エピローグ

その後の話をほんの少しだけ語ろう。

その日、近くの神社で夏祭りがあった。ひょんなことから僕や広瀬さん、剣崎君まで誘われた。天音も浴衣を着て楽しそうに始と手をつないでいた。なんとなく年の離れた兄妹に見えてどこか微笑しい。
「始さん。次あれ食べよ!」
どんどん進んでいく天音に手を引っ張られる始、それに続いて僕たち三人と姉さんが続いた。
「楽しそうだね、天音ちゃん」
その様子を見ていた姉さんもうれしそうだった。
「そうね。天音、ずっとこれを楽しみにしてたのよ」
規模は小さいと言えど祭りなことに変わりはない。祭りのムードに圧されて僕は露店で買ったいか焼きを頬張った。ソースで濃い口だったけどおいしい。。そして天音が指さしていた店が見えてくる。そこには『たこ焼き』と書かれていた。
「これください!」
店のおっちゃんは楽しそうに応えた。そして天音の隣、始を見て驚きつつも嬉しそうに、
「おお!?了ちゃん!!」
了?誰だ??言われた始も一瞬動きが止まったように見える。
「了って誰よ?この人は始さんなんだから!」
「きっと人違いですよ」
僕と同じ疑問抱いた天音が言い、始は穏やかに答えた。
「っ・・・」
僕の後ろで剣崎君が吹き出したのは気のせいじゃなかったと思う。

そんな夏の思い出だった。

・・・・
ここまでだ。僕はモニタから離れて背中を伸ばした。ポキポキ音がする。
「今何時だ?」
時間を忘れて没頭していたらしい。日はとっくに暮れていた。時間を知ってしまうと急にお腹が減ってくる。
「晩御飯何にしようかな」
そう呟いたところに電話が鳴った。
「もしもし」
『あ、虎太郎。天音がどうしてもたこ焼きしたいって言うんだけど型貸してもらえないかしら?もちろん一緒に食べない?』
ここまで言われたら丁度よかった。晩御飯を考える手間が省けるというものだ。
「もちろん。すぐに行くから待ってて」
僕はキッチンですぐにたこ焼き機を取り出して車に乗った。

ハカランダではおいしそうに焼ける音がしていた。生地を流し込んで蛸やらネギやら具を沢山入れてあとはひっくり返すだけ。すると12歳を迎えた姪が、
「ちょっと虎太郎。もっと綺麗にひっくり返してよ!」
確かに・・・僕がひっくり返したところはぐちゃぐちゃだった。ちらりと始の方を見る。もしかしたら僕と同じようになってるかもしれない。
「始さんがひっくり返したところ、物凄く綺麗なんだからね!」
「・・・」
僕は黙ることにした。思わず自分でやったところから目を背けてしまうくらいに。それくらい差は歴然としていた。
「虎太郎はほんっっっと駄目。ね、始さん?」
天音の隣に座る始は穏やかに笑っていた。反論することも出来なかったし、する必要もないと思った。そんなことを思いながら始の方をみた。
「始さん、これとそっちの交換しよ。そっちのはあまり焼けてないみたい」
「うん?いいよ」
本当に・・・変わったと思う。今の表情を『彼』に見せてやりたい、かつての始とは比べ物にならないくらいに感情というのが豊かになったと思う。
「・・・」
思わず僕は夏に出会った女性のことを思い出してしまった。もし彼女があの時、もしも・・・人間としての道を選んでいたらこんな風になっていたのかな。腹を割って言おう、僕は彼女のことが好きだった。つまるところ一目ぼれって奴さ。だからこそ僕はあの時、あんなことをしでかしたのだろう。
「おい」
始の声で意識が目の前に戻った。竹串でたこ焼きを指しながら。
「もう焼けてるぞ」
「ん・・・ああ」
そういわれて僕はたこ焼きを自分の皿に取った。そしてソースとマヨネーズ、さらに青海苔をかければ出来上がりだ。
「うん、おいしい」
時間が経てば色々と変わるのかもしれない。物も、人も、思いも・・・でも・・・

僕はこの変わらない日常が少しでも長く続いて欲しかった。
---第二部「抗う者たち」Fin---