カテゴリー1「警告」

小夜子は受話器から聞こえる声に我が耳を疑った。
「そんな・・・」
そして電話を切って再びダイヤルを押し始めた。真っ先に知らせたい人物、橘に。しかし、
「ただいま留守にしております・・・」
またしても留守番電話。それでも構わない。小夜子はありのままのことを話した。
「小夜子です。この前の植物のこと。あれって・・」

ヒュン

そこまで言ったとき小夜子の目の前を何かが通り抜けた。それもかなり速い。受話器を戻し小夜子は左を向いた。ナイフくらいの大きさくらいの色鮮やかな羽が壁に突き刺さっていた。そしてゆっくりと右側へと向いた。
「!?」
それを見た瞬間、小夜子は凍りついた。黒コートに身を包み黒いサングラス、全身黒に覆った男がひびの入った窓の向こうに立っていたからだ。その男、伊坂は手をこちらに向けた。その途端ガラスが轟音を上げ崩れ落ちた。あまりの音に小夜子は耳をふさいだ。
「これは警告だ」
伊坂は静かに言った。
「橘の邪魔はするな。これ以上余計なことをしてみろ・・・」
伊坂の手にはいつのまにか羽が握られていた。しかも今度はさっきのよりも大きい。伊坂はそれを投げつけた。羽は小夜子の横を掠め空気を切り裂きながら壁に深深と突き刺さった。
「次は無いと思うんだな」
その言葉を最後に伊坂はそこから消えた。小夜子はがっくりと膝をついた。

最後のパズルのピースはいまだ埋まっていない。


「うわぁ!!」
ブレイドは空中に投げ出された。コンクリートの柱にぶつかるもその衝撃で柱もろとも砕けてブレイドは地面を転がった。
「ぐっ・・・」
ブレイドは奥歯をかみ締め痛みに耐えた。戦局は一方的だった。ブレイドの拳がいくら当たってもスパイダーは動じない、そして手痛いカウンターを受ける。次の手とばかりにブレイドは剣を抜刀しカードを展開させた。
「これならどうだ!」
そう言いながらカードを抜いた、が次の瞬間さっきまで手元にあったはずのカードが手の衝撃と共に消えていた。
「!?」
スパイダーの糸がカードに命中していた。以前、ギャレンにしたように。

その時背後でバイクの止まる音が聞こえた。

伊坂の指示どおり橘はビルの中をモトクロスさながら駆け上りこの場所にたどり着いた。ヘルメットを脱ぎベルトを装着させながら橘は駆け出した。
「カテゴリーAは俺のものだ!!」
そして宣誓の声を上げる。
「変身!!」
ブレイドを押しのけギャレンは銃を手にとり発砲。その光弾をかわしスパイダーは一筋の糸を吐き出した。しかしギャレンの頭の中でその糸がどこを狙い、そして次の一手がシュミレートされていく。
ギャレンはその糸を真横に跳んで回避。隣でコンクリートの一点を穴を空けた。そしてそこにできた隙を狙ったスパイダーは今度は蜘蛛の巣状の糸を吐き出す。空中で拡散していく糸、ギャレンはそこから動かなかった。動いてもあの糸からは逃げられない。なら、打ち落とすまで。
「そこだ。」
ギャレンは糸の所々を撃ち落した。切られていく糸はゆっくりと下に落ちていくがギャレンにはまったくつかない。すべてコントロールされていた狙撃だった。ギャレンはスパイダーへと照準を合わせたが目の端にブレイドの姿が入ってきた。
「橘さん!あんたに奴を渡すわけにはいかない!」
ブレイドにギャレンは銃を向けた。銃で足止めさせギャレンは腹に蹴りを放った。
「どいてろ!!」
敢無く後ろに仰け反るブレイド、そしてその追撃と言わんばかりの光弾が押し寄せてきた。
「ぐわ!!」
ひざまずくブレイドを尻目にスパイダーへと向き直ったがガラスの無い窓辺に立っていた。スパイダーはギャレンを一瞥し飛び降りた。そして糸を吐き出しビルに貼り付けそれを半径に綺麗な弧を描きスパイダーはそのビルの屋上に着地。
「くそ!」
「待ってくれ!」
振り返ると目の前にブレイドが立っていた。
「橘さん。あんたは騙されてる!目を覚ましてくれ。」
「俺ならとっくに目がさめてる。力の証明、それが俺の存在意義!」
「違う。あんたのことをずっと心配してくれてる人がいるのにどうして気付かないんだ!」
「何!?」
ブレイドはこの言葉でギャレンの目がさめることを祈った。
「小夜子さんだ!彼女はずっとあなたのことを心配してる。」
その言葉に反応したのかギャレンはうつむいた。しかしすぐに顔を上げ、
「黙れ!」
ギャレンの声が木霊した。
「俺は俺の道を行く。誰にも邪魔はさせん!」
そう言ってブレイドを押しのけバイクに乗ったギャレンは消えてしまった。


あっという間に逃げ去ったスパイダーは山奥にいた。眼下に見える町並みの方にスパイダーは何かを吐き出した。それは金色の大量の蜘蛛だった。蜘蛛たちは風に乗って行ってしまった。

「何だあれ・・・」
公園でバスケットボールを持った少年は空に小さな影が点々としていたのを見た。しかしそれが何かまでは判断できない。
「何やってんだよ睦月!パスパス!」
『睦月』と呼ばれた少年は友達の声に振り返りボールを渡した。


「カテゴリーAがそろそろ動きをみせる頃合だな。」
伊坂は研究所の扉を開けた。そして、
「捕らえていたアンデッドを使う。開放しておけ。」
「はい。」
研究員は機械的に答えた。そして席を立った。
「しかし・・あの女・・・」
伊坂は独り言をもらし椅子に腰をおろした。
「あの女に対する奴の反応があそこまで大きいとは・・・」
先の戦いでブレイドが言った言葉への反応は橘の中で大きな波紋をもたらしていた。それに伊坂は気付いた。
「所詮は人間。感情など無ければいいものを」

伊坂は気付いていなかった。その誤解こそ自身の最大の失策であると。


剣崎が帰ってくると小夜子が訪れていた。例の植物の結果を知らせるために。
「シュ・・シュルトケスナー藻?」
剣崎は小夜子の言ったこの名前を反復した。なんて噛みやすい名前なんだ。
「何さ?その藻って?」
虎太郎はシャーレのその藻を眺めながら言った。
「橘君が使ってるらしい水生植物なの。その藻からでる成分が体内に入り込んで中枢神経を刺激して興奮状態に置く」
「だから橘さんは変わったんだ。」
「それだけじゃないの。効果が一時的な上に植物の成分が強すぎてやがて細胞や神経をボロボロに破壊するんですって」
「そんな・・・まるで麻薬じゃない!」
栞は憤慨した。
「やばいよ。橘さん!どうにかして止めさせないと。」
「でもどうしたらいいんだよ。橘さんその藻のおかげで復活したと思い込んでるし・・・」
それからしばらく打開策を講じあったがこれといった結果を得ることができなかった。
そして、
「じゃあ私はこれで・・・」
三人は小夜子を見送ることにした。
「俺たちも何か分かったら連絡します。」
「絶対に何かあると思うの。急がないと・・・」
不意に小夜子の脳裏に伊坂の姿がよぎった。
「どうかしました?」
「ううん。私も彼に会ったら説得する。だからあなた達も力を貸して。お願い!」
「もちろん。」
そうして小夜子は帰っていった。

小夜子が出て行ったのを見計らって虎太郎は大きくため息をついた。
「はぁ〜」
「どうしたのよ?」
「いや、橘さんが羨ましいな〜って思って。僕もあんな風に愛されたいよ、ほんと」
そう言って栞の方を見た。その視線に気付いたのか、
「な、何でこっちを見るのよ!冗談はやめてよね!」
栞はずかずかと居間に行ってしまった。取り残される剣崎と虎太郎。
「ちょっと何さ、あれ。あの言い方冷たくない!?」
虎太郎は剣崎に耳打ち。しかし
「大丈夫」
剣崎は朗らかに笑って見せた。
「虎太郎のことは世界中の牛乳が愛してくれてるよ」
太鼓判を押すように剣崎は言った。虎太郎は若干諦めたようにため息。その時栞の声が飛び込んできた。
「剣崎君!アンデッドが現れたわ」

アンデッドサーチャーの指し示した場所、野球場は悲鳴で包まれていた。
「うわぁぁぁ!!」
子供たちは『獅子』を見た瞬間逃げ出した。

その金色の鬣。それはサバンナにおいて『王』を意味する。獅子のアンデッド、レオだった。
今レオに向かってコーチがグローブを投げつけた。
「この野郎!」
しかしグローブが当たってもさも気にすることなくレオはにじり寄ってくる。そして咆哮を上げ強靭な腕を振り上げた。


人ごみから離れ剣崎は携帯の番号を押した。
「アンデッドはもういなかった。それにおかしいんだ」
「おかしい??どういうこと?」
剣崎が来たとき周囲は警察やパトカーが調査に赴いていた。その人たちの話によれば、
「アンデッドが野球チームの数人をさらっていったらしい。おかしいだろ?アンデッドが人間を殺さないなんて。それに・・・」
「それにどうかしたの?」
「いや、これと似たような事件が頻発してるらしい。一体何の目的で・・・ん?」
剣崎は携帯を耳から離しその視線の先にいた人物を凝視した。少し寒い中で薄いコートを羽織る男、
「始がいる」
「何だって!?」
虎太郎の声が割って入ってきた。
「まさかあいつが仕向けたんじゃ・・・」
「わからない。また連絡する」
そうして電話を切った。

始はネットにいた蜘蛛を見つけた。
「お前なんじゃないだろうな」
突然の剣崎の声に焦ることなく始はゆっくりと振り返った。しかし背を向け歩き出した。
「待てよ!聞かれたことに答えろ」
剣崎は始の肩をつかんだ。
「俺の体に触るな」
その手を始は払いのけ剣崎を睨みつけた。その目は以前よりも冷徹でかつ鋭利な刃物のようだった。
「奴を止めないと恐ろしいことになる」
「え?どういう意味だそれ」
始はネットにいる金色の蜘蛛をつかんだ。
「伊坂が適合者を探している。最後のカテゴリーA、『蜘蛛』は無数の子をばら撒き資質のある人間の体にひっつく」
「じゃあその性質を利用してライダーの適合者を探しているのか」
「そういうことだな」
始はあっさりと言った。

まだ見ぬ適合者。それは公園でバスケットボールをしていた。