before the blade

カテゴリー1

かれこれ半年以上前の話になる。
・・・
「オーライ!」
清掃員がゴミ袋を収集車に投げ込んでいく。朝に見られるよくある光景だった。それを終えたらすぐに収集車のステップに乗って別の場所に移る。そんな仕事だった。
「剣崎行くぞ!」
呼ばれた男、剣崎一真は急いでゴミ収集車に戻ったのだった。

この頃剣崎は清掃員として働いていた。力仕事で単純なものだったがそれなりに楽しめる覚えがある。ただ悪臭という大敵はいつも付き纏っていたが。次の場所に着き剣崎は車を誘導しゴミをどんどん放り入れていく。同僚もいて二人で作業しあっという間に終え車のステップに乗り次の場所に向かう。
「なあ剣崎」
その道中、同僚の盾脇が話しかけてきた。剣崎と同じくらいに入った盾脇はどこか軽い感じの青年だった。それでも人当たりが良く好青年といってもいい。
「なんだ?」
「お前子供の頃夢とかあった?」
突然の質問に剣崎は顔をしかめた。
「どうしてそんなこと聞くんだ?」
「いや、どうしてこの仕事についたのかなあ・・・って思っただけ」
そんな事考えたことが無いかもしれない。子供の頃、剣崎は一人ぼっちだったのだから。そして今も・・・。
「そんなもの無いよ。あるとすれば・・・」
「あるとすれば?」
盾脇が言葉を重ねた。
「ヒーロー・・・かな」
少し恥ずかしげに剣崎は言った。盾脇はいつものような軽い感じで笑っていた。
「ははっ。ヒーローって・・・そのヒーローが清掃員なのか?」
それには剣崎も苦笑いを浮かべてしまう。この世で清掃員をヒーローと思う純真な子供がいるなら見て見たい気がする。
「だよなあ」
剣崎の苦笑いを見て答えに気付いた盾脇が言った。
「お前こそどうしてこの仕事に就いたんだ?」
今度は剣崎は問うた。だがそれに対して盾脇は複雑そうな顔で、
「正直無いんだ・・・夢なんかとっくの昔に失くしちまった」
いつも明るく振舞う盾脇にとってはらしくない表情だった。剣崎がどう返答しようか考えていると、
「ま、ヒーローって言うのも夢がありすぎると思うんだがな」
次の瞬間にはもういつも通りだった。
「子供の頃だって言っただろ」
それには盾脇も剣崎も笑った。

次に着いた場所は繁華街だった。ここ周辺は道が狭く清掃員達が路地裏のゴミ箱まで足を運んでゴミを取りに行かなければならない。盾脇と剣崎は二手に別れて別々の路地裏に入っていった。剣崎はいつもの様に手際よくゴミを放り投げこむ。盾脇を待っている間、剣崎はさっきの会話を思い出していた。
「夢か・・・」
剣崎はポツリと呟いた。剣崎には夢というものが無かった。子供の頃、両親を火事で失ったときから剣崎はずっと一人だった。親戚の家に預けられたりして色々と必死だったからかもしれない。だが夢が無い剣崎でも譲れない思いが一つある。

『全ての人を守りたい』その思いはまだ叶えられないがそう遠くない未来、それは現実になるのだった。


都内某所に一つの巨大な研究所があった。そのプレートには『BOARD』と銘打たれている。そこではパソコンの中でCGのDNAが動き、白衣を着た研究員が顕微鏡を覗いている光景があった。一目見ればバイオ系の研究所だと思うだろう。だがそれよりももっと奥、誰も立ち入らないような場所に一つの部屋がある。そこでは銃声が響いていた。
「・・・」
たった一人、男が自動小銃を構え人を象った的に弾丸をぶつけていた。頭、腕、そして心臓を正確無比に狙い打つ。最後の弾を撃ち終えたところで男は防音のヘッドホンを外した。すると丁度タイミングを計ったかのように部屋にアナウンスが響いた。
『橘さん!アンデッドの反応があったわ。場所は・・・』
「わかった」
橘と呼ばれた男は銃を台において部屋を出て行ったのだった。

この世界のどこかで異形の姿と戦う者がいると聞いたことは無いか?そいつは色んな場所で獣に似た化け物を倒してるらしい・・・。そんな話がネット中で飛び交いやがてその噂はこう呼ばれる。即ち、『仮面ライダー』と。


アナウンスの指示に言われた場所は廃ビルの中だった。橘はバイクを止めてビルの中に入り階段を上がって行った。3階まで上ったところで橘は気配を殺して部屋に続く廊下で壁に張り付いた。アナウンスが示した場所はまさにそこだった。そして聞こえる荒い息遣い。橘は一気にフロアに躍り出た。
「・・・!」
橘は無言のまま身構えた。

そこにいたのは異形の怪物だった。人のものでは決して無い体中を覆う鱗。そして両腕からメキメキと生えているのは鋭利な刃物をそのままつけたかのような爪。トカゲをそのまま人間にしたらこんな感じになるだろうなと思わせる姿だった。トカゲのアンデッド、リザードだった。
リザードがシューと息を吐いた。対峙する橘は一呼吸入れ素早くクワガタムシが描かれたカードを一枚取り出した。そして反対の手には手の平より少し大きめのバックルらしきもの。橘はカードをバックルのスペースに挿入するとベルトが飛び出し腰に巻きついた。そして左拳を構え叫んだ。
「変身!」
『ターンアップ』
目の前に青色のスクリーンが現れると橘はそれを一気に通り抜けリザードに殴りかかった。その姿は真紅の戦士、仮面ライダーギャレンだった。
リザードはギャレンの右拳を爪で受け止めもう反対の爪でギャレンの鎧を切り裂くように振るった。だが寸でのところ、ギャレンの左手はリザードの腕を取り動きを封じていた。そしてすぐさま仕切りなおすために距離をとろうとバックステップを踏んだ。だがリザードもその後をつけてくる。今度は右腕が振るわれた。
「くっ・・・」
追いつかれたギャレンにそれを受け止める余裕は無かった。今度はリザードの下にもぐりこむ様に受身を取って回避する。振るわれた腕は勢い余って近くの柱に当たった。だが爪は太い柱を諸共せずバターを切る様に柱を通過した。それをかろうじて視野にいれたギャレンは腰のホルスターに手をかけた。普通の銃とはまったく異なった形をした銃を取り出す。そしてすぐに引き金が引かれ弾丸が放たれる。リザードはそれを容易く避けた。だがギャレンは自分に近づかないようにしつつリザードに照準を定める。近づけずに避けるくらいしか出来ないから長くは続かずリザードは遂に弾丸が命中した。それを機にギャレンは一気に銃弾を叩き込む。さらに近接に持ち込もうとしたギャレンだったが分が悪い、そう思ったのかリザードは窓に向かって走り出した。
「何!?」
ギャレンは驚きの声を上げた。リザードは窓ガラスを叩き割って路地裏に飛び降りたのだった。


「盾脇の奴遅いな・・・」
剣崎は呟いた。いつもならとっくに帰ってきているはずなのに盾脇はまだ戻ってこない。あまりにも遅いから剣崎は盾脇の入った路地裏に足を運んだ。そこは廃ビルやらが立ち並んでいたりして正直言えば気味が悪かった。だがそこに足を踏み入れたとき、足元に誰かが倒れてるのが真っ先に見えた。さっきまでは無かったはずの赤い染みがついた清掃着。そして見慣れた後ろ姿。
「盾脇!?」
次に目を上げると路地裏の奥にいた姿に度肝を抜いた。そこで気絶しなかったのは後で思えば凄いことだった。だが今はそんな事気にしている暇は無い。剣崎が見たそれはまさにトカゲ男としか言い様が無かった。さらにそいつの腕から生えた爪みたいなものに赤い液体がついていた、血だ。だがその有り得ない状況で剣崎の思考は何故か冴えていた。それともフリーズ寸前だったのかもしれない。だが剣崎は気がつけばその場にあった金属のパイプを二本手にしていた。そして剣崎は走り出した。
「うおおおおお!!!」
もてる力と遠心力やらを頼りに力任せに右手の鉄パイプを振り下ろした。
「ウェイ!」
だがトカゲ男は右手を振り上げてパイプと爪がぶつかった。だが交錯したのは一瞬だけでパイプはあっさりと真っ二つに切れた。その切り口はあまりにも綺麗だった。驚くよりも早く剣崎は左手に持っていたパイプを振るっていた。今度はがら空きの右わき腹にヒットした。だがトカゲ男はまったく動じない。それどころか剣崎の腹に蹴りを喰らわせた。内臓どころか体中を貫くような痛み。剣崎はその場で腹ばいに倒れこんだ。口の中に血の味がして意識が遠のきそうになる。だが剣崎は倒れるわけにはいかなかった。
「盾脇・・・」
目の前に盾脇だけでも逃がすことが出来ればそれでいい。剣崎は立ち上がろうと体に力を込めたがそのたびに体が悲鳴を上げているかのように痛い。顔すらも上げることが出来ない。視界に入ってきたのは鋭い爪を持った足だった。さっきの爪で殺される、剣崎はそう確信した。だが「ズバン!」とドラマで聞いたりする銃声がスケールダウンした音と何かが体にめり込んだような音が聞こえてきた。それでトカゲの足は動くのをやめ背を向けた。
(いったい何だ・・・?)
剣崎は首を90度に傾け路地の奥に誰かいるのか見た。改めて思えば夢を見ているとしか思えなかった。なぜなら、トカゲの男と訳の分からない人の姿をした『何か』が戦っていたのだから。

ギャレンは窓から飛び降りた。銃を構え背を向けるリザードに発砲する。ゆっくりと振り返るとその脇から見えたのは倒れこむ二人の男。そのうちの一人はこっちを見ていた。男達に逃げる力は残ってない、すぐさまリザードを離れさせる必要がある。案の定、リザードはギャレンに走ってきた。リザードの動きに合わせ左腕を取り、肩を掴み腰を落とした。
「はっ!」
リザードは一瞬宙に浮きそして地面に叩き付けれた。それは合気の動きの一種だった。これでリザードは路地の壁とギャレンに挟まれる形となる。逃げ場は無い。銃を抜き銃身に手をかけた。
ジャラララララッ
音を上げて扇状にカードホルスターが展開された。そこから二枚のカードを取り出しバレルの部分につけれた溝に通した。
『ファイア』
『バレット』
青白いレリーフがカードが飛び出し銃に張り付いた。ギャレンは真っ直ぐ銃を構え引き金を引いた。そこから飛び出したのはさっきまでの光の弾丸ではない。真っ赤な炎を帯びた弾丸だった。放たれた弾丸は両足、両腕、頭と狙い打たれ最後に胸へと命中した。リザードの体からジューという音と煙がたちあお向けに倒れた。
カチャリ
金属質のような軽い音がした。ギャレンはもう一枚カードを取り出してそれをリザードに向けて投げた。それは手裏剣のように回転しリザードに刺さる。リザードがカードに吸い込まれやがて跡形もなくなりカードはギャレンの手元に戻ってきた。
『2 リザードスラッシュ』斬撃の威力強化。

剣崎はその一連の流れを呆然とみることしか出来なかった。本当に夢かと思った。赤い鎧を纏ったそいつはゆっくりと近づいて剣崎の前で止まった。
「無事か」
それは若い男の声だった。剣崎は呆然として何も言うことが出来なかった。しばし男の方を見てから今度は盾脇のほうを見た。だが盾脇はピクリとも動かない。
「そいつも無事だ。恐らくショックで気絶しているだけだ」
訳の分からないまま話は進んでいく。どうやら助かったらしい。剣崎の体に安堵と共に疲れが押し寄せてきた。男が戦っているのを見たときは冴えていた意識もだんだん遠のいていく。やがて目を閉じて闇の中にゆっくりと身を投じていった。
「広瀬、医療班をよこしてくれ」
最後に聞こえた声がそれだった。


「・・・!!」
剣崎は目を覚ますと白い天井が目に入った。辺りを見回すとどうやら病院のベットの上らしかった。隣では盾脇がすでに起きていた。
「よう」
いつもの軽いノリで挨拶される。剣崎は体を慎重に起こした。だがさっきまでの痛みは完全に消えている。驚きながら上体を起こした。そして盾脇の方を見ると右腕に三角巾がつけれていた。
「お前・・・」
「ああ、これか?切り傷ですぐに治るってさ。それよりも・・・」
盾脇がベットの端から足を出しぶらぶらさせながら言った。
「お前も見たか?あの怪物」
「ああ・・・トカゲの化け物だった」
夢じゃなかった。これが夢ならどれだけ良かっただろう。だが現実そうもいかない。
「俺が路地裏に入ったときあの化けもんが上から飛び降りてきやがった。俺が覚えてるのはそこまでだ」
「一体何だったんだ・・・あいつら」
「あいつら?」
「俺が倒れたときその怪物と戦ってる奴がいたんだ」
剣崎の脳裏にさっきの映像が蘇る。あまりにも強烈で鮮明だった。しばらく記憶から抹消されることは無いとさえ思うほど。
「わっかんねえなぁ」
盾脇は左手で頭を掻いた。剣崎も考えたがどうしても答えが出なかった。
「そうだ。ここ勝手に出ていいらしいからそろそろ行くか?」
盾脇の言葉に剣崎も頷いた。


「ごくろうだった、橘」
BOARDの最奥の部屋。そこにはBOARDトップの部屋があった。そこに腰掛けているのは所長、烏丸啓だった。橘は机の上にメモリーとカードを置いた。
「それと君に朗報がある」
「何ですか?」
「新しいライダーシステムが完成した」
烏丸の言葉に橘は驚き半分、嬉しさ半分の顔をした。
「本当ですか!?では遂にライダーシステム二号が・・・」
「そうだ。君と二号とで協力して戦って欲しい」
「じゃあ適合者も見つかったんですね?」
ライダーシステム、それは誰しもが使えるものが無かった。システムに適合するもの、即ち適合者が見つからなければライダーシステムが無用の長物となってしまう。
「その適合者が見つかったから君に報告した。君には適合者の所に行ってもらいたい」
そして烏丸は机の引き出しから一枚の紙を取り出した。橘は紙を受け取り内容を見た。そこに書かれていたのは適合者の住所、名前、そして顔写真だった。だがその顔写真を見たとき橘は唖然とした。
「どうした?」
「え、いや・・・」
その顔はつい一時間ほど前に会った男だった。そしてその名前の欄にはこう書かれている。

『剣崎一真』