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Trap

あっという間のことだった。カリスがトライアルと掴み川に投げ飛ばした。剣崎はふらふらになって、地面に倒れた。そして川をぼやけた意識の中で見ていた。カリスが瞬く間に両手に握られた鎌でトライアルを切りつけた。水しぶきが上がる中、体中から生えたチューブが切り刻まれ歪な紛い物は苦しみの声を上げる。そしてカリスは気づいていた。この紛い物がただのアンデッドではないこと、封印できないことを。カリスは両手の鎌を折りたたんで柄同士をひっつける。そしてアローを召喚しそれをバックルの代わりに取り付けた。それは完全な形をした弓だった。カリスの体中からカードが現れる。そしてカードが一つに束ねられて一つの新しいカードに代わる。カリスはついさっきまでは二つの鎌の柄の間に通した。
『ワイルド』
そのカードはスペードを示す剣、ハートの聖杯、ダイヤの金貨、クラブの棍棒が描かれていた。カリスの弓が光輝いた。そして弓を引き絞るように構えた。光が凝縮し一本の矢を象った。
「ふっ!」
矢が放たれる。矢は一瞬にしてトライアルを貫いた。貫通した穴を中心にトライアルの体に光の筋が走っていく。そして一気にトライアルの体が爆ぜた。
「!!」
そこから出る衝撃に剣崎は目をつむった。次に目を開けた時にはもう紛い物は存在していなかった。カリスは川からゆっくり出てきた。
「剣崎・・・・」
「始・・・・」
カリスにはさっきまでのような苦しむ様子はもう見られなかった。剣崎は安心して笑った。ただ心身ともに疲弊してもう限界だった。剣崎の体から力が抜けていく。カリスが剣崎のほうに歩いていく。だがその行く手を阻むように光り輝く銃弾が走った。それらがカリスの胸に当たる。森の中から紅い戦士が飛び出した。
「剣崎!」
ギャレンがカリスに牽制の銃弾を当てつつ剣崎に近づいていく。
「ジョーカー・・・!」
対してカリスは大したダメージは受けていないが反撃をすることもなかった。そしてギャレンは剣崎を抱えすぐさまその場から離れていく。しかしカリスはそれを追うこともしなかった。静かに一枚のカードを取り出した。それを腰のラウザーに通す。
『スピリット』
透明のスクリーンが目の前に現れた。カリスはそこを通り抜けた。そこにはもう苦しむ獣はいない。始はゆっくりと川のほうへと歩いた。川を覗き込むと水面には始の顔が写り込んでいた。始はただ笑って自分の顔を洗うのだった。


誰かに担がれていた気がする。剣崎はそう感じて深い闇に落ちていった。

目を覚ますと、視界に入ってきたのはきれいな天井だった。柔らかい明りがまぶしかった。
「気がついたか?」
声がしたので体を起こしたら椅子に橘が座っていた。
「橘さん、一体ここは?」
「ここは書斎だ。お前を保護しようとしてた人のな」
そう言って橘は部屋の奥に目を向けた。剣崎もつられてみると夕焼けで赤く染まる空を見ている男が座っていた。そして男がゆっくりと振り返る。
「あの人は広瀬義人。名前の通り、広瀬の父親だ」
剣崎は戸惑った。栞からかつて父親のことは聞いたことがある。アンデッドを解放した張本人であると。そして全ての元凶の男・・・・
「あんたが・・・・アンデッドを・・・・・・」
剣崎は敵意をむきだしにして広瀬を睨みつけた。だが橘はそれを制しようと剣崎の肩をつかんだ。
「どうして止めるんですか!?この人がアンデッドの封印を!」
「確かに、あれは私の欲が生み出したことだ・・・・・」
広瀬は静かに話しだした。

・・・
人類基盤史、その考えを提唱するのには証拠があったからだ。その根幹を担うのがたった53枚のカードだった。

ラウズカード

これが発見された時、このカードには今の人類とは全く違う生物が文字通り『封印』されていた。しかも一万年の時を超えて封印された生物は生きている。それらの生物は不死を意味する『アンデッド』と名付けられた。何故アンデッドが不死でいられるのか?その研究は古くからされていた。そして広瀬もまたその研究員の一人であった。

全ては死んだ妻を生き返らせるため

その妄執にも似た思いがやがて大きな過ちを引き起こすことになる。すなわちアンデッド解放へと。

広瀬はカードをひと束つかんだ。そして一つの機械に向かっていく。それはアンデッドの封印を解く『リモートバク』の力を模したアンデッド解放装置だった。一緒にいた部下の研究員2人がそれを見ていた。
「広瀬さん!何をするんですか!?」
「それを使ったらアンデッドの封印が・・・!」
二人が必死に広瀬を止めようとする。
「うるさい!こうするしかないんだ!!!!」
制止を振り切った広瀬が一気にカードを差し込んだ。緑色の光が部屋を満たした。そしてそれが収まった時、3人は異形の化け物に囲まれていた。アンデッドは部屋から雪崩のように出ていく。叫び声が響きその施設は壊滅に追いやられた。壊滅してから別の研究所から人がやってきた。まだBOARDの研究員だった橘だ。アンデッドの解放された部屋に向かうと男が先に来ていた。
「天王寺理事長!これは・・・・」
その男はBOARDの理事長だった。橘も実際に会う機会はほとんど無い謎の存在だった。ただBOARDのパトロンであり強大な権力を持っていることは分かる。その天王寺は静かに部屋を見ていた。
「どうやら広瀬君はアンデッドが解放された時に殺されたらしい・・・橘君、以前烏丸君が提唱した『ライダーシステム』。あれの開発を早急に始めてくれと伝えてくれ」

・・・

剣崎は黙ってこの話を聞いた。
「確かに、広瀬さんのやったことは誤りだった。だが・・・・人の過ちを正すのも、同じ人だけだ」
「私は独自にアンデッドの研究を始めそして発見した。もともとラウズカードシステムはアンデッドを封印でき、そしてその力を使えるジョーカーの能力を限定的に再現したものだ。そしてジョーカーが別のアンデッドになる、つまり融合する能力がライダーシステムに使われている。そしてライダーシステムの重大な問題を私は見つけてしまった」
「重大な問題??」
剣崎がオウム返しに聞いた。
「普通の適合者であればこのような問題が起こることがなかった。しかし君の場合、あまりにもアンデッドとの融合係数があまりにも大きかった。それはまさに・・・・・もう一つのジョーカーと呼べるほどに」
「俺がジョーカーに!?」


睦月はラウズアブゾーバーのカードホルダーを開いた。光が向かいの椅子に座った。
「それの使い方は分かってるの?」
カシャっといい音を立ててホルダーを閉じた。睦月は光を睨んだ。
「これを使うには、カテゴリーQが足りないんだ」
しばし驚いたような表情を取った光だったが、すぐに笑いだした。
「ははは・・・・!!カテゴリーQ!私のことか!封印する、私を?」
そういう光の瞳の奥では何かがぎらぎら光っているように見えた。それをちらりと見て睦月は視線を落とす。そのやり取りを天音は聞いていたものの、何のことなのかさっぱりわからなかった。しかし別の音が耳に飛び込んできた。誰かの足音。聞こえたというよりも感じ取ったといった方が正しいかも知れない。
「・・・始さん?」
本当に気のせいかもしれない。だが天音はゆっくりと立ち上がって壁を伝いながら歩き、バーを出て行った。それを見逃す光ではない。後を追って出て行った。
「手荒なまねはするなよ」
睦月は釘を刺した。光が出て行ったとたん、携帯電話が鳴った。電話に応じると知らない声だった。
「あんた誰だ?」

天音はバーを出ると外の冷たい空気があたった。足音が徐々に大きくなって行く気がした。その聞こえる方へと歩いていく。しかし途中で足を踏み外してしまった。階段だったのだ。
「きゃっ!」
バランスを失った体はあとは転がり落ちるだけのはずだった。誰かに抱きとめられた。
「天音ちゃん?」
「始さん?」
声の主は始だった。天音をゆっくりと下ろして立たせた。そして様子がおかしいことに気づいた。
「天音ちゃん、もしかして目が・・・・・・」

天音を背負ってその場を去る様子を光が静かに見ていた。光には始の正体をすぐに見抜いていた。しかし、
「どういうことだ。あれからアンデッドの気配がほとんど消えている」
気配が弱すぎたのだ。それに気づいていなければアンデッド、ましてやジョーカーであると気づくはずもない。前見た時にはまさに本能で動く獣であった奴が全く別のものに見えた。しかしそれ以上考えることはなく光は行ってしまったのだった。


夜が明けた。橘は起きて研究室にいた。そこでは赤い液体の入った沈澱管が3本、機械でゆっくりと回転していた。それは剣崎の血液サンプルだった。剣崎の体の異変を調べるために摂っておいたものだが解析するには、血が凝固しないようにこうして回転させる必要があった。そこに広瀬が入ってきた。
「おはようございます。剣崎の具合はどうですか?」
「まだ部屋で眠っているようだ。解析、頼んだよ」
「はい」
橘は力強くうなずいた。すべては剣崎の安全のためだ。広瀬は研究室を出て行った。

広瀬が向かったのは、書斎ではなく全く別の部屋だった。そこでは簡素なベッドの上で剣崎がいまだ眠っていた。否、眠らされていたのだった。人工呼吸器のような機械がつけられていた。広瀬は静かに剣崎の眠っているベッドを動かす。脚にはキャスターがついており簡単に動き出す。部屋を出て静かにベッドを動かす。そんな中、剣崎が一向に目を覚まさない。なぜなら睡眠性のガスが呼吸器から出ているからだ。そしてたどり着いたのは広い、そして何もない部屋だった。そこにベッドを置いて機械を外した。脇にはバックルとカードを置いて広瀬は出ていく。書斎に戻ってパソコンを起動させた。そのパソコンではこの施設の監視システムの役割も担っている。そのシステムが反応した。モニタにカメラの映像がアップされる。廊下を一人の少年が歩いていた。
「来たね、レンゲル」
一人廊下を歩く上條睦月の姿を見て、広瀬は静かに笑った。

目的の達成まであともう少しだった。


「力が欲しくないか?」
電話の内容はこんな感じだった。突然の電話、広瀬と名乗る男からのものだった。

力をあげよう、最強のライダーになれる力を

睦月は半信半疑で言われたビルに来た。ビルの中に入り、探していた場所にたどり着いた。広い、そして何もない空間だった。睦月は部屋の中央にまで来た。
「来たね、上條睦月君。待っていたよ」
急に声が聞こえた。見上げるとスピーカーと監視カメラがあった。こちらの様子を観察しているのは言うまでもない。
「わざわざ何の用だ。こんなところに呼び出して」
「言ったはずだ。君に力をあげると。ジョーカーの力欲しくないか?」
「なんだと!?」
その時右手からがちゃんと音がした。驚いてそっちを見ると簡素なベッドに眠る剣崎がいた。
「彼はもうすぐジョーカーとして目覚める。彼を倒し、封印すればジョーカーの力が手に入る」
睦月は何も言わず、カメラを一瞥しベッドに向かった。おそらくカメラの向こうの男は自分の狙い通りだと笑っているだろう。それでも睦月はベッドの前に立ち止まって、ベッドをヤクザキックで蹴り倒した。大きい音を立ててベッドが倒れ、剣崎がベッドから叩き落とされた。その痛みで剣崎が目を覚ました。突然ベッドから叩き落とされ痛い、さっきまで眠っていたはずの部屋とは全く別の部屋にいて、しかも睦月が目の前でいるとなると剣崎からすればまったく意味がわからない状況だった。
「睦月!?一体ここはどこなんだ!?」
「黙れ」
睦月はそう吐き捨てるように言ってバックルとカードを取り出した。カードを装填しベルトを装着し、
「変身」
『オープンアップ』
紫のスクリーンを通り抜けた。深緑の戦士が杖を展開させ剣崎めがけて振りおろした。咄嗟に真横に回転して回避する。そのとき自分のバックルとカードが落ちているのが目に入った。剣崎はそれに飛びついた。そしてバックルにカードを装填しベルトを装着した。
「変身!」
『ターンアップ』
紫紺の戦士は剣を構えた。
「そうだ・・・・・俺と戦え!!」


天音が帰ってきた。連絡を受けて虎太郎はハカランダへと急行した。行ってみると遥香は天音を病院に連れて行っていた。
「どうやら目に砂が入ってしまったらしい。一時的なものだそうだ」
始はそう言った。虎太郎はホッとして息を吐いた。
「そっか。本当に良かった・・・・」
「元はと言えばせいだ・・・・」
始は呟いた。その顔は無表情ながらもどこかすまなさそうにしている。虎太郎は再び息を吐いた。
「その様子だと、元の君に戻ったようだね。剣崎君のおかげ?」
「ああ・・・・あいつはどうしてる?」
「剣崎君、橘さんのところに行くって帰ってきてないんだ」
その時始が窓の外、遠くを見つめていた。その様子を虎太郎は不思議そうに見た。
「どうしたのさ?」
「今度は俺の番か・・・・・・」
そう呟いて始はハカランダを出て行ったのだった。