Memory

睦月はベッドの上で眠らされていた。その周りを研究員がせわしなく動き、様々な機械が動いていた。
「ようこそレンゲル」
天王寺が笑みを浮かべながら言う。そして隣のベッドを見た。そこには新たな改造実験体が眠っていた。一見すれば髑髏にみえる顔、そして体は毒々しく紫と黒の配色だった。名は『トライアルG』。しかしそのトライアルはまだ空の器の状態だった。そこにレンゲルである上條睦月のデータを移植するのだ。ブレイドに対する憎しみを持って、今度こそブレイドを捕獲するために・・・・

その様子を一匹の虎が見つめていた。いや、ずっと睦月の後をつけていたのだ。広瀬が睦月を拉致してからここまでもずっと。そして今、手ごろに隠れる場所を見つけてそこで息を潜めていた。
(どういうこと・・・?)
あの男は誰だ?そしてあれは何だ?アンデッドに似ているが、あんなアンデッド見たこと無い。光はそのまま監視を続けることにした。


夕暮れ時の白井邸には暗雲が立ち込めていた。剣崎と橘はすまなさそうに椅子に座っており、虎太郎は壁にもたれながら居住まいの悪さを感じていた。栞はといえば肘掛け椅子に座りながら三人には背を向けていた。しかしその背中から形容し難いものが発せられているように見えてしまう。あの後しばらくしてから剣崎と橘が到着し、白井邸に戻ってからずっとこの状態が続いている。栞に話しかけようにもそれが出来ない。まるで無言の反省会のようだ。
「ごめんなさい・・・・・お父さんのこと内緒にしてて」
剣崎が小さな声で言った。それに橘が続いた。
「いや、元はと言えば俺が・・・・だから・・・まずはあの人をとめたかった。それで真意を正したかった」
再び無言の沈黙が訪れた。秋の風物詩ともいえる虫の音だけが空しく聞こえてきた。
「でもさ・・・」
そんな場をどうにか取り繕うと虎太郎が明るい調子で言った。
「広瀬さんのお父さんが生きてることがわかったんだし、ここはパーっとパーティーでも・・・・・」
だが、
「って場合じゃないよね」
空気に押し負けてしまう。再び虎太郎は壁にもたれかかってしまった。その時栞は立ち上がった。
「・・・・広瀬さん?」
「ちょっと買い物に行ってくる」
剣崎の言葉を無視するように広瀬は屋敷を出て行ってしまった。
「内緒にしてたのが良くなかったんでしょうか・・・・・」
剣崎と橘は、あの親子をちゃんとした形で会わせたかった。そのためにもまず広瀬の研究を止めなければならなかった。それがこんな最悪な形で再会してしまったのも内緒にしていた自分たちのせいかもしれない。剣崎は深いため息をついてしまった。

ピーーー

パソコンから急に音が鳴った。それはライダーからの通信など、何らかの情報を受け取った時の音だった。橘がパソコンの前に立つ。送られてきたのは一通のメールだった。それも添付で動画ファイルが入っている。何かと見てみたら、
「これは!?」
橘が驚いて声を上げた。虎太郎と剣崎もすぐさまパソコンのモニタを覗き込んだ。
「睦月!?」
場所は工場だろう。その中だった。睦月がいた。それも鎖にぶら下がったまま眠っていた。おそらく気絶しているだけだろうが。だが睦月の下には剣崎を襲ったあのトライアルがいた。丁寧なことに地図まで添付されていた。明らかに自分たちを誘っている。
「いくぞ!」
橘は先に行ったが剣崎は携帯を取り出した。かけるのはハカランダだった。案の定始が出てくれた。すぐに剣崎は事情を説明した。
『上條睦月が・・・』
その声はどこか困っている風に聞こえた。その理由を剣崎が考えているとすぐにわかった。
『始さん、ケーキ食べよ!』
女の子の声が聞こえてきた。無論天音だ。
『剣崎・・・・俺は・・・・』
『始さん早く!』
急かすような天音の声。始には始の時間がある。それを邪魔してはならない。
「ごめん、始はそこにいててくれ!」
剣崎は電話を切って屋敷を出て行った。


買い物に行くと言ってついた場所は睦月に連れてこられた施設だった。中に入った栞が向かったのはさっきと場別の場所。パソコンの置かれた書斎だった。そして起動させた。
『パスワードを入力してください』
パスワード入力画面が表示されたものの関係ない。仮にもBOARDでオペレーターをやっていた栞だ。これくらいにセキュリティなら軽く突破できる。そして保存されたデータを次々と閲覧していく。剣崎一真のデータ、トライアルシリーズのデータ・・・・・そして見つけてしまった。データの最も深い部分、そこにはたった一つのファイルがあった。ダブルクリックしてそれを開く。

ジジ・・・・・ジ・・・『栞』・・・

砂嵐のようなノイズな中で告げられた自分の名前。そして一面に広がる花畑。駆け寄ってきたのは昔の自分自身。栞はその映像をただ黙って見つめていた。そして映像に走るノイズが多くなり遂には見えなくなってしまう。その映像は、まさに今朝見た夢・・・・いや昔の記憶だった。そのすべてを見た後、栞は別のデータを見た。睦月が捕まっており、しかも父親であるトライアルがその場にいた。栞は部屋を飛び出した。


ブレイドとギャレンがバイクを横にスライドさせながら停止させた。その視線の先には映像の中にいたトライアルBがいた。そしてその背後には睦月が鎖でぶら下げられながらいまだ眠っていた。
「橘さん。このトライアル、かなり強いです」
「わかった。いくぞ剣崎!」
ギャレンと剣崎は特攻を仕掛ける。ブレイドは剣を抜き、ギャレンは徒手空拳でトライアルに向かう。まずはブレイドが剣で袈裟に斬りかかった。しかし動きを読んでいるかのように背中側に避けられブレイドの背中を裏拳で叩いた。そしてその後から来るギャレンを見据えた。ギャレンが放ってきた拳を最小限の力で弾いた。ただ軌道をそらしただけ、それだけだったが十分だった。その代りに最大限の力で胸に一撃を加える。その強さを一瞬にしてギャレンは体感してしまった。ブレイドがトライアルの背中へと跳びかかって斬りかかる。その不意打ちに一瞬だけ驚いたのかトライアルの反応が遅れた気がした。斬撃はあっさりと避けられたものの反撃がないだけましだろう。その間にギャレンがトライアルに組みついた。
「やれ剣崎!」
その隙にブレイドが斬りかかった。胴を真一文字に斬って次に逆袈裟と斬りあげた。

その間に睦月は目を覚ましていた。真っ先に視界に入っていたのは自分を連れ去ったトライアルと戦うブレイドとギャレンだった。
「お前ら!」
そして自分が鎖で宙づりにされていることにようやく気付いた。
「どこだよここ!なんだよこれ!!」
もがいても一行に外れるとはなかった。

背中のギャレンを肘鉄で突き放した。そして剣を構えるブレイドと対峙する。が、しかしの端から紅い影が割り込んでトライアルの横面に一発入れる。トライアルがひるんでいる隙にギャレンは腰のホルスターに手をかけた。しかしトライアルが銃を抜くことを許すわけがない。トライアルの手が紫の光を帯びた時だった。
「剣崎!」
ギャレンの陰に隠れていたブレイドが飛び出した。それもギャレンを飛び越すように跳躍した。
「ウェイ!」
トライアルの頭頂部から真下へと剣が一閃した。兜割を仕掛けた後、ブレイドはギャレンとトライアルの間に着地し、トライアルに向かって踏み込んだ。勢いは殺さず、すれ違うようにして腹を再び真横に斬った。そして、
『バレット』
ギャレンが追い打ちをかける。ブレイドが飛び出した時にすぐさまカードを展開、抜いていたのだ。銃が光を宿し、力を強める。照準は一瞬で合わせて一気に引き金を引く。光輝く銃弾はすべてトライアルに命中した。トライアルの体から煙が出てきた。二人の連携でトライアルが一気に劣勢に立たされた。さらに攻め込もうとする二人に、
「タチバナクン・・・・ソレガワタシニタイスルタイドカネ?」
「!?」
トライアルが急にしゃべりだした。そして体に電気が走りだした。
「キミニハイロイロオシエテアゲタジャナイカ・・・・」
「そんなまさか・・・・」
トライアルの体が見る見るうちに変わっていく。そして一人の男の姿に変わった。広瀬義人へと。
「広瀬・・・さん」
ブレイドとギャレンは変身を解いた。橘は広瀬に向かって叫んだ。
「広瀬さん。あんたいったい自分の体に何したんだ!」
驚きと怒りが隠せない橘に対して広瀬は冷静だった。
「永遠の命の謎、それを解明するために私は自らをささげた。これがその輝かしい成果の一つなのだよ!」
「しかしそれは・・・・!」
トライアルB、いや広瀬義人は言った。
「橘君、君なら分かるはずだ。私の気持ちが。私の情熱が!」
「何なんですか一体・・・・!」
怒る剣崎が広瀬に近づこうとするのを橘が肩を掴んで止めた。
「彼女に会ってください!父親じゃないんですか!?」
「剣崎君。君が私の言うことを聞いてくれないのは残念だ。だけどね・・・私は君のことが大好きなんだよ・・・・」
このとき二人は気が付いていなかった。広瀬の左手が背中にまわされたこと、そしてその手が禍々しいものに変わったこと。しかし、
「騙されないで!!」
叫び声が響いた。栞が工場に駆け込んだ。そして剣崎たちのほうに近づいた。広瀬を栞と剣崎たちが挟み込むような形なった。広瀬も驚いて栞のほうに向いた。
「そいつは父じゃない・・・・父の記憶を盗んで成り済ました偽物よ!!」
栞の怒号が響く。
「倒して!!」
広瀬は溜息を吐いた。再び体中に電気が走っていた。
「困った・・・・ムスメダ」
トライアルのたった一つの目が剣崎と橘を見る。
「広瀬の気持ちをよくも・・・・!」
「「変身!」」
二人は同時に駆け出した。こちらも再び変身した。がさっきと同じような展開ではなかった。トライアルの足元が爆発を起こし砂を撒き散らした。ブレイドとギャレンはその外にいたが砂ぼこりの中は見ることができなかった。
「何!」
そして中からトライアルが出てきた。その腕で栞の首を締めながら。
「彼女を離せ!」
こうなるとブレイドとギャレンは手出しができなかった。

睦月は両腕をなんとか体の前面にまで持ってくることができた。幸いだったのは両手まで縛られていないことだった。なんとかして身をよじって、ポケットに手を突っ込んでカードとバックルを取り出した。そしてカードをバックルに入れた。あとは、簡単だった。バックルを体の前面の腰に当ててベルトを装着する。
「変・・・身」
指ではじくようにしてバックルのカバーをスライドさせた。紫のスクリーンが飛び出して睦月を通り抜ける。
「あぁぁぁ!!」
勢いに任せるとさっきまで自分を縛りつけていた鎖がいとも簡単にちぎれた。そしてレンゲルは地面に墜落した。そのときブレイドとギャレン、トライアルまでレンゲルの方を見た。レンゲルがトライアルを睨みつけた。杖を展開させトライアルに近づいていく。もちろんトライアルは栞を人質にとったままだ。
「止めろ睦月!」
橘の制止も耳に入っていない。
「よくも・・・よくも俺を・・・・!」
杖が力任せに振られた。杖はトライアルの肩を激しく打ち付けた。人質となった栞はその衝撃で解放された。しかし少しでもずれていたらどうなっていたかは考えただけでぞっとするが。ブレイドトギャレンは栞のほうに駆け寄った。
「広瀬さん、大丈夫ですか?」
その間にもレンゲルはトライアルに攻撃を続けていた。しかしトライアルはレンゲルの杖の端をつかみ取り、がら空きになった胸に拳を一発入れてレンゲルをよろめかせる。
「ハッ」
再び粉塵が舞いあがった。レンゲルはその中に飛び込んだがトライアルの姿はどこにもなかった。いらいらした足取りでレンゲルは行ってしまおうとするところを、ギャレンが近づいて肩を掴んで引きとめた。
「睦月」
レンゲルは立ち止って、黙ったままだった。だが、急に振り向いてギャレンの顔面を殴った。
「!!」
ブレイドはすぐに剣を握ったが、それ以上レンゲルが攻撃することはなかった。
「お前たちに助けられたなんて少しも思わないからな」
八当たり。と言ってしまえばそうなる。誰だって人質にされれば悔しいだろう。レンゲルはやり場のない怒りをどこに発散すればいいのかわからず、行ってしまったのだった。


天王寺はその様子をモニタでずっと眺めていた。壁に貼り付けられた巨大なモニタだった。そしてトライアルBの様子を写していた映像が小さくなり、その隣に新しい映像が現れた。映像に映る研究員はこう言った。
「トライアルG完成しました」
「よくやったな。それでは・・・・テストといこうか。手始めに・・・」
天王寺はゆっくりと後ろを振り向いた。
「野良猫・・・いや虎を使って」
ずっと天王寺をつけていた光は身の危険を察知して音もなくその場から立ち去った。

靴を履いているのにもかかわらず、足音もなく誰にも気づかれることもなかった。そして人間とは思ない足の速さで光はあっという間に施設の屋上へとたどり着いた。あとはそこから飛び降りるなど造作もないこと。光は屋上の縁へと走る。だが後ろから黒い影が音もなく追いついてきた。それこそ死神みたいに。そして死神が鎌のようなものを振るった。
「!?」
衝撃が走って光は地面を転がった。その間に本当の姿であるタイガーに姿を変えた。
「こいつは・・・!」
手にもたれているのは鎌ではなく、レンゲルのものとよくにた杖だった。刃は三つの輪を重ね合わせたように出来ていた。そしてその持ち主の姿が死神に見えた。髑髏のような顔に、その武器の組み合わせは不気味さを一層引きだたせる。右肩には、鎌のようなものが生えていた。
「こいつ・・・」
トライアルGが杖を振りまわしてタイガーに襲いかかる。さっき光に追いついた速さは尋常ではなかった。あっという間に距離を詰めてきた。トライアルは杖の刃の反対側の端をもち杖を振るった。刃はなかったものの重りのようなものがついていた。タイガーはトライアルの速度に内心驚きながら防御のために左腕を構えた。防御されたものの、重い一撃を加えた後にトライアルはすぐに杖を引っ込めた。そしてすぐに杖を空いた胸に打ち付けた。タイガーが大勢を立て直すために距離を置こうとする。それにあわせて、トライアルは杖の刃を先端に向けて杖を再び突き出した。タイガーは体を半身にしながら避けようとしたが刃が左腕をかすめた。
「くそ・・・!」
タイガーはさらに跳躍して距離を取った。腕を見ると緑の血が流れていた。刃の切れ味がいいのか、いやそれだけではない。それ以上のものを虎は見抜く。
「ちっ・・・毒か・・・・」
トライアルの武器には毒が仕込まれていた。アンデッドに効く毒とならばその効果は最悪と呼べるものだろう。しかも、
「こいつの動きどこかで・・・・」
不意に感じたデジャブーのような感覚。トライアルは再び杖を構えて走り出した。そこで気付いてしまった。
「アァァァァ!!」
「そういうことか!」
なぜこいつを見た時、すぐに気がつかなかったのだろうか。睦月が囚われた理由、それは単なる人質ではない。そしてこいつの姿と手に握られている武器。そしてさっきの攻撃。タイガーの中で一つの答えが浮かんだ。
「あの坊やのコピーか!」
しかしレンゲルの相手をしたときはタイガーは一蹴した。しかしトライアルのこの性能、それだけレンゲルの潜在能力が高いということなのだろうか。このままではやられる。
「はっ!」
タイガーは跳躍した。着地した先はトライアルの肩の上、そして再び跳びあがり屋上を飛び降りた。


ビルをまるで飛ぶように移動したタイガーはあるバーの前についた。夜なのにバー『Clover』は閉まったままだった。しかしドアは開いていた。光はその中に入ると睦月がカウンター席に座っていた。
「何しに来た。つきまとうなと言ったはずだ」
睦月はイライラした声で言った。それを無視して光はカウンターの中にはいりコップを取り出し水を注いだ。そしてテーブルに向かいそれを乱暴に飲んだ。コップを力任せにテーブルに置いた。
「どんな戦いにだってルールはある。このバトルファイトに・・・人間もあんな奴もいらない・・・・!」
光の声には怒りが含まれていた。
「あんな奴?」
「これは・・・・私たちの闘いなんだから・・・・」
そう言って線が切れたように光は崩れた。気絶していた。睦月が近寄って見ると光の左腕から緑色をした血が流れていた。

気がついたらソファで眠っていた。どれくらい眠っていたのかはわからなかった。ふと白いものが視界に入った。
「これは」
左腕に乱暴に巻きつけられたのは包帯だった。光のそばには救急箱から出た薬やら絆創膏やらが散らかっていた。そして睦月はテーブルに座ったまま突っ伏していた。光は立ち上がって店を出て行こうとした。音もなく歩いていたのだが、
「礼の一言もなしかよ」
睦月が突っ伏したまま言った。起きていたのか、それとも気配でわかったのだろうか。
「ま・・・どうでもいいけど」
光は立ち止って睦月のほうを向いた。
「知りたい?」
「何を?」
睦月はわずかに顔を上げた。
「あなたが人質になった本当の理由。おかえしに教えてあげてもいいけど」
4人の戦士が一つの場所に集おうとしていた。