Hatred

「なんで俺がこんな服を・・・・・・」
剣崎はぼやいた。見れば昨日と服がガラリと変わっていた。昨日は紺一色の地味なシャツだったのが今は赤と黒のストライプのシャツだった。ついでにジーンズだったはずがだぼついたカーゴパンツにまで変わっていた。
「私の専属ヒーローなんだから当然でしょ!」
脇には羽美がいる。その手にはカードが握られている。
「返して欲しかったら言うこと聞いてよね」
そういいながらバックステップで道路に出て行った。だが信号は赤。すぐそばでクラクションが高く鳴り響いた。
「危ない!!!」
トラックが急ブレーキをかけるが遅い。剣崎は飛び込んだ。ライダーの適合者として強化された体で何とか羽美を抱きかかえ、そして勢いはそのままに中央分離帯を転がった。次の瞬間、羽美のいた場所をトラックが停まった。もしそこにいれば撥ね飛ばされていただろう。
「危ねえじゃねえか!!死にたいのか!?」
運転手が窓から声を上げた。
「すいません」
剣崎が立ち上がって頭を下げた。運転手はそれ以上言うことはなく行ってしまった。
「へぇ、本当にヒーローみたいなことするんだ」
後ろでは羽美が感心したように声を上げる。剣崎は怒りを抑えながら、
「人間だったら当たり前だろ・・・・・・!」
羽美は「ふーん」といいながら立ち上がる。そしてその視線の先には、
「ねぇ、あそこに行こっ!」
その指が指した先には、


「始めてくれ」
アナウンスがホールに響く。何本もの柱が立ち並ぶホールのなかで二つの影は同時に動いた。その片方の紅い姿、ギャレンは敵の姿を見つけすぐさま照準を合わせる。左手でガードをしつつ引き金を引いた。
「ハッ」
対して、銀色の影は真横に跳び回転しながら着地。さらに影も照準を合わせた。そして右腕に備えられた銃で発砲。
「!?」
ギャレンは違和感を覚えた。さっきあいつは右腕で発砲し、『左腕』は何をした?その疑問をすぐに払拭し弾丸を弾丸で撃ち落とした。今度は真横に走り出した。敵も同じように並走する。そして一本の柱を越えようとしたところで急停止した。柱の陰に隠れる形となり、敵から姿を消し次の一手を。さらにギャレンの脳裏では敵の位置を予測されていた。敵は柱の向こう側、それに従い柱から飛び出し銃を向けた。が、
「何!?」
敵も同じように飛んでいた。だが銃口は違う。ギャレンを確実にとらえていた。左手は上げつつ発砲してきた。
「ぐっ」
鎧に衝撃が走る。これが実戦ならばそれ以上のダメージがあったが今はそうではない。受け身を取りながらギャレンは着地し銃のカードホルスターを展開させた。そして一枚を抜きラウザーに通す。
『ラピッド』
強化されるのは『バレット』とは違い、威力ではなく連射性能の強化だった。銃を構え、左腕は顔を隠すガードに回す。そして走り出した。敵も同じように走り出す。
(やはりそうなのか・・・・・!)
それを見たギャレンは違和感の理由を確信した。そして距離がどんどん狭まる間でへしゃげた弾丸が床に落ちた。どちらが相手の弾丸を撃ち落としているのかはわからない。二人ともただ『同じコース』に撃っているだけだった。

「そこまでだ」
アナウンスが響いた。そこで二つの影は動きを止める。ギャレンは変身を解いた。橘は相手の姿を確認する。銀色の身体に、銃と一体になったような右腕がある。左手には警棒のようなものがあり緑色に光っていた。そして広瀬義人がホールにやってきた。広瀬は橘についてくるように促した。廊下を歩く。
「どうかな?『トライアルE』の性能は?」
橘はさっきのことを思い出した。
「こいつは照準を合わせるとき、左腕で顔をガードする癖がある。俺と全く同じ癖です」
橘は自分のこの癖を知っていた。あのトライアルが見せたその癖、まるで自分を見ているような気分だった。
「それに俺と同じ行動パターン・・・・・・こいつは俺のコピーですね?」
研究室に戻り広瀬はコーヒーを入れる。
「まさにその通りだ。トライアルEは君の細胞とギャレンの戦闘データを元にして作られた改造実験体だ」
「剣崎を安全に捕獲する協力はすると言いました。だが俺のコピーを作るなんて聞いてない!」
「改造実験体を作るにはアンデッドとの融合係数の高い者の細胞が必要だ。だがそれだけでは駄目だ。もう一つ・・・・・」
広瀬はトライアルの視点が映し出されたモニタの電源を切り、別の画面に切り替えた。遺伝子モデルだった。
「剣崎一真に対し強い憎しみを持つ者でないと駄目だった」
「俺が剣崎に憎しみを?そんな訳ない」
「融合係数の高さ、戦闘能力、そして13体のアンデッドとの融合を果たし全てにおいてブレイドはギャレンを凌駕する。君は心の底で剣崎に嫉妬している・・・・・。それがトライアルEが剣崎を倒そうとする動機になる。」
「違う!!」
橘は否定したが広瀬は何もいうことはなかった。


「きゃぁぁぁぁ!!!」
少女の叫び声が響いた。しかし何のことはない。その叫び声は、猛スピードでレールの上を走るコースターで起こっているのだから。
「・・・・・・・」
隣の男はただ顔をしかめていた。多くの起伏やループの末、ジェットコースターはようやく止まった。男、剣崎は若干ふらふらとした足取りに対して少女、羽美は元気そうだった。
「ねぇ次どこにいく?」
近くにあったベンチにへたり込むように剣崎は座った。
「・・・・・・」
頭がくらくらして終始無言。羽美はと言えばさっき剣崎に買いに行かせたジュースを飲んでいた。
「いる?」
剣崎は首を横に振るだけだった。
「君は・・・・・俺に何をさせたいんだ?」
「別に、あなたが本当のヒーローかどうか見たいだけ」
「そんなことして・・・・・・君に何があるっていうんだ」
羽美はつまらなさそうに立ち上がってカードを取り出した。
「うるさいなあ!カード捨てるよ」
しかし今剣崎に反論する元気がない。降参の代わりに両手を上げるしか出来なかった。そのとき、羽美のポケットで携帯が鳴った。聞き覚えのある、剣崎のものだった。羽美は着信を切ろうとするが二度もさせるわけにはいかない。剣崎は立ち上がって携帯を奪い取った。
「もしもし」
その声に多少の緊張感があったのは気のせいではないはず。
『デートの邪魔だったかしら?』
栞の不機嫌そうな声が聞こえてきた。その様子が目に浮かぶ。
『剣崎君、アンデッドの反応があった』
次に虎太郎の声が聞こえてきた。カタカタとキーボードを叩く音が聞こえる。
『二体いる。でも一体の反応の波長がいつもと違うみたいだ。気をつけて』
「わかった。場所は?」
場所を聞いて剣崎は通話をやめた。隣では羽美がムスッとしている。
「私だけのヒーローって約束だったでしょ?」
「遊びじゃないんだ。返してくれ」
羽美は渋々カードを渡した。
「ちゃんと家に帰るんだぞ!」
それだけを言い残して剣崎は走り出した。羽美はその後姿を見ながら、
「ヒーローなんていない」
歩き出した。