カテゴリー2「笑顔」

剣崎が二人と別れ小屋に戻ってきたとき始は一斗缶の火に水をかけていた。
「もう大丈夫なのか?」
「あぁ」
「案外しぶといんだな・・・」
始は腹の包帯を取ると一番大きい箇所だったはずの傷は完璧に塞がっている。剣崎は内心驚いた。普通ならこんな短時間で回復するわけない。
「人間の薬が効いた」
そして始は小屋を出ていた。剣崎が移動させておいたバイクを押しながら橋へと目指す。剣崎はその後を追った。
「なぁ教えてくれ。カテゴリーAはまだ蜘蛛を吐き出し続けてる。それはまだ本当の適合者が見つかっていないってことなのか?」
「子供を吐き出すのは蜘蛛の習性に過ぎない」
そうこうしているうちにあっという間に橋についていた。
「ライダーを作ろうとしてる伊坂がそれを利用してるだけだ。すでに奴の手に落ちたか・・・はたまたそんな運命を知らずにどこかに居るのか・・・」
始は淡々と言ったが剣崎の内心は複雑だった。この前助けた少年のことを思い出した。あの子ももしかしたら過酷な運命を強いられるのか・・・
「どうだろうな・・・」
始はバイクに鍵を差し込んだ。バイクは唸り声をあげ今にも走り出そうとしている。剣崎にはもう一つ聞いておきたいことがあった。
「お前はどうするんだ?どこへ行く気なんだ?」
「わからない・・・俺は俺で戦い続ける」
「もしよかったら・・・」
「断る」
あっさりと始は剣崎の言葉を切り捨てた。
「俺は一人で戦い続ける・・・でも」
「でも何だよ?」
剣崎は突然の言葉に焦った。そして次に始から出てきた言葉はさらに剣崎を驚かせた。
「君のおかげで助かった。ありがとう」
ストレートな感謝の言葉。そう言った始の顔は剣崎が今まで見たこともないような表情だった。感情が乏しいと思ってけどこいつにも人間臭いところがあるんだな・・・そんなことを剣崎は思っていた。少し複雑な気分だったが嬉しかった。
「あぁ・・・」
それ以上言葉を交わすことはなく始は去っていった。その姿を剣崎は見送っていたがやがてポケットの携帯が鳴っているのに気付いた。
「もしもし剣崎君。カテゴリーAよ。そこから遠いわ。急いで!」
「分かった!」
剣崎は栞の示したポイントにしたがってバイクを走らせた。


スパイダーを追っていた橘は海に近い、下流の川岸に来ていた。追われる立場のスパイダーは高架下に糸を張り地面に降り立った。
「カテゴリーA、ここで封印してやる、覚悟しろ!」
バックルにカードを入れベルトが腰に巻きついてから橘は左腕を前に構えた。
「変身!」
ギャレンに向かってスパイダーは糸を吐き出した。それを回転受身を取りつつ銃を抜き着地すると同時に発砲。仰け反るスパイダーにさらに光弾を畳み掛ける。

「橘君・・・」
小夜子はそこから離れた上流の川原を車で走っていた。そして車を止め土手の方へと歩いていった。辺りを見渡しても誰も居なかった。小夜子の背後に一台の真っ黒な車が止まった。小夜子が振り返ると中から伊坂が現れるた。
「あなたは・・・」
その姿に小夜子は驚愕する。伊坂は羽を一枚どこからともなく取り出した。
「言った筈だ。これ以上邪魔をすれば次は無いと」
小夜子が逃げ出すより速く伊坂は腕を一凪した。そこから放たれた羽根は空気を切り裂き真っ先に小夜子の腹に突き刺さる。

ドスッ


体に何かがぶつかる鈍い音がした。小夜子の体に深深と突き刺さった羽から血が滴り落ちる。そして口からも血を吐き出した。
「ふん、行くぞ」
伊坂はすぐに車に乗りその場を去った。

小夜子にはまだ息があった。しかし立っていられるはずはなくその場に倒れこむ。
「・・げほっ」
血が再びこみ上げてきた。その時小夜子は目の前に咲く一輪の花を見つけた。それは白く、小さな花だった。その花と橘がどこか被って見える。
「・・・!」
小夜子は必死になってその花に手を伸ばした。

そう、私はあの笑顔が見たくて・・・あの笑顔が好きだから・・・!ここまで頑張ってこれた・・・お願い、最期に彼に会わせて・・・


『バレット』
ギャレンの銃にレリーフが張り付いた。すぐさま接近してくるスパイダーの懐にもぐりこんで発砲する。強化された光弾を全て命中されたスパイダーは敢無く地面にたたきつけられた。
「これで最後だ!」
ギャレンの手にはカードが三枚握られていた。
『ファイア』『ドロップ』『ジェミニ』
『バーニングディバイド』
瞬く間にギャレンの足を炎が覆い空中へと跳んだ。そして空中で身を捩るギャレンの姿が二つに分裂した。
「!?」
スパイダーは驚き一体に糸を吐き出した。しかし糸に当たったギャレンの体はまるで炎が水で消えるかのように消えてしまった。
「はぁ!!」
残る一体がスパイダーのつま先がスパイダーの肩に命中し叩きつけられた。そしてギャレンが着地した背後で爆散した。周囲を炎で包まれるスパイダーのバックルが割れる。ギャレンはカードを投げつけた。
『チェンジスパイダー』変身
ギャレンは変身を解きカードを見た。
「力・・・これが俺の力・・・!」
しかし橘の中で何か釈然としないものがあった。この感覚は何だ・・・?力を追い求めた。その結果がこれなのか?これで俺はいいのか・・・その思いが橘の心を掻き毟り橘はその場に立ち尽くした。

「ご苦労だ、橘。さぁカードを渡してもらおうか」
伊坂が背後からやってきた。
「これを使って新たなライダーを作るのか?」
「そうだ」
「そしてそいつにも過酷な運命を強いる・・・」
(私は、道端の花みたいにひっそりとでもいい。そんな風に生きたいの・・・あなたと)
急に小夜子の言葉が脳裏に蘇った。
「いや・・・」
橘はゆっくりと振り返りバックルを再び取り出した。
「あんたにそこまで従う義理はない!」
「なんだと!?」
ベルトが橘に巻きついてく。伊坂は掌を橘に向け火球を出した、が橘はそれをかわした。
「甘く見るな。今までの俺とは違う!」
「それはどうかな?」
伊坂は余裕の笑みを浮かべた。そして体が七色の光に包まれる。
「そろそろあの植物の効力が切れる時間だ。それまでに俺を倒せるかな?」
「変身!!」

(カ・・リ・・ス・・・)
自分を呼ぶ声がした。それは始の頭の中に語りかけてくる。
「お前は誰だ・・・」
(貴様の弱点は知っている・・・あの人間だ・・・)
「なに!?」
始はバイクを止めた。そして気配を探るがどこにもそれらしいものは無い。始はバイクをさっきよりも速く走らせた。


ハカランダを訪れた虎太郎はドアの前にランドセルがあるのを見つけた。
「あれ、天音ちゃんのだ」
虎太郎は店のまだ変化に気付いていなかった。きっと天音は急いでどこか行ったんだろう、その程度の考えだった。そしてハカランダの中に入っても遥香の姿が見当たらなかった。
「姉さんまでいない・・・」
以前も似たような状況があった。また買い物に行ったのだろう、と虎太郎は思おうとしたがじわりと汗が流れる。そしてカウンターに置かれていたコーヒーカップに目を向けた。まだ湯気がたっている。
「どういうことだ・・・淹れたてなのに・・・」
虎太郎の中で焦りの色が徐々に滲み出てきた。

「っぐはぁ・・・!!」
ギャレンはピーコックの剣で後ろに吹き飛んだ。手を付きながらギャレンはゆっくりと起き上がる。
「はぁ・・・力が出ない・・・」
その事実をギャレンは確実に感じていた。力をいくら振り絞ろうとも体が応えてくれない。
「だから言っただろう。タイムリミットだ・・・はぁ!!」
ピーコックは止めに剣を薙ぎ払った。再びギャレンの体が宙を舞い地面に衝突した衝撃で変身が解除される。橘の目の前にスパイダーのカードが落ちた。
「くそ・・っあぁ・・・」
橘が手を伸ばすよりも早く伊坂がそれを拾い上げた。そして確認するようにカードを眺め、橘を見下ろした。
「所詮貴様など私の敵ではない。力が欲しければまたいつでも来い」
そう告げ伊坂は立ち去っていった。橘は拳を地面に叩きつけた。
「ちくしょう・・・!」
伊坂が行ってから少しした後に剣崎がやってきた。
「橘さん!」
すぐにバイクからより橘に駆け寄った。
「カテゴリーAはどこへ・・・」
しかし橘は答えない。
「もしかして奴の手に・・・そうなんですね?」
突然橘は立ち上がった。そして苦しげな表情のままバイクへ向かう。ゆっくりとバイクに跨り橘は行ってしまった。一人取り残される剣崎は呟いた。
「何が起こるっていうんだ・・・」

橘は川の上流へと行く形で川原を走っていた。そしてそこには二、三時間前に別れた車があった。見間違えるはずの無い小夜子の物だった。
「小夜子?」
橘は車のとなりに停車しドアの開けっ放しの車を覗き込んだ。誰もいない。橘はバイクから降りあたりに小夜子がいないか見渡した。そはしの時何かが光に反射してるのを見つけた。
「これは・・・」
橘はそれを拾い上げる。それは小夜子がいつもつけていたアクセサリーだった。まだ近くにいる、そう思いそこから眼下に見える土手へと目を向けた。そして見つけた。大きな枯れ木の木下にいる彼女の姿を。
「小夜子!!」
橘は斜面をくだり寄り添った。ゆっくり抱き起こした小夜子の顔色は血の気が引いていた。
「小夜子!どうしたんだ、小夜子!!」
その呼びかけに気付いたのか小夜子は目を開けた。
「橘君・・・良かった・・・、また会えた」
その声には力が篭っていない。まるですぐにも何かが抜け落ちそうな声だった。
「喋るな。今病院に連れてくから・・・」
「待って!」
橘の言葉をさえぎって小夜子は腕をつかんだ。
「私のことはもうわかってる・・・駄目みたい・・」
「馬鹿、何言ってんだよ!!」
そう言った橘の声は少しにごっていた。


剣崎は栞に呼び出されハカランダへと訪れていた。栞に言われたことを今ひとつ飲み込めない。
「消えたってどういうことだ?」
栞の代わりに虎太郎が答えた。
「ここに来てみたら誰もいなかったんだ。天音ちゃんのランドセルは置きっ放しだったしコーヒーもそうだった」
「探してみたのか?」
「うん、周辺を探してみたんだけどどこにも見当たらなくて」
その時遠くからバイクのエンジンが聞こえた。それもこっちに向かってくる。三人はそっちに目をやった。しかしバイクはハカランダを横切って行ってしまった。それもバイクを運転してた人物を虎太郎は見逃すわけが無かった。
「始だ・・・!あいつどこ行くんだ」
「まさか、天音ちゃんたちのところへ!?」
「剣崎君!!」
栞の言葉に応え剣崎はバイクに乗って始の行った道を辿っていった。


小夜子は消えそうな声で話し始めた。
「そういえばパズル見つけたよ・・・飲み込んだなんて嘘ばっかり・・・」
「何言ってんだよ・・・」
橘の声はもう涙声だった。「死」というものが目の前に迫り来るのに何もできない、どうすることも出来ない自分が悔しくてたまらない。
「・・って・・・」
「え・・?」
小夜子は凄く小さな声で何か言った。
「橘君・・笑って・・・あなたの笑顔が見たい・・・」
この状況でどうしたら笑えるだろうか?それでも橘はぐしゃぐしゃになった顔で必死で笑ってみせた。涙を流しながら笑顔、というのは異様だったが小夜子は微笑んだ。そして
「ありがとう・・・」
それが最後の言葉だった。それっきり小夜子はまるっきり動くことは無かった。
「小夜子?小夜子!!」
しかしいくらその名を叫んでも、その体を揺すっても彼女が目を覚ますことは無かった。逝ってしまった、橘はそう確信した。そしてその亡骸を精一杯の力で抱きしめた。
「小夜子ーーー!!!」


診療所・・・その机の上、完成されたパズルには二人の温かな笑顔があった。