カテゴリー1「還るべき場所」

夜の帳が下りていた。

遥香はこの状況を飲み込めていなかった。突然季節はずれのトンボが大量に店の中に押し寄せ視界が暗くなった。そして目が覚めたら暗闇の中、それが考えられる状況だった。
「・・・・」
遥香はあたりを見渡した。隣には天音が眠っている。暗い、そして湿っぽい。多分下水かどこかの中なのだろうか。そして出口は一つだけ。遥香は天音を抱き上げ逃げようとした。が、唸り声が反響してきた。
「ヴヴ・・・おとなしくしていろ」
出口から聞こえてくる。暗闇の中に誰かがいるようだった。
「貴様たちは『あいつ』を呼ぶための餌。もう少しここにいてもらおう」
そして足音と共に気配が消えるのを感じた。

その暗闇の中にいた正体。それは透明な羽を持ち昆虫の中でも特に「飛ぶ」ことに発達した種。蜻蛉のアンデッドであるドラゴンフライは暗闇の中でこっちに向かってくる影を見据えていた。

始はライトの先にドラゴンフライが立っているのを見つけた。すぐに腰にベルトが浮かび上がる。そして始はバイクから降りた。
「望み通り来てやったぞ」
敵意むき出しの視線をドラゴンフライに向け始はカードをバックルに通す。
「変身!」
カリスは一気に距離を縮め腕を真横に振るのをドラゴンフライは身をかがめ回避。そしてドラゴンフライは背後に回りこみ攻撃を仕掛ける。カリスは右手を肩に置いた。それではドラゴンフライの攻撃には到底届かない、しかしどこからともなくアローが形成されていく。刃がドラゴンフライの拳を防いだ。そしてドラゴンフライの拳を弾きながらカリスは振り返って攻撃を与える。その時後ろからバイクがやってきた。

剣崎が目にしたのはカリスとアンデッドが戦っている姿だった。
「アンデッド!?」
剣崎はバックルを取り出した、が
「天音ちゃんはあの中だ!」
カリスが背を向けながら叫んだ。どうやらあの小さな洞穴のようなところにいるのだろう。剣崎はそこへ駆け込んだ。
ドラゴンフライはカリスの攻撃を受け背中の羽を広げ闇夜へと飛び上がった。しかしカリスの複眼はドラゴンフライの姿を確実に捉えていた。アローからエネルギーで作られた矢を放つ。それでも空中で自由になったドラゴンフライはそれを悠々と回避してその場から離れていった。
「待て!」
カリスはその後を地上から追った。

遥は再び足音がこちらに向かってくるのが聞こえた。とっさに天音を抱きしめ身構えた。しかし、その声はまばゆい光と共に聞こえてきた。
「遥さん!大丈夫ですか!」
剣崎は携帯のライトのカメラについていたライトを遥に向けた。
「剣崎さん・・・」
遥香は安心した声で言った。どうやら命の心配はなさそうだった。そして剣崎は遥香が立つのを助け天音を抱きかかえながら下水から出てきた。

ドラゴンフライはいまだ空中を飛びつづけていた。カリスは腰のホルスターからカードを抜き取った。そしてバックルをアローに取り付ける。
『トルネード』
その時上空にいたドラゴンフライの姿が何かに遮られるようにして見えなくなってしまった。覆い隠したそれはどうやらトンボのようだった。それが一瞬の迷いになったのか少し遅れてカリスは風の矢を発射する。しかしトンボの群れが風に巻かれこなごなになったものの肝心のドラゴンフライの姿は無かった。

そのころ剣崎の元に虎太郎が運転した車が到着していた。虎太郎と栞は降りるや否や剣崎と遥に駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
栞は遥に寄り添いながら言った。
「私は大丈夫。でも天音を・・・」
剣崎は虎太郎に天音を預けた。天音もこの前とは違って大丈夫そうだった。
「でも一体何が?」
「わからない・・・突然店の中にトンボがたくさん入ってきて気が付いたらここだった・・・」
栞は遥香に車に乗るよう促した。そのタイミングを見計らって小声で虎太郎が剣崎に話し掛けた。
「どういうことだ?アンデッドがいたのか?始は?」
「わからない。さっきここで戦ってたのに・・・」
「あいつが悪いんだ。あいつのせいで姉さんたちが危険な目に遭ってる」
「でも・・・あの二人を助けたのも始だ」
そして剣崎は虎太郎の肩に手をポンと置いた。
「二人を送っていかなくちゃな」

遥香らを乗せた車を見送った剣崎はあたりを見回した。後ろでガサッと誰かが出てくる音がした。
「やっぱりいたのか・・・」
そこにいたのは始だった。剣崎の考えどおり虎太郎たちがいなくなるときを見計らっていたんだろう。
「アンデッドは?」
「逃げられた。自分から呼び出しておいて臆病な奴だ」
「やっぱり君を狙って・・・」
「俺は居てはいけないんだ。あの二人の傍に」
始の顔が暗闇の中で下を向いた。剣崎は俯く始に言った。
「そうじゃない。たとえ君があの二人から離れてもまた誰かが狙うかもしれない。なら傍にいて守ってやれよ。俺なんかじゃない、君が」
その言葉に始が返答することは無かった。


朝、橘は伊坂が根城としている研究所の前に立っていた。その姿はいつもと違い黒のスーツで身を包んでいる。
「・・・」
そして橘は研究所の中へと足を踏み込んだ。

「カードが手に入ったというのにまだ適合者が見つからないのか!」
伊坂は声を荒げた。鬼気迫る勢いで研究員を睨みつけた。
「すいません。ただいま全力を挙げて探しておりますので・・・」
研究員は頭を下げた。伊坂は苛立ちを抑えられないまま椅子に座った。そして後ろでドアが開かれる音がして橘が入ってきた。
「橘・・・そうか、シュルトケスナー藻の溶液に浸かりにきたのか?」
しかし橘はそれに答えなかった。その代わりにこう言った。
「小夜子を殺したのはお前か」
背を向けたまま伊坂は鼻で笑った。
「ふん・・・だとしたらどうする?」
それ以上の言葉は必要は無い・・・橘はバックルを取り出す。
「貴様を倒す。生かしてはおけない」
「お前の為だ。お前が強くなるにはあの女が邪魔・・・」
その言葉の途中で後ろから「ジャラララッ」と音がした。伊坂は立ち上がりベルトを装着した橘に向き合った。
「無駄なことは止めろ。お前では私に勝てない」
しかし橘は決意を秘めた瞳で伊坂を睨みつけたままバックルに手を掛ける。
『ターンアップ』
スクリーンを通り抜けギャレンは銃を伊坂に向けた。
「懲りない男だ。あれが無いとお前は闘えないんだぞ?」
伊坂は背後にある水槽を指差した。ギャレンは引き金を引いた。光弾は伊坂の顔を横切り後ろのガラスを粉々にする。
「俺が馬鹿だった。こんなものに頼ったからいけない・・・お前のような奴を頼ったから小夜子は・・・!!」
もう一発、光弾が放たれ水槽が割れる。大量の液体が流れ、サイレンが鳴る中ギャレンはさらに伊坂の顔に向け発砲した。顔に弾がめり込む瞬間ピーコックに姿を変えギャレンと対峙する。


そして二人は人気のないところに移動した。桜の花びらが舞う中ギャレンは走り出した。
「うおおぉぉぉ!!」
ピーコックは剣を召喚し向かってくるギャレンに振り下ろした。しかしギャレンは身をかがめて剣をかわす。すかさずピーコックは剣を斬り返したがギャレンはそれをも避ける。そして次々とピーコックの斬撃を回避しついにピーコックの顔面にパンチが当たる。
「ぐ・・・」
ピーコックは焦りを覚えた。今の全ての攻撃は今までのギャレンならかわしきれず当に決着がついているはずだった。どういうことだ?今自分が劣勢になっている。さらに左拳がピーコックの胸に当たり空中に投げ出され地面に落ちた。それに追い討ちをかけるようにギャレンはすぐさま銃を抜いて光弾を浴びせ掛ける。
「ぅぐぁ!」
そしてギャレンはカードホルスターから二枚抜き取った。
『アッパー』
『ファイア』
「・・うらぁぁぁぁ!」
ピーコックが駆け出すのと同時にギャレンの拳から炎が湧き上がり近くを舞っていた花びらが燃える。
「うわぁぁぁ!!」
互いの叫び声が響きあう。そしてピーコックの剣をかわし懐にもぐりこみ渾身の力を放つ。
「はぁ!!」
アッパーが胸に当たると同時に炎もよりいっそう強くなりピーコックはさっきよりも遠く吹き飛んだ。
「ぐぁ・・」
ピーコックは伊坂へと姿を戻した。肩で息をしうめき声を上げた。ギャレンがこっちに向かってくる。
「ちっ!」
伊坂は掌をギャレンに向け火球を繰り出した。その球はギャレンの足元に当たり地面が抉られると同時に大量のほこりが舞った。
「くそ・・!」
しかしギャレンが煙幕の中から出てきたときすでに伊坂の姿が消えていた。
「どこに行った!伊坂ーー!!」

伊坂は何とか車の中に逃げ込んでいた。コートの前面を開くと火傷傷を負った地肌があった。
「くそ、まさかギャレンごときに」
研究員がハンカチを伊坂に手渡した。それを受け取り伊坂はハンカチを胸に当てた。
「あの女の死が奴に恐怖心を無くさせたんでしょうか?」
「だろうな。だが」
伊坂は『チェンジスパイダー』のカードを取り出した。
「カテゴリーAのカードはまだ手元にある。あとは適合者を探しあて究極のライダーは完成する」

「また呼び捨てにして・・・心配して電話してるのに」
虎太郎の相手をしているのは天音だろう。剣崎は電話で話す虎太郎を見つめていた。
「うん、良かった。店開けれるぐらい元気でよかったよ。それじゃお客さん来たらあれだから」
そうして虎太郎は受話器を置いた。そして剣崎と向かい合う形で椅子に腰掛けた。
「店開いたんだって、良かった」
「あぁ」
虎太郎は安心し剣崎も微笑んだ。栞がお盆にコーヒーを入れたカップを入れてやってきた。
「そういえばカテゴリーAは封印されたのよね?」
コーヒーを置きながら栞が聞いた。
「橘さんが何も言ってなかったから多分だけど・・・」
「でも誰なんだろうね。ライダーに選ばれる適合者って」
虎太郎はコーヒーを啜った。口に含んだ途端に顔をしかめた。
「苦っ。僕はもっとこうマイルドな物が・・・」
栞は虎太郎の目の前に牛乳瓶をドン!と置いた。


薄暗い研究所では大勢の人たちが眠っていた。その合間に男がぽつんと立っていた。
「どうだ?」
伊坂がやってきて男に尋ねた。
「この子が一番適合数値が高い」
男が指差したのはあの「睦月」であった。
「試させてみろ」

武装した男達にたたき起こされ睦月は一歩高くなったスペースにつれてこられた。机の上には緑色をしたバックルが置かれていた。
「なんですか!?離してください!」
睦月は掴まれた腕を必死で解こうとした。そして伊坂の前に放り出された。伊坂はサングラスを外した。
「こっちを見ろ」
睦月が伊坂と見詰め合った瞬間、睦月は何も言わずおとなしく立ち上がった。そして前に一歩踏み出す。
「このスクリーンを通り抜けろ」
伊坂はそのバックルからトレイを引き出し蜘蛛のカードをセットした。そして机にバックルを置き前面のカバーをスライドさせた。
『オープンアップ』
バックルからの電子音と共に紫色をしたスクリーンが飛び出しゆっくり睦月に近づいてくる。そして触れた瞬間、
「うっうわぁぁぁぁ!!」
睦月はスクリーンに弾き飛ばされてしまった。そして気を失った。
「すいません。ちゃんと適合者を探し当てて見せます」
しかし伊坂はバックルを見つめながら笑った。
「ふふ・・・最高だよ。これで俺は・・・最強のライダーを手に入れられる!烏丸、今度こそ探し出せ」
その「男」こと烏丸は何も言わず頭を下げた。


人通りが少ないところで適合者の候補であった者たちが投げ捨てられた。ジープが去った後で一人、また一人と目を覚ます。
「ここはどこだ・・・おいお前、大丈夫か?」
その中には睦月もいた。
「何やってんだ俺・・・」
そして腕時計を見た。針は「昼1時」を指している。
「やべ・・・デートの待ち合わせに間に合わない!」
睦月はすぐに走り出した。

ハカランダでは店の隅でひとりぽつんと座る女の子が居た。女の子は不機嫌そうな顔をしながら立ち上がり店を出て行った。
「睦月のやつどこにいんのよ・・・」

突然、にわか雨が降りだした。

睦月が待ち合わせの喫茶店にやってきたときすでに店のなかには誰も居なかった。
「どうかしました?」
店員の女性が話しかけてきた。睦月は何とか息を落ち着かせて話した。
「えっと、このくらいの身長で気の強そうな女の子来てませんでした?年は俺と同じくらいの」
店員は考えるような仕草をした。
「あぁ居た居た」
突然カウンターから小学生くらいの少女が顔を出した。そして隅の机を指差した。
「あそこに座ってた人じゃない?」
「その人ならさっき帰られましたよ・・・30分ほど前くらいに」
「まじかよ・・・」
睦月はがっくりと肩を落とした。少女がニヤニヤしながら言った。
「残念でした。この恋はもう終わり!すっごく怒ってたもん」
「ありがとうございました・・・」
睦月はふらふらと店を出て、にわか雨に降られながらどこかに行ってしまった。
「ありがとうございました」
この店の人なのだろうか、青年がお辞儀をしたが睦月は何も言わずすれ違った。

ハカランダで遥香は天音を睨みつけた。
「どうしてあんなこと言うのよ?」
ジュースを飲みながら天音はこう答えた。
「いいのよ。女を待たせる男なんて最低なんだから」
「もう・・・あの子傘持ってなかったのに・・・」
大粒の雨が窓を叩きつけていた。遥香は外に出たところで足を止めた。
「え・・・」

始は雨が降っても構わなかった。ゆっくりとバイクを止めハカランダの前に立った。
(たとえ君があの二人から離れてもまた誰かが狙うかもしれない。なら傍にいて守ってやれよ。俺なんかじゃない、君が)
剣崎の言葉が反芻される。どうすればいいか始にはわからなかった。しかし剣崎の言う通りここに俺はここにいてもいいのだろうか?始は歩き出した。店のドアが開き青年に「ありがとうございました」と言いそこで立ち止まった。そして再びドアが開き遥香が出てきた。
「え・・・始さん」
その声に反応して天音が飛び出してきた。
「始さん!!」
雨の中で天音は始に抱きついた。遥香も嬉しそうな顔で始を見つめた。
「おかえりなさい、始さん」
「言ってよ『ただいま』って、ね?」
間をおいて始は言った。
「ただいま・・・」
始はようやく自分のいるべき場所を見つけたような気がした。