られている。そしてそれが人間サイズのアンデッドが使うとどうなるかなんて考えるのは火を見るより明らかだ。銃を収めギャレンはまたしても走り出した。今度は左ストレートを顔に向かって放った。しかしスパイダーはなんなく避けて見せそして懐に入り込みボディーにカウンターが放たれた。
「ぐっ・・・」
腹を押えながらギャレンは後ろに仰け反った、が諦めることなく突っ込んだ。その時背後で、
「橘さん!!」
ブレイドの声がした。そしてこっちに向かってくる。ギャレンは銃を抜き至近距離からスパイダーに光弾を浴びせた。そしてスパイダーから自由になり腰を落として足に力をためた瞬間、一気に空中へと飛び出した。しかし真後ろへ跳んでいた。
「!?」
ブレイドは自分の頭上を飛び越えるギャレンを見上げた。まさにパワードスーツと甲冑の機能を持ち合わせたライダーシステムならではの芸当だろう。スパイダー、ブレイド、ギャレンと並ぶ形となった。躊躇したブレイドだったがすぐにスパイダーに殴りかかった。しかしその攻撃は見切られすぐに顔面に重い一撃が入った。
「何だこのアンデット。パワーが今までと違う。」
今度は剣を抜き斬りかかろうとした時、
『バレット』
背後で照準を定めギャレンは引き金を引いた。打ち出された光弾はブレイド、スパイダー諸共命中する。しかしスパイダーは動く余力があったのかビルの屋上めがけ糸を吐き出した。放たれた糸は易々とスパイダーを吊り上げそのまま姿をくらましてしまった。そしてギャレンの次のねらいはブレイドに向けられた。が、
(待て。カテゴリーAが先だ。奴を追え)
伊坂の声を受けギャレンはバイクへと向かった。しかしブレイドは後をついてくる。
「橘さん!!」
そんな声に耳を傾けずギャレンはブレイドに発砲した。
「邪魔はするな、カテゴリーAは俺が封印する!!」
「カテゴリーA?」
「そしてブレイド、お前を倒す。力を証明するために!!」
最後にそう言ってギャレンは去ってしまった。『カテゴリーA』その時ブレイドには何を意味するのかわからなかった。そしてそれを巡る戦いの火蓋が切って落とされたことにも。


「ギャレンがスパイダーを見失いました。」
モニターからアンデッドの反応が消えた。そしてシグナルロストを知らせる音が静かな研究室に鳴り響いた。
「いいのですか?このままギャレンを追わせて。」
研究員の言葉に伊坂は鼻で笑った。そして眼鏡のつるを上げながら、
「奴には戦うしかない。もはや戦うことでしか存在意義を見出せない。その意思が奴をより強くする。」
「あの植物の影響ですか・・・」
研究員はガラス越しの水槽を眺めた。液体中で植物がゆらゆらと漂っている。
「ふっ・・・全ては究極のライダーを生み出すため。文字通り奴には人柱となってもらう。」


剣崎はゆっくりと椅子に腰掛けた。
「カテゴリーA?確かにそう言ったの?」
栞の言葉に頷く。
「あぁ。カテゴリーAは俺が封印するって。」
「そうか・・・」
栞はどこか納得した様子だった。そしてパソコンの前に座り剣崎を手招きした。
「これを見て。そのカテゴリーAの反応パターンが今までと全く違うものだったの。」
そういって『カテゴリーA』と書かれたグラフを表示させた。それはアンデッドの反応をキャッチした時の波長のパターンだった。
「これが今までのアンデッド。」
そしてもう一つのグラフが表示される。それとさっきのものを見比べたら全く違っていた。
「そしてこれが・・・」
さらにもう一つ出てきた。今度のは所々似通ったパターンが見られた。たったこれだけのことなのに剣崎の頭はショート寸前だった。もとよりこんな理系なことは得意じゃないのに・・・剣崎はほんのり思った。
「これはギャレンやブレイドのパターンよ。どちらもカテゴリーAを元に作られた。だからその男もきっと。」
ようやく剣崎の頭の上で電球が光った。
「そうか!!ライダーを作り出そうとしてるあいつもカテゴリーAを追ってる。さすが先輩!!」
「先輩は止めて!あなたより若いんだし。」
「え・・・??」
剣崎は間抜けな声を上げた。というより虚を突かれた感じだった。
「広瀬さん俺より・・・」
「なによ?!」
栞は剣崎をギラリと睨みつけた
「い・・いやぁ何も・・・」
白井邸の空気が凍りついた。


「お母さん〜あそこにきれいなお魚がいるよ〜」
「本当だ。きれいだね。」
女の子と母親、それはごくごく普通の風景だった。しかし始は食い入るようにそれを見つめていた。
(始さん!)
かつての記憶がよみがえる。
(始さん、お父さんのような写真家になって!)
それはとても暖かな記憶、しかし
(何今の・・・何なの始さん?)
あの笑顔、あの顔、忘れたことなどあるものか・・・

俺の帰るところはもう無い・・・いいんだ・・・いいんだこれで・・・

それは自分に言い聞かせるような言葉だった。
その魔の手はゆっくりと海中から姿を表していた。巻貝のような硬い殻を付け、ドリルのように発達した左腕を持つ貝の始祖。シェルがゆっくりと陸地にいる獲物にねらいを定めていた。そして再び海中に姿を消した。



気まずい・・・
剣崎は自分で淹れたコーヒーを口に持ってきた。しかし含んだ途端すぐにしかめっ面、そして手元にあった砂糖を大さじ一杯盛る。剣崎の失言からこのような状況だ。栞は無言のオーラを出し剣崎は自分で淹れたコーヒーの不味さに顔をゆがめる。
(虎太郎・・・早く帰ってきてくれ・・・)
剣崎は心からそう願った。しかし待てども虎太郎が帰ってくる気配は無い。いや、来たとしても打開することはできそうにないな・・・剣崎は若干諦観気味の面持ちで再びコーヒーを飲んだ、今度は甘すぎた・・・・

沈黙が続く。


「お母さん、あの泡は何?」
その少女の言葉に始は現実へと引き戻された。いや、少女の言葉というより近くに『敵』の気配がしたからだ。目を向けた先は親子のほうだった。
「何かしら・・・」
次第に泡の数が多くなっていく。そして海中から影が見え『それ』は突如海から姿を表した。始は走り出した。
「きゃーっ!!」
母親が子供に覆い被さるようにして身を守った。シェルがドリルのような左腕を突き出した。しかし突如割って入ってきた始の蹴りによって弾かれた。そして二発目の蹴りは胸にあたりシェルは海に落ちた。
「大丈夫か?」
始は母親の腕をつかみ走り出した。そしてコンテナの物陰を見つけそこに隠した。
「ここにいろ。顔は出すな!」
始は海から再度現れたシェルに走り出した。走りながら腰にベルトが浮かび上がる。
「変身!」
『チェンジ』
シェルを投げ飛ばしカリスはアローを召喚した。シェルの左腕が音をたて回転しカリスへ突き出した。しかしアローがその間を割って入り込み火花を散らす。今度はカリスがアローを返し袈裟に切り込む。だが鈍い音がしていつものような手ごたえが無い。
「硬いな・・」
カリスは冷静に呟いた。さすがに貝のアンデッドのことはある、下手をすればこちらが痛手を受ける。シェルはドリルをいまだ回転させながら腕を振り下ろした。カリスはそれにあわせるようにバックステップを踏み回避、しかしすぐにドリルが胸に迫ってきた。唸り声を上げながら襲ってくるそれをかわすべくカリスは跳んだ。シェルの真上を跳躍し眼前には背中がさらけ出される。シェルが振り返ろうとしたが、
「遅い!!」
カリスは一喝と共にアローで斜めに斬りさらに反対側の刃で再び同じところを斬りつける。シェルが前のめりになりながら距離を離した。しかしカリスは更なる追撃の一手を加えるべくバックルをアローに装着した。腰からカードを一枚抜き取り使役する。
『トルネード』
一陣の風が静かな波をざわつくかせる。そしてそれが収まるころにはアローには矢が形成されたいた。しかしシェルは不利な状況に見切りをつけたのか海にとび込んだ。カリスはねらいを定め矢を発射したが命中することはなく海がしぶきをあげるだけに終わってしまった。小さく舌打ちをしてからカリスはコンテナの陰へと走った。
「もう大丈夫だ。」
いまだ怯える母親に手を差し伸べた。しかし

バチン!!


その手は力強く弾かれた。
「来ないで!!」
母親の悲壮な叫びが響き渡る。そして逃げるようにその場を立ち去った。カリスは少しの間フリーズしたかのように動かなかった。そしてゆっくりと自分の手を見た。緑の返り血が点々と体中についていた。その場に佇むカリスだったがやがて一枚のカードを抜いた。『人間』のデザインが施されたあのカードだった。
『スピリット』
姿を戻してからも始は何も言わずそこに立ち尽くしていた。