カテゴリー1「パスワード」

「何故だ・・・何故何も読み取れない!!」
橘は叫んだ。その声が狭い部屋で反響する。そこにはパソコンとケーブル、そして台の上に仰向けに寝ている男・・・烏丸がいた。しかし烏丸は動かずしかも人工呼吸のマスクをつけている状態だった。そしてパソコンのモニタに映し出されているのはパスワード入力画面。
「あんた何か妙な仕掛けをしてるんじゃないだろうな?実は意識があって・・・」
烏丸に橘は話しかける。しかし烏丸は目を閉じたまま。
「あんたにどうしても聞きたいことがあるんだよ!!ごほっげほっ・・・」
再び叫んだ声が反響した。しかし烏丸は依然動かないままだった・・・
ふと橘の脳裏に映ったのは砂になっていく自分の姿。
「・・・・」
橘は部屋を後にした。



それはまだ剣崎が闘っていたとき栞は持ち帰ったパソコンで資料を整理しているところだった。そこに一通のメールが届いた、差出人は不明。しかし内容はこうだった。
『広瀬君、パスワードを入力し私の脳波とアクセスしてくれ。どうしても話しておかなければならないことがある。    烏丸啓』
それを読み終えたとき投影機から烏丸の映像が映し出された。そして添付されていたのはパスワード入力画面。剣崎と虎太郎が帰ってくる前にいくつか試してみた、KARASUMA・BOARD・UNDEAD・・・・どれもエラーが出るだけであった。
「駄目なのか!?・・・所長!?」
剣崎がそういったとき烏丸の姿が次第に薄れやがて消えてしまった。
「どうにかならないのかよ!?」
「わからない・・・パスワードを入力しないとアクセスできないの。」
栞は目の前のモニタを見つめる。全く分からない・・・栞はそう思った。沈黙する一同のなかで
「ねぇ、下の僕のパソコンでやってみるのはどう?僕のパソコンにはBOARDに関するデータが幾つかある。それから語句を引き出して入力すれば・・・」
と虎太郎が提案した。剣崎が虎太郎を見つめ、そして笑顔で
「よしやろう。やってみようよ、それ!広瀬さん。」
「ええ、試しているわ。」
満場一致の意見ですぐさま作業は始まった。


ハカランダでは天音が新聞を広げていた。
「なんで今日の事件が載ってないの?あんな怪物が現れたのに・・・」
新聞のどこを探しても「怪物」なんて無かった。あるのはくだらないニュースばっかりだ。
「お母さんも気になって警察に聞いてみたの。でも『捜査中です』って言う返事だけでね。」
と遥香。机を拭きながらそれを聞いていた始は
「人間ってそういうもんですよ・・・理解できないものは認めたくない、闇に葬り去る・・・そんな奴らです。」
始の顔はどこか影を帯びていた。
「なんか始さん人間じゃないみたい。」
不安げにそういう天音。始は天音に近づき
「実は・・・人間じゃなかったりして、がぁ!」
と言って手を広げ驚かす。天音は一瞬驚いたようだがすぐに笑顔になり
「ふふ、全然怖くない。始さんが怪物でも平気。むしろ断然愛しちゃうな〜。」
そんなことを言う天音。
「何マセた事言って、宿題まだなんでしょ?早く終わらしてきなさい。」
「は〜い。」
天音は部屋を出て行った。まだ机を拭いている始に遥香は
「でも本当に助かってる。あなたが来てから天音、父親のことを言わなくなったわ。お父さんっ子だったの。亡くなった時の落ち込みようといったら・・・始さん?」
始の様子がおかしいのに気付いた遥香。しかし始は
「いえ、何でもありません。ちょっと疲れただけです。部屋に戻って寝ます。」
始は部屋を出て行った。彼の頭の中では父、晋のことを考えていた。

部屋に戻ったとき部屋に天音が立っていた。
「ねぇお願いがあるの。」
「なに??」
「カメラ本格的に勉強してお父さんみたいに立派な写真家になって。」
「無理だよ・・・才能が・・・」
その言葉に対して始は顔を少し曇らせた。しかし天音は
「なれるよ!絶対になれるって。私始さん見たとき思ったんだ。『お父さんに似てる』って」
「・・・・」
天音は悲しげな表情で
「でもお父さんなんで死んじゃったんだろう・・・」
始の目には全く別の景色が浮かんでいた。吹雪の雪山で倒れて今にも死にそうな男。その近くに立つ自分。その男は写真を取り出しそれを自分に渡した。何故あの男は写真を俺に渡したんだろう?何故・・・・
「始さん??」
始は急に意識を戻し。
「あ、いやなんでもないよ。」
「ごめんなさい。急にお父さんのこと言い出して、おやすみ。」
「おやすみ。」



診療所の診察室で深沢小夜子は悩んでいた。その手にある紙の結果には何も異常が無かったからだ。心電図、CTスキャン、血液検査・・・どれを見ても健康としかいいようが無い。
「う〜ん。やっぱりどこにも異常が無いんだけど・・・」
そう言った小夜子の向かい側に座っているのは・・・・・
「何かが俺の中で起こってるんだ。映像がだんだん鮮明になってきている。」
橘がそういった。自分の体が消えていく・・・それは初めぼんやりとしか物だったのだが最近になってクリアーに見えてくるのだと彼は言う。
「精神的なものなのかな・・・ねぇ橘君、人類基盤史って言うところで働いていたんでしょ?そこで何かあったの?何か特別な実験とか作業とか。」
橘の脳裏にギャレンの姿がよぎった。そして咳を一つしてから
「大いなる実験さ。それが人類のためだと信じていた・・・でも俺は利用されていた。尻拭いをさせられていただけだったんだ。」
小夜子はますます混乱した。
「う〜ん。また何かあったら連絡・・・」
小夜子が机の書類を片付け振り返ったとき橘は椅子に座ったまま寝ていた。
「ちょっと〜〜ここで寝ないで、ね。」
しかし橘は依然眠ったまま。それを見た小夜子は息を漏らした。
「ふぅ、でもちょっと嬉しいんだよね。大学でてもこうやって訪ねてきてくれるんだから。」
橘と小夜子は大学の同級生だった。その後もたまにここに来ては眠るのだった。それでも橘にとってはここが安心して眠れる場所であり小夜子もそれを知っていた。
彼女の存在が後の橘にとって重要な存在となるのはまだ先の話だった。




夜が明けた。
作業は難航していた。単語を入力しても出てくるのはエラーばかり。パスワードを解析しようとしてもその全てが解析できるわけではない、途方も無い作業なのだ。パソコンからエラー音が鳴る。
「またエラー・・・」
栞はそう呟いた。剣崎は資料を読みながら若干うとうとしつつあった。そこに虎太郎が手に何か持って部屋に入ってきた。
「はいストーップそこまで!一時中断して食事にしようよ。」
「いいよな・・・お前は部外者だから・・・」
呆れる剣崎だったが虎太郎の手に持っているものに目が奪われた。皿の上にあるのは音を立て油がはねているステーキだった。
「これお前が!?」
「朝からステーキってのもどうかと思ったんだけどね。でもこういうときはスタミナつけないとね。」
剣崎の腹が鳴った。剣崎は興奮して栞にこう言った。
「広瀬さん!ステーキですよステーキ!それもかなり本格的の!」
しかし栞は苛立ちながら
「うるさいわね!!ちょっと黙っててよ。ここまで解析できたんだけど・・・」
入力画面には「DOUBLE J」とあった。どうも「J」に続く単語が分からないらしい。

そんな栞を尻目に剣崎と虎太郎はステーキを食べ始めるのであった。


ステーキを口にほお張りながら虎太郎が話し出した。
「そういえばさ、君たちが持っているカードちょっと見せてくれない?」
「なんだ、いきなり?」
「いや・・・ずっと気になってたんだ。何でカードを使うんだろうって。取材だと思って、お願い。」
しぶしぶ剣崎はカード「A チェンジヘラクレス」を虎太郎に渡す。それはヘラクレスオオカブトをモチーフにしたデザインに羽の部分にはスペードのマーク。
「うわぁ。」
虎太郎は目を輝かせた。
「これラウズカードって言うんだ。これを使ってアンデッドを封印したり力を使ったりできる。」
「でも何でアンデッドを封印するのさ?直接倒せばいいのに。」
その質問には栞が答えた。
「アンデッドは殺すことができないの。絶対に死なない。だからカードに半永久的に閉じ込める。そこに数字が書いてあるでしょ?」
「うん。これ何?」
右のほうに「0」と数字が書かれていた。
「これはそのカードの強さを表す数字。Aカードは特別で0だけど他のカードには600や1000とかが書かれているの。数字が大きければ大きいほど強いけどライダーには持ち数が決まってるの。これを使い果たしたら変身は解除されてしまう。」
虎太郎はブレイラウザーについていたデジタルの数字を思い出した。
「なるほど・・・にしてもこれトランプみたいだね。」
スペードのマークを見ながら虎太郎は言った。その時虎太郎の中でハッと閃いた。
「ねぇ広瀬さん。『J』に続く単語って『JOKER』じゃない?」
「何それどういう意味?」
「わからない。でもそんな気がするんだけど・・・・」
栞は言われたとおり入力する。
『DOUBLE JOKER』エンターキーを押した――――――

パソコンからピーッと音が鳴った。