B

広瀬は静かに、笑みを浮かばせてモニタを見ていた。今も深緑と紫紺の戦士が戦っている。そしてレンゲルが氷結の力を使いブレイドを押しきった。ブレイドは床に激突した。レンゲルは挑発するようなしぐさを見せてから何かを取り出してブレイドに投げつけた。ラウズアブゾーバ―だ。
「そうだ・・・・それでいい。剣崎君の体は限界だ。もうすぐ・・・・・もう少しで私の願いは叶う・・・・・・」
その時、監視システムが侵入者を知らせた。広瀬は近くにあったマイクで、
「橘君、仕事だ」

レンゲルの猛攻をブレイドは防ぐことしかできなかった。もともと武器の相性が悪いのだ。リーチの差、そして剣では到底することのできない攻撃。もともと杖は剣に勝つために作られたという。
「うぉらぁ!!」
右手に杖の端を持ち、一気に振るった。遠心力とレンゲル自身の力で威力は尋常でないものとなっている。ブレイドは剣を縦に構えて杖を受け止めたものの押し切られてしまう。剣を弾き飛ばし、レンゲルは杖を一度振り抜いた。それを左手で受け止める。受け止めた杖をレンゲルは斜め上へと斬りあげた。先端の三つ葉上の刃でブレイドの胸を切りつける。そしてその胸を杖で突く。一部では逆突きとよばれるものだ。一気に、畳みかけるように攻撃を与えてブレイドは宙を浮き、床に激突した。
「あんたの力はこんなものかよ!」
レンゲルは吐き捨てるように言った。ブレイドは呻きながら剣を支えにして立ちあがろうとした。レンゲルはラウズアブゾーバーを取り出して、
「これでキングフォームになれ!」
「止めろ!俺はなりたくないんだ!!」
そう言ったブレイドに対し怒りを見せるかのようにレンゲルは杖をくるりと振り走り出した。立ち上がったところを狙ったかのようにレンゲルはヤクザキックでブレイドを蹴り飛ばした。そして腰のホルスターから二枚のカードを取り出した。
「止めろ睦月!」
ブレイドは叫んだ。しかしそれに耳を貸さずに杖に取り付けられたラウザーにカードを通した。
『ブリザード』
『バイト』
レンゲルの周りの空気が一変した。空気が凍りついていく。
『ブザードクラッシュ』
「はっ!」
ブレイドは見たことがある。それを今まさに自分が受けるとは思いもしなかった。レンゲルは空を蹴った。それだけで何かの魔法のようにブレイドの右肩から左肩にかけて凍りついていく。そしてどんどん体中が凍りついていく。鎧の中にもその冷気が伝わってくる。その間にレンゲルは跳んだ。ブレイドやギャレン、そしてカリスがするように物理法則をその時だけ捻じ曲げた。レンゲルは両足でブレイドを挟み込みように蹴る。その瞬間に氷が砕けて爆ぜた。ブレイドはレンゲルの蹴り、そして氷の爆発の衝撃を諸に受けてしまった。
「ぐっ・・・・あぁ・・・」
まずい状況だった。このままでは確かに命が危ない。レンゲルは着地して、
「キングフォームにならなければ・・・・死ぬだけだ!」
ラウズアブゾーバーを取り出して投げつける。ブレイドはそれを手に取った。このままでは限界を迎えてしまう。そうなったときが最期だ。そう思いブレイドは最後の手段ともいえる手を取った。ラウズアブゾーバ―を腕に装着した。
『アブゾーブクイーン』
『エボリューションキング』
黄金の鎧がブレイドをまとった。


始は感じ取っていた。剣崎の身が危ないことを。助けてくれた代わりに、今度は自分が剣崎を助ける番だと。始はやがてビルの地下駐車場に入って行った。その途中に、男が一人立っていた。対峙するかのように始はバイクを止めた。
「相川始。いや、ジョーカー・・・・・!」
橘は腰を落として構えた。対して始はヘルメットのバイザーを上げるだけだった。
「剣崎は何故変身している?」
「剣崎が変身しているだと?そんなはずはない!俺達はあいつをジョーカーにさせないために隔離した。あいつはカードとバックルを持っていない」
そう、すべては剣崎のために行ったことだ。あり得ない、橘はそう思った。しかし始はバイクのエンジンを唸らせる。
「剣崎は今戦いの中にいる。だが俺が止める」
バイクが一気に発進した。橘の隣を通り抜けて奥に行ってしまった。取り残された橘は始の様子に違和感を覚えた。もし、相川始が剣崎の手によってジョーカーの力を抑えることに成功したのならば・・・・
「相川始は心を取り戻したのか・・・・?じゃあさっき言ったことは!!!」
橘は始の後を追うように走り出した。

王の力は圧倒的だった。さっきまで弾き飛ばされていた杖の攻撃も全て金色の鎧で受け止められた。ブレイドは攻撃を見切りある時は腕で、もしくは肩で受け止めた。レンゲルの攻撃ではびくともしなかった。
「あぁ!!」
吐き出された声ともいえない声と共に杖が振り下ろされた。ブレイドはそれを左手で掴んだ。そして反撃に転じようとした時、変化は起きた。右手に握っていた自分の大剣を手放したのだ。
「何!?」
それにはレンゲルも驚いた。武器を手放すことがどれだけ馬鹿げていることか、しかもライダーシステムではラウザーが武器についている。しかしレンゲルの胸を何かに貫かれるような衝撃が走った。鎧が壊される、そう思った。
「!!??」
拳だ。最もシンプルな攻撃方法だった。だがここまでの威力を発揮するとはどういうことか。数メートル吹っ飛ばされ地面に叩きつけられたレンゲルは起き上がり、ブレイドを見た。その様子はさっきまで、いや今まで見たことがないものだった。鎧の中は見ることはできない。だがその鎧から出る『気配』がまったく違っていた。これに近いものを森の中で一度だけ見たことがある。

ジョーカー

「ハハ・・・・・ハハハハハハハ!!!!」
狂ったようにブレイドは笑いだした。まるで自分の力に溺れるように、何かにとりつかれるようにブレイドは嗤う。ブレイドがレンゲルの方に向かってきたので杖で応戦する。しかしさっきと同じようにあっさりと左手で掴まれ、今度は首根っこを掴まれた。そして柱に叩きつけられる。
「ぐぁぅ・・・!」
肺から空気が強制的に追い出されそうになるのをなんとか止める。しかしそれだけでは終わらず、レンゲルを放さなかったブレイドは壁に投げつけた。今度こそ、肺から空気が漏れた。しかも口の中に血の味がする。その時、部屋の入口であったドアが勢い良く開いた。始が入ってきた。
「剣崎!!」
ブレイドのほうを見た。遅かった、始はそう感じた。今のブレイドの放つ気配はもはや人間のものとは言えなかったからだ。
「こいつは俺の獲物だ!邪魔するな!」
そう言ってレンゲルは起き上がりブレイドに向かう。始もレンゲルの言葉に従うわけもなく、走り出した。そしてその手には一枚のカードが握られている。
「変身!」
『チェンジ』
カリスがレンゲルとブレイドの間に割って入った。レンゲルをブレイドから引き離そうとする。
「放せ!」
レンゲルは何とかカリスを振り切ろうとする。だが暴走したブレイドがカリスの肩を掴み、一気に対面させた。そしてレンゲルの鎧にしたように右ストレートを叩きこんだ。さっきまでいた扉の前まで吹き飛ばされてしまう。
「剣崎!」
しかしその声が剣崎に届くことはなかった。剣崎は今も嗤い続けていた。


「広瀬さん!」
橘は急いで広瀬のいるはずの書斎に駆け込んだ。しかし人の気配がない。警戒しながら部屋を見渡した。すると壁から何かがせり出ていた。カードの隠してあった場所だ。
「!?」
ハートのカテゴリーKともう一枚あったはずのカードが消えていた。ということは広瀬さんはここにはいないのか?橘は書斎を出て今度はさっきまでいた研究室に向かった。
「広瀬さん!いるんですか!?」
しかしここにも気配がない。部屋を注意しながら入っていく。血液サンプルが今も回り続けている。やがて一番奥の巨大な冷蔵庫まで来た。開けっ放しのせいで白い冷気が床を覆っていた。橘はその中に入った。しかし広瀬の姿もトライアルの姿もなかった。その時だった。橘の背後でガタンと音を立てて冷蔵庫の扉が閉まったのだ。
「!!??」
橘といえど驚きが隠せない。開けようとしても外側からロックがかかっているのかビクともしない。
「おい!開けろ!!」
扉をたたく音と声が空しく中で響いた。外側に付けられた扉の小窓が開いた。そこから一人の男が顔をのぞかせた。
「広瀬さん!?これはいったい・・・・」
ガラス越しで聞こえづらかったが広瀬はこう言った。
「もう少しだ。もう少しで剣崎君はジョーカーとして覚醒する」
「それを阻止するために今まで俺達は行動してきたんじゃ・・・・・」
そこまで言って橘は気づいてしまった。
「騙していたんですね・・・・・!あなたの本当の目的は・・・・」
「封印できないトライアルシリーズを差し向け、剣崎君を追い詰めてキングフォームへと進化させたのも全て・・・・剣崎君をジョーカーにするためだ」
広瀬の狂ったような言葉はまだ続く。
「人間が不死であるアンデッドになる・・・・その細胞を分析すれば永遠の命の秘密が手に入る、そう思わないか?そうなれば私の妻も、君の愛する人も生き返る・・・・!」
「小夜子・・・・」
橘は呟いた。剣崎がジョーカーになれば確かに小夜子は生き返るかもしれない。そうなればどれだけいいことだろうか、いやいいはずがない。橘は拳を握り締めた。
「俺はそんなことを望んじゃいない!俺は剣崎を救うというあなたの言葉を信じた。そしてあなたを・・・広瀬のもとに優しい父として返してやりたかった」
「妻が蘇れば娘もきっと喜ぶはずだ」
小窓が閉じられた。橘は何度も扉を叩き広瀬の名を呼んだが返事はない。冷蔵庫の外側では広瀬が研究室を出て行こうと冷蔵庫に背を向けた。しかし中から小さな音が聞こえた。
『ターンアップ』
その音ともに冷蔵庫の扉がぶち破られた。中から飛び出したギャレンが広瀬を机に抑えつけようとする。広瀬はギャレンを振り解こうと腕を振り払った。そのとき、
「うわ!?」
ギャレンに衝撃が走った。壁に叩きつけられた。
「なんだ今の衝撃は!?」
ギャレンは驚いたが、その衝撃を発した張本人のはずである広瀬は、
「!!??」
ギャレン以上に驚いていた。咄嗟に薙ぎ払った右手を呆然と見て、そして研究室を出て行ったのだった。


ギャレンは広瀬を追わずに、すぐさまパソコンを使い剣崎の位置を確認し向かった。扉は開いており、ギャレンはブレイドを見つけて跳んだ。
「剣崎!これは広瀬さんの罠だ!」
ギャレンはブレイドが変身を解くように促した。しかしギャレンはブレイドが暴走していることは知らなかった。
「ハッ・・・アハハハハハハハハハハハハ!」
とりつかれたような笑い声が響く。ブレイドは跳んできたギャレンの動きに合わせて肩を掴み地面に叩きつけた。自分の勢いとブレイドによって加えられた力のせいで地面を勢いよく転がる。
「くっ・・・・まさか剣崎はジョーカーに・・・・?」
レンゲルを蹴り飛ばし、その様子を見ていたカリスは一枚のカードを取り出した。剣崎から託された赤きカード。
『エボリューション』
ハートの13枚のカードが頭上に浮かび、カリスに取り込まれた。カリスの周りを液体が包み込み、ワイルドカリスへと進化した。後ろから迫ってきたレンゲルを手刀であっさりと倒し、ブレイドへと向かった。近くにやってきた敵をブレイドは見つめた。
「どうした剣崎?お前はそんなに弱い人間か?」
「ウ゛・・・・・」
笑い声が苦しむような声に変わった。
「ジョーカーに飲み込まれるようでは、俺は倒せない」
ブレイドの右腕が動いた。カリスの顔めがけて渾身の一撃が飛ぶ。しかしカリスは一歩も引こうとか、拳を止めようともしなかった。
「グ・・・ウ・・・・」
拳がカリスに到達することはなかった。顔面のすぐ前で止められていた。ブレイドの両腕がだらりと下がり、膝をついた。
「く・・・」
青いスクリーンが飛び出しブレイドの変身が解けた。バックルが落ちた。剣崎は疲れ果てたような眼で赤いカリスを見た。
「始?あれ・・・・俺がキングフォームになったのに・・・・」
「こんな時に他人の心配か・・・・・」
ギャレンは変身を解いた。それに続いてレンゲル、カリスも変身を解いていく。
「俺はお前からカードを受け取り、新たな進化を遂げジョーカーの本能を抑え込むことに成功した。同じようにお前にもできると思った」
「ありがとう・・・・」
そのやり取りを最後まで見ようとはせず、睦月は立ち去ろうとした。
「待て睦月!どこに行くんだ?」
橘は呼び止めた。睦月は立ち止って、
「まだ・・・・あんたたちに負けたわけじゃない」
結局行ってしまった。剣崎は思わずうめき声をあげて膝をついた。
「痛むのか?」
「大丈夫です」
痛みに耐えて剣崎は立ち上がった。
「お前はもう戦わなくていい・・・・。広瀬さんに騙されていたとはいえ、俺はお前に取り返しのつかないことをしてしまった。本当にすまない」
剣崎は橘の肩に手を置いた。
「人の過ちを正すのは人・・・でしょ?俺の中のジョーカーに勝つことができたらキングフォームは最強の力になります」
「あぁ、その通りだ」
隣で始が頷いた。剣崎も頷く。
「俺は・・・・仮面ライダーです。これが俺の運命なら、負けたくありません!」


男の呼吸は荒かった。あの施設から飛び出しからずっと落ち着くことはなかった。
「はぁ・・・・はぁ・・・」
車を運転しながら邪魔になったネクタイを取った。男は自分が誰なのかわからなくなった。広瀬義人なのか・・・・・それとも・・・・・・。
やがてある場所にたどり着いた。広瀬は車を降りて建物の中に入っていく。そこはある男の広い私有地の中だった。向かった場所は暗い、しかし淡い光が照らされているホールのような場所だった。周りに窓はなく、代わりに水槽があり水の影が壁に映し出されていた。円形の形をしたそこの中心に一つのオブジェがあった。長方形の板がねじ曲がったような・・・・・。広瀬はそれに触れた。その時、別の足音が響いた。広瀬はその方向に目を向ける。やがて男はそのオブジェの前に立った。
「・・・・」
「君が二人目のジョーカーを誕生させようとした時、変化が生じた。神が気づかれたようだ・・・・・・」
「天王寺さん・・・」
男の名は天王寺博。かつてのBOARDの理事長。
「私の・・・私の体に何をした・・・・・」
広瀬は自分のシャツを引きちぎった。そこには
「!!」
見知らぬ、到底人のものとは思えない体だった。そう、まるでこれは・・・・。天王寺は薄笑いを浮かべた。まるで目の前の男を嘲笑うかのように。
「人間広瀬義人は死んだ・・・・。君はその記憶を引き継いだ・・・・・『トライアルB』じゃないか」
真実は告げられた。広瀬、いやトライアルBは力が抜けて膝をついた。
「栞・・・・・」
男は呆然とした意識の中でそう呟いたのだった。