Paradoxa

『K エヴォリューションパラドキサ』進化
全体的に赤を基調にしたカードに、赤く、巨大な鎌をもつ蟷螂がそこにはあった。橘は息を呑んだ。なぜここにラウズカード、しかもハートのカテゴリー最強のカテゴリーKがあるのか。スペードのKである、キング、そしてクラブの嶋、その強さを知る橘にとっては不可解だった。
「どうしてあなたがそれを?あなたがカードの封印を解いたはずでは・・・・・」
「確かに・・・封印は私が解いた。だがこのカードは解放されずに残っていた」
そう言いながら広瀬はカードを元の場所に仕舞った。そしてせり出ていた壁の一部が元の場所にピタッとはまる。
「わかってくれたかな?今回のトライアルが特別であることを」
橘はせり出てきたあたりの場所を一瞥して、
「もう一枚のカードには、なにがあるんです?」

夜になった。病院から駆けつけた虎太郎と栞が剣崎を屋敷まで連れ帰っていた。その間、剣崎はずっと眠ったままで、今も自室にしている屋根裏部屋で眠っている。もうすぐ午後10時になろうとしていた。虎太郎が剣崎の額に載せていたタオルを取り換えた。
「剣崎君まだ目が覚めないの?」
栞がやってきた。その時、剣崎の目がようやく開いた。
「あ、やっと起きた。心配したよ」
虎太郎は安心した笑みを浮かべた。栞も「良かった」といった。
「・・・俺また寝てたのか」
剣崎は上体をゆっくりと起こした。虎太郎がまだ寝てていいといったが剣崎は大丈夫だと答える。栞が、
「たぶん、あの新しい力のせいよ」
「キングフォームのことか?」
「それについてなんだけど・・・・・烏丸所長からメールが届いたの」

『ラウズアブゾーバーは特別な力を持つ上級アンデッドの力をライダーシステムに取り込めるようにしたものだ。本来ならば上級アンデッドとのみ融合できるようにしたシステムだ。剣崎君が行ったという13体のアンデッドとの融合はあり得ない。もしそれが可能であるとすれば私が想定していたシステムとはかけ離れている』
メールにはこのように書かれていた。
「でも俺は・・・確かに・・・」
剣崎は呟いた。烏丸の想像を超えた力。それが後にどのような結果を招くかはまだ誰も思いつきはしなかった。

夜が明けた。剣崎は久々にゆっくりと朝食を摂っていた。もちろんいつかの日のようなステーキではない。ご飯と焼き魚、そして味噌汁といった和食の定番メニューと言っても過言ではないものだった。そして剣崎が朝食を食べているときから、食べ終えて台所に食器を持っていってもなお虎太郎はパソコンの画面を熱心に見ていた。
「何を熱心に見ているんだ?」
剣崎は横から覗き込んだ。
「これ?剣崎君たちの集めたラウズカードのリストだよ。僕が作ったんだ」
そこには剣崎の集めたスペードの13枚のカードとワイルドのJが表示されていた。ためしにカードをクリックすると一枚をピックアップして表示もできる。右上には『BLADE』と銘打たれ、他には『GARRENN』『CHALICE』『LEANGLE』のページもある。いつのまに作ったのだろうか・・・だが見やすいものだった。
「よく作ったなこれ・・・・」
「で、これを見てて思ったんだけど。もうすぐ全部のカードがそろうんだよね」
そういいながらカリスのページを表示する。最後の一枚、カテゴリーKだけが抜けていた。
「そうなったら橘さんや始にも剣崎君と同じようなことが起こるのかな?」
それを聞いた時、剣崎の中で何かがカチっと綺麗にはまった気がした。
「そうか・・・それだ!」
「えっ!?」
「始のジョーカーの力を13枚のアンデッドの力で抑え込めるかもしれない」
「ちょっと待って!それでも抑え込めなかったらジョーカーが更に危険になるかもしれないわ」
栞はそう反論した。だが一度やると決めた剣崎の心は決して曲がらなかった。
「それでも俺はその可能性に懸けてみようと思う」
そして剣崎はバイクのキーとヘルメットを手にした。まずは一つ行かなければならない場所がある。
「睦月のところに行って始のカードを返してもらうように頼んでみる」
始のカードはキングにほとんどを盗まれていることも知っている。そして昨日現れたアンデッドは全て始の手によって封印されたアンデッドだった。アンデッドの解放、それを行えるのは『10 リモートバク』をもつレンゲルだけだった。剣崎は瞬く間に屋敷を出て、バイクのエンジン音が遠ざかって行く。

そして剣崎が出て行った後に電話がかかってきた。
「もしもし?」
虎太郎が出てしばしの沈黙。次の瞬間、
「なんだって!!??」
虎太郎はしばし呆然とした。栞も何事かと虎太郎のもとに来た。
「姉さん。しっかりして、どういうこと?」
『昨日始さんを探しに行って・・・まだ帰ってきてないのよ・・・・・』
遥香の声はすでに涙声でかすれていた。虎太郎は遥香に落ち着くようにいいつつ、内心焦りながら、
「わかった。僕たちも探すから!」

「・・・であんな小娘、連れてきてどうするつもりだ?」
光は目線を店の奥に向けた。バー『Clover』、足の部分に蜘蛛の巣が象られたテーブル席で光の前には手羽とその残骸が盛られた皿があった。その対面に立つ睦月はちらりと視線を光と同じ方向に向けた。そこでは何度も机に体をぶつけながらも手探りで立ち上がろうとしている女の子がいた。だがテーブルの脚に引っかかってしまいこけてしまう。
「あれしきのことで視力を失うとは、人間とは脆い生き物だな。やはり私たちの種がこの星を支配するのがふさわしい」
光は手羽を一つ取り、獣さながら豪快に食った。肉の部分だけが綺麗さっぱりなくなる。
「虎の惑星かよ」
睦月は吐き捨てるように言う。
「文句ある?」
向けられた鋭い視線から目をそらしつつ、天音のほうを見た。
「あいつはジョーカーをおびき寄せる餌だ。手を出すな」
突然、最後の手羽に伸ばそうとする光の手が止まった。何かの気配を感じたらしい。
「どうした?アンデッドか?」
「違うこの感じ・・・どうやらお前の仲間らしい」
睦月は『仲間』という単語に引っかかった。仲間と聞いて思いつくものはなかった。
「俺に仲間なんて・・・・」
そして、それが同類であると気づく。
「ライダーだな」
睦月はバーから出て行った。
「今の声・・・聞いたことがある」
バーの奥から天音が呟いた。
「そう、睦月って人・・・私をここに連れてきてくれた・・・・・・」
「おとなしくしてなさい」
光が天音に近寄って肩をつかんだ。
「でないと、食べちゃうわよ」

『Clover』に続く階段の前で睦月は剣崎を迎えた。もちろんその眼には友好的なものが微塵もない。
「良かった。前に橘さんがお前とこの辺りで会ったって聞いて・・・・」
「とうとう決着をつける気か?」
剣崎は少し戸惑った。そして、
「!!」
剣崎の顔面めがけ拳が飛んできた。


虎太郎と栞は分かれて天音を探すことにした。が、
「どうだった?」
白井邸で落ち合い栞は車で探していた虎太郎に聞いた。運転席では虎太郎は首を横に振る。栞はバイクから降りて虎太郎も車から降りる。
「駄目。一応警察にも届け出したんだけど」
二人は玄関で靴を脱ぎ居間に向かう。その時、カン!と硬い何かがぶつかったときのような音がした。
「ごちそうさん」
パソコンの置かれた机に橘が座っていた。それもなぜか右手には牛乳瓶が持たれている。そこでさっきの音は机にそれを置いた時の音だと気づく。
「橘さん!?何でここに??」
「まさか・・・また剣崎君を狙って」
虎太郎が弱弱しいファイティングポーズをとる。だが橘にはそんな気はないというように虎太郎の手を抑えた。
「剣崎は無事なのか?」
「元気ですよ。今も始のために出て行ってますから」
「ジョーカーのために?」
「13体のアンデッドの力でジョーカーの力を抑え込めるんじゃないかって」
橘は視線を下に向けた。
「馬鹿なことを・・・・・お前たちもそう思うのか?」
「ジョーカーが更に危険な存在になるかもしれないって言ったんだけど・・・・・」
虎太郎の後に栞が続く。
「剣崎君はすぐにでも何かしてあげたいのよ。ただ倒すだけっていう橘さんと違って」
「・・・・剣崎は俺が預かる。邪魔したな」
「橘さん!」
今から出て行こうとした橘を栞は引きとめた。
「あなたの狙いはいったい何なの?」
「俺が望んでいるのは剣崎の安全だ」
そう言って橘は言ってしまったのだった。


顔面めがけて飛んできた拳を剣崎は紙一重でかわす。
「待て。戦いに来たわけじゃない」
睦月は聞く耳を持たない。次に飛んできた左拳を剣崎は掴んだ。
「始のカード、残りをまだ持っているはずだな」
「それがどうしたっていうんだ。戦え!」
睦月は噛みつくような口調で言った。
「話を聞いてくれ!始にカードを返してやりたいだけなんだ」
睦月の左手の力が弱まった。剣崎は手を離した。だが睦月はいまだ剣崎を睨みつけていた。
「なんだ。結局あんたもカード集めかよ」
「違う。あいつは13枚のカードの力でジョーカーの力を抑えることができるかもしれない」
睦月はジョーカーという単語から先日の戦いを思い出してしまった。戦いの中で嗤う獣、あんな奴手には負えない。
「無理に決まってる、あんな奴・・・・・欲しいのはこれか?」
噛みつくような視線が少しゆるんだ気がした。そして睦月は4枚のハートのカテゴリーのカードを取り出した。
「ああ。頼む」
「簡単には渡せない。このカードより価値のあるものと交換なら・・・・考えてもいい」
そして少し間をおいて、
「烏丸所長から貰った新しい力、俺にください」
「ラウズアブゾーバーのことか?」
「ああ」
剣崎は一寸の躊躇いもなくラウズアブゾーバーを出した。その様子に睦月は少し拍子抜けた。
「本当にいいのか?」
睦月の手にアブゾーバ―を置いてすぐにカードを取った。
「今はそれを使うことはできない」
そう言い残して剣崎は階段を下りていく。睦月は手元のラウズアブゾーバーをしばし呆然と見ていた。残るはハートのKだけだった。


橘は研究所まで帰ってきた。だがそのまま研究室に直行するわけではなかった。向かうのは奥の書斎。広瀬に見つからないように橘は向かった。
「確か・・・・」
橘は机の引き出しを一つ開けた。ちょうどあの時に広瀬が開いた場所だ。重なった書類をどけてその奥に見つけた。
「これか」
橘はボタンを押す。すると壁の一部がせり出て隠された2枚のカードが現れた。橘はその内の1枚を抜いた。Kのカードだ。
「・・・・・・・」
相川始を助けるためにはカテゴリーKのカードが必要だ。だが剣崎はカテゴリーKがどこにいるのかも知らず、まして探し求めているカードがここに封印されていることも知らない。今の剣崎にとってもこれが必要だった。そして剣崎の安全に確保するためにも、橘にとってこのカードが必要になってくることは言うまでもない。ここにずっといて広瀬に見られるわけにはいかない。橘は書斎を出て行った。

そこにはまだ1枚のカードがあった。橘が見なかったカード。もしそれを見ても何のカードかわからず、そしてそれが後に出てくることも予想もつかなかっただろう。まだそのカードが『完成』していなかったからだ。

そこにいたのは有象無象の生物が融合した三つ首の番犬の出来損ないだった。