Tiger

剣崎がアンデッドの情報を聞くよりも前、バー『Clover』では、
「カリスのカードと俺のカード、これだけあれば・・・・・」
睦月の前には二つのカードの束があった。扇状に広げられたそれらの中から睦月は一枚、『アブゾーブオーキッド』を抜いた。周りでは男たちがダーツに興じていた。しかし下手なのか真ん中、ブルズアイに刺さってはないなかった。
「ふん」
それを壁に飾ってあったダーツの的めがけて投げた。トランプ手裏剣の要領で放たれたそれは真っ直ぐに牛の瞳に突き刺さった。男達は驚いて睦月のほうをみていた。
「獲物がかかったようだな」
睦月は立ち上がって出口に向かった。その途中に的に刺さったカードを抜いていく。睦月がいた机の脚には蜘蛛の巣があしらえてあったのだった。まるで捕まえた獲物を逃がさないように。


睦月の言う『獲物』がいるのは工事現場だった。昔はオフィスととして使われていたのだろう、二階建ての事務所だったが今はその面影はなく、所々鉄筋がむき出しだったり壁がボロボロだったりと酷い有様だった。そのとき、作業員の一人が水溜りを見つけた。今日はカラリと乾いた天気だった。雨は昨日降っていない。どこからか水が漏れているのだろうかと思いながら水溜りに背を向けた。

そこで男の意識はなくなった

ジェリーフィッシュが水溜りから顔を出した。体を液状にしどんなところにでも移動する、それがジェリーフィッシュの力だった。手始めに背を向けている人間を一人、首に触手を絡ませた。毒が一瞬にして体中を駆け巡り男が倒れた。そしてジェリーフィッシュの存在に気付いた別の男にも触手を伸ばす。最初の男と同じようにばたりと倒れこんだ。ジェリーフィッシュは辺りを見渡した。すると、さっきまでは誰もいなかったはずの場所に女が立っていた。タンクトップのジャケットを羽織り黒のタイトなパンツだった。鍛えられた体だと簡単にうかがえるだった。一束だけ金色に染めた短い髪が揺れた。
「カテゴリー7か」
ジェリーフィッシュはそこにいる女が普通の人間ではないと看破していた。女が腰を落とし構えた。しかし、ジェリーフィッシュが突然、何かを探すかのように辺りを見だした。いや、正しくは何かに怯えていた。
「どうした?何を怯えている??」
女が眉をひそめる。そしてジェリーフィッシュはビルの屋上へと目を向けた。女も見上げた。

居た
いた。女は少し後ろに下がった。
「覚醒していたのか・・・・・・・!」
「ジョーカー・・・・!」
女が呟いた。獣が静かに立っていた。そして、そこから見下ろす姿にジェリーフィッシュは完全に戦意を失くし体を液状にし工事現場から逃げていった。ジョーカーが屋上から飛び降りた。地面に何事もなかったかのように着地し、ただ砂埃が舞った。ジョーカーは女を捉えて
いま、戦っても勝てる見込みがない。勘がそう告げていた。そして女の姿が突然消えた。残ったのは少し抉れた地面と砂埃だけだった。
「グッ・・・・」
獣だけが取り残される形となったところで別の人物が反対側から走ってきた。


剣崎は敵と対峙した。敵は黒と緑を基調とした、今まで会ったアンデッドの中でも一際禍々しい姿だった。剣崎は戦闘態勢に入る。バックルを取り出しカードを装填した。そしてベルトが腰に巻きついて、
「変身!」
出現したスクリーンを通り抜け、ブレイドは剣を抜いた。こちらは廃墟の中、そして敵のアンデッドはその外にいた。アンデッドはいびつな武器を召喚した。全てが緑色で、刃が大きく湾曲しているものの小刀のように見えた。それを逆手に構え襲ってくる。ブレイドは剣を盾にし、それを防いだ。しかし勢いは殺せず後ろに下がってしまう。
「ヴ・・・・ガッ!!」
しかし一気に押し切られる。蹴りが腹に入り、ブレイドは弾き飛ばされた。背中にぶつかったコンクリートにヒビが入った。さらに、人影が視界の端に入った。羽美が何故かそこにいた。
「お前!?帰れっていっただろ!」
しかし羽美は、
「見学」
とふて腐れて言うだけだった。しかし後ろにはまだアンデッドがいる。ブレイドは羽美に物陰に隠れるように言って立ち上がり剣を構える。アンデッドは駆け出す。はずだったのだが、
「グ・・・ア"・・・・!!」
アンデッドは突然動きを止めた。
「ケ・・・ケンザキ」
ブレイドは驚きを隠せなかった。
「ダ・・・・メ・・・・ダ・・・・」
次の瞬間、アンデッドの手に持たれていた緑色の小刀が輝きを帯びた。そしてそれが放たれると、小刀はまるで意思があるかのように辺りを粉々にしていく。天井が崩れ落ちてきた。
「危ない!!」
ブレイドはすぐさま羽美を押し倒し覆いかぶさった。その間にはコンクリートの破片は次々と降ってくる。


ジェリーフィッシュが次に姿を見せたのは、さっきの建物からそう遠くない、廃車の置き場所だった。タダ逃げたかったのだ。あの『獣』から。しかし、そこには別の姿があった。さっきの女だった。そしてさっきの続きというように女は腰を落として構えを取る。ジェリーフィッシュも女との距離を詰めた。しかしその間に新たな人物が割り込んだ。睦月だった。
「どけ!」
睦月は女を突き飛ばした。女は鋭い視線で睦月を睨んだが、睦月の手にするバックルを見た瞬間にはそれが失せ、代わりにどこか観察するように睦月を見ていた。そんなことなど知らずに睦月はバックルに蜘蛛のカードを装填した。ベルトが瞬時に睦月の腰に巻きつく。
「変身」
紫のスクリーンを抜けたレンゲルは杖を展開させる。そしてジェリーフィッシュが腕を振るおうとした瞬間に杖でそこを叩く。そのすきに杖を中段に構えて腹めがけて刃の取り付けられた側を突き出す。しかし、その刃が突き刺さる手ごたえはなかった。ジェリーフィッシュは腹の一部だけを液化していたのだ。
「・・・ふん、そういうことか」
そう言いながらレンゲルは距離を置いて腰のホルスターからカードを二枚抜いた。
「このカードの力を試してやる」
そして杖につけられたラウザーに通す。
『ブリザード』
『スクリュー』
冷気がレンゲルの右拳に宿った。
『ブリザードゲイル』
レンゲルはファイティングポーズを作り、右手でパンチをした。もちろんそれは空を打つ、意味のないものの筈だった。ただそのパンチの先にはジェリーフィッシュがおり、
「!!」
突然ジェリーフィッシュの体の周りに氷がまとわりついていく。そしてクラゲの自由を奪っていく。液化して逃げようにも体が凍りついては逃げることさえできない。やがてジェリーフィッシュの体は完全に氷漬けになった。
「最後はこのカードだ」
取り出したのは本来レンゲルのものではないものだった。
『トルネード』
『ドリル』
『フロート』
今度は風が吹いた。
「スピニングダンス」
レンゲルは上空へと飛び出し、急降下してきた。さらに体の周りで暴風のような風が吹いておりレンゲル自身はきりもみ回転、まるでドリルのようだった。それが氷漬けになったジェリーフィッシュに突撃する。氷は粉々に砕け散り、その中から出てきたジェリーフィッシュはぴくりとも動かなくなった。さらに腰のバックルでは金属音が聞こえる。
「これが最強のライダーの戦い方だ」
レンゲルはブランクカードを投げつけジェリーフィッシュを封印した。
『7 ジェルジェリーフィッシュ』液化能力
「よし、クラブの7だな」
変身を解き、睦月はカードの束にその一枚を加えた。そしてその場を立ち去ろうとする。だが睦月はまだ気付いていなかった。自分が押しのけた女もまた異質な存在であると。
「最低の戦いだな」
女は吐き捨てるように言った。睦月は振り返った。
「何?アンデッドか、お前」
「だったらどうする?」
睦月は蜘蛛のカードを取り出した。
「封印するまでだ」
女は睦月に近づいて、簡単に、
「君には無理」
睦月が手にしていたカードがいきなり弾けとんだ。違う、女が蹴り飛ばしたのだ。あっという間のことに睦月の思考は追いつかなかった。さらに女は振り切った右足の踵で睦月の右頬を強打。よろめいた隙を突いて中段、上段と蹴りを入れ最後には足を真上に振り上げ、
「ぐぁっ!!」
首に振り落とされる。睦月は地面に這い蹲る形となった。あまりにもあっさりとしていた。
「どう、これで分かった?」
睦月がもがいても首に乗せえられた足は決して離れない。砂が口の中に入ってジャリジャリ音をたてていた。
「私は・・・・私の種族がこの星の支配者にするためにこの闘いに命を懸けている!君は何のために闘っている?」
睦月を押さえつけていた足が無くなった。
「何の・・・ために・・・・・・」
「所詮カテゴリーAに操られているだけか」
女はつまらなさそうに言って睦月に背を向けた。そしてその場から立ち去ろうとした。
「待てどこにいく!」
立ち上がって睦月は言った。
「ジョーカーが目覚めた。君に構っている暇は無い」
「ジョーカーだと?なら俺が封印してやる」
女はスクラップになった車の隣で立ち止まった。半開きになったドアに手をかける。
「言い忘れていたが私の名前は城光・・・・それともう一つ」
女、城光の手の置かれたドアがミシッと音を立てる。
「君にできるものか」
光が腕を振りぬいた。それだけでドアと車との接続が一気に外れた。ドアが空中を飛び睦月へと向かう。
「!!!」
睦月は咄嗟に横に倒れるようにして避けた。ドアが機械にぶつかり激しい音を立てた。そして光の姿を探したがもういなかった。


「大丈夫・・・か?」
瓦礫を押しのけながらブレイドは立ち上がった。この建物が二階建てだったのが幸いだった。もしそれより階数が多ければ落下物の重みに耐えきれなかったかもしれない。ブレイドは変身を解いて、
「崩れるかもしれないからここから出よう。歩けるか?」
「無理」
羽美は素っ気無く答えた。視線を落とせばサンダルを履いてむき出しだった羽美の足首から血が出ていた。剣崎が押し倒したときに怪我をしたのかもしれない。それに羽美のリュックサックに入っていた荷物が散らばっていた。剣崎は一枚の写真を拾い上げた。
「・・・・」
写真の中には羽美の姿があった。そしてそれを取り囲むように三人の笑顔があった。見ればすぐに分かる、家族の写真だ。
「勝手に見るな!」
しかし羽美はそれをひったくった。他に散らばったものをリュックに詰めて最後に写真を入れた。そして動けないというから剣崎は羽美を背負って廃墟から出た。そのまましばらく何も話さなかった。そして安全な場所まで来たと思えるくらいに離れて羽美を下ろした。
「足の怪我、見せてみろ」
剣崎は持っていたハンカチを羽美の足首の傷口に巻きつけた。最後にぎゅっと結ぶ。
「大したことない、擦り傷だ。家まで送るよ。良い家族じゃないか」
「死んだ・・・・・」
「え・・・・?」
「地震で死んだ!パパもママもお兄ちゃんも!家があのビルみたいになって皆下敷きになった!!・・・・・それからは東京の親戚で居候。だから、知ってるんだ」
羽美の鋭い目線が剣崎に突き刺さった。
「守ってくれるヒーローなんてどこにもいない。皆、自分が生きることしか考えてない」
「そんなことはないよ・・・」
「じゃあ何でヒーローは家族を助けてくれなかったのよ!?」
剣崎は答えることが出来なかった。そのとき、剣崎の足元のコンクリートが急に弾けとんだ。
「!?」
さらに周囲の壁にも小さな穴があいていた。剣崎は羽美をかばいながら後ろを向いた。
「ケンザキ・・・・・ホカクスル」
銀色の体に緑のチューブがついた不気味な奴だった。右腕から生えた銃口が確かに剣崎を狙っていた。トライアルEだった。
「またトライアル何とかの仲間か!羽美ちゃん離れて!!」
しかし羽美は離れようとしなかった。それどころか剣崎の腕にしがみついた。それに気付いて剣崎は羽美の手を離し、バックルとカードを取り出す。
「君は俺が守る」
そしてベルトが装着され剣崎は走り出した。
「変身!」
『ターンアップ』