Wild

書斎の扉がぎい、と音を立てて開いた。広瀬は中に入って目を見張った。
「・・・!」
声には出さず、だが少し歩調が速くなっていた。向かったのは壁からせり出たカードの保管場所。見ると一枚のカードだけ消えていた。この場所を知るのは自分とあわせてあと一人、
「橘君・・・いったいどういうつもりだ・・・・・・」
広瀬は呟いて視線をもう一枚のほうに向けた。内心安堵の息を吐いた。あのハートのカテゴリーKよりもこちらのほうが重要だ。何せ『あの人』から託された大事な任務、失くしてはならない。そして広瀬は机に向かい引き出しの中の隠しスイッチを押した。さらに、パソコンの電源をつけキーボードで何かを入力する。その直後、遠くからぎい、と音がしたのだった


問題はあと一枚のカード。カテゴリーKがどこにいるか見当さえも見つからなかった。剣崎は一瞬、始と自分の間に割って入った虎のことを思い出した。だが頭の中でそれは違うと否定する。カテゴリーKがカテゴリーAと近いアンデッドであることはクラブとスペードから分かっている。あの虎がカテゴリーKだとは考えにくかった。剣崎はバイクを止めた。
「どこにいるんだ・・・・・」
出来ることはただ走り回り向こうから来てくれるのを待つことくらい。だがここで立ち止まるわけにはいかない。始のためにも。そんなとき、携帯の呼び出し音がポケットの中から聞こえてきた。ディスプレイには橘と書いてある。
「もしもし橘さん?」
『剣崎、今どこで何をしている?』
「始のジョーカーの力を13枚の抑えるために、ハートのカテゴリーKを探しています」
電話越しで橘はしばし黙り、
『やはりそうか・・・・・広瀬からその話は聞いている。俺もそれについて話がある。今から言う場所に来い』
言われた場所はそう遠くない山へと続く道の一歩手前といったところか。剣崎はバイクを走らせた。

行くと橘はすでにそこにいた。橘のバイクの隣に自分のも停める。
「話って何ですか?」
単刀直入に剣崎は切り出した。
「ジョーカーは確かに危険な存在だ。だがあいつをなぜ人間に戻そうとする。あいつは所詮アンデッドなんだぞ」
「でもあいつはジョーカーに戻りたくないと思っています。あいつの正体がジョーカーだとしてもあいつは人間になろうとしている。自分の運命と闘っているんです!」
橘は黙りこんだ。少し考え込むようなしぐさを見せてから、
「お前の探すカテゴリーKはどこにもいない」
「どういうことですか?」
「すでに封印されているということだ」
そういいながら橘は一枚のカードを剣崎に見せた。紅い、大きな鎌を持つ王だった。
「!!!」
剣崎は驚いた。なぜ橘がそれを持っているのか?いくつもの疑問が駆け巡った。だがそれを気にせずに橘はつづけた。
「渡すには条件がある」


そのやり取りの後、橘は研究所に戻った。トライアルを保管するための巨大な冷蔵庫が置かれた研究室には向かわず、書斎に向かった。橘は覚悟していた。それだけのことをした自覚がある。だが、それでもやるだけの価値はあると思ってやったことだ。そう考え、覚悟しながら扉の前に立った。扉は若干開いていた。そこから広瀬がこちらを背に座っている。橘はゆっくり書斎に入った。
「カテゴリーKを持ち出すとは・・・・どういうことかわかっているのかね・・・・しかも剣崎君に渡したようだね」
言葉の間から静かな怒りがこもっているようにさえ思ってしまう。橘は机の前に立った。
「すいません・・・だがあいつはあのカードと交換条件に俺達に協力するといいました」
机に上に橘は何かを置いた。それを見るために広瀬は橘のほうに向いた。
「その証拠にこれを渡しました」
それはブレイドのバックルと『A チェンジビートル』だった。
「用が終わったらすぐに来るといいました。ラウズアブゾーバ―を睦月に渡したようですがいずれ取り返します」
広瀬はゆっくり息を吐きながら立ち上がった。
「ライダーシステムも持たずにジョーカーに会いに行くつもりか。危険だ・・・・やはりトライアルFに迎えをやってよかった」
「!?」


バックルを受け取った橘は行ってしまった。これでハートの全てのカードは揃った。あとはこれを始に渡さなければならない・・・・。そう思っていたところにまるで見計らっていたように携帯電話が鳴った。白井邸からだった。
「もしもし?」
『剣崎君?アンデッドの反応があったわ。たぶんジョーカーだと思う』
続けて栞は場所を言った。場所も、これまた今目の前にある山の中だった。まるで見えない糸に引っ張られているみたいだ。
「わかった。ありがとう」
『それと、さっき橘さんが来たんだけど・・・・・』
あぁ、と剣崎は二人に伝えておかなければならないと思った。
「俺また数日帰れないかもしれない。橘さんと約束したんだ・・・・・」
『え、ちょっとそれどうい・・・』
そこで剣崎は携帯を切った。そしてバイクにまたがり走り出した。すぐにでも渡したいという気持ちが強いからか自ずとスピードも上がっていく。そしてバイクを走らせること10分ほど。ジョーカーの反応があったというポイントまで近づいてきた。剣崎があたりにジョーカーの影がないかと思い、当たりに注意を払い始めたその時のことだった。視界の端に赤い影が飛び込んできた。
「!!!」
驚いている間に影が剣崎のヘルメットを鷲掴みにした。剣崎の体が宙に浮く。バイクは乗り手を無くしバランスを崩し横転した。そして体が地面に叩きつけられて転がった。頭はヘルメットで守られており、かつ適合者として強化された体のおかげで重症ではなかったもののやはり痛かった。剣崎は起き上がり顔を上げ赤い影を見た。
「・・・・!」
驚いてしまった。体こそ赤いが姿がカリスにそっくりだった。だが違う、パイプがあちこちにあり、バックルのハートの紋章が裏返った歪な偽物だ。
「コイケンザキ・・・・」
片言でトライアルはしゃべる。剣崎もそいつが改造実験体なのだと直感的に理解した。
「今はまだいけない!」
「コイ・・・・・オレトコイ!!」
剣崎はとっさに構えた。だがすぐに橘にバックルとカードを渡したことを思い出した。変身はできない。トライアルの薙ぎ払った腕をかわして背中に蹴りを入れる。生身の体でロクなダメージがあるはずがない。首を掴んで放り投げられた。
「ぐぅっ!」
剣崎が転がった後には赤い斑点。体中に擦り傷を負っていた。しかし後ろには幸いなことにバイクがあった。まだエンジンは生きている。剣崎はすぐにバイクを起こしてアクセルを踏み込み、その場から逃げた。

この山はもともと都会に近いことから自然があると言っても、熊というような獣が出たりすることはなかった。道が舗装されているところもちゃんとある。本当に何もない山だった。

だが今は違う。

獣が一匹さ迷っていた。唸るような声が薄暗い森に響いた。
「ア"・・・・」
さっきの出来事を獣ははっきりと覚えていない。若いカップルが苦しむ自分の姿に気づいた。そしてカップルたちがおびえるの当然のことだ。
『逃げろ・・・・』
そこまで何とか口にしたのは覚えてる。そして気がついたらここにいた。獣は苦しんでいた。必死に抑えつけようとしてもいずれ歯止めが利かなくなる。その時が最後の時だ。残った意識でそう考えたところで、一つの気配を感じ取った。自分と近い匂いのする人間だ。ジョーカーはその方向を向いた。

「始・・・・」
ついに見つけた。彷徨っていたジョーカーはこちらを見た。剣崎はポケットの中のカードに手を伸ばす。その時、
「グァ!」
ジョーカーが飛びかかってきた。剣崎は紙一重でそれを避けるもすれ違いざまに腕に赤い線が走る。痛みのあまり剣崎は切り傷を押さえた。だがジョーカーはすぐに襲いかかってくる。次も突進だった。かわしたがさっきと同じように、今度は左腕に痛みが走った。赤い、人間であることを示す赤い血が流れる。
「始!俺だわからないのか!?」
『始』という言葉に反応するようにジョーカーは苦しむ姿を見せた。一瞬だけ始の姿が見えた気がした。
「俺が憎いのか!?俺が・・・・アンデッドと融合しているから、お前にとっては敵なのか!?」
「ア"ァァァァァ!!!」
ジョーカーの苦しみは止まらなかった。いまだ悶え続けている。その中でジョーカーはさっき傷つけたその爪を振るってきた。右腕を押さえていた左腕にまたしても赤い線が走った。
「それとも・・・お前をジョーカーに戻してしまったからなのか・・・・・・・」
そして剣崎は痛みに耐えながらポケットからカードを取りだした。これだけが今の始に、自分ができることだった。
「俺に出来るのはこれだけだ!」
剣崎のカードみてジョーカーは急に静かになった。
「これを使え、始!」
その声にジョーカーはゆっくると距離を縮めてきた。だがカードに手を伸ばそうそした時だった。いきなり周りの木々や地面で小規模の爆発が起きた。
「!?」
剣崎は吹き飛ばされ、河原に投げ出された。その際に剣崎の手からカードが離れた。トライアルが剣崎の居場所を見つけてしまっていた。木から飛び降り剣崎に近づいた。
「くそっ・・・・」
剣崎はすぐにカードを拾い集めた。だがその隙にトライアルが背中に回り剣崎を羽交い絞めにしようとする。ジョーカーも河原に降りそれを見ていた。その中でも剣崎はジョーカーに向かって叫んだ。
「始!これを使え!俺を信じろ!!」
剣崎はジョーカーめがけてカードを投げつけた。そして体を反転させてトライアルの攻撃を避け続けることに専念する。

獣は投げつけられたカードを呆然と見つめた。眼の前のカードからはとてつもない力が秘められているのは分かる。そしてそれが獣にとって力になることを、獣は理解していた。

だがどんな力?

この力を使えば獣はさらに強くなれる。そして全てを滅ぼせる・・・人間もアンデッドもすべて・・・・

違う!

獣の中で理性が叫ぶ。本能にあらがう。自分がジョーカーであるという運命に抗う。この力・・・・『友』から貰った力は何かを破滅させるために使うものでない。叫び声はどんどん大きくなっていく。そして獣は震える手でゆっくりとカードを取り出し、ラウザーに通した。
『チェンジ』
液体を獣が包み込み、カリスへと姿を変えた。
「剣崎・・・・・」
目の前で必死に攻撃を避けづつける剣崎だったがもうすぐ限界だった。カリスが紅いカードを拾いあげ、そして、
『エボリューション』
地面に落ちていたカード、そしてカリスが持っていたカード全てが頭上に舞い上がった。それら全てが一気にカリスの中に取り込まれていく。赤い液体が瞬く間にカリスを包み、一瞬にしてはじけた。そこに現れた姿は赤く、そして眼と胸の紋章は緑色だった。そして金色のラインなど、カリスの面影を残していた。両手にはカマキリの鎌を模した武器が握られている。野生と万能を兼ね備えたワイルドカリスがそこにはいた。自分のことを決して見捨てなかった、信じてくれた『友』のため、赤と緑の影が舞った。