カテゴリー2「目を背けた現実」

その戦いの一部始終をただ一人だけ見ていた。そして見てしまった。黒い仮面ライダーが出現したスクリーンを通り抜けた途端『兄貴』と呼ぶ男に姿を変えた瞬間を。
「嘘だろ・・・兄貴が仮面ライダー!?」
しかし始はさっきからずっと立ち尽くしている。仁は何事も無いように物陰から出てきた。
「兄貴。昼飯買ってきたよ。」
しかし始の感情はいつも以上に希薄だった。まるで何かが抜け落ちたかのように。


「発信音の後にメッセージを・・・」
小夜子はそこで電話を切った。かれこれこれでもう五回目だった。小夜子はため息をつき6回目のリダイヤルを試みた。
「お願い橘君。出て・・・」
懇願するような表情、そして包帯を巻いた左手で受話器を握り締めた。
「もしもし。」
無愛想な返事が返ってきた。待っていた声に小夜子は内心安堵の息をついた。
「何か用か?」
「よかった・・・あなた一体どこに・・・。聞きたいことがあるの。」
「あぁ。別にいいけど。」

公園で二人は落ち合うことにした。
ベンチで待つ橘に小夜子は缶コーヒーを差し出した。
「ありがとう。ん・・・?」
橘は包帯が巻かれた手を見つめた。
「どうした?その手。」
「あぁこれ?転んで擦り剥いちゃって・・・」
左手を押えながら小夜子は苦笑いした。決して恥ずかしいわけではない、『嘘』を隠すために。
「そうか。」
それに気づくことなく橘は素っ気ない声で返した。小夜子は橘の隣に座った。しかし橘は一向に小夜子と目を合わそうとしない。
「調子はどう?」
「何とも無い。」
どうでもいい、まさにそういう返事だった。以前顔を向けることなく橘は言葉を付け加えた。
「前よりも調子がいいくらいだ。」
「あの植物のせいで?」
その言葉に橘は反応した。ゆっくりと驚愕を含ませた顔が小夜子の方を見つめる。小夜子はさらに言った。
「剣崎君たちと会ったわ。いろいろ話しも聞いた。剣崎君、とても心配してた。だから一緒に行こう。」
「いや、俺は行かない。」
「どうして?どうしてなの橘君!?」
「俺は・・・」
その時、橘の耳に指令が飛び込んできた。

(仕事だ、橘。)


始はずっと段差に座り込んで下を見つめていた。それは仁が姿を消してからもずっと動く気配が無くまるで人形のようだった。そして視界に革靴が入ったときようやくその顔を上げた。
「お前は・・・」
一之瀬優が男を引き連れて立っていた。その男は以前腕を締め上げられたからか始とは距離をおいていた。
「君に言っておきたいことがある。」
一之瀬は話し出した。
「俺は息子を二人も失いたくない。それは本当のことだ。しかし言いたいことは別にある。あいつは自分の才能の無さを知るのが怖いんだ。現実から目を背けている。」
「現実から目を・・・背ける。」
その言葉が始の心につっかえた。一之瀬はさらに話を続けた。
「誰の力も借りないと言いながら結局君のような仲間をつくる、ぐれる。甘えているんだ。一人で立つことに怯えてる。なら家に戻ってくればいい。苦しい思いはさせん。」
そして男のほうに視線を送った。男がぶっきらぼうに一枚の小切手を渡した。
「俺は息子を取り戻したいんだ。好きなだけ書き込んでくれ。」
そして用件は済んだとばかりに二人は立ち去ろうとした。ここまでして息子に帰ってきて欲しいのだろうか、始にとってはその心も、そして手に持った紙切れも理解できなかった。そして、
「わからないな。」
それが口に出た。
「は?」
一之瀬もそれを聞いて振り返る。
「人間って奴がさ。俺には理解できない。息子を取り戻したいと言う心も何もかも。」


白井邸ではアンデッドサーチャーが鳴り響いていた。
「来た!カテゴリーA。ここから西に15キロ、建設中のビルよ!」
「分かった。行ってくる!」
立ち上がるや否や剣崎は走り出した。
「来る。必ずカテゴリーAを封印しに橘さんは来るはずだ。させるか!」
剣崎はバイクのエンジン更に加速させた。

剣崎の思惑は当たっていた。
「俺は行く。」
橘は立ち上がった。
「待って!!」
小夜子が腕を掴んだが強引に振りほどき橘はバイクに乗った。ヘルメットのバイザーを上げ
「君には・・・君だけにはわかって欲しいとおもっていた。だがもう・・・」
それ以上口を開くことは無くバイザーを下げバイクは発進した。
「橘君!!」
しかし小夜子は離れていく橘の後姿を見ることしか出来なかった。

「橘は向かったか?」
「はい。」
それを聞いて伊坂は部屋を出ようとした。
「どちらに?」
疑問に思ったのか研究員は聞いた。
「別に・・・邪魔者に警告をしに行くだけだ。」
そう言って伊坂は出て行った。

「どこ行ったんだよ・・・もう。」
虎太郎は自転車を押しながらあたりを見回した。そして近くにいたギターを持ちながら座る男に声をかけた。
「すいません・・・近くで女の子見ませんでしたか?小学生くらいの。」
「あぁ。そういえば来たな。誰か探してるみたいだったよ。男の人見かけませんでしたか?って。あっちのほうに行ったかな。」
男は海の方を指差した。
「それより君、俺のパーフェクトハーモニーな一曲を聞いて・・・」
「ありがとうございます!!」
その言葉を最後まで聞くことなく虎太郎は自転車を漕ぎ出した。

「一之瀬仁だろ?最近までここでやってたな。」
「ほんとに!?」
天音もついに探していた答えにたどり着いた。目が燦燦と輝く。
「今はあっちの方で何かやってるらしいな。」
ギターリストがさした方角には海があった。
「ありがとう!!」
天音は走り出した。


走っていた天音の前方に一台の自転車が止まった。そしてそのドライバーはいつも呼び捨てにしている叔父だった。
「虎太郎!」
「虎太郎!じゃないよまったく・・・」
深いため息をつく虎太郎。そして自転車から降りた。
「一体何してたんだよ。姉さんも心配してたぞ。」
「そんなことよりわかったの。始さんの居場所が!!」

そしてその場所で、
「そろそろ潮時か・・・」
船を見つめながら始は一人呟いた。小切手を引き裂き、始は立ち上がってその場から姿を消そうとした。しかし、
「兄貴!」
仁が船の中から顔を出した。
「そろそろ完成だ。試運転しようぜ!」
「いや・・・」
始は仁から目を背けた。
「俺はその船には乗らない。」
そう口にした。仁は鳩が豆鉄砲食らったような顔をした。
「ははっ。何言ってんだよ、兄貴。どうしてだよ!」
「俺はお前とは違う。俺といるとお前は・・・」
始の今まで見てきた映像がリプレイされる。ハカランダで爆発する爆弾、自分の手を弾いた母親・・・
「必ず不幸になる。」
「それがどうしたんだよ。俺は知ってる、兄貴が仮面ライダーだってこと。」
今度は始が驚く番だった。
「俺には兄貴が必要なんだ。頼む。」
仁は手を伸ばした。しかし始はその手を見つめるだけだった。その瞬間がとてつもなく長く思えた。しかし

ドン

突然船に衝撃が走った。そして操縦桿のあたりから臭うガソリンの独特のにおい・・・
「仁!そこから・・・」
しかし始の言葉は一足遅かった。

ドン!!

今度は爆発音。船にいた仁はその勢いで波止場に投げ飛ばされた。船の燃料に引火した。しかし船に積んだ燃料が少ないのが幸いだったのか火はそれほど大きいくは無い。『船上ライブ』と書かれた旗が無残にも炭と化していく。
「船が!」
仁はジャケットを脱ぎ船に向かおうとした。しかし、
「よせ!」
始は仁の手をつかんだ。仁は始の方をキッと睨み、
「放せ!!」
その手を強引に振り解いて仁は火を消そうと必死に火にジャケットをたたきつけた。そして海中から何かが飛び出し炎上する船の上を飛び越し陸地に足をつけた。
「貴様・・・」
シェルを目の前に始の中でスイッチが入る。ハートのレリーフが彫られたベルトが浮かび上がる。シェルはまっすぐ向かってきた。
「変身!!」
『チェンジ』
カリスは向かってくるシェルに肉薄し左腕、右肩を手にとった。そして相手の勢いを殺すことなく自分は腰を落とす。
「はっ!!」
綺麗に投げ飛ばされたシェルはすぐに立ち上がった。カリスはアローを召喚し応戦する。

その火が消えたときには何もかも手遅れだった。船の燃料タンクに穴が空き修復が不可能だった。
「くそったれぇ!!!」
仁は船の壁をたたいた。そして目の先で戦う二つの『化け物』を目にした。

キーン
ドリルの澄んだ音が響き渡る。シェルは左腕を振り下ろした。カリスはアローでそれを目の前で受け止めた。ドリルのすさまじい回転で火花が飛び散る。しかしカリスのがら空きのボディーにシェルの右拳が入った。
「ぐ・・・」
そのせいで防御していたドリルも振り落とされる。カリスは何とか体を右に捻ってすんでのところで回避。しかしドリルがカリスの左腕に少し触れ筋組織を抉る。
「がぁぁ!!」
緑の鮮血が迸る。ちぎれるような痛みを感じながらカリスは後ろに下がりながら距離を作った。そしてアローを構え以前作ったような弓を形成し発射した。その数、二本。
グサッ
弓がシェルの甲殻に突き刺さる。シェルは痛みに悶えるように身を捩じらせた。カリスはその間に二枚のカードを抜き腰のバックルに通す。
『トルネード』
『チョップ』
そしてその力の名前が告げられる。
『スピニングウェイブ』
アローを投げ捨てカリスの右腕に風が一気に集約されていく。腕を手刀にし、カリスは駆け出す。間合いを一気につめシェルの胸に一閃。横一文字に作られた刀傷のような跡から大量の緑の返り血が噴出しカリスにかかる。シェルは力なく倒れバックルが開いた。カリスは右腕に付いた血を払いカードを突き刺し封印した。
『5 ドリルシェル』
突撃能力の付随。

『スピリット』
始は船の惨状を目の当たりにした。船からは煙が上がりもう修理できないと始は確信した。その船で仁は膝を付いて背を向けていた。
「・・・・・」
始は仁に近づいた。しかし仁は決してこっちを振り向かない。始は最後の言葉を口にした。
「俺は行く・・・すまなかった・・・」
「もういい・・・」
仁の声はどこか濁っていた。
「もう俺の前から消えてくれ!!」
その言葉通り始は波止場から姿を消した。

−−−俺は、もう俺から逃げない。俺は俺だけで生きる。俺だけで戦う!!−−−
始がそう決意した瞬間だった。


「もう気が済んだか?」
一之瀬が仁の元に来たのはしばらくしてからだった。
「親父・・・」
一之瀬は手を伸ばした。しかし、
「まだまだこれからだ!!一人になっても!」
その手を払いのけギターを担いで仁は立ち去った。

「どうやらここにいるらしいけど・・・」
さらにその後、天音と虎太郎がやって来た。そこには誰もいないただ煙の上がる船があるだけだった。
「うわ・・・なんだこれ・・・火事か!?」
船をまじまじと眺めている中天音は辺りを見回していた。
「始さんいない・・どこ行っちゃったの・・・」
二人の足元に点々とした緑の血があることに二人は気がついていなかった。


診療所に帰った小夜子は留守電が録音されているのに気がついた。小夜子はそれをすぐに再生させた。
「深沢さん。この前のサンプルの結果が・・・」
最後まで聞くことなく急いでダイヤルを押した。
「もしもし深沢です・・・」
その様子を窓から伊坂が眺めていた。