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「トライアルEを向かわせたのですか!?」
「そうだ。さっきジョーカーと思われる反応があった。これ以上剣崎君を放っておくわけにはいかない」
「しかし!わざわざトライアルに行かせなくても、俺が行けば良かったはずです」
広瀬は椅子に座りながら、カップを片手に橘の方に向いた。
「トライアルEは君の細胞と、データを元にして作られたのだよ?そして、トライアルEは君の持つ剣崎君の憎しみで動いている・・・・・」
橘はその言葉に閉口してしまった。憎悪、憎しみ、橘は自分が剣崎に対してそんな感情を持っていないと否定できた。しかしそれは本当なのだろうか?広瀬の言う通り自分の心のどこかにあるとすれば・・・・・橘はかつて剣崎、いやブレイドに対し憎しみを抱いたことがある。それは自分を見失っていたあの時のことだった。
「・・・・・・・」
モニタには剣を構えるブレイドの姿があった。


戦いづらい相手だった。ブレイドは剣を構えなおす。ブレイドが攻撃をするたびにトライアルはまるで動きを読んでいるかのように銃口を突き付けてくる。
「くそ・・・・!」
トライアルが駆け出す。間合いが縮まり左腕につけられた警棒のようなもので薙ぎ払おうとしてくる。防げば必ず右腕の銃口を突き付けてくる、さっきの二の舞だ。ブレイドはそう判断して右に跳んだ。しかし、
「えっ・・・・」
目の前に、やはり銃口があった。銃弾が射出され、ブレイドは宙を舞う。そして叩きつけられたとき、ブレイドは確信した。
(俺の動きを読んでいるのか!?)
しかも以前、これとまったく同じ動きをどこかで見たという既視感すらした。銃口を向けながらトライアルはこう言った。
「オマエノウゴキハ・・・・ヨミヤスイ」
ブレイドは右腕のラウズアブゾーバーを起動させた。羽美がすぐ近くにいる今、新しい力を使えば危険だった。ならば発動するのは翼を得る力。
『アブゾーブクイーン』
『フュージョンジャック』
ブレイドはジャックフォームへと変化する。さらに強化されたブレイラウザーのホルスターを展開させた。
『サンダー』
『スラッシュ』
ブレイドの刃が紫電を帯びる。そして背中の翼が展開されるとブレイドは腰を落とした。
『ライトニングスラッシュ』
「ウェイ!!」
ブレイドは弾けるように飛び出した。その瞬間から雷はブレイドを覆い、瞬時に雷の矢になる。
「ウェーーーーーーイ!!!」
読まれるなら、いっそのこと対応しきれない速さで突っ込めばいい。そうブレイドは思っていた。しかしその認識は甘かった。相手は時速145キロを見切る男のコピー。ましてやその改造実験体とならば、
「フッ!」
トライアルは後ろに跳んだ。しかも地面と平行になるように、かつ地面すれすれを。そしてトライアルが立っていたはずの場所にブレイドが来た時には銃口はすでに向けられていた。
「ぐぁっ!!」
合計10発の銃弾がブレイドに直撃した。着地に失敗し、地面を転がりながら変身も解除されてしまう。剣崎は殺られる、そう思った。しかし銃弾は飛んでこない。すぐに物陰に隠れた。
「どうすんだよ!」
そこにはたまたま隠れていた羽美がいた。ここは逃げるしかない、剣崎はそう判断したが手段が見つからない。その時、すぐ近くに赤い物体が落ちてあるのが目に入った。だがそれは今隠れている場所から離れた、トライアルに姿を見せる場所に転がっていた。
「羽美ちゃん、つかまってて!」
羽美が剣崎の腕にしがみついてから、剣崎は飛び出した。すぐにその物を手に取りピンを一気に引きぬく。そしてホースは今まさに銃口を向けるトライアルに向ける。剣崎はレバーを握った。
「!!!」
ホースから白い粉がすさまじい勢いで飛び出す。剣崎が手にしたもの、それは消火器だった。白い粉が煙幕の役割を果たしトライアルは二人の姿を見失う。一度作動した消火器は中の薬品をすべて吐き出すまで止まらない。そしてようやく止まりトライアルが煙の中から飛び出したが、そこに剣崎と羽美の姿はなかった。


「変身解除しブレイドから剣崎に戻った時、トライアルの認識にタイムラグがあったようだね・・・・・」
広瀬は落ち着きを払いながら言った。橘もその様子を見ていたのは言うまでもない。そして剣崎と一緒に少女がいたのが見えたことも。
「剣崎と一緒に女の子がいた。これ以上一般市民を巻き込むのはやめてください!」
「それが剣崎君の弱点でもある。迅速、かつローリスクな手段としてね」
「・・・・あいつの怒りに火をつけることになりますよ。俺の・・・・・・伊坂の下にいたときの憎しみなど比べ物にならないくらいに」
橘はそれだけを言って研究室から出て行った。一人取り残された広瀬は深く息を吐いて、
「・・・・・そこまで気づいていたか、困った子だ」

「わかってくれた?とにかく彼女が怪我をしたちゃって・・・」
剣崎は、かつて訪れたことのある、とある路線のジャンクションまで来ていた。あの廃墟から比較的近く、かつ分かりやすい場所でもあった。その陸橋の柱の裏側に剣崎と羽美はいた。栞の携帯にかけたら不機嫌そうな声が返ってきたのは言うまでもない。なんとか説得して、
「動けないんだ。頼むよ。場所は・・・」
剣崎は場所を告げた。そして虎太郎の声がかすかに聞こえて、
『わかったわ。白井君が今からそっちに向かう。その『彼女』はともかく、敵に気をつけて』
そこで通話を切った。羽美はどこか不機嫌そうな顔だった。
「これで大丈夫だ。すぐに仲間が来てくれる」
「もう守ってくれないんだ・・・・」
「そうじゃない。俺といた方が危険なんだ」
「じゃあ早くいけば?どうせ私を守ってくれる人なんかどこにもいないんだし」
羽美はそっぽを向きながら言った。
「そんな悲しいこと言うなよな・・・・」
剣崎は外に誰かいないか辺りを見渡していた。ふと羽美と目があった。その時、
「ゴフッ・・・」
羽美が急に何かを吐いた。剣崎はそれを見てぞっとした。
「羽美ちゃん!?」
剣崎は急いで駆け寄った。地面を見れば薄暗い中でもわかる、赤黒い色をした液体だった。剣崎は気が動転していた。だから気がつかなかった。
「心配しないで。早く行けば?」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。早く病院に行こう!」
剣崎の差し伸べた手を羽美は弾いた。
「いいってば!何でそんなことするの!?」
剣崎は少し黙ってから、かつての自分の姿を思い出していた。
「俺も君と同じなんだ・・・・火事で父さんと母さんが目の前で死んだ。俺は何もできなかった・・・・。だから俺が人間を一人残らず守る、そう決めたんだ!」
「一人残らずって、そんなのできるわけないじゃん」
「できるとか、できないとか・・・・そんなので決めたくない。君なら分かってくれるはずだ・・・・・」
その時、剣崎の顔に何かが飛んできてぶつかった。
「やめて!」
羽美の投げつけ、剣崎にぶつかったボトルが地面に落ちて音を立てる。羽美は何の不自由もなく立ち上がった。そして投げつけたボトルを拾い明るみに出て、
「嘘なんだよ!」
ボトルのキャップを外した。そこから流れ出たのは赤い液体だった。剣崎はハッとして濡れた地面を見た。
「血だと思った?」
「どうしてこんなこと・・・・・・」
「ヒーローぶってるあんたを困らせたかった!ヒーローなんてどこにもいないって笑ってやるつもりだったの!!」
そしてボトルを地面に叩きつけた。ボトルに残ったジュースが飛び散る。
「勝手にどっかいけよ!」
羽美は階段を駆け上がって行ってしまった。しばらくして剣崎は軽く息を吐いてから、
「今日一日は付き合うって約束だもんな」
羽美の後を追った。

しかしすぐに剣崎は立ち止まることになった。

階段を上がると陸橋へと続いている。歩道橋の要領で線路を跨いで反対側にいけるというものだった。剣崎は羽美を追って一本道となっているそこを走っていた。そして反対側に着こうとしたとき、その足は止まった。銀色の影が姿を現したからだ。しかしそれだけではない。
「剣崎・・・・・」
羽美がトライアルに首を絞められ右腕の銃口が頭に向けられていた。
「羽美ちゃん!」
剣崎はすぐにカードを取り出す。しかし、
「ヘンシンスルナケンザキ。ヘンシンシナケレバ、カノジョニキガイハクワエナイ」
バックルにカードを差し込もうとしていた手がピタリと止まった。そしてカードとバックルをポケットにしまう。
「何やってんのよ!変身すればいいでしょ!!」
「ソウダ・・・・ソレデイイ。ソコヲウゴクナ」
トライアルの満足そうな声がした。だが剣崎は真っ直ぐトライアルの方を見ながら、
「羽美ちゃんを放せ・・・・!」
ゆっくりと歩き出した。トライアルが銃口を剣崎に向けた。そしてサイレンサーで押さえつけられたような銃声がした。

ドッ

剣崎の右腕がはじけるように動いた。Tシャツは何の意味も成さず、剣崎の右の二の腕の筋肉がエネルギーで形成された銃弾で抉れていた。血が飛び散る。
「止めて!」
「ソレイジョウススムト・・・イカクデハスマナイ」
「逃げちゃってよ。私のことなんかどうでもいいから!」
「よくないよ・・・!」
トライアルの銃口はいまだ剣崎を向いている。しかし剣崎は右腕を左手で抑えながら歩みを止めることはなかった。今度は三回、銃口が煙を吐いた。弾丸は、左腕、右足、左足の筋繊維を抉りとり、激痛のあまり剣崎は膝をつくことを強要された。赤い血が滴り落ちる。
「う・・・・・」
「もうやだ・・・・・本当にいいんだってば。どうせ私を守ってくれる人なんかいない!ヒーローなんていない!!」
「いるよ・・・・」
顔をあげて剣崎は呟いた。しかしその息は荒い。










「だったらパパとママとお兄ちゃんをどうして助けてくれなかったの!!」
「いるよ・・・・・!」
剣崎は力を振り絞って立ち上がる。痛みのせいで視界がぼやけてしまう。それでも剣崎は立ち上がり前へ進もうとした。だが銃弾が冷酷にも剣崎の右肩を打ち抜いた。
「あ゛・・・・」
そして剣崎は地面にひれ伏した。場に静けさが立ち込めた。
「ほら・・・・ヒーローなんて来ないんだから。馬鹿剣崎・・・・・・」
若干涙声で羽美は呟いた。トライアルはもう用はないとばかりに羽美を突き飛ばし剣崎に近寄る。
「君の言う通りかもな・・・・・」
剣崎が消えそうな声で言った。
「待っていてもヒーローなんて来ない・・だから・・・・・!」
「ホカルスル」
トライアルが剣崎の頭を鷲掴みにして持ち上げた。その右手を剣崎はもぎ取り左腕でロックする。
「だから俺がみんなを守るって決めたんだ!」
それを聞いた羽美の表情が少しだけ変わった気がした。トライアルが右腕の警棒のような武器を剣崎に押し付ける。それは電気ショックを内蔵したものだった。すぐさま電流が走り、トライアルが剣崎を投げ飛ばす。その先は階段だった。
「ぐぁうっ」
「剣崎!」
剣崎は階段を転がり落ちた。それでも彼は倒れたりすることはなかった。
「たとえ今は君一人を守るのがやっとでも・・・・諦めない。運命に負けたくないんだ!」
「ヤムヲエナイ。コウドウヲテイシサセル」
トライアルの銃口は真っ直ぐに剣崎の心臓を狙っていた。
「止めろ!」
羽美が腕に飛びついた。放たれた銃弾は的外れな方向に飛んでいく。その隙を剣崎が見逃すはずがなかった。すぐにバックルにカードを装填しベルトを装着した。トライアルが羽美を突き飛ばし、再び銃口を向けた時には遅かった。
「変身!」
スクリーンが飛び出し銃弾は弾かれる。剣崎は最後の力で、
「うあああああああ!!」
スクリーンを駆け抜けた。その瞬間からテロメア配列が修復を開始、アンデッドと融合したことにより装着者の傷も修復されていく。ブレイドは階段を駆け上がった。羽美は邪魔にならないようにそこから離れた。
「剣崎・・・!」
「ウェイ!」
ブレイドは右ストレートを放ったが以前と同じように簡単に見切られてしまう。左手でいなし、すぐに顔面に拳が飛んできた。後ろにのけぞりながらブレイドは距離を置いた。
「また読まれているのか・・・・!」
ブレイドは真っ直ぐに左腕に付けられた装置に手をかける。ラウズアブゾーバ―だった。そこから二枚抜きとる。そのとき、トライアルの体がかすかに動いた。
『アブゾーブクイーン』
女王をアブゾーバーに差し込み、
『エボリューションキング』
王のカードを溝に通した。その瞬間、ブレイドの持つカード達が金色に輝き鎧へと姿を変えていく。キングフォームとなったブレイドは大剣、キングラウザーを握る。
「ソウダソノチカラダ!!」
突如、トライアルが叫びだした。
「ソノチカラ!ソノチカラ!!ソノチカラ!!!オマエダケガドウシテチカラヲエル!?ナゼオレノウエヲイク!?」
突然のトライアルの暴走にブレイドは戸惑った。
「ダカラブレイド、キサマヲタオシ・・・・・・オレハオレノチカラヲショウメイスル!!」
「!?」
それと似た言葉をブレイドはかつて聞いたことがある。それは、操られた真紅の戦士が発した言葉とそっくりだった。しかし今のブレイドにそれに気づくことはなかった。トライアルの腕から弾丸が発射される。それだけではない、弾丸は紫色に光り、紫電を纏っていた。ブレイドの体にあるレリーフが一枚輝く。すると弾丸が急に動きを止めた。発動されたのは時間停止の力『10 タイムスカラベ』だった。ブレイドは迫ってくる方に向かい大剣を構える。すぐに時を取り戻した銃弾だったが大剣のもとに真っ二つにされる。
「!?」
一瞬ひるんだトライアルだが再び発砲する。今度は別の場所のレリーフが光った。紫電を纏う銃弾が鎧に命中しても弾かれる。防御力を上げる『7 メタルトリロバイト』の力だった。そして十分近づいた時、右腕の獅子のレリーフが輝き、拳に炎が灯る。
「ウェイ!」
胸に大きな凹みができるほどの一撃だった。トライアルは陸橋の真ん中まで転がった。そしてブレイドの鎧で5つのレリーフが輝いた。その光はブレイドの右手に集まりカードとなる。そしてカードを連続でラウズしていく。
『スペード 10 J Q K A』
剣が一瞬輝いた。トライアルとブレイドとの間に五枚のカードが並ぶ。
『ロイヤルストレートフラッシュ』
ブレイドは一瞬だけ腰を落とした。そして飛び出す。カードのスクリーンを通り抜けるごとに大剣には力が宿る。
「ウェーーーイ!」
そしてトライアルの腹を一閃。光がその軌跡を描き、真っ二つに引き裂かれたトライアルが光に包まれていく。
「ケンザキオレハ・・・・・!」
トライアルが完全に分解されると同時にエネルギーが発散された。周囲に突風が吹く。羽美が顔を覆った。静けさを取り戻し、そこに立っていたのは剣崎だけだった。剣崎は羽美に近寄った。
「大丈夫か?」
「大丈夫よ。ちょっとびっくりしただけ」
剣崎は小さく笑った。だが次の瞬間、目が虚ろになった。
「あれ・・・また・・・・・・」
「剣崎!」

「憎しみが暴走してトライアルまでも暴走したようだね・・・・」
広瀬はコーヒーを飲んで深く息を吐いた。改造実験体のオリジナルである橘の小さな憎しみがあれほどにまで膨れ上がるとは広瀬自身想像していないことだった。橘はさっきまでトライアルの視点を写していたモニタの電源を切り、
「たとえどんなに小さくても俺の中に・・・・剣崎に対する憎しみの感情があったとしても、俺はあんな風にはなりません。憎しみの生む末路を俺は知っているから・・・・・」

「剣崎!」
その声を栞は耳にしていた。虎太郎がなかなか連絡を寄こさず、しかもブレイドの反応をキャッチしたから来ていたのだった。栞はすぐに声の方、上を見上げた。そして階段を駆け上ると、
「剣崎君!?」
少女の傍らで倒れている剣崎がいた。

それから栞は剣崎を病院に運んだ。検査しても異常はないということだからただ眠っているだけなのだろう。今もベッドで眠っていた。
「そっか。あなたが剣崎君を困らせていたのね・・・・」
その間に栞は羽美から話を全部聞いていた。栞は思わず苦笑してしまう。羽美はといえば少し開き直った具合で、
「悪い子でした!でも剣崎、本当に大丈夫で良かった・・・」
そしてリュックを背負って立ちあがった。
「私帰ります!」
その顔はどこか晴れやかだった。
「剣崎起きたらまたデートしてねって伝えてください。それから・・・・ありがとうって」
「うん」
頭を下げて羽美は扉へを向かった。だがすぐに立ち止まって、
「そうだ広瀬さん・・・ヒーローっていると思います?」
栞は一瞬考えたがすぐに答えが浮かんだ。
「わからない・・・・でもヒーローになろうって頑張ってる奴ならいるよ」
羽美はベッドに寝ている男を指差した。
「それに・・・・」
栞は目の前に立っている少女を指差した。羽美は口をポカンと開けた。
「私?」
「違った?だって剣崎君を助けてくれたんでしょ?」
少しの間複雑そうな顔をしていた羽美だったがすぐに笑顔を取り戻した。その笑顔は誰がもたらしたのかなんて言うまでもない。
「じゃ!」



それからしばらくして虎太郎が息を切らしながら病室を訪れ、アンデッドサーチャーが鳴り響くことによって状況は一変する。