カテゴリー2「捕獲せよ」

栞はただ街中を歩いていた。でもどこに行けばいいかわからない・・・私はもう二人に会わせる顔が無い・・・。
ふと栞は足を止めた。往来を知らせる音や線路を走る電車の音が混ざり合っていた。そこは駅のすぐ近くだった。視線をホームに向けたとき
「・・・!?」
栞は驚きでわが目を疑った。ホームに立っていたのは紛れも無い烏丸だった。しかし烏丸はこちらに気がつかずどこか目が泳いでいた。
「所長・・・!!」
ホームにメロディが鳴り響く。栞はすかさず走り出した。階段を急いで上り改札を急いで通り抜けた。そうしている間にも烏丸の目の前に青いラインを彩った列車が止まりドアが開く。烏丸が乗り込んだところで扉が閉まりゆっくりと電車は走り出した。
「所長!」
栞がホームに下りたとき電車はもう無かった。


手紙にはこう書かれていた。
"ごめんなさい。私は嘘をついていました。私が烏丸所長のことを言わなかったのはアンデッドの封印を私の父が解いたのでないかと疑ったからです。私の母は重い病気を患っていました。父は永遠の命を手に入れようとアンデッドの封印を解いたのです。証拠はありません、しかし私はそうとしか思えないのです。そしてたった一人の人のために多くの人が犠牲になってしまったのだったら私はもう・・・"
剣崎と虎太郎は何度も手紙を読み返した。広瀬さんの父親が封印を解いた?寝耳に水をとはまさにこのことだ。
「とにかく広瀬さんを探そうよ。放っておけないよ!」
「そうだな。行こう。」
二人は家を飛び出した。


「さっきのは本当に所長だったの・・・?」
栞はいまだにさっきのことが信じられなかった。もしかしたら違うのでは・・・マイナスな結果が浮かんでしまう。とにかく二人にはもう会うわけには行かない・・・栞は電車に飛び乗った。



「うわぁぁぁ!!!」
橘は突然目を覚まし立ち上がった。呼吸が荒く首筋が冷や汗でべったりとし服が鬱陶しいように纏わり着く。
「はぁ・・・ここは・・」
橘は周りを見回した。診療所・・・いつも寝ている部屋・・・窓から見える景色はもうすっかり日が落ちていた。
「そうか・・俺はここでまた寝ていたのか・・・」
海岸で戦った後橘の意識は朦朧としていた。そのときの記憶も朦朧としていて気がついたらここにいて寝ていた・・・と橘は考えた。
しかしさっきの夢は・・・
「はぁ・・・」
呼吸がなかなか落ち着かない。さっきの夢が頭から離れない。
今までの戦闘の数々がフラッシュバックされる。そして変身が解除され体が砂になっていく自分自身の姿。今までの映像のどれよりも克明な映像だった。橘は椅子に座り込む。
「どうしたの・・・声がしたけど・・?またあの夢を見たの?」
白衣を着た小夜子が部屋に静かに入ってきた。そして橘の目線と同じ高さにしゃがんだ。
「あぁ・・・」
「大丈夫、医学的なことでは何も問題ないって。」
小夜子は優しく口調で言った。橘は急に立ち上がり
「君に・・・君に何がわかるんだよ!!」
橘の怒鳴り声が部屋に響いた。小夜子も立ち上がった、しかしその顔は驚きと悲しみが強くにじみ出ていた。橘はそれを確かに見た。そして目を合わせないように橘は
「すまない・・・どうかしてるな俺。今日は帰る。」
部屋を出て行こうとした。しかし肩が小さな力で引っ張られ橘は歩みを止めた。振り返ると小夜子が下を向きながら橘の腕を掴んでいる。
「待って。」
小夜子は小さな声で言った。
「あなたにとってここが一番休まる場所なら休んでいって。私それがうれしくて・・・だから・・・。」
「小夜子・・・」
「私は学会の調べ物があるから家に帰るけど休んでいって。ベッドを使って休んでって。」
小夜子は最後に小さな花のような笑顔を橘に向け部屋を出た。一人になった橘は小さな消え入るような声で呟いた。
「すまない・・・」

小夜子は車に乗り込み車のキーを差し込もうとしたとき
"コンコン"
何かを叩く音が聞こえた。いきなりのことに小夜子は驚くもゆっくりと音がした方を向いた。男が窓を何度も叩いている。そしてどこか焦っている様子だった。
「君は橘の知り合いだね。」
男のくぐもった声が聞こえた。小夜子は全く事情が飲み込めなかった。しかし無意識に頷いてしまった。
「そうか・・・良かった。」
男は安堵したのか息を漏らした。そして
「手短に言おう。橘に伝えて欲しい。烏丸からの伝言だと。」
「橘君の知り合い??」
「そうだ。」
男、すなわち烏丸が頷いた。
「ライダーシステムに不備は無い。ただ恐怖心が心の根底にあると破滅のイメージをもたらす。それが心臓や内臓に影響を及ぼすんだ。」
「じゃあやっぱり精神的なことが原因で橘君の体が・・・」
小夜子の言葉に烏丸は首を縦に振った。小夜子がもう少し話を聞こうと口を開いた瞬間、
明るい光が二人を照らした。それはトラックとジープのライトだった。
「いたぞ!あそこだ!!」
ジープの中から声が聞こえた。
「まずい・・・」
烏丸は呟き全力で走り出した。その後をクラクションを鳴らしながらトラックたちが追う。小夜子はその様子を呆然と見ているしか出来なかった。周りに静けさが戻った頃小夜子は車を出た。
(今のことを橘君に知らせないと・・・)
雨が降り出した。


「広瀬さん。どこにいるんだ。」
剣崎は舌打ちをした。街中をバイクで走り回っているが全く見つからない。ヘルメットを雨粒が叩き始めている・・・。剣崎の心に焦りと不安が出てきた。
対向車線に虎太郎の車を見つけバイクを止める。虎太郎も気付いたらしく車を止めた。
「居たか!?」
剣崎が車に向かって叫んだ。
「駄目だ。見つからないよ!」
虎太郎も窓から顔を出し叫び返す。二人はまた走り出した。
「どこにいるんだよ、広瀬さん。」
剣崎は小さく舌打ちをした。


「烏丸??」
「ええ。そう言ってた。恐怖心から来たものだから心配ないって。」
小夜子はさっきの出来事を橘に話していた。
「恐怖心。おれの体に恐怖心が染み付いてるとでもいうのか・・・」
「誰にだってあるわよ。恐怖心は。」
いつもの椅子に座る橘に小夜子は優しく言った。
「でもあなた人類基盤史ってところで何をしていたの?」
「言いたくないんだ。余計な心配をさせたくない。誰にも。」
橘は小夜子の目を避けながら言った。
「おかしいじゃない?その烏丸って人は誰かに追われてた。」
「追われてた?」
橘の鸚鵡返しの言葉に小夜子は頷いた。
「追われてた・・・何故・・」
橘は考えた。おかしい・・・誰が烏丸を追うんだ?BOARDはもう壊滅した。なら誰が・・・

診療所に一台の車が止まっていた。夜の暗闇に紛れてしまいそうなほど黒い車だった。始や剣崎が目にした『あの車』である。窓からサングラスをかけた男が診療所のほうを見ていた。そこに携帯電話の着信音が鳴る。男はそれに出た。
「烏丸は見つかったのか??」
「いえ・・・まだです。」
電話の相手は躊躇いながら答えた。
「そうか・・・仕方ない。烏丸の追跡を止め二号の身柄を確保しろ。」
「はい。」
男は電話を切った。
「出せ。」
男が運転手に命じる。そして
「ん・・・これは・・」
男は気配を感じ取った。そして目はサングラスで隠れて解からないが口元の端だけを確かに笑わせた。


始は自室で気配を感じ取った。
「ん・・・」
いつものような気配・・・いや、しかしどこか違う。
「あのときの・・・」
始は思い出した。忘れようとしていた言葉が急に蒸し返される。
(人間に成りすましたつもりか、カリス?いつから貴様はそこまで堕落した?)
今度はこちらから仕掛けてやる。始は集中するために目を閉じた。
(お前はだれだ・・・?)
声はすぐに返ってきた。
(悪いが私は忙しいんだ。人間に成り下がった奴の相手をしている暇はない。)
「ちっ・・・」
始は舌打ちをし顔をゆがませた。コートを手に持ちハカランダを静かに出て行った。



「あとは・・・ここか。」
剣崎はつぶやいた。埠頭、船の汽笛が鳴り響く場所。
「広瀬さん!!」
隣にいた虎太郎が大声で叫ぶ。
「ん・・・虎太郎、あれ。」
虎太郎の手を叩き剣崎はある方向を指差した。人の腰くらいの高さがある箱の上に一つのバッグが置かれていた。
「あのかばん、まさか・・・」
虎太郎の声に焦りが混ざっていた。
「あいつ・・・」
剣崎も同じだった。あのバッグには思い当たりがある。二人はバッグの方に走った。

栞は箱にもたれ掛かっていた。
「探したよ、広瀬さん。」
虎太郎の安心した声に栞が振り向いた。
「帰ろ。ここ寒いし。」
虎太郎はしゃがみこんだ。小雨がまだ降り続けている。しかし、栞は
「帰れないよ。私帰れない!」
栞は立ち上がって二人から離れた。船の汽笛が埠頭に鳴り響く。
「私、さっき烏丸所長とそっくりの人見かけて・・・精神的に参ってたからそんな幻を見たのかも。」
「逃げるのか?」
今まで無言だった剣崎が口を開いた。栞も突然の言葉に驚き振り返った。剣崎は栞に駆け寄る。
「そうやって親父のやったこと放り出して逃げんのかよ。」
「剣崎君・・・」
虎太郎が止めに掛かったが剣崎は無視した。
「アンデッドを倒すのが俺たちの役目じゃなかったのか?」
「だけど・・・私はどうすればいいのよ!沢山の人たちがアンデッドに・・・」
栞の腕を剣崎は掴んだ。
「だったら犠牲者が出るたびに痛みに変えろ。アンデッドを倒すっていうバネに変えろ。辛い事、哀しい事、全部バネにして生きていくしかないんだ。」
「理屈ではそうだけど理屈どうりには・・・」
「俺、火事の中から両親を助けることが出来なかった。周りの人たちが慰めてくれたけどその気持ちは無くならなかった。俺はそれをバネに生きてきた。ライダーになったとき人救えて本当にうれしかった。広瀬さんも救えよ。俺たちと力を合わせて救ってくれ。それが本当の責任だと俺は思う。」
虎太郎が二人の肩を持った。
「そうだよ。皆で力を合わせていこうよ。ね、広瀬さん!」
「ありがとう・・・」
栞は消えそうな声で言った。

その時栞の携帯が鳴った。栞はメールの内容を確認すると驚いた。
「所長からだわ!!」
栞は二人にメールを見せた。
"逃げろ。君達に危険が迫っている。早くそこを離れるんだ"
「どういうことだ!?」
剣崎がそういった瞬間、ヘッドライトの光が三人を包み込んだ。そして三人の前にジープとトラックが止まり中から何人もの集団が降りてくる。
マスクをし武装した集団。味方であるはずが無い、剣崎は反射的に栞と虎太郎の前に立った。武装した集団が一斉に金属製の警棒を取り出した。
「なんだこいつら・・・」
仕掛けたのは向こうからだった。警棒を振り上げこちらに向かってくる。剣崎も応戦した。警棒の攻撃をかいくぐりパンチを打つ。
栞もただ見ているだけではなかった。合気の動きで敵をなぎ倒しマスクの上から掌底を放つ。そして虎太郎はただ栞の後ろにいることしかできなかった。虎太郎は腕っ節に自信が無いのだ。
しかし数が多いためか剣崎は取り囲まれてしまう。それを見て栞は叫んだ。
「剣崎君!」
「虎太郎を連れて逃げろ!!」
「わかった!」
栞は虎太郎の腕を掴み走り出した。最後に虎太郎が見た光景は、剣崎が取り囲まれ地面に押さえつけられ気絶させられているところだった。
「剣崎君!!」

二人は物陰に隠れこんだ。上がった息を極力殺して周りを窺う。
「追ってこないねあいつら。」
「剣崎君無事かな・・・それにしてもあいつらは一体・・・」
「所長に連絡してみるのはどうだろ?」
栞は携帯を取り出し電話をする。しかしすぐに耳から離してしまった。
「何なのこれ!?」
携帯からノイズ音が流れる。どうやら周囲にジャミングする電波が放たれているようだった。

栞と虎太郎はただ待つことしか出来なかった。