Joker

時が動き出す。

剣崎はカードをバックルに装填しようとしたとき手が空を切った。
「あれ?」
視線を手元に落とすとバックルとカードがない。おかしい、さっきまでちゃんと手に握っていたはずなのに。そして顔をあげるとさっきまで目の前にいたキングの姿もない。
「どこいった?」
剣崎はあたりを見回してガラス越しに赤いシャツの後ろ姿を見つけた。その手にはさっきまで剣崎が手に握られていたものもある。
「待て!」
剣崎は走り出した。

剣崎が店を出た後、動かない虎太郎たちにようやく時間が戻った。
「ああ・・アンデッド・・・ってあれ?」
そして宙に浮いていた栞も椅子とともに落下。
「キャーッ!」
虎太郎は店の時計を見た。店に来てから10分以上も経っているのにその間何が起こったか虎太郎たちは知らない。無理もない。止められていた時間は二人にとって一瞬のものだったからだ。
「何なのこれ・・・」
腰をさすりながら立ち上がる栞。だが二人の不運はまだ終わったわけではない。警官が突然入ってきた。
「あそこです!」
指をさしたのはさっきの受付。指をさしているのは当然こちら側。あっという間に栞と虎太郎はパトカーに連れて行かれたのだった。


ナチュラルに導かれるように着いた場所は『Clover』という名の一軒のバーだった。『CLOSED』の看板があるにもかかわらず扉の鍵は開いている。橘はそっと中に忍び込んだ。
中は薄暗く気味が悪い。廊下を抜けると開けたスペース。そこにはカウンターや賭けポーカーでもしていたのか、マットの敷かれたテーブルがあった。すると店の奥から人の気配がした。出てきた外人で強面の男が三人、橘を取り囲むように現れた。その中でスキンヘッドの男が、
「なんだお前、出ていけ」
指の骨をボキボキ鳴らして明らかに威嚇している。橘は身構えたが、
「いいんだ。その人は大事なお客さんだ」
新しい声がした。男たちはそれに従うかのように一歩下がる。橘は聞き覚えのある声のしたほうを向いた。
「・・・!」
黒いハットに黒ジャケット、さらには黒いサングラス。そいつは両手に持たれたトランプの束を器用に扇状に広げ戻してトランプ用のテーブルに置いた。さらに手を翻しどこからともなくトランプが一枚手に現れる。カードはクラブのキング。サングラスを外しようやくその顔が露わになった。
「睦月・・・」
「いい人たちですよ。俺がちょっと『挨拶』しただけで店を明け渡してくれたんです」
薄暗くて気付きにくかったが、よく見ると男たちにはところどころに痣や傷があった。
「あいさつか」
橘の言葉になぜか嬉しそうに笑う睦月。そしてトランプのひと山を綺麗にテーブルに並べてカードを取り出していく。選ばれたのは4枚のラッキーセブン、
「7並べしませんか?」


キングが用水路を歩いているところで剣崎はようやく追いついた。
「待て!」
くるぶしくらいまで水で浸かっているのでバシャバシャと音がたつ。そして立ち止まってキングは振り向いた。
「そいつを返せ!」
「これがライダーシステム?へぇ、案外よく出来てるんだね」
キングはしげしげと自分の手にあるバックルを眺めた。
「それが狙いで俺達をおびき出したのか!」
剣崎の言葉を馬鹿にするように少年は鼻で笑い、
「まさか。僕はただ退屈してただけ。ただ滅茶苦茶にしたいのさ」
「滅茶苦茶?」
その時、用水路の上を通る小さな橋でバイクが止まる音がした。剣崎は橋の背を向けて立っており上にいる人物が見えない。だがキングは違った。その顔には驚き、否嬉しさを浮かべつつもわざとらしい恭しさを含んだ声で、
「これはこれは・・・ジョーカー!」
「ジョーカー?」
剣崎は橋の後ろを向いた。そこに立っているのは、
「その名で俺を呼ぶな」
53番目の名を呼ばれた男、相川始がいた。


カードは黙々と並べられていた。
手の平を翻すだけで睦月の手にはカードが現れる。手品などで使われるトリックの類なのだろう。
「ここで何をしている?」
黙って一人7並べをしている睦月に橘は言った。まずそろったのはクラブのスート。
「相川始・・・ジョーカーと呼ばれるアンデッドを倒す準備を・・・」
別の場所でもキングは同様に始のことを「JOKER」と呼んでいることを橘は知らない。初耳だ。
「ジョーカー?何だそれは?」
睦月は7並べを続けながら淡々と、
「7並べは52枚のカードを並べるゲームです。どのカードも置く場所は決まっている。こいつだけを除いて・・・」
本来ならハートの2が置かれる場所に睦月は別のカードを置いた。自転車に乗る男の絵が描かれたカード、
「ジョーカー??」
「ジョーカーが全ての場所に置けるようにジョーカーというアンデッドもすべてのアンデッドになれることができる。それが相川始の正体・・・」
「つまり放っておけば全ての力を手にし、いずれは最悪の存在になるわけか・・・」
そしてカードはすべて並べられた。その上にジョーカーのカードを置き、
「ご安心を。その前に俺が封印しますから」
これで終わりとばかりに睦月は店を出ようとドアに向かっていく。
「睦月!」
慌てて橘が引き留めようと肩をつかんだが、
「ジャックフォームを手に入れたそうですね。でも今の俺は・・・」
睦月が肩に置かれた橘の手を肩から引き離し橘を壁に叩きつけた。
「ぐっ!」
「かなり強いですよ」
少年は薄暗い店から出て行ったのだった。


相川始が『その場』にいるのはある意味では当然だったのだろう。ハカランダで突然飛び込んできたアンデッドの気配、店を出てその後を追うごとに気配は強まっていく。そしてそれは特異な者の中でさらに特異な位置にいるものだということも分かっていた。
「この気配、やはりカテゴリーKか」
始はバイクを止めて橋の下にいる少年を見下ろした。
「これはこれは・・・ジョーカー!」
少年は喜々とした眼でこちらを見る。始の腰にバックルが現れた。
「その名で俺を呼ぶな」
橋の手すりを一気に飛び越え始は落下していく。その合間にカードをバックルの溝に通し、
「変身!」
「止めろ」
その声が聞こえ、次の瞬間には別のアンデッドが目の前に立っていた。

「何!?」
剣崎は当惑した。キングが「止めろ」といった途端、陰に潜んでいたアンデッドが現れた。そして一瞬光ったと思えば水のような液体を纏う始が空中で停止していたのだ。

時間停止の正体、それはキングの従えるアンデッド。金色の体に右腕には少年と同じような擦り切れた布をつけている。古代エジプトにおいては神の象徴とまで言われた始祖、スカラベだった。
始はぴくりとも動かない。さっきの栞と虎太郎のときと同じだった。そしてスカラベがゆっくりとカリスの落下するであろうポイントまで歩き、
「動かせ」
少年が言ったとたん、またフラッシュし始が動き出した。水は瞬く間に弾けカリスが敵に向かう『はず』だった。
「ぐぁっ!!」
着地する目の前にいるのはスカラベ。空中にいるカリスにスカラベの突然の出現には追いつけなかった。不意打ちのせいでカリスは水の張った用水路を転がる。さっきの不意打ちのせいでカリスはペースを奪われてしまいスカラベの攻撃が着実に当たっていく。
「始!!」
剣崎が助けに行こうとしたがいつのまにか目の前に少年が立っていた。キングは剣崎に胸に手を当てて、
「邪魔しないでくれる?」
突然剣崎の体に衝撃が走った。対抗できない突然の力、剣崎は後ろに飛ばされて水浸しになった。
「くっ・・・!」
スカラベのひざ蹴りを受けカリスの体がくの字に折れる。そして倒れて動かなくなったカリスをスカラベは担ぎあげ瞬く間に消えてしまった。
「始!」
「ジョーカーはもらったよ」
キングは新しい玩具を手に入れた少年さながら嬉しそうな様子だった。剣崎は怒り心頭で、
「始をどこにやった!ジョーカーって何だ!?」
「知らないの?じゃあ教えてあげる」
キングは笑顔を取り去り、
「ジョーカー、53番目の呪われたアンデッド。そしてこのバトルファイトの残酷な殺戮マシーン」
「始を返せ!」
「人の話聞いてた?まあいいや、じゃあ力尽くでやってみなよ」
手に持っていたライダーシステムをキングはポイと投げ捨てた。
「無理だと思うけど」
剣崎は屈辱心を抑えライダーシステムを拾う。今はそんなものより始のことのほうが重大だったからだ。水を一切吸っていないカードをバックルに装填し、ベルトがひとりでに巻きつく。そして左手を腰に、右手は前に構え、
「変身!!」
右手と左手を入れ替えるようにしバックルのレバーに手をかける。あらわれたスクリーンを剣崎は駆け抜けた。瞬時にして鎧が装着され、剣を冠するブレイドへと変身する。だがそんな様子を少年はつまらなさそうに見ていた。そして右手をゆっくりと突き出した。
「ウェイ!」
ブレイドは少年の突き出された拳にパンチを繰り出した。だが、

ガン

突如、ブレイドと少年の拳の間に黒い盾が現れたのだ。ブレイドの拳は言うまでもなくそれにぶつかりはじかれた。衝撃がブレイドの腕に走る。
「ぐっ」
少年は突き出した腕を戻して腕を組む。それでもブレイドは次々と拳を繰り出した。だがその度に黒い盾が現れて行く手を阻む。少年は腕組みをしたまま、
「誰も僕を傷つけることはできない」
最後に少年がブレイドに手をかざしまたしても衝撃が走った。ブレイドが用水路を転がり立ち上がった時にはそこにキングの姿はなかったのだった。


また別の場所では男がマグカップを片手に、
「期は熟した・・・行っておいで・・・」
巨大な冷蔵庫の窓の中にいる『何か』に話しかけていた。
「トライアルD」