カテゴリー1「最後のピース」

それは診療所に散らかった資料を整頓しているときだった。小夜子はてきぱきと要領よく戸棚に片付けていく。そのとき一枚の用紙がファイルから滑り落ちた。
「あっ・・・」
滑り込んだ先はインテリアを置いた小机だった。しかも狭い隙間に入り込んでいる。小夜子はファイルを置いて屈みこんで指を伸ばしなんとか紙に手が届き拾い上げた。そしてその机の上に置いたインテリアに目がいった。しかしインテリアに目が止まったわけではない。その物陰に何かあったのだ。
「ん・・・これは・・・!?」
それを手に取った小夜子は驚きのあまり言葉を失った。そして机の上の一ピース抜けたパズルに目を向ける。
決して完成しないと思っていた・・・最後のピースだった。


暖かい・・・。まるであの場所に帰ったような気分だった。俺は死んだのか・・・いや、アンデッドは死ねないな・・・そんな自嘲的な気分に浸ってしまう。その時どこからか聞いたことのある女の子の声が聞こえてきた。
「始さん!」
その声で始は目を覚ました。視界に広がったのはボロボロの屋根。始はゆっくりと上体を起こした。
「痛っ・・・」
腹の傷がうずいた。よく見れば体中、所々手当てされていた。腹の傷にも包帯を巻かれている。目の前には一斗缶の中で火がぱちぱちと燃えていた。
「気がついたか?」
奥から剣崎がやって来た。始は驚いた顔で剣崎を見つめる。
「お前・・・」
始の思いも露知らず朗らかな顔で剣崎は始の隣に座った。
「そうとう酷くやられたもんだな」
「なぜ俺を助けた・・・」
「大変だったんだぞ。お前を担いでここ見つけて、薬屋だってここから20kmあったし」
始の問いに答えることなく剣崎は言った。
「なぜ助けたと言っている・・・!」
痛みに顔をしかめながら始は殺気だった。しかし剣崎はさも当然なことのように言った。
「なぜって・・・目の前で人が倒れてんのに見捨てるわけにはいかないだろ」
「俺が頼んだわけじゃない・・・」
始は吐き捨てるように言い返した。
「そうかい。なら今度見つけたら放っておくよ」
剣崎は不貞腐れるように言ってまた奥に行ってしまった。そして次に出てきたときはおわんを手に持っていた。
「けど今回は俺の好きにさせてくれ。これ作ったんだ」
剣崎の差し出したお椀の中にはお粥が入っていた。卵もはいっていてどことなく食欲をそそる。
「こう見えて俺料理に自信あるんだ。一人暮らし長かったしぎりぎりの生活やってたからかな・・・はは」
照れ笑いを浮かべる剣崎だったが始は一向に食べようとしない。
「あれか?人間の料理は食べないとか?っていうか普通の薬使っちゃったんだけど大丈夫なのか・・・」
剣崎の言葉をさえぎるかのように始はお椀を奪い取りお粥を掻っ込んだ。
「なんだ食べれるんだ」
剣崎は安心したような笑顔を見せた。

そのころ栞と虎太郎も橋に来ていた。
「この辺で反応があったんだけどね・・・」
「剣崎君から連絡ないし・・・何かあったのかな?」
栞は携帯を取り出した。しかしここは結構山奥だった。電波も入らないのか「圏外」を表示している。
「広瀬さん、あれ・・・」
虎太郎は一方向を指差した。そこにいたのは川辺で水を汲んでいる姿は見慣れた者だった。
「剣崎君!?」

「何しに来たんだよ、こんなところまで」
虎太郎らと合流して剣崎は内心焦っていた。いま二人、特に虎太郎に始の姿を見せるわけにはいかない。
「それはこっちの台詞よ!剣崎君何の連絡もしてくれないし・・・」
やがて剣崎は一軒の古屋に着いた。それを見た虎太郎は怪訝な顔をする。
「ここで何やってんのさ?」
「いや・・・その色々」
剣崎は何気なく装うとした。しかしそのぎこちなさに虎太郎は目ざとく気付いた。
「何か変だな・・・もしかして中に誰かいるんじゃない??」
その台詞は剣崎の核心のど真ん中をついた。剣崎をどかし虎太郎は中に入ろうとした。
「ちょっ、お前止めろって!」
そして虎太郎は中に入った。剣崎がようやく動きを止めたが時すでに遅し、虎太郎は目を見開いてそこにいる人物を食い入るように見つめた。
「相川始・・・」
始も上体を起こして虎太郎を見つめ返した。遅れて栞も声を上げる。
「ちょっとどういうことなのこれ!」
剣崎は二人を外に出そうとした。そして始の方に振り返って、
「じゃあ俺行くからな。おとなしくしてろよ」

小屋から出た途端虎太郎は大声を上げた。
「どういうことだよ剣崎君!あいつはアンデッドなんだぞ!敵なんだぞ!」
「わかってるよ。でもあいつは天音ちゃんを何度も助けようとした。だから、な」
「何が『な』だよ!!」
虎太郎の声はますます大きくなる。
「あいつが居たから天音ちゃんや姉さんが危ない目に遭ってんだろ!!」
「よせ、聞こえるだろ」
剣崎は手の前で人差し指を立てた。しかし火に油、虎太郎は手を払いのけた。
「僕は止めない!!!」
そして再び小屋の中に入って始に向かって指を立てた。
「いいか!二度と天音ちゃんや姉さんの前に姿を現すなよ!いいな!!」
虎太郎はずかずかといってしまった。そのとき栞の持っていたパソコンから電子音がなった。
「これは・・・カテゴリーAよ。ここから南東に24キロ」
「わかった、行ってくる」
小屋の脇に止めておいたバイクに跨り砂を巻き上げながらその場を去っていった。栞も、
「私たちもおいかけてサポートしなきゃ」
ブスッとした虎太郎をつれて車に向かっていった。


橘はじぶんの行く道の先に見覚えのある車があるのを見つけた。橘の考えどおり小夜子が中からでて走りよってくる。橘はバイクを止めた。
「よかった・・・あなたに会えると思ってたの」
小夜子は安心したような声で言った。しかし橘はヘルメットを被ったままだった。
「もう俺のことは忘れてくれ」
そう言い残し橘はアクセルを踏もうとしたが小夜子が引き止める。
「待って!!電話で聞いたでしょ?あの植物、シュルトケスナ―藻のこと」
「あぁあれか留守電に入ってたかもな」
どうでもいいと言ってるかのような口調で橘は言った。
「ならこれ以上あの植物に頼るのは・・・」
「悪いな。俺は今、充実してる」
「え・・・?」
「あの水に浸かることで俺は戦える。戦えると何もかも忘れられるんだ・・・それが嬉しく思える。戦うたびに俺の全身に力がみなぎってくる。そして俺は自分の存在意義を見出すことができる・・・」
小夜子は我が耳を疑った。こんなの橘君じゃない・・・!小夜子は必死に橘の肩をゆすった。
「何言ってるの!お願い!目を覚まして!!」
「前に言ったよな・・・俺は花火のように生きたいって。空に上がって大輪を咲かせ、それで・・・」
「違う。そんな生き方じゃなくていい。私は、道端の花みたいにひっそりとでもいい。そんな風に生きたいの・・・あなたと」
「俺と?」
突然のことだったのかヘルメットで篭る橘の声はどこか驚いていた。小夜子は決意を持って頷いた。が、
「ごめん・・・生き方が違ったみたいだ。もう君と一緒にいられない」
その言葉が最後だった。小夜子は橘の中で自分がどれほど遠ざかってしまったのか感じてしまった。ヘルメットで顔を覆うことすら二度と超えられないような断絶にさえ思えてくる。そして橘はそこから離れてしまった。


そこは都心から少し離れた森林公園だった。スパイダーは再び蜘蛛を吐き出した。吐き出された蜘蛛たちは一匹は近くの木に捕まりさらに別の一匹は風に乗り遠くへ運ばれていく。やがて蜘蛛たちは散り散りになっていった。そしてスパイダーがその場を立ち去ろうとしたとき、
「待て!」
剣崎がバイクのエンジン音を上げながらやってきた。しかしスパイダーは戦う意思を見せず一瞥を与えてから跳びあがった。糸を駆使しながらどんどん移動していく。剣崎はその後を追った。しかし以外にも移動速度が速くなかなか距離が縮まらない。そのとき、
「・・・うわ!?」
目の前に火球が迫ってきていた。スパイダーに目を奪われ気付かなかったとは不甲斐ない・・・そんなことを考えている暇も無く剣崎はバイクから飛び出した。落ちた場所が柔らかい地面の上に受身をとりながら着地したから幸い怪我は無い。そして先には伊坂が立ちはだかっていた。
「これ以上橘の邪魔はするな」
「何!?」
その言葉と同時に剣崎の脇をバイクが通り過ぎた。そのバイクに乗った橘は剣崎にわき目も振らず行ってしまった。
「橘さん!」
しかし伊坂は再び火球を放つ。剣崎はそれをかわしてバックルにカードを装填し腰に装着した。
「変身!!」
ゲートを通り抜けブレイドは剣を抜く。伊坂も姿を変え剣を生み出した。ブレイドとピーコックの剣がぶつかり火花が飛び散る。
「ふん!」
ピーコックは袈裟に振るった。それをブレイドは剣で受け止め鍔迫り合いの形となる。
「うう・・・っらぁ!!」
ブレイドは剣でピーコックを力ずくで押し返しその間にカードを抜いた。しかしピーコックの方が一枚上手だった。体を回転させながら左手から火球を放つ。放たれた火球はカードを使う寸前だったブレイドの胸に命中する。
「ぐゎ!」
ブレイドは後ろにあった池に吹き飛ばされた。アーマーに残っていた余熱に水が音を立てて蒸発する。そして立ち上がるもピーコックの姿が見当たらなかった。周囲を見渡しても気配すらしない。
「どういうことだ・・・?」
ブレイドは池から上がりバックルに手を掛け変身を解除した。そのとき虎太郎の車が少し遅れて現れた。
「剣崎君!」
「キャァー!!」
栞の声とともにどこからか女性の叫び声が聞こえてきた。三人は顔を突き合わせ剣崎はその声がした方へ走り出した。虎太郎と栞も車から降りて後を追う。

剣崎が見たのはしりもちをついてひたすら一方向を見つめる女性だった。
「どうかしたんですか!」
その声に女性はその見つめていた先を指差した。その先には等身大くらいの白い塊があった。何か繊維状のような物に見える。そして二人もやって来る。
「これは・・・」
近づいてよく見ると中に男性の姿が透けて見えた。
「大丈夫ですか!」
三人は急いで中にいた男性を助け出そうと糸を引きちぎった。糸自体は大して硬いものではなく簡単にできた。
「おい!しっかりしろ!おい!!」
顔色こそ悪かったが息があった。
「よかった生きてる・・・」
虎太郎も安堵の息を吐いた。栞も安心した。しかし剣崎の視線は別の方向に向いていた。
「・・・!」
その男性の首筋に以前見たことのある蜘蛛が張り付いていた。しかし二人は野生の蜘蛛かと思ったのか、はたまた気付いていなかったのか大して気に留めなかった。
(また蜘蛛か・・・)
剣崎は内心呟き、そしてもう始に聞いておきたいことがあると思った。