True power

夕方、屋敷に戻ってきた虎太郎の顔はげんねりしていた。後ろについてくる栞の顔も虎太郎と似たようなものだった。あの後、剣崎のバイクを見つけ誰も運転することができなかったので押して帰ってくることしかできなかったのだ。休みたい、そう思っていた虎太郎はドアを開ける。そして、
「剣崎君!?」
「無事だったか。良かった」
剣崎がパソコン前に立っていた。モニタの隣には一台のノートパソコンがあった。
「何してるの?」
「アンデッドサーチャー、コピーしてたんだ」
「どうしてさ?」
そのコピーが終わったのかノートパソコンのほうからピーッと音が鳴った。剣崎はノートパソコンをシャットダウンさせた。
「俺は独りでキングを追う」
「え!?」
剣崎はノートパソコンをカバンの中にしまった。そして剣崎の足元を見れば大きなバッグがある。
「どうして?今まで三人でやってきたじゃないか!?」
剣崎はドアの前で突っ立ている虎太郎と栞を押しのけて玄関に向かった。
「剣崎君!」
「駄目だ!これ以上、お前や広瀬さんに迷惑かけたくない」
剣崎は少し進んでから振り向いて、
「絶対に探すなよ」


・・・
剣崎の背後で足音が止まった。すぐに振り返ると目の前でトライアルが右手を剣崎に向けていた。
「ケンザキホカク・・・」
「待て。俺が話すといったはずだ」
橘がそう言うとトライアルが頭、胴、そして脚と液状になっていき地面に溶けるように、瞬く間に消えてしまった。
「橘さん。一体どういうことですか?」
「剣崎、俺と来い」
それだけ言って歩き出した橘の前に剣崎は回りこんだ。
「始が苦しんでいます!キングからあいつのカードを・・・」
「俺の話を聞け!お前はもう闘ってはならない」
剣崎は橘の言葉を聞いて黙った。
「お前が変身して戦うたび、あのトライアルDはお前を追ってくる。どんな手段を使っても、周りにどんな被害を及ぼしてもな」
「俺が戦うと・・・周りの人たちが傷つく」
「お前を・・危険から救いたいんだ」
「何故俺が危険なんです?!」
「それは・・・」
橘は押し黙ってしまった。そして言葉を濁しながら、
「お前は・・・ライダーになっていけない人間だったんだ。だから・・・」
橘は剣崎の肩を掴んだ。しかし剣崎は橘の手を肩から引き離し懐にもぐりこんだ。そして橘の足と足の間に自分の足を入れ、一気に払い宙に浮かせた。柔道の内股だった。
「ぐぁっ」
生身のまま地面に叩きつけられた橘は息を漏らした。
「橘さん。すいません・・・でも俺は・・・!」
剣崎は走り出した。肩を上下させながら橘は叫んだ。
「剣崎!このままじゃお前は!!」
しかし剣崎は振り返ることは無かった。
・・・

日も暮れて蒸し暑い夜だった。
「剣崎君どうしたんだろう・・・」
屋敷の居間で、虎太郎はソファ、栞は椅子に座っていた。空気がかなり淀んでいた。
「わからないわ。突然あんなこと言い出すなんて」
虎太郎はうーんと唸った。そして、
「やっぱり、剣崎君探さなきゃ。僕達がここでジッとしていても仕方ないよ」
「あたりまえでしょ」
栞はつけていたパソコンのモニタに目を向けた。次にメールボックスにメールが来ているかどうか確認。何のメールもなし。そのとき、ふと一通のメールが目に入った。それはキングが送ってきた、事の始まりを告げるメールだった。
「・・・そうだ!」
「!?」
「白井君。カテゴリーKの顔覚えてる?」
虎太郎は戸惑いながら何となく思い出した。
「うん、何となく雰囲気は・・・」
栞は目を少しだけ輝かせていたのだった。


朝、虎太郎は眠たそうに欠伸を漏らした。たいして栞はといえば、
「車、借りて行くわよ」
車のカギを手にしていた。虎太郎は頷いてテーブルの上に置かれていた一枚の大きな紙をちらりと見た。
「うまくいってるかな」
「まだそう時間が経ってないからもう少し待たないと駄目かも。でもその間に剣崎君を探さないと」
「バイクの整備しておくよ。剣崎君帰ってきたとき困るから」
栞も頷き返して屋敷を出ていった。すると、一台のバイクが今まさに屋敷の前にとまった。
「橘さん!?」
橘はヘルメットを脱ぎながらバイクから降りた。
「剣崎は帰ってきていないのか?」
「出て行ったの。橘さん何か知ってるの?」
橘はしばし黙って言葉を探していた。だがそれも終わり、
「お前たちのために言っておくが剣崎には・・・・もう近付かないほうがいい」
「どうしてよ!?」
栞の気迫に若干橘は圧された。
「あいつと一緒にいると危険が及ぶからだ」
「危険だからこそ傍にいるのが仲間じゃないの!?」
吐き捨てるように言って栞は車に乗り込みエンジンを入れて行ってしまった。


ハカランダでドアがカランと音をたてた。客が来たのを告げる音である。
「いらっしゃい」
遥香がそう言って席に促そうとする。が、来客を見て、
「あら。あなた・・・・」
驚きを抑えつつ、その声はどこか嬉しそうだった。すでにハカランダに来ていた望美は黒いジャケットを着込んだ客を見て息をのんだ。
「睦月・・・!」
上條睦月がそこにはいた。

相川始はゆっくりを瞼を開けた。本能が決しておさまったわけではない。別の気配を感じ取ったからだ。始はゆっくりと上体を起こした。そのとき、ふと机の上に置かれていたものが目に入った。
「これは・・・・」
それは一枚のカードだった。始は裏返しに置かれたそれを手に取った。
「・・!?」
始はそれを見て驚いた。誰が置いていったのかはわかる、剣崎だ。そして『狼』の描かれたカードを手に始は部屋を出て行った。

「睦月・・・!」
望美は睦月のもとに駆け寄った。対して睦月はといえば、どうでもよさそうな顔で望美を見下ろしていた。
「睦月、会いたかった・・・・」
遥香、そして天音もこの様子を見ていた。望美はただ睦月に会いたくてずっとここに通っていたのだから、こうして会えたことは本当に良いことだろう。だが、
「なんで?」
睦月の声がやけに冷たく響いた。思わず望美は顔をあげ、冷たい睦月の視線とぶつかった。
「どうして俺に会いたいんだ?家に帰ってろ」
パチン!その音が響いたのは次の瞬間だった。その音の原因は睦月の頬に望美の平手打ちが入ったからだった。しばし時間がとまる感覚に陥った。だがやがて、
「この・・・・・!!」
睦月が右手を振り上げ望美はとっさに目をつむった。だが、その手は振り下ろされることはなかった。
「待て」
始が睦月の右手をつかんでいた。そこから腕は決して動かなかった。
「俺に話があるんだろ。ついてこい」
睦月は右腕を下ろし、扉へ向かう始の後をついていった。カランと音がして店が静かになった。
「望美ちゃん・・・?」
遥香は恐る恐る言った。
「だい・・大丈夫です・・・・」
その声はとても脆く聞こえた。


そこは以前、了と出くわした神社だった。睦月の目的は当然のことだが、ジョーカーである始だった。これも当然のことだが、始はそれを良しとするわけが無い。しかし殴り合いは一方的だった。
「どうした?」
睦月が膝蹴りを始の腹に入れその勢いで背中にエルボを喰らわせて地面に叩きつけた。
「人間の姿に興味はないんだよ。ジョーカーの本性をみせろ!」
睦月は挑発的な態度で言った。
「切り札なんだろ?楽しみだなぁ、ジョーカーのカードがどんなものかのか」
「俺をカード呼ばわりするな。それにあの姿には戻らない」
「何時までそんな強がりを言ってられると思っている?」
睦月はバックルとカードを取り出した。そしてカードを装填し、ベルトが巻きついた。
「変身」
睦月はスクリーンを通り抜けレンゲルに変身した。そして始に近づき腕を薙ぎ払い始を吹き飛ばした。宙に浮き、狛犬にぶつかり始は地面に倒れた。
「こんなもの・・本当の強さじゃない・・・・・」
始は手をついてゆっくりと立ち上がろうとした時、
「うっ・・」
獣が目覚めようとした。

「睦月・・・」
望美は林の小道を歩いていた。始と睦月が出て行って少し経って望美もハカランダを飛び出したのだった。しかしどこにも睦月の姿は見つからない。
パシャッ
思ってもみなかった音が聞こえた。カメラのシャッター音だ。望美がその音がしたほうを向くと、昨日助けてくれた少年が木にもたれかかっていた。
「あなたは・・・」
「駄目じゃないか。こんなとこまた一人で歩いて」
「でも・・・・」
キングは携帯をしまいながら望美に近寄った。
「ね、僕と一緒に来ない?」
もちろんそれを望美が良いというわけがない。言葉を濁しながら、
「でも私・・・」
「わかってるよ。睦月を探してるんだろ?」
望美は驚いてキングの顔を見た。
「なぜ・・・?どうして睦月のことを知ってるの?」
少年は答える代わりに、どこか無邪気な笑みを作ったのだった。

「うっ・・・」
始が苦しむ様子を見て、レンゲルは身構えた。あたりの空気が一変しようとしているからだ。そして呻く始の姿が一瞬液体に包まれ、はじけた。
「グ・・ア・・・・」
一見すれば不気味な姿であった。黒と緑をベースとした刺々しい概観と二本の巨大な触角が頭から生えていた。どこかカミキリムシに似ている。さらに腰には緑色をしたハートのバックルがある。だが真の姿を見せたジョーカーはいまだ苦しげだった。
「ア・・・!」
必死にこの姿と本能を抑える。思い出せ、なぜ自分はあの家にいるのか、あの男はどうして家族の写真を自分に託したのか・・・。
「くっ・・・・」
ジョーカーの周りにさっきと同じように液体が纏い、はじけた。そこにいたのは相川始の姿だった。呼吸を荒げることはなく、さっきのように苦しむ様子も無くゆっくりと立ち上がる。
「何!?」
レンゲルが驚くのを見ながら始はポケットからカードを一枚取り出した。そして始の腰には赤い、まるで血の色を示したようなハートのバックルがつけられたベルトが出現する。剣崎から託されたカード。それはいまだ主の無いブランクカード『フュージョンウルフ』だった。だが今、それにハートの紋章が刻まれる。
「変身」
『フュージョン』
液体が瞬時に始を包みはじけた。現れた姿は、簡潔に言えば二足歩行した狼だった。だが生えている牙や爪は生々しく、そして鋭利だった。それが以前ブレイドとギャレンが封印した狼の始祖、ウルフだった。
「お前・・・どうしてその姿を・・・・!?」
相手はジョーカー。何にでもなれる特性を持つことを知っているが驚きは隠せない。動揺したレンゲルの隙を突きウルフは弾けるように跳んだ。
「!?」
想像上にウルフは疾い。レンゲルの頭上を飛び越え背を向けて着地したかと思えば振り返る勢いを生かした回し蹴りを放ってきた。その一撃を受けてからレンゲルは反撃しようとするがもうそこにはウルフの姿はない。だがレンゲルの背後でウルフが四足で、まさに獣のごとく地面を抉りながら着地していた。その狼を思わせるスピードと動きを完全に取り込んだ状態だった。今のジョーカーはまさにウルフといってもいい。そしてレンゲルが気づいて振り返る時にはウルフの姿は目の前だった。スピードを殺さずにレンゲルに突っ込んだウルフは右拳を顔面に放った。よろめくレンゲルに更に組みつく。そして何度もパンチ放つ。
「本当に強いのは・・・・・」
真剣に自分の看病をしてくれた少女、そして自分のことを温かく見てくれていたその母親、彼女たちの優しさを彼は知った。
「本当に強いのは・・・!」
死ぬ間際でも家族の無事を案じた男、そしてアンデッドありながらも自分のことを信じると言い切った男、彼らの強さを彼は知った。
「人の想いだ!!!」
そして狼はその場で跳びレンゲルの胸元にドロップキックを入れた。レンゲルは地面に転がりながら変身が解けてしまう。ウルフは睦月に近づこうとしたが、
「うっ」
突然苦しみ始めた。その場で手をつきうめき続けた。本能がまたあらわれようとしたのだ。
「どうした・・・!」
だが睦月には、
「助けて・・・!」
急に声が聞こえてきた。本当にかすかな声、だが睦月には聞き覚えのあるものだった。
「望美・・・?」
睦月は声のしたほうに歩きだした。


着いたのは大きな鉄塔の建っている場所だった。その鉄塔を囲む柵にもたれていたのは望美だった。気を失っているのか眠っている。
「望美」
「その子、本当に君のこと心配してるけど?」
その時上から声がした。見上げると鉄塔の、横に渡された鉄筋の上に少年が座っていた。しかもその少年はいつかの夜に見かけた姿だった。だがその正体は知っている、カテゴリーKだ。
「こんな奴何の関係もない」
「へぇ?そうなんだ・・・」
キングは挑発的な笑みを浮かべた。
「何ならお前から封印してやろうか!」
「遠慮しておくよ。それよりも・・・」
キングはポケットからカードの束を取り出し、そして鉄塔の上から
「これ、あげるよ」
投げた。ひらひらとカードは睦月の周りに落ちた。そのうちの一枚を拾う。それは『A チェンジマンティス』だった。
「カリスのカード!?」
「それがあれば今度はジョーカーに勝てるかもね」
「どうしてこれを・・・」
「滅茶苦茶にしたいからさ・・・ははは!」
そう言いながらキングは笑い声をあげながら消えていった。そのあと睦月はそれらすべてを拾いそこから消えてしまった。

声が、睦月の声が聞こえた気がした。最初はだれの声かわからなかった。でもそれに気づいてすぐに目を開けた。だが、
「睦月・・・・・・」
睦月の姿はどこにもなかった。


状況は最悪だった。自分がいくら逃げてもあいつは追ってくる。周囲の被害を考えず追って来た。そして、
「ケンザキ・・・」
トライアルDは街中で紫電を放った。放たれた先には逃げ惑う一般人がおり、衝撃で吹き飛ばされたり気絶したりしていた。
「止めろ!!」
剣崎は叫ぶ。だがトライアルは目的を達成するまでは止めないだろう。それでも剣崎は叫んだ。
「狙うなら俺を狙え!!」

そこで夢は覚めた。夢の勢いで一気に目が覚め周囲を見渡す。警戒してあたりを見回す。地下道で眠っていたので、当たり前だが目の前は街中ではなく地下道だった。何も無い。だがそこに、
「屋根裏のほうが寝心地はいいんじゃない?」
地上に続く緩やかな階段に座る女性がいた。広瀬栞だった。

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