カテゴリー1「消えた烏丸」

「ほ・・・本当に烏丸所長がここに居るの?」
虎太郎はおどおどした声で言った。
「橘さんが帰ってくるまでに連れ出すの。放ってはおけない。」
栞が言った。二人が建つ場所は烏丸のいた隠しラボだった。


それは剣崎が出て行って後のことだった。
いきなり虎太郎の襟元を栞が物凄い力で掴んできた。
「どうしたのさ!?いきなり!?」
「ちょっと着いてきなさい!!烏丸所長を助けに行くのよ!」
「えぇ!?ちょ・・・ちょっと待って・・・」
「剣崎君が闘ってるのに私たちが何もしないでそうすんの!?」

こうして虎太郎は一方的につれて来られたのだ。栞の万力のような力に虎太郎は抵抗する術を持っていなかったのだ。薄気味悪い建物の前で虎太郎が意を決した。
「分かったよ。ちょっと怖いけど・・・頑張る。」
その言葉を聞き栞は歩き出した。
「行くわよ。」

壁の前に立ち依然橘がやったように栞は隠し扉を開け、二人は中に入った。部屋の中にはこの前と同じように烏丸が眠っている。
「本当だ・・・」
虎太郎がそう呟いた瞬間―――眩い光が突如部屋全体を包み込んだ。
「うわ!?」
咄嗟に虎太郎と栞は腕で目を隠した。光は少しの間部屋を照らし続けた。
ようやく光が収まり二人は腕をどける。そして目が慣れたとき二人の視界に入ったのは
「「所長!?」」
同時に声を上げた。


さっきまで眠っていた烏丸の姿が一瞬にして消えてしまっていた。


戦いの場は河原へと移動していた。
(こいつ・・・動きが速い。そして強い!)
ブレイドはそう思ったが一瞬でその思いを振り払った。気の持ちようというのは戦闘において大いに影響するとブレイドは本能的に知っていた。しかし事実、カリスの猛攻をブレイドは防ぎきるのが精一杯だった。その中にほんの少しでも隙を見せれば
「うわぁ!!」
カリスは的確にそこを突いてくる。怯んだブレイドはすぐさま体制を立て直しカリスへ攻撃。しかしカリスはブレイドの思ったとおり強かった。ブレイドが袈裟に斬りかかると、アローでそれを弾く。更に足元に攻撃を仕掛けた瞬間カリスはブレイドの頭上を飛び越え回避する、ブレイドは着地した瞬間の隙を狙うもカリスは下を向いたままアローを刃と自身の間に割り込ませ防御。まるで剣がどこに来るのか分かったかのように。人間が到底できないような動きと反応でカリスはブレイドを追い詰める。
しかしブレイドもやられっ放しでは無かった。ブレイドは渾身の力で縦一文字に斬るように剣を振るう。突然の攻撃にカリスは反応が鈍った。
(何だこいつ。急に動きが・・・・くっ、防御が間に合わない・・!)
アローでの防御が間に合わない、そう悟ったカリスは空いた左手の甲で剣を受け止めた。
「!?」
「くっ・・・・」
ブレイドは驚き、カリスは苦しげな声を漏らす。剣と拳の鍔迫り合い。圧倒的に有利なはずなのにブレイドの剣はそれ以上動かなかった。
その時―――ブレイドの視界が下の方から何かが斬り上がってくるのを確認した。カリスのアローがブレイドを袈裟に斬りつける。攻撃が直撃したブレイドは河原に倒れこむ。
「うっ・・・」
「俺には敵わない。そう言ったはずだ。大体お前達人間が存在することがおかしいんだ。二度と俺の邪魔をするな・・・!!」
カリスは静かにそう言ってその場を去った。ブレイドから剣崎へと姿を戻した時、剣崎は苦悶の表情を浮かべていた。幸い傷はたいしたことは無かった。ゆっくりと剣崎は立ち上がりバイクへと向かう。その時、携帯が鳴った。電話に出た瞬間、虎太郎の声が大音量で耳に入る。
「剣崎君!!大変なんだ。烏丸所長が!!すぐに来て!場所は・・・」



狭い部屋の隅に栞は座っていた。その視線の先には烏丸が居るはずだった場所。
「所長・・・」
栞は呟いた。突然部屋に誰かはいってきた。
「どうした。これは!?一体何があった!?」
橘だった。栞は抑揚の無い声で
「分からない。部屋に入ったら突然光が・・・所長が消えてしまって・・・」
「消えた!?」
橘は烏丸が居た場所を調べ始めた。そして橘は
「そういうことか。」
「え!?」
「トリックだ。これを見ろ。」
そういわれて栞は近寄って見た。何かのカプセルのようなものだった。橘の手の平にあるそれはとても小さかった。
「なにこれ??」
「恐らくこれから光が発せられたんだろう。そしてお前が見た烏丸はホログラムだ。人が入った時にこれが作動する仕組みになっていたんだろう。」
栞は意味が分からなかった。何故所長はこんな事までしたんだろう・・・その目的は。
「でも何でこんなことを?」
「知るか!自分がアンデッドを解放した責任を追及されたくなかったんだろう。どこまでも薄汚い奴だ!!」
橘はイライラした口調で言った。
「違う・・・封印を解いたのは・・・」
「お前が烏丸を信じるのは自由だ。だが俺は奴を探す。ライダーシステムのせいで俺の身体に限界が近づいている。」
橘は部屋を飛び出した。一人部屋に取り残された栞。そして
「違う。封印を解いたのは・・・」
栞はまたこの言葉を繰り返し呟いた。

剣崎と虎太郎が合流して建物の中に入った。その時橘が真正面から歩いてきた。驚きを隠せない二人。対する橘は無表情のまま剣崎の隣を通り過ぎようとした。
「待てよ!!」
剣崎がそう言うも橘は振り返らなかった。剣崎が近寄って腕を掴み無理矢理に引き止める。
「待てって言ってるだろ!あんたが所長を・・・」
橘は剣崎の腕を強引に振り解き
「俺に触るな。俺は今無性に機嫌が悪いんだ。」
立ち去ろうとする橘。しかし剣崎は尚も食って掛かる。
「それならこっちだって・・・!」
言葉をつなげようとしたが虎太郎が二人の間に割ってはいる。
「剣崎君。今は広瀬さんの所に急ごう。」
橘はもうそこにはいなかった。
剣崎と虎太郎は走り出す。

二人が部屋に着いたとき栞はすでに部屋から出て壁にもたれかかって待っていた。
「広瀬さん!話は聞いた。でも何で所長の居場所が分かった時に俺たちに知られなかったんだ?」
剣崎の言葉に栞は、
「もう少し色々と確認してみようと思ったの、話すにはそれからでも悪くないかなって思って・・・」
栞の言葉には力が籠もっていなかった。



始は自室で眠っていた。しかし突然左手の痛みに襲われ目を覚ました。左手に目をやると。
「これは・・・」
始の左甲に傷跡がついていた。そこから緑色の血が滴り落ちる。始は思い出した。
「あのときか・・・・」
始はすぐさま包帯で止血した。
『あいつ』の剣を受け止めたときか・・・。『あいつ』のあのときの動き・・・雪山でのときと似ていた・・『あいつ』の力はどこから湧き出ているんだ・・・。
そのとき上からの声が聞こえてきた。

「呼子の洞窟?」
遥香がカウンターで食器を拭きながら聞いた。天音は机に地図を広げながら答える。
「そう、呼子の洞窟。亡くなった人の声が消えるんだって。今インターネットですごく評判なの。私、呼子の洞窟でお父さんの声が聞きたいなぁ。」
「天音・・・」
「ねぇ、お母さん。行ってお父さんの声聞こう。お願いつれてって。」
天音の言葉に遥香は言い聞かせるように
「ねぇ天音。気持ちは分かるけどそんな迷信に惑わされないでお父さんとの思い出を大切にしよう、ね?」
そういった。しかし天音は
「じゃあいいよ、頼まない!!」
そう言ってハカランダから出て行った。その時階下から始が顔を覗かせた。
「困っちゃうわ・・・吹っ切れっていうのが無理だって分かってるんだけど・・・」
遥香がため息と共に呟いた。
「俺探してきます。」
そういって始も出て行った。



洞窟は昼間なのに夜のように暗かった。光が差し込まない場所。そこを好んでいるものがいるのだろうか・・・いた。
体中から飛び出す棘。決して人間の姿ではなかった。水が滴り落ちる洞窟で『そいつ』は風のような息を吐く。



「呼子の洞窟かぁ。最近ネットでよく聞くけど・・・」
虎太郎は牛乳瓶を机に置いた。
「やっぱ知ってるんだ。」
ソファーに座り天音は目を輝かせた。ハカランダを飛び出した天音が向かった場所。呼子の洞窟を知ってそうで連れて行ってくれそうな人・・・虎太郎が真っ先に思い浮かんだのだ。虎太郎は天音の隣に座った。
「ねぇ虎太郎連れてってよ。お母さん全然分かってくれなくて・・・。」
天音は懇願するような口調で言った。しかし虎太郎は
「でも・・・姉さんが駄目って言うものを僕が連れて行くには・・・」
うやむやな態度で応答する。
「分かった。じゃあ一人で行くから!」
天音は立ち上がって出て行こうとした。虎太郎が急いでそれを引き止める。
「ちょ・・・ちょっと待ってよ。」
「そんなに遠いのか?呼子の洞窟って。」
その話を聞いていた剣崎が会話に入ってきた。
「小学生が一人で行くにはちょっとね・・・。」
しかし天音は
「私行くよ。虎太郎が止めても一人で行くから!」
何が何でも行く気だ。その言葉に虎太郎は終に折れた。
「う〜ん・・・。分かったよ、僕も付いてく。でもこれだけは約束して。それは多分まやかしだよ。」
「まやかし?」
「そう。死んだ人間の声が聞こえるわけ無い。多分洞窟の風や波の音が人の声のように聞こえるだけなんだ。それでもいい?」
「そんな・・・私信じてるから!」
天音は信じないようだった。
「それともう一つ。行ったら二度とそういうこと言ってお母さんを困らせない、約束できる?」
「できる。約束する。」
虎太郎が小指を出した。天音も小指を出し指切りをする。その様子を見ていた剣崎は急に寂しげな気分に襲われた。
「俺も行くよ・・・俺もなんだか死んだ親父とお袋の声を聞きたくなってきた。」



この洞窟に『何か』がいるなんて剣崎は思いもしなかった。そのことがきっかけで相川始の正体に気付くことも・・・。そしてここからが始まりなんだったのかもしれない。