King

「上城睦月を探すのを手伝えだと?」
いつものような冷たい声でそいつは言った。

・・・
事の始まりは二時間ほど前のことだった。
「相川始に睦月を捜すのを手伝ってもらう?」
剣崎一真がいったことを橘朔也が反復した。場所は郊外からさらに離れた場所にある『白井牧場』、その中にある大きな屋敷だった。夏の終わりを知らせるように蝉の鳴き声が徐々に変わっている。で、問題の話の内容なのだが。
「あいつならもしかしたら睦月を見つけることが出来るかもしれません」
上城睦月、蜘蛛の意思に飲み込まれた深緑の戦士。三週間ほど前に姿を消し以来、誰もその姿を見ていない。だから剣崎は橘に「始に手伝ってもらう」と言ったのだ。
「あいつはアンデッドなんだぞ。信用できるのか?」
問いかけとは裏腹に橘の目はまるで「信用できるものか」と言っているようだった。
「でも橘さんにQのカードを渡したのも始です。少しくらい信じてやってもいいんじゃないですか」
橘のもとに届けられたラウズアブゾーバ―。それを起動させるためのカードを渡したのは誰でもない、始だった。橘は苦虫を噛み潰したような顔だった。
・・・

ハカランダの下の階に相当する場所、そこには始が借りている一室があった。その部屋にいるのは相川始、その入り口には剣崎、さらにその後ろで壁にもたれかかっている橘。
「色々あったけどさ。今はいがみ合ってる場合じゃない気がするんだ。頼む」
「馬鹿馬鹿しい。お前たちは見たはずだ。あの時、嶋という男は封印されレンゲルは去って行った。その意味がわかるはずだ」
カテゴリーK、嶋を封印した後レンゲルは何も言わずに行ってしまった。最悪の答えは既に嶋から聞かされていたことでもあった。
「嶋さんが・・・蜘蛛の力に負けた」
「もはや上城睦月は蜘蛛と一体化している。こんど会えば俺が倒す」
そう言って始は剣崎の目の前でドアをばたんと閉めた。
「待ってくれ」
だがそうもいかない。剣崎はドアをすぐに開けて部屋に入り込んだ。
「もし倒したらそのとき睦月は・・・」
始は何も答えない。背を向け肩越しに振り向く始の目はいつものように冷たく、そして無機質だった。だが違う、剣崎はその沈黙と始の目から『まさか』の事態を予想してしまった。一時の沈黙にドアにもたれていた橘が口を開く。
「お前に聞いておきたいことがある。お前が闘う目的は何だ?」
それを聞いて始がゆっくりと振り返る。
「人間を守るため・・・違うな」
「何が言いたい」
「アンデッドが全て封印されたとき、お前はどうする。何が起こる?」
始はその問いに答えなかった。否、答えることが出来なかった。脳裏に映りだされるビジョン、自分の手によって崩壊していく街。そして瓦礫の中に埋もれる二人の親子の姿・・・。始は何も言わずベッドに座り込んだ。それを答える意思表示無しと受け取った橘は、
「答えられないのか。本当のことを教えない奴など信頼する価値も無い」
吐き捨てるように言った橘は上に行ってしまった。


上の階へ向かう階段の途中から声が聞こえてきた。
「ああ、思い出したわ。ずぶ濡れで遅れてきた睦月君っていう子ね」
睦月、その単語を聞いただけで橘はドキリとした。はやる心を抑え店を経営するフロアに行くとこの店を切り盛りする母親とその子供、橘は軽く礼をして机の奥に誰かが座っているのを見つけた。
「君は・・・」
橘は一瞬唖然としてしまった。いや、改めて考えてみると睦月を探す人物が他に誰かいるか?となると当然の結果に行きつくのかもしれない。
「あなたは・・・橘さん?」
そこにいたのは山中望美という名の少女だった。

「そろそろ本当のことを話してくれてもいいんじゃないか?」
剣崎は適当な椅子を見つけ始と対面になるように腰かけた。始はまだ顔を下に向けたままだった。
「お前だって秘密の一つや二つくらいあるだろう」
「え!?」
剣崎は戸惑ってしばらく考えるようなそぶりを見せたが、
「俺こんな性格だし・・・秘密ねえ・・」
ある意味当然の結果だといえるのかもしれない。だから剣崎は改めて頭を捻る。やがて始の視線に気づいて笑顔を向けながら、
「でも俺はお前と一緒に闘いたいって思ってる」
「俺がアンデッドだったとしてもか?」
「お前は普通のアンデッドとはどこか違う・・・俺はそう思ってる」
剣崎は迷うことなく答えたのだった。

「睦月、ずっと家に帰ってないらしくて。ここ、睦月と待ち合わせした場所だからもしかしたらと思って・・・」
望美は本当に深刻げな表情だった。対する橘は複雑な心境だった。
「橘さん、睦月がどこ行ったか知りませんか・・・」
その理由がこれだった。橘は睦月がどこに行ったかは知らないものの、その事情は知っている。睦月が仮面ライダーで、アンデッドに支配されているなんてことを今望美に教えるわけにはいかない。
「睦月のことは俺達も心配している・・・」
そのせいでこんな曖昧な答えしか返せなかった。
「そうですか・・・」
落ち込む望美の表情が何とも痛々しい。しばしの沈黙。だが橘のポケットに入れていた携帯が鳴った。発信元は栞の携帯からだった。
「すまない」
橘はテラスに出て電話に出た。
「どうした?何かあったか?」
栞の連絡を聞いて橘は、
「それは本当か?」
わが耳を疑った。そして中で遥香に励まされている望美の姿をちらりと見た。
「わかった。剣崎とすぐに向かう」


「睦月が見つかったって!?」
居間に飛び込んでくるなり剣崎はそう口にした。後に続いて橘、
「どういうことだ?」
「これ見てよ」
栞に促されて二人はパソコン画面の前に立った。そこにあったのは一通の添付ファイルだった。そこにカーソルをドラッグさせクリック。
「これは・・・!」
表示されたのは画像が複数貼り付けられたページだった。だがただの画像ではない。なぜならそこには三週間前に姿を消した少年の姿があった。剣崎と橘は息をのむ。
「睦月・・・この画像をどこで?」
何でも聞けば虎太郎のメールサーバーに一通のメールが届いてたらしい。件名には『仮面ライダー』と銘打たれ、しかも添付付きで怪しい。本来ならウイルスが潜んでいそうで消去するところなのだが、
「見てみようよ。どうせ大した情報じゃないんだろうし。マスコミだってろくなこと流してないし」
と、栞が半ば強引に開いたのだ。そこに入っていたのがこのページだったのだ。マスコミはろくに情報を流さないのではなく流せないのだがその話はまだ先の話になる。問題の画像は警官二人を倒す睦月、さらにスクリーンを出現させレンゲルへと変身する一連の流れ。画像の位置からすれば撮影者のほうにレンゲルが向かっているように見える。
「問題はこのページ載せてるサイト、仮面ライダーは悪者だってさ。しかも僕たちのこと知ってるみたいだし・・・」
もしかすれば襲われたことへの復讐だとも考えられなくもない。しかしそれで剣崎たちが困るのは当然のことであり、そのアップした者に会ってそのホームページを止めさせ睦月の話を聞けるかもしれない。
「このサイトをアップしたやつの話を聞こう。場所は?」
「もう終わってるわ」
橘と栞のやり取りの中剣崎はふと虎太郎のほうをみた。どこか得意げだ。おそらく虎太郎がやったのだろう。かつて、BOARDから剣崎の資料を盗み見た技術は伊達ではない。
「どうも都内のネットカフェからアップされたみたい。はいこれ」
栞が二人に手渡したのは一枚の紙。そこに書かれていたのは三つのグループに分けられたネットカフェの名前と住所。
「剣崎君は上、橘さんは真ん中、私と白井君は下を探すから何かあったらすぐに連絡ちょうだい」
「了解」

こうして僕たちはこの画像の撮影者を探すことになった。今になって思う、なんて常套句を言いたくもなる気分だ。この時点で僕たちはこれから起こるとても長い物語の渦中、それもど真ん中に放り投げられていたのかもしれないのだから。


まずはじめは橘だった。
「ここもハズレか」
店を出て栞にもらったコピー用紙に横線を一本引いた。合計で引かれた線の数は2。ハズレという印だった。だが人海戦術だ。いずれアップ者は見つかるだろう。橘は三軒目のネットカフェの住所を確認しバイクに向かった。
「・・・」
バイクのハンドルに鳥が停まっていた。珍しいことだが別に鳥を追い払ってしまえばいい。だが今は違う。橘はしばし呆然とその鳥を見ていた。
「まさか・・・」
そう、見間違えるはずがない。そして鳥が羽ばき橘の頭上を越えていった。
「ナチュラル!!」
橘はかつて嶋とともにいたカナリアの後を追った。


聞こえてくるのはマウスのクリック音かキーボードを叩く音。とあるネットカフェの小奇麗なスペース。パソコンから延びるUSBケーブルには携帯がつながっている。少年はしばしパソコンのモニタを眺めていたが、やがてそこから目をそらし店の入り口に目を向けた。そこにいたのは自分の『外見』より少し年上に見える、若い男女。少年はUSBから携帯を取り外し唇の端だけを吊り上げて、
「止めろ」
世界が停止した。

次に虎太郎と栞。虎太郎の運転でついたのは三軒目のネットカフェ。車から降りて早速店の中に向かう。通りに面しているのはガラス張りの清潔感漂うオープンスペース。リーマンやOLが多い当たり、なるほどリーマンやOLとかに受けがよさそうだ。普通のネットカフェ、密閉されたあの場所はプライベートが約束されるものの少し息が詰まる。ただ一人、赤いシャツを着た子供がいるのは少し目にとまった。
「いくわよ」
栞が先陣を切るべくドアを開けた。それに続いて虎太郎。栞が受付に話している間、これまた何となくだが店員の後ろに見えるさっきのオープンフロアに目を向けた。少年が虎太郎に背を向ける形で自分の席に戻っている。
(・・・ん?)
無意識、それもごくごく小さく虎太郎は違和感を感じた。だがその原因がどうしてもわからない。何となくだけどあの子、さっきまで席に座ってなかったけ・・・?
「ちょっと白井君?」
「え、あ・・・はい?」
栞の呼びかけで虎太郎は驚きながら応えた。それと同時に虎太郎の無意識下での疑問も消える。栞は少し店員から離れて小声で、
「当たりよ。剣崎君に連絡とって・・・!」
対する虎太郎も小声で、
「わかった・・・」
さっそく虎太郎は携帯で剣崎にメールを送った。店の名前か何軒目かと言えば紙を持っている剣崎なら場所は簡単にわかるはずだった。そして栞の後に続いてオープンスペースに。向かう先には、もしやと直感が告げて、やっぱりと現実が応えた。
「あなたがあのサイトをアップしたのね・・・」
さっきの赤いシャツを少年だった。少年は何事もなさそうに、だがどこかつまらなさそうにマウスの左ボタンをクリック。そこに現れたのは、
『この二人が仮面ライダーについて知ってる!?』
というタイトルが書かれた虎太郎と栞の写真だった。
「僕たちの写真いつのまに?」
少年は虎太郎たちがいないかのように、
「さーて次はどの写真を載せようかなぁ」
だがそれを良しとしない存在が虎太郎の隣にいた。一目でわかる、怒ってると。栞は携帯のUSBを引っこ抜いて、
「止めなさい!なんのつもりなの!!」
鬼気迫るオーラが栞から放たれている。虎太郎はどうしようかと思っていると少年は顔をあげた。それも泣きそうな顔で、
「ご・・・ごめんなさい!頼むからぶたないで!」
そして少年はすがるようにパソコンの前に突っ伏した。栞のオーラが一瞬にしてうろたえたものに変わる。
「ぶ・・・ぶたないわ。それよりもこんな画像アップするのはやめて」
少年を慰めるようにできるだけ優しく言った。さっきまでのオーラが嘘のようだった。少年も栞に敵意はないと思ったのか顔をあげて、
「嫌だ」
はっきりとした拒絶の言葉。それには一瞬虎太郎の思考が真っ白になった。それは栞も同じだった。その隙に少年は栞を突き飛ばした。
「きゃっ!」
後ろに尻もちをつくかと思えばゆったりとした椅子がありそこに座り込む。だがそれで終わらなかった。栞の足が椅子ごと宙に浮いた。さらに椅子は空中でグルグル回っている。
「きゃぁぁ!?何よこれ!!」
「広瀬さん!?」
「あはははははっ!マジ最高!!」
栞の叫び声と少年の笑い声が店内響く。
「君!」
虎太郎はとっさに少年の肩を掴んだが、
「痛い」
虎太郎の腕を弾き、
「離せよ」
少年の声がどこか重々しく響く。そのとき虎太郎は背後に気配を感じた。振り返ると、
「うわぁ!」
アンデッドがいた。そいつは虎太郎を栞のいるほうに放り投げた。怪物が現れ店の中は一気に騒然とする。もはやそこは混沌とした異界だ。その中で一際異彩を放つ少年の笑い声。虎太郎は痛みに耐えながら携帯のボタンを押した。
「剣崎君・・・」
だがその瞬間、全てが止まった。


剣崎がそのネットカフェに来たときはすでに遅かった。バイクから飛び降りて店に駆け込んだとき、店内は異様なほどに静まり返っていた。
「何だこれ・・・」
そして中にオープンスペースに足を踏み入れ真っ先に飛び込んできた光景は、
「広瀬さん!?」
宙に浮いた椅子に座り苦悶の表情の栞と、
「虎太郎!?」
携帯を耳に当てて驚いている虎太郎の姿があった。だがおかしなことに二人は一向に動かない。それこそリアルなビデオを一時停止させたような。剣崎はそこに駆け寄ろうとした。が、何かにぶつかった。
「うわっ!?」
そこから絶対に先へは進めない。まるで剣崎のいる空間と虎太郎たちとの空間に見えない壁が出来ているようだった。
「無理無理。その空間には入れない。そこの時間は止まってる」
そのとき剣崎の背後で声がした。咄嗟に振り返ると椅子に座りながら楽しそうな笑みを浮かべる少年の姿があった。そしてその前にあるのは一台のノートパソコン。そのモニタに写されている画像は剣崎にも見えた。剣崎は駆け寄って、
「君がこのサイトを!?」
だが剣崎の腕がマウスに伸びるよりも早く少年が剣崎の腕を取り後ろに投げ飛ばした。少年の細い腕では決して出来ない芸当だ。何とか受身をとり衝撃を最低限にまで押さえ込んだ剣崎は、
「アンデッドか!」
「そう、キングって呼んでくれる?」
「キング・・・カテゴリーKってことか!」
剣崎は目の前にいる少年を睨みつける。だが少年、キングは人差し指を立てて邪気を含んだ笑みを浮かべていた。
「一番強いってことさ」
剣崎はすぐにバックル、そしてカードを取り出す。目の前の少年がアンデッドならば闘うのが仮面ライダーの使命。バックルにカードを装填しようとした瞬間、
「止めろ」
少年の一言で世界が止まった。