before the blade

カテゴリー2

次の日も剣崎はいつも通りのルートを回っていた。一つ違うのは盾脇の腕は使えず一人だけだったことだ。いつも通り、だが頭の中で考えているのは昨日のことばかりだった。いつものように振舞うことが難しくさえ思えてくる。やっとゴミの収集を終えて剣崎は仕事場に戻り机に突っ伏した。
「はあ・・・」
ため息がこぼれた。だがそれから間もなく、
「剣崎!」
誰かに名を呼ばれた。聞けば来客らしい。それも急を要しているとのこと。すぐに着替えて仕事場を後にし剣崎はロビーに向かった。いたのは若い男だった。
「あの、何か用ですか?」
「君が剣崎一真か。君に話がある。着いてきて欲しい」
男は名も告げず歩き出した。

連れて行かれたのは別段普通の喫茶店だった。橘朔也と名乗る男と剣崎は席につきそれぞれ注文する。そしてコーヒーが運ばれてきて橘は口を開いた。問題はその内容だった。
「仮面ライダー???」
橘は話したのは昨日のことだった。思い出したくも無いと剣崎は思ったが橘は昨日戦っていたのは自分だと言うのだ。にわかに信じることが出来ない。
「アンデッドを封印する。それが仮面ライダーの仕事だ」
剣崎はコーヒーを飲んで一息入れた。仮にその話が本当だとして、と剣崎は断って、
「その仮面ライダーが俺に何のようがあるんですか?」
「単刀直入に言う。君をライダーにスカウトしにきた」
思わず口に含んでいたコーヒーを噴出しそうだった。剣崎は一度橘を睨んだがその本人はいたって真剣な顔つきだ。
「俺が昨日巻き込まれたからとか言うんですか?なら盾脇も・・・」
「違う。詳しくは話せないが君はライダーに選ばれた。だから俺はここにいる」
剣崎はその話を信じられない。当たり前だ、昨日何の前触れもなく怪物に襲われたかと思えば次の日にはその怪物と戦えと言うのだから。だがそれも橘は分かっているらしい。
「急だとは思っている。時間を置いてから返事をしてくれてもいい」
そう言って橘は一枚の名刺を差し出した。そこには『BOARD 人類基盤史研究所』と書かれていた。
「ここに連絡してくれればいい。いつでも待っている」
そして橘は立ち上がって行ってしまった。呆然としていた剣崎だったがハッと我に返った。目の前にはコーヒーカップが二つ、そして伝票。ここから出される結論に剣崎はすぐたどり着いた。
「なんで俺が・・・」
剣崎はため息をついた。



その後、BOARD最奥の部屋に橘と烏丸がいた。
「剣崎一真に会ってきました、所長」
「ごくろう。で、どうだった?剣崎一真という男は?」
橘は複雑な顔だった。まるで新入生に入部を断られたときの部長のような顔だ。どこか残念そうな雰囲気が漂う。
「資質はどうかというよりも加わるかどうかの問題です。考える時間を与えましたがどうなるか・・・」
「私の考えではその彼はこの話を受けてくれると思う」
「何故です?」
烏丸は引出しからまたしても一枚の紙を取り出した。そこに書かれていたのは、
「君にはまだ話していない彼の経歴だ」
橘はざっと目を通した。何の変哲も無い普通のものだった。だがその中に一つだけ気になることがある。
「子供の頃、火事で本人以外の家族が死亡・・・これは・・・」
「そうだ。彼は家族と言うものを早くに失くしてしまっている」
その真の意味は実際にその状況になってみないと分からない。だが父親、母親と呼べる存在がいないということがどれだけの苦痛になるのか少しだけ想像できる。それは孤独以外何者でもない。
「家族を助けることができなかった彼に『人を助けたい』という思いがあるなら必ず受けてくれる、と私は思っている」
「どうしてこれを昨日教えてくれなかったのですか?それなら・・・」
橘は非難するような目を向けたが烏丸は鋭い視線で見返した。
「それでは駄目だ。あくまでも尊重すべきは彼の意思。彼が自ら意思と覚悟を持ってこの話を受けなければ意味が無い。君にも分かるはずだ」
橘は頷いた。もし橘が剣崎の過去を利用し勧誘するのならばそれは過去を利用し踏み躙ることに等しい。だが剣崎が自らの意思で戦うと言えば、それは彼の純粋な思いなのだ。
「人を守るという思い、これこそがライダーの資質なのではないかと思う」
部屋が静かになった。


夕方、剣崎はふらふらと自宅のアパートに向かっていた。だが家に帰る気がしない。その道中で公園により缶コーラを買ってベンチに座っていた。一人になれば考えることは一つしかない。
『君をライダーにスカウトしに来た』
その言葉がふと蘇る。時間がたっても今見ている景色が実は夢で気がつけばデスクの上、何てことを思っているほどこの話は現実味が無い。現実であるのなら普段飲まない酒を飲みたい、そう思った。せめて目の前に何かあれば必死にそれにしがみついていたい。何とか冷静になろうとプルトップを開ける。すると、
ジョァッ!
コーラが噴出した。恐らく気がつかずに缶を振っていたのかもしれない。口からゴボゴボ泡と共に出て行く様を見ながら剣崎はふと笑ってしまった。何馬鹿なことやってるんだ、そんな気分になってしまった。
「手がべたべただ・・・」
そういいながら気の抜けたコーラを口に含む。どうしてか分からないがさっきので頭が切り替わった。遊具で遊ぶ子供を見ながら剣崎はただただ考えていた。だがその話を受けるかどうかというところまで来るとどうしても答えが出ない。その理由が今ならわかる、
「怖いのか・・・」
剣崎は手で顔を覆った。いつもなら馬鹿みたいにすぐ決めることが出来るのに・・・そんなことが取り柄じゃ無かったのか、剣崎一真?そう自分に問いかける。しかし答えが出ない。
「喰らえ!俺の必殺技!!」
目の前では子供がそう言っていた。


そうこうしているうちに三日経ってしまった。人間という生き物はその状況に置かれるとしだいに慣れていくものらしく、次の日はずっとげんなりしていたのものの二日目からはいつも通りになっていた。だがまだ結論には達していない。
「どうしたんだよ剣崎。生ゴミに虫が湧いてたときのような顔してるぞ」
現場に戻ってきた盾脇だった。傷は完治したとのことだ。そして会っていきなり言われたのがこの言葉だった。
「どんな例えだよ、それ」
剣崎は実際に生ゴミにハエが集っている光景を想像してげんなりした。清掃員の悩みは臭いと虫の存在だろう。夏場になればそれは酷くなる一方で、あいにく今は夏だ。だが意味の分からない例えでも盾脇は全く気にしていない。
「言ったまんまだ。お前、何か悩み事でもあんのか?」
何も言っていないのに・・・こういう奴に限って勘は何故か時々鋭くなる。剣崎はぎくりとした。
「ちょっと色々あってな」
「お前も悩み事があるのか・・・何か意外だな」
その言葉にはムッとする。
「失礼だな。俺も悩み事の一つや二つ持ってるんだよ」
だが盾脇はいつもの調子で笑っていた。
「だってお前っていつも馬鹿みたいにすぐ決めるタイプだろ?そんな奴が悩んだって無駄。それならいっそ開き直って突き進む、そうだろ?」
こういう奴は本当に鋭い。剣崎はつくづくそう思った。
「お前の悩みを聞く気は無いけどさ。真っ直ぐ進めよ、そうすればいつか答えも見つかるんじゃねえの?」
その言葉は剣崎の心に重く、深く響いた。ただただ感謝するしかない。しかしそれを口にはしなかったが。
「ほら、仕事だ。行くぞ」


所長室にはまたしても橘と烏丸がいた。烏丸に呼び出された橘は今度はメモリースティックを手渡された。
「橘、アンデッドと思しき情報を掴んだ」
そして携帯端末も手渡され橘はメモリーを差し込み情報を引き出した。その内容を見ると、とある山奥に人ならざる化け物がいるという噂が出ているというのだ。そしてそれに相次ぎ人が数人行方不明になっているらしい。
「人の失踪と怪物の噂、確かにアンデッドという可能性は高いですね」
「君にはこの山奥に向かってもらいアンデッドと遭遇すれば戦闘に入る。私と広瀬君も現場にトレーラーで向かう。決行は夕暮れだ」
「わかりました。それと聞きたいことがあるのですが」
橘は端末とメモリを置いた。
「どうした?」
「剣崎のことです。三日経ちましたが何の連絡も無い。これはもう駄目としか・・・」
烏丸は肘を付き手に顎を乗せた。少し間を置いてから、
「かもしれない。今日中に何の連絡も無ければ私も新たな適合者を探すことにしよう。ではアンデッドのほうは頼んだ」
「わかりました」
橘は部屋を出て行った。その後もずっと烏丸は手に顎を乗せたまま動かなかった。


ここから運命の歯車は徐々に動き出す。