カテゴリー1「揺らぐ真実」

ここはどこだ・・・。男は思った。そして自分がどうなったのか思い出した。行かなければ・・・しかし今では無い・・・機会を待つんだ・・・。男は機会を待つ。


「ただいま」
家に帰った始はその異変に気付いた。誰もいない・・・。おかしいと思った始は自室へと向かう。そこには天音と遥香がいた。しかしはなにか光っているものが部屋中を舞っている。
「始さん・・・」
天音は始の姿を見て呟いた。次の瞬間部屋中の写真から火が飛び出した。写真たてごと燃えていく。
「お父さんの写真が・・!」
写真に近づこうとする天音を始が抱くようにして止めた。
「危ない!触っちゃ駄目だ。」
やがて写真はどろどろに溶けてしまった。こうしている間にも始は気配を必死で探っていた。こんな事ができるのは人間のはずが無い・・・。


始の考えは当たっていた。ハカランダより遠い森林にそいつはいた。顔には管のような形をした口に二本の触覚。周囲には燐粉が舞う。蛾の始祖―――モスが飛んでいた。



白井邸では栞と剣崎が言い争っていた。剣崎は椅子に座り栞は立ったまま、そして虎太郎は二人の間で立ち往生。かれこれ10分以上はこの状態が続いていた。
「じゃあ所長がアンデッドの封印を解いたって言うの!?」
「橘さんが『烏丸たちが解いた』って言ってた。所長も言ってたじゃないか『自分の責任』って。」
「嘘に決まってるわ、そんなこと。」
「でもあんな橘さんを見るのは初めてだった・・・」
剣崎は思い返してみても橘のあのような姿を見たことが無かった。
「そうやって何時まで橘朔也の言うこと真に受けてんのよ!!誰かに責任を押し付けたいだけなんじゃない!!?」
栞の言葉を聞いて剣崎は椅子から立ち上がった。虎太郎が剣崎を「ドードードー」といってなだめるも剣崎は構わず怒鳴った。
「誰がそんなこと言った!!ふざけるな!!橘さんや俺の体は・・・」
最後の言葉を剣崎が言うことはなかった。二人には所長のことは話したのだがもう一つのこと・・・身体がボロボロのなることは話していなかった。それを口にしただけで本当にそうなるかもしれないと剣崎は心のどこかで思っていた。
「どうしたのよ?」
「いや・・・何でもない・・・」
弱弱しく呟く剣崎。
「もういいわ、私は一人で所長を探す。私は所長を信じてるから!!」
栞は家を飛び出していった。
「広瀬さん!?」
虎太郎が追いかけようとするも剣崎が引き止めた。
「やめとけ、追うだけ無駄だ。」
「どうして!?広瀬さんは烏丸所長って人を信じきってたんだよ!?」
「けど・・・」
剣崎は言葉を止めた。再び虎太郎はこの引っかかりに違和感を覚えた。
「もうやめよう。お前とまで喧嘩したくない。」
剣崎が静かに言った。白井邸が一気に静かになる。
沈黙する白井邸で電話が鳴り響いた。
「もしもし?あぁ天音ちゃんか・・・お願いだから虎太郎って呼ぶの辞めてくれないかな・・・何それ??わかったよそっちに向かう。」
虎太郎は電話を切った。
「どうしたんだ?」
「義兄さんの写真たてが溶けたって言うんだけど・・・」
「どういうことだ?」
虎太郎と同じように剣崎の頭にも疑問符が浮かんだ。
「わからない。とりあえず行こう。」
二人は家を出てハカランダに向かった。



「嘘よ・・・所長が封印を解いたなんて・・・」
栞は一枚の写真を取り出した。烏丸と栞、そしてもう一人の男が写った写真だった。それを見て栞は烏丸と始めてあった日のことを思い出した。
「君が広瀬栞君か。お父さんから話は聞いている。会いたかった。共に研究に協力してくれ。」
手を差し出す烏丸。栞も手を出し二人は固い握手を交わした。そして別の日のこと、ある写真館での事も思い出した。
「この地球上には飢餓、貧困、病苦、政治不安が満ち溢れている。それらを解決するために私は人類基盤史を研究しているんだ。人類は昔多くの生物と闘った。そして勝ち残った、そうまるで進化のシミュレーションのようにね。その戦いには永遠の命の謎が隠されているはずなんだ。その素因を掴むことができれば・・・」
「誰もが幸せになれるんですか!?」
「あぁなれるさ。誰も争わなくなる。」
烏丸は笑顔でそう答えた。栞はその言葉を信じていた。
剣崎の言っていたことが不意に思い出された。
「烏丸達か・・・」
写真を眺める栞。そして栞の脳で閃きがよぎった。写真のもう一人の男を食い入るように見つめる。
「まさか・・・お父さん・・・」
その男は栞の父だった。栞はある場所へと足を運ぶ。



ハカランダでは剣崎と虎太郎がチーズのように溶けた物を見つめていた。その部屋には始もいた。
「うわ・・・本当に溶けてる。」
虎太郎が恐る恐る触った。それは天音が言っていた写真立てであった。他にもいくつかあったがそれらも同じように溶けていた。もはや原型をとどめていない。壁にもいくつか写真を貼っていたのだがそれも跡形も無く燃えていた。不思議なことに周りの壁や机には何の後も残っていなかった。
「どいてろ。」
剣崎もそれを触る。まだ少し熱が残っていた。
「本当だ。するとこれはすごい熱を受けたことになるぞ。」
「他に何か変わったことはなかった?」
虎太郎が天音と遥香に聞いた。
「銀の粉みたいなのが降ってきたの。」
天音が言った。さらに遥香が言った。
「何か気味悪いわ・・・最近こんなことばかり。」
「・・・俺が何とかします。」
そういったのは椅子に座り今まで沈黙を保ってきた始だった。その言葉に剣崎が反論する。
「なんとかするって、理由がわかってんのかよ?」
「いや。」
始はあっさりと答えた。
「じゃあ安請け合いするなよ!気休めにもならない。」
吐き捨てるように剣崎が言う。その言葉に始は椅子から立ち上がった。
「君たちのようにただ驚いているよりかはましだろ・・・・!!」
静かな怒りを含ませた声でそう言い部屋から出て行ってしまった。そして外からバイクのエンジン音がして遠ざかっていった。
「何だあいつ・・・。」
虎太郎は言った。
「自分の部屋でこんな変なことが起こったからきっと責任感じてるのよ。それにしても最近変なことばっかり起きてる・・・この子が怪物に襲われたのもそうだった。」
不安げな声で遥香が言った。



栞は目的地に着いた。そこは都会から少し外れた場所だった。
「ここで・・・お父さんが研究していた・・・。BOARDの隠しラボのはず。」
栞は呟いた。誰もいない無人の場所。日は出ていても気味が悪い場所であった。栞は建物の中へと入る。その後を一人の男がつけていた・・・。

「!?」
廊下で栞は何か落ちているのを見つけた。何かのパスのようだが・・・裏返してみると栞は絶句した。
「これは・・・所長の・・・」
それは烏丸のBOARDで使っていたパスだった。
「そうだ。」
突然後ろから声がして栞は反射的に振り返る。そこにいたのは橘朔也であった。
「橘さん!?」
「お前の予想通り烏丸はここにいる。」
「返しなさいよ!所長を!どこにいるのよ!!」
栞は橘に近づき言った。しかし橘は動揺することも無く
「付いて来い。烏丸に会わせてやる。」
橘は栞の腕を取って歩いた。
廊下を歩いた二人。突然橘は歩みを止めた。そして壁に向かい微かに見える凹みに手を掛けスライドさせた。小さなスペースの中に手をいれ橘は何かを引き出す。現れたのはドアノブ。橘はそれをひねり押した。とたん周囲の壁が動いた。それは誰にもばれないように作られた隠し部屋だった。
その隠し部屋の中にあったのは烏丸の姿。
「所長!!」
栞が近づいて所長に触れようとしたが橘がそれを止めた。
「触るな!!生命維持装置をつけて何とか生きてる状態だ。」
「なんてことを・・・!!所長に何てことをしたのよ!?」
「確かに俺は所長を恨んでいた・・・でもあの時・・・」
橘が話し出した。
それはBOARDがローカストに襲われた日の事だった。
「その日俺はそいつらの卵が孵る前に倒すはずだった・・・しかし間に合わなかった。」
それでも橘はギャレンに変身し銃で孵ったばかりのバッタを一匹残らず落としていった・・・はずだった。
「あの時何匹かは生き延び、そしてBOARDを襲った。」
「嘘よ!防犯カメラにあなたが所長を拉致してるところが写ってたんだから!」
栞はあのときの映像を思い出しながら言った。
「俺がBOARDに戻り烏丸の部屋に向かったらもうこんな状態だった。俺は烏丸を担ぎ襲撃から守りながらつれてきた。今こいつに死なれては困るんだよ・・・。俺の身体のこと・・・アンデッドのこと・・・。ごほっ」
「ちょっと待って。橘さん・・・あなたの身体がどうかしたの??」
栞は聞いた。
「お前剣崎と一緒に行動してるんじゃないのか?」
「そうだけど・・・。」
栞が聞いたのはアンデッド解放のことだけだ。それだけと思っていた・・・
「剣崎から聞いていなかったのか・・・。」



バイクを駆りながら始は意識を周囲に巡らせていた。
「どこだ・・・どこにいる!!」
始は気配を探ろうとするが中々見つからない。
「出て来い・・決着をつけてやる!!」

モスは何処かで人を襲っていた。周囲には燐粉が舞う。それを吸い込んだ人間は肺の辺りから一気に燃えやがて全身に炎が行き渡り・・・・・



「そんな・・・嘘でしょ・・・」
栞は絶句した。
「本当だ。」
「じゃあアンデッドを解放したっていうのも・・・」
「所長とその研究仲間だ。だから俺は詳しい事情をこいつから聞きだすつもりだ。そういえばお前の父親もBOARDに居たんだったよな?何か知ってることがあったら教えてくれないか?」
栞の脳裏に一つの映像が浮かんだ。だが
「知らないわ。お父さんはそんな危険なこと・・・」
栞は嘘をついた。しかし橘はそれに気付かず。
「そうか・・・俺も本当は夢を持っていたんだ。剣崎と同じ様に人類のために闘う、そう信じていた。でも・・・」
「橘さん・・・・」
橘は烏丸を見て
「烏丸に会いたければいつでもこればいい。俺は奇跡を願っている。いつかこいつの意識が回復するのをな。俺は出かける。鍵は閉めていってくれ。」
橘は鍵を机に置いて出て行った。
「所長・・・まさか封印を解いたのは・・・お父さん??」
浮かんだ映像・・・それは病院でのことだった。それはまだ栞が学生だった頃の記憶だった。

ベッドに横たわる母。その手を握り締める父。
「俺が助ける。絶対にお前を死なせはしない・・・絶対に・・・!!」
しかし母は答えることはない。眠ったままだった。母は長い間昏睡状態だった。そして・・・・


「お父さんがお母さんを助けるために永遠の命の研究を・・・まさか・・・」
栞の父、義人は栞がBOARDに入ってすぐに研究で行方不明だった。もしアンデッドを解放した折に身をくらませたのなら・・・
栞はふらふらと部屋を出て行った。