Escape

そこは森が続いた先にある小さな場所だった。周りには土手があり、その下には川が流れている。自然が豊富だった。
「ほら?どうしたの?まだ終わってないよ?」
声の主は無邪気に笑う。小道の先にある開けた場所、そこで少年は男たちからリンチを喰らっているはずだった。だが、
「ううっ・・・」
現実は逆だった。呻いているのは少年ではなく男達のほうだった。少年の周りを囲むように立っているものの誰もが顔をゆがめていた。だが少年の背後にいた男が一人ふらふらと近づき、拳を振り上げ少年の頭に振り下ろす。

ガン

少年の頭と拳の間に何処からともなく漆黒の巨大な盾が現れた。硬く強固な盾だった。もちろん衝撃は痛みに変わり全て男の拳に跳ね返る。
「!!」
他の男たちもそうであった。皆腕をかばうようにしている。さっきから少年を殴ろうとしてもすべてあの黒い盾に阻まれ自分たちの拳が悲鳴を上げる結果となっている。少年、いやキングは空いている片手に携帯を持ってその男たちを撮っていた。
「どうしたの?僕を一発殴るだけでいいんだよ?」
「キング!!」
その場に剣崎がその場に駆け付けた。それを見たキングはがっかりしたような表情を見せた、
「なんだブレイド。君が来ちゃったの」
「ここで何をしている!?」
「別に」
キングは携帯をしまいながらポテチを食べる。
「この人たちに『一発でも殴ることが出来たら帰ってもいいよ?』って言ってるんだけど勝手にこの人倒れちゃって・・・」
「ふざけるな!」
その言葉が嘘だというくらい剣崎には分かる。
「みんな逃げろ!」
その一言で男たちは散っていった。キングは「あー」とつまらなさそうな声を洩らす。だがそれにもすぐ見切りをつけて再び袋に手を突っ込みながら、
「あの様子じゃジョーカーは相当具合悪いようだね」
「お前・・・始のこと何か知ってんのか!?」
キングは最後の一枚を食べ、うっすらと笑みを浮かべた。
「あれは今、ジョーカーになろうとする本能と闘ってるんだよ」
「何!?」
「ジョーカーの闘争本能は自らが封印したカードたちによって抑えられていた。でもそれが今手元にはない。だから・・・」
それ以上は言わなくても分かるだろう?という感じでキングは言った。剣崎は確かに始がカードを奪われているのを見た。
「じゃあカードを取り戻せばいいんだな・・・!」
「おいおい。僕は戦う気はないって」
「アンデッドは人類にとって危険な存在だ!」
剣崎はバックルとカードをゆっくりと取り出す。キングはそれを見て少し驚いていた、いや小馬鹿にしたような目だった。
「ちょっと待ってよ。僕は通りすがりの女の子を助けてただけなんだよ?」
「うるさい!お前にとっては全て遊びだろう!!」
ベルトはすでに腰に巻きついていた。剣崎は右手を前にかざし、
「変身!」
すぐにスクリーンは形成された。それを通り抜けキングに向かって走り出した。対するキングは息を吐いていた。ブレイドが肉薄する距離にまで来たとき手に持っていた袋を手で口をしブレイドの目の前で、パン!と破裂させた。

ガン

それに一瞬遅れて鈍い音も聞こえた。この前と同じ漆黒の盾は現れブレイドの攻撃は通らない。バックステップを踏み距離を置く。そして剣を抜いて突撃した。さっきと同じく盾が現れたがブレイドはそれすら一刀両断しようとした。しかし、

ガッ

盾は斬撃すら防いだ。ブレイドは弾かれた剣を両手で握り直し振りぬく。
「無駄だって」
キングの言葉通り剣はまたしても弾かれる。少年はブレイドの目の前に手をかざした。その途端、逆のベクトル方向、つまりは後方に突発的に力が働いた。ブレイドは吹き飛ばされ地面にたたきつけらた。地面が少し抉れる。
「本当に僕を封印する気はあるの?」
ブレイドは何も答えない。
「違うだろ。君は僕の持ってるジョーカーのカードが欲しいだけなんだ」
何も答えないブレイドにさらに少年は言葉を重ねる。
「人類を滅ぼす存在のために闘う。正義のヒーローとしてはちょっと不純だなぁ・・・」
ブレイドは反論する代わりに二枚のカードを取り出した。それを左腕につけられたラウズアブゾーバ―にセットする。
『アブゾーブクイーン』
『フュージョンジャック』
鷲の鳴き声が響き二枚の翼が出現する。そして瞬時に鎧は黄金色になり、剣が強化される。ブレイドがJフォームになる中、少年は右腕を上げ、宙をつかむように手をぐっと握った。その手には黒い柄が握られていた。それをゆっくり引きぬくように後ろに手を引くと刀身が現れていき、ついにはブレイドの剣よりも一回り大きな得物になった。それに合わせて少年の姿が変化した。

金色の体、だがその輝きは鈍く逆に重みを感じさせるものだった。さらにさっきまで少年を守っていた盾を左腕に、大剣を右腕に持っていた。最強の矛と盾を手にし一本角を持ったそいつはカブトムシの中でも一際強大な力を持つコーカサスオオカブトの始祖だった。

コーカサスは動こうとはせずブレイドが飛び出しながら剣を振り上げる。だがコーカサスは盾を構えブレイドの攻撃を防ぐ。
「!?」
強化された剣でも歯が立たない。ブレイドの胸元に大剣が迫りくる。突き出された剣に後ろによろめかされるブレイドにさらに追撃が襲いかかった。
「ふん!」
袈裟に重々しい一撃を加えられた。さらにコーカサスは動こうとしたがとっさにブレイドは背中の翼を広げコーカサスから遠ざかった。
「はぁ・・・」
肩で息をしてしまう。攻撃全てが封殺され、しかも重たい一撃を与えてくる。なぜ攻撃が当たらない!?さらには心のどこかに引っかかりすら感じてしまった。その理由に気付きかけたとき、
「ジョーカーが勝ち残ったって人類は迷惑するだけさ」
「うるさい!」
ほぼ条件反射の勢いでブレイドは答えた。
「君も心のどこかでそう思ってる。だから弱いんだ・・・」
吐き捨てるようにコーカサスは言う。さっきまで考えていたことがすべて吹き飛んだ。
「違う!」
気がつくと力任せにカードを二枚抜いていた。
『サンダー』
『スラッシュ』
『ライトニングスラッシュ』
背中の翼が広げられ、そこを即座に稲妻が覆う。そしてブレイドは空中を駆けた。だがそれを見ていたコーカサスは何の動揺も無い。それどころか内心では啖呵を切ってしまいたい気分だった。
「遥かに遅い」と
確かに、今のブレイドには以前のような力強さは嘘のように消えうせていた。コーカサスはブレイドの動きにあわせて大剣を構えた。
「ウェーイ!」
剣がコーカサスの右から振るわれようとする。だがコーカサスの剣のほうが速く左に薙ぎ払われた。完全にタイミングを合わせられたカウンターだった。最悪の一撃を受け、空中で真横に払われたブレイドの先にあったのは土手だった。
「うわぁぁぁ!!」
そこに突っ込み土手に流れる川からバシャンと水の撥ねる音が聞こえた。
「あ」
すでにコーカサスは人間へと姿をかえていた。
「やられポーズ取り忘れちゃった・・・まあいっか」
そしてキングはすたすたと歩いて行ってしまった。それから少しして、ブレイドの反応は消えてしまった。


ブレイドのシグナルロストはすぐに白井邸にも伝えられていた。
「シグナルロスト!?」
ブレイドの反応が消え栞は驚いた。虎太郎も絶句する。
「どうして・・・」
「まさかこの前のカテゴリーKと闘ってたんじゃ・・・」
「確かにそうかもしれないわね・・・橘さんは頼りにならないし」
しかし考えるのもつかの間で、
「探しに行きましょう!」
「うん」
二人は屋敷を飛び出したのだった。


ジャックフォームが解けたブレイドは戦っていた場所から少し下流の場所まで流されていた。
「ぐっ・・・」
ひどい状態だった。胸の鎧はさっきの一撃で袈裟に傷跡が残っている。川岸に上がり変身が自動的に解除された。ライダーシステムのダメージからして回復するまでは変身することができない状態だった。しかも剣崎自身その場に倒れこみそうなほどふらふらだった。思わずその場にへたり込んでしまう。
「キングの言う通りなのか・・・!?」
体中がぎしぎしと軋むようだった。口の中も血の味がする。
「俺が・・心のどこかで間違っていると思っているから・・・だから弱いのか!?」」
しかし何の返事もなく川の流れだけが聞こえてきた。しばらく剣崎はじっとしていた。本当はそんなことをしている暇はない。バイクを回収しなければならないし、何より剣崎が今にも眠りそうだったのだ。
「・・・」
そしてついうとうとしてしまう。だがそれもつかの間の休息だった。剣崎の右隣の地面が爆ぜた。
「!!??」
体にぶつかる小石と、爆音から剣崎の意識が回復した。顔をあげると川岸に飛び降りてくる一つの姿があった。トライアルDだ。
「ケンザキ・・・ホカク・・」
剣崎はポケットのバックルに手を伸ばそうとしたとき、システムが修復中だったことを思い出した。
「くそっ!」
ぼろぼろの体に鞭を打って上流へと走りだす。当然のようにトライアルは追いかけてくる。その追撃の中でもトライアルは稲妻を放ちその度に地面がえぐれた。
「くっ・・このままじゃ・・・」
だがクラクションの音が聞こえてきた。剣崎が見上げると川岸を上がったところにある道路を走るバンがあった。しかもその車には見覚えがある。剣崎は土手を駆け上がった。
「虎太郎!」
車の運転手も気づいたのか猛スピードで剣崎に近づき停車した。運転席には虎太郎がいた。
「大丈夫?」
だがそれに答えず剣崎は急いで後部座席に乗り込んだ。そこにはすでに栞もいる。
「早く出してくれ!」
剣崎の気迫のこもった言葉に虎太郎は急いで車を発進させた。

道中、剣崎はあたりをきょろきょろとせわしなく見ていた。
「どうしたのさ?」
虎太郎も剣崎の様子がおかしいことに気づいた。
「アンデッドがいるはずなんだ」
「でもアンデッドの反応はないわよ」
栞がノートパソコンのアンデッドサーチャーを見ながら言った。その時、車がガタンと揺れた。
「なんだ!?」
虎太郎が驚くなか、フロントガラスの上部からあり得ない光景が飛び込んできた。人ではない、トライアルが顔を出してきたのだ。さっきの衝撃はトライアルが車に飛び乗ってきたからだった。
「うわぁ!!」
虎太郎は完全に度肝を抜かされ急ハンドルを切った。しかしトライアルは振り落とされることはなかった。さらに虎太郎が車のハンドルを切り、その進行方向の先に車が走っていた。
「!!」
急いでブレーキペダルを踏みこみハンドルを再び切った。タイヤが音を立ててまるでドリフトのように車が回転する。対向車も同じように回転し停止する。後ろに車が走っていなかったことが救いだった。あわや玉突き事故になるところだった。上にいたトライアルは遠心力で投げ飛ばされバンの正面で転がっていたがすぐに立ち上がる。剣崎は車から飛び出した。
「剣崎君!?」
剣崎は車から飛び出すや再び走り出した。道路外は小さな森みたいになっており、小高い丘みたいなところがあるのか少し勾配があった。剣崎は迷わず一気に駆け上る。後ろから足音が徐々に迫ってくる。やがて視界が開けた。森を抜けると確かに小高い丘と呼べるものがあった。さらに、
「橘さん!」
この場を一気に助けてくれるであろう人物がまるでタイミングを計っていたかのように立っていた。剣崎は助かったと思いながら橘に駆け寄った。
「橘さん!奴です。あの封印できないアンデッドが・・・」
「奴の名はトライアルD」
橘は淡々と口にした。
「え?」
「お前を追うために生まれた」
足音が真後ろにまで迫り、さらに頬を撫でる風のせいか剣崎は寒気を感じたのだった。

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