Trial

夕方、まるで飛び込むようにして剣崎は居間に入った。キングが消えた後、すぐに白井邸に戻ってきたのだ。目指すは机に置かれたデスクトップパソコン。電源をつける。
「始・・・」
OSが起動する時間も無駄に思えてくる。モニタの脇にライダーシステムを置いてパソコンが起動するのを待つ。静かな部屋の中に夕日が差し込み部屋を赤く染め上げている。
「よし、アンデッドサーチャー・・・」
パソコンが立ち上がり今度はアンデッドサーチャーを起動させる。都内にアンデッドの反応がないか探る探査機、キングやカリスの反応があるかもしれないと剣崎はおもったのだ。だがそれにも時間を要した。
「頼むぞ・・・」
すがるような剣崎の声。だがサーチャーの結果は『Nothing』と出てきた。失敗だ。
「駄目か。広瀬さんと虎太郎は・・・」
そこまで口にした時、剣崎の視界の右端に黒い『何か』がよぎった。ん?と思いながらそっちに目を向けた瞬間だった、

剣崎の首元を何かが鷲掴みにした。

「!!!???」
普通ならここで驚きのあまり心臓発作になってもかまわない。それくらいに見事な不意打ちだった。首に伝わる感触、それは手のひらだった。このまま放っておけばいずれ死んでしまう。どうにかしようと剣崎は首をつかむ手を引き剥がそうとそいつの手首を持った。敵が誰か見たいところだが首をつかまれてほとんど動けない。だから剣崎はほんの少し首を回転させて目を向けた。その手の主が目に入る。
(・・・アンデッド!?)
一見すれば髑髏のように見えなくもない顔。そして口に当たる部分や肩、体中のいたるところにチューブが取り付けられている。その『アンデッド』は剣崎を壁に投げつけた。
「ケンザキ・・・」
「なぜ俺の名前を・・・」
背中の痛みに耐えながら剣崎は言った。そしてカードとバックルを机に置いたことを思い出した。
(しまった・・・!)
机はアンデッドの後ろにある。アンデッドは止めとばかりにゆっくりと拳を振り上げた。その隙を剣崎は見逃すわけがなかった。
「ウェイ!」
アンデッドの脇を受け身を取りながら通り過ぎた。立ち上がり際にバックルとカードを取るのを忘れない。そしてカードを装填しすぐさまベルトが腰に巻きつく。
「変身!」
スクリーンはちょうど窓の前に形成された。剣崎はそこに飛び込んだ。すぐに鎧が装着されていき、そこを通り抜けたとたんに窓ガラスに突っ込んだ。ガラスを割って外に飛び出し着地はきちんと受け身をとり衝撃を殺しつつ次の行動に備える。アンデッドもブレイドの後を追い今は枠だけとなった窓から出てくる。
「ケンザキ・・・オマエハ・・ユルサレナイ・・・」
片言でアンデッドは言った。
「許されない!?」
一瞬戸惑ったがブレイドは覚醒剣、ブレイラウザーを抜いて駈け出した。

戦いはあっけないほど単純だった。敵の強さは下級アンデッド程度で、特別な能力もなくブレイドの敵ではなかった。剣による連続攻撃でアンデットを怯ませ胸に蹴りを打ち込んで吹き飛ばす。敵が倒れている間にブレイドは剣の柄から、

ジャララララッ

カードホルスターを展開させ三枚抜き取った。


男はマグカップを片手に何も言わずに、ただパソコンのモニタを見ていた。映し出されている映像は剣を振るう紫紺の戦士の姿だった。戦士が剣を振るい終えた後、映像は紅い夕暮れを映し出した。おそらく仰向けになったのだろう。だが映し出したのもつかの間で再び戦士が見えた。この映像は見ていれば誰かの目線から写されてたものだとわかる。紫紺の戦士は紛れもない、ブレイドであり、では撮影者は・・・。そしてブレイドはカードを三枚抜いていたのだった。それらを剣の側面につけられた溝に通していく。
『サンダー』
『キック』
『マッハ』
腰を落とし剣を地面に突き立てるブレイドの背後で三枚のカードが浮かび上がりすぐに足、胸、頭と張り付いていった。さらに電撃が迸る。
『ライトニングソニック』
そこから先は一瞬の出来事だった。ブレイドの姿が消える。それに続いて突如引き起こされたソニックブーム、その衝撃が落ち葉や地面を抉り飛ばしそれに巻き込まれるようにカメラが空中を映し出す。そしてまだ終わったわけではない。カメラが最後にちらりと映したのは白い一本の雷の矢だった。それが突き抜けるのに遅れて撮影者が地面にたたきつけられて砂ぼこりと夕陽を映し出した。ここまでの流れをスロー再生しなければ見ることができなかった。
「音速を超えて光速にまで達する力」
男はぽつりとつぶやいた。
「ここまで力を発揮するとは。だがこの程度で『トライアルD』は・・・」
カメラは再びブレイドを映し出していた。


光速の雷撃。それを終えてブレイドは着地した。敵は仰向けになり動かない。

ガシャッ

バックルが開いたような音がした。ブレイドはそれを確認しブランクカードを一枚取り出した。
(何かおかしい・・・)
直感がそう告げる。あまりにもあっけなさすぎるのだ。そして動かない敵が不気味に見えてくる。だがブレイドはカードをアンデッドに投げつけた。トランプ手裏剣の要領で投げられたカードはまっすぐにアンデッドに刺さった。本来ならここで封印が完了する

『はず』だったのだ。

カードがバックルに刺さったとたん、アンデッドが消えるかわりにカードがアンデッドに取り込まれたのだ。
「何!?」
ガシャッと再び音がする。アンデッドはむくっと起き上がりブレイドに駆け出した。
(速い!)
さっきよりも速く、『トライアル』と男に呼ばれたアンデッドがブレイドに肉薄した。そして胸を貫くようなアッパーを放つ。
「ぐっ・・・」
貫かれる、ブレイドは本当にそう思った。ブレイドの体が空中を舞う。さっきまでとは別人のような一撃、それに続きトライアルは地面に叩きつけられたブレイドに右手を向けた。そこから青白いものが発射された。稲妻だ。その一筋がブレイドの鎧に当たり火花を散らし爆発が起こった。鎧によりダメージは抑えられるものの至近距離の爆破は中の体にも響いた。
「くそ、何だこいつ・・・」
さっきの技の反動なのか、それとも封印できないことに対する驚きなのかブレイドはさっきまでと反対に一方的だった。にじり寄ってくるトライアル。このままではまずい・・・そう思った時、
「剣崎!」
声とともに光る銃弾が走った。その弾丸はトライアルにあたり進行を止める。振り向くと夕陽に紛れるような真紅の戦士がいた。名はギャレン、ダイヤをモチーフとしたライダー。
「橘さん!」
ギャレンの加勢にブレイドは立ち上がる。ギャレンはいぜん銃を向けたまま、
「アンデッドか?」
その時、トライアルが、
「ギャレン・・オマエデハ・・ナイ・・・」
「俺じゃない!?」
トライアル片言でそう言った。その次にトライアルの体が突如液体のように変化したのだ。頭から徐々に溶けていき、最後に足も液体に変わりそこから跡形もなく消えてしまった。そして地面にはベルトのようなものが残ったがそれすらもなくなった。
「消えた・・・?」
ブレイドはバックルのレバーを引いた。するとバックルのスペードの紋章がひっくり返りカードが現れた。それと同時にスクリーンも現れブレイドがそこを通り抜けると鎧が外され剣崎が残っていた。同じように身を解除した橘がいた。
「助けてくれてありがとうございます」
「偶然だ。俺が来たのはお前たちに話したいことがあったからだ。それと何ださっきのアンデッドは?」
「わかりません。サーチャーにも反応がなくて封印できませんでした・・・」
橘はわが耳を疑った。
「封印できないだと!?」
剣崎はここまでに起こったことを話し始めようとした。だが白井邸の方を見て自分がガラスを割ったことを思い出したのだった。


そこはとあるビルの一室だった。だだっ広い部屋に素っ気なく置いてあるのは机と椅子だった。机の上にはノートパソコンが一台、椅子には金髪の少年が座っていた。そして少年の視線の向こうには壁にもたれ少年をにらみつける青年がいた。正しくは、青年の右手にあるカードにだった。
「まずは一枚、貰ったよ」
少年は右手のカードをわざとらしく青年、始に見せた。それはカマキリとハートが描かれたカード、
『A チェンジマンティス』


剣崎と橘は割れて散乱したガラスを集めていた。そのついでに剣崎は昼間のことを話した。
「もしかしたらさっきのアンデッドもキングの手下かもしれません。始をジョーカーと呼んで攫っていったんです」
『ジョーカー』その単語にバケツにガラスを入れていた橘はいち早く反応した。
「ジョーカー!?本当にそういったのか」
「え、ええ・・・」
そして戸惑う剣崎の耳に玄関の扉が開く音が入ってきた。少し経って居間のドアも開く。そこから入ってきたのは相当疲れているのか、げんなりしている栞と虎太郎だった。
「どうしたんだよ?遅かったじゃないか」
虎太郎はドサッとソファに座り込んで、
「どうしたもこうしたも・・・あの店で警察に捕まったんだ」
「そうそう。私たちがいくら違うっていっても聞いてくれなかったし・・・」
同じようなことを栞も言った。二人ともがっくりとうなだれている。だから、
「あれ?」
部屋にやたら風が入ってくることやバケツが置かれ、しかもその中にガラスが入っていることに気づくのが遅かった。
「うわ・・・そっちこそ、その窓どうしたのさ?」
「あぁ・・・これは」
「もしかして二人で喧嘩してたとか」
栞は剣崎と橘をじとっとした目つきで睨みつけた。


研究室で男はもう一度さっきの映像を見ていた。そしてマグカップの中にコーヒーが入っていないことに気付いた。立ち上がり新しくフィルターと粉を取り出す。お湯はもちろん沸かし済みだ。湯を淹れるたびに独特のにおいが湯気とともにたつ。それが半分くらい終わったところで、

シュー

奥の巨大な冷蔵庫で何かが吐き出されるような音がした。男はコーヒーを淹れる手を止め小窓から中を覗いた。
「・・・」
中では液体が重力に逆らって人の形を形成していた。人の形をしつつ波打つ流体がやがて冷蔵庫の寒さによって徐々に固まっていく。それはあの剣崎を襲ったアンデッドだった。そのアンデッドが完全に姿をとり最後に腰に機械的なバックルが現れる。そして独りでに冷蔵庫のドアが開いた。冷気の白い煙と共にそいつも外に出た。足元を漂う冷気、だが男はそれに一切の関心も払わずただ目の前の存在を見ていた。
「・・・おかえり」
『トライアルD』挑戦者、または裁きを下す者。


「相川始がジョーカー?」
橘の話を聞いた虎太郎は驚いた。そして栞はその話を聞いて早速BOARDのデータを探している。だが、
「ジョーカーなんて私のデータに入ってないわ。これBOARDの資料全部持ってきたはずなのに・・・」
「睦月がそんなことを・・・」
「ジョーカーは封印したアンデッドの力と、その姿を物にすることが出来る特別な個体らしい」
剣崎は確かに思い当たる節がある。カリスに変身するとき、そして一度だけ別のアンデッドにもなったことを剣崎は知っている。そして・・・
「あいつは始の姿になるときもカードを使う・・・」
「それが相川始がジョーカーたる証明だ」
橘は冷たい口調でいった。
「じゃああいつには始でも、カリスでもない別の姿があるってこと?それがジョーカーの真の姿・・・」
そこまで虎太郎が言ったとき、剣崎は別のことが頭に浮かんだ。
「じゃあ待ってくれ!」
剣崎はそのカードを一度だけ見たことがある。人が鎖に縛られているように見えるイラストが施されたカード。
「あいつのカードに封印されてるのは・・・人間」
もし剣崎の言ったことが正しいのならば始は一度人間を『殺した』といえるのではないだろうか?始を信じたい剣崎としてはそこが一番重要なことに思えた。だが橘はあくまで冷静に、
「奴は自分が勝利者になる為にアンデッドを封印する。キングって奴も言ってたんだろう。ジョーカーは殺戮マシーンなんだと」
といって橘は立ち上がった。そして最後に、
「相川始を助けようなどとは決して思うな」


ビルの一室では小さな電子音が響いていた。少年が携帯でゲームを楽しむのを他所に始はただ沈黙を保っていた。だが始は立ち上がって部屋を出て行こうと扉に向かう。少年は退屈しそうに、
「止めろ」
スカラベが現れ始の動きが停止した。
「動かせ」
動き出す始にスカラベが一撃加えてさっきまでいた場所に戻される。やがて少年の携帯からゲームオーバーを示す音が流れて携帯を閉じた。
「あ〜あやられちゃった」
「さっさと俺を封印しろ」
始の言葉を無視してキングはカードを取り出した。合計で9枚。
「さっさとハートの2も渡してくれないかな?」
「何故俺をあの姿に戻そうとする・・・?」
少年は立ち上がり始を見下すような位置で、
「別に、ただ僕は君の真の姿を見たいだけなんだ。滅茶苦茶にしたいだけ」
「滅茶苦茶?」
「だってそうだろ?アンデッドはライダーとか言う奴に封印されていく。でも人間はそれに気付かずにのこのこ過ごしている。馬鹿馬鹿しいじゃないか。そんなの。僕達だけに闘う運命にあるなんて」
少年はそこで一息おき、
「僕は他のアンデッドの死も支配できる。お前も僕の物になるんだ。そしてこの世界をぶち壊す!綺麗は汚い、汚いは綺麗・・・全てのものは混沌へと向かう・・・」
感情の籠もった言葉を吐き出しキングは携帯をいじって画面を始に向けた。
「・・・!!」
始は息を呑んだ。なぜなら、画面に映し出されていたのは昼間の自分が変身しようとする姿だった。だから次に少年が何を言い出すかもわかってしまう。
「あのハカランダって店、メール受け取れるよね?」
少年が邪悪な笑みを浮かべる。
「さぁ送るよ・・・」
そのとき抑えつけられていた獣が吼えた。