before the blade

カテゴリー3

仕事の後、その帰り道。明日が来るのを嫌がってた昨日までと違う、確かな足取りだった。剣崎の中で下したこの決断が正しいのか分からない。だが盾脇の言葉で吹っ切れた。剣崎はそんな気がした。
「俺は・・・」
剣崎は携帯を取り出した。それは決意を現実にすることだった。名刺に書かれた番号を打っていく。そして最後の一文字まで来た。最後の一文字を入力しようと親指を動かす。だが、
"グルルル・・・"
突然獣の唸り声が聞こえた。剣崎はボタンから指を離し辺りを見渡した。
「なんださっきの・・・」
確かに獣の声だった。だがここは住宅街、山から動物は下りてこれるような距離じゃないはず。気のせいか、そう思ったとき、
"ググル・・・・"
また聞こえてきた。それと感じるのは『何かがいる』という強烈な気配。剣崎はポケットに携帯をしまった。そして何となくだが『その方向にいるかもしれない』と思い道を進むのだった。


橘は山の入り口まで来ていた。来ていた場所は目撃情報が多いポイントだった。ここ周辺を探索しアンデッドと遭遇次第戦闘に入る。夕暮れなのは情報がその時間帯に集中していたからだ。かろうじて届く電波で橘の携帯が鳴った。
『橘、そろそろ時間だ。探索を開始してくれ私たちもそちらに向かう』
「了解」
『それと、山に電波が入らない場合がある。念のため30分に一度連絡を頼む』
「わかりました」
橘は携帯を切った。ひとまず近辺の調査、そして山の調査に向かおうと歩き出した。

ここの時点ですでに手遅れだった。


剣崎は通算4つ目の曲がり角を曲がった。だが何も無い。この先には昨日寄り道した公園があるだけだ。
「やっぱり気のせいか・・・」
そろそろ日も落ちようとする頃、アパートに帰って一息つきたい。剣崎は来た道を戻ろうと振り返った。そのとき、
「きゃあああああ!!!!」
耳に飛び込んできたのは叫び声。剣崎は急いで振り返った。背中から冷や汗が出てくる。しかも声がしたのは公園の方角からだった。暴漢か?通り魔か??それとも・・・。剣崎は思わず走り出した。

そこにいたのは暴漢でも通り魔でもなかった。むしろもっと性質の悪いものだった。赤い毛を逆立てて鼻息を荒げている。猪のアンデッド、ボアがそこにいた。


トレーラの中でアンデッドサーチャーが反応を示した。栞がすぐに場所の特定に入る。
「アンデッドを察知しました・・そんな・・・」
栞は絶望的な声を上げた。
「どうした?」
烏丸はサーチャーが示されたモニタをのぞきこんだ。そこに移っていたのは円錐を逆さにした物が一つあった。問題はその場所、都会の住宅地だった。橘の捜索している山からかなり離れている。
「馬鹿な!山から都会に下りてきたとでもいうのか・・・!」
烏丸の予想が外れた。悔しさと怒りで壁を叩きつける。
「橘に連絡を!」
「駄目です。電波がつながりません」
最悪の状況だった。ライダーは一人しかいない。その一人が連絡出来ず、しかもアンデッドが都会に現れたとくればその結果は火を見るより明らかだ。
「くそっ!私たちだけでも向かう。広瀬君は橘に連絡できるようがんばってくれ」
山から橘がバイクを飛ばしても10分以上はかかる。それまでに一般人がいれば避難させてアンデッドをひきつけておく必要があった。烏丸の額から汗がにじみ出ていた。

剣崎が公園に入って真っ先に見たのは異形の姿だった。前に見たせいか今度の動揺はマシなほうだった。
「また怪物・・・」
別の方向に目を向けた。静まり返った公園の中で、ボアが見つめる先には二人の親子がいた。子供を抱く母親は蛇に睨まれた蛙のように動けない。どうにかしてボアの注意をひきつけなければ最悪の光景を目の当たりにすることになる。
「待て!」
とにかく剣崎は叫んだ。ぴくりとボアが反応し剣崎のほうを向いた。正直、剣崎の足も震えそうだったが何とか抑えている形だった。
「そんな弱い奴倒したってどうしようもないだろ!」
剣崎は必死に叫んだ。ボアは完全に剣崎のほうを向いている。怯えきっていた母親は何かの糸が切れたかのようにがくがくしながら立ち上がり何とか走り出した。ここまではいい、だがこれからが問題だった。
(どうする・・・)
橘という仮面ライダーはいつ来るんだろうか?それが希望でもあり問題でもあった。剣崎には何の力も無い、あるとすれば日ごろの作業で培った体力くらいのもの。ボアは完全に剣崎を敵と認識したらしい。鼻息を荒げて突っ込んできた。剣崎は真横に走り何とかタックルを避けた。だが砂を巻き上げながらボアは方向転換しまた突っ込んでくる。そして剣崎は遊具の方に走り出した。徐々に狭まる距離、目の前に遊具が来たところで剣崎は真横に跳んだ。それと同時に聞こえてくるのは『ガン!』という鈍い音。
「っ・・・」
腹ばいに突っ込んでしまい剣崎は痛かった。剣崎が走っていった遊具は子供がアスレチック的な遊びをするときに使うものだった。あんな勢いで突っ込めば多少は痛いかもしれないと思った。立ち上がって見たがそこにあったのは変形した遊具だった。そしてボアは涼しげな顔だった。
「嘘だろ・・・」
剣崎が命がけでやった行為も無駄に終わった。夏場の蒸し暑さと冷や汗が同時に出てくるのをとめられない。剣崎はまた走り出した。その先には公園の出口があった。とにかく逃げて逃げて逃げて逃げて時間を稼ぐしかない。
「はぁ・・・はぁ・・・」
剣崎は公園を出て交差点を右折した。ここでボアが諦めると意味が無い。だが剣崎の後を追うように唸り声が聞こえてきた。再び走り出しいくつもの交差点を曲がっていく。だが、それも限界が来た。
「はぁ・・・」
いくら体力に自身があるといっても限界が訪れる。剣崎は壁にもたれかかった。だがここで立ち止まるわけには行かない。剣崎は再びT字路を見つけ飛び込んだ。その時まばゆい光が飛び込んできた。


トレーラーはまだ山へ行く道中だったおかげで比較的早くに目的地に着きそうだった。そして、
「橘さん!」
ようやく橘に連絡をとることが出来た。栞が必死に状況を説明する合間、烏丸はずっとサーチャーのモニタを見ていた。
「反応を残したまま移動している。誰かを追っているのか・・・」
やがてトレーラーも住宅地に入り込みスピードも下がる。人がいないかと運転席に向かい外を見た。すると一つの人影が交差点から飛び込んできた。ライトに照らされた男はまぶしそうに手をかざした。
「・・・!!」
烏丸は息を呑んだ。
「まさか・・・いや・・・これは運命なのか・・・!」
そして烏丸は運転手に告げた。
「彼をトレーラーに乗せてくれ」


剣崎の目の前に停まったトレーラーのドアが開いて男が飛び降りてきた。
「さあ、乗ってくれ!」
逆行で見えにくかったが男は手を差し伸べていた。呼吸を荒げながら導かれるままトレーラーに乗った。そして中に促された場所は機材が積まれたところだった。見れば女性が一人モニタを眺めている。
「よし、出してくれ。アンデッドに注意を引きつけたままだ」
トレーラーは発進した。剣崎は訳が分からず壁にもたれかかって黙っていた。そして男は剣崎の方に来た。
「色々と急ですまない。私の名は烏丸啓。BOARDの所長だ」
「BOARD所長・・・」
烏丸は頷いた。
「そうだ。橘って人は・・・」
「橘はまだ到着しない。正直な話、私の判断ミスだ。君まで巻き込んでしまってすまない、剣崎一真君」
剣崎は自分の名が知られていることに驚いたがBOARDと言われてハッとした。烏丸という男は橘の上司なのだ。
「だがこれも運命なのか・・・」
訳の分からないことを言って烏丸は機材の一つに向かった。そこにあるキーボードを押すと隣に置いてあった箱が勝手に開いた。
「所長、それは・・・」
女性が話しかけたが烏丸は無視だった。烏丸は剣崎のところに戻り手に持たれている物を剣崎に差し出した。その手に握られているのは手の平より少し大きいサイズの銀色の機械だった。よく見ればベルトにつけるバックルに見えるかもしれない。
「これは?」
「ライダーシステムだ。適合者である君が変身し、あのアンデッドと戦うことができる」
「え!?」
剣崎は驚きながらそのバックルを見つめた。
「じゃあこれであいつを倒すことが・・・」
そのバックルを手に取ろうとしたが烏丸はそれをヒョイとかわした。烏丸を見れば威圧感を帯びた顔だった。
「そうだ、だがこれには相当の決意がいる。君には分かるか?」
さらに烏丸は言葉を重ねる。
「君にその決意が無い限りこれを渡すことが出来ない。無いならば君をこのまま保護し安全な場所まで送ることができる。君には背負えるか?闘うという覚悟を」
「俺は・・・」
そのときトレーラーがガタンと揺れた。女性が、
「アンデッドに追いつかれたの!?」
剣崎は既に息が整っていた。真っ直ぐ烏丸を見つめる。傷ついて倒れる盾脇、さっきの怯えた女性、そして子供の頃失くした両親。それらが一緒くたになり、胸の中で考えていた答えを吐き出した。
「俺は闘う。目の前の悲しみを見ない振りなんて出来ない!それを振り払える力があるなら俺は闘う!!」
烏丸はこの状況にも関わらず安堵の笑みを浮かべた。
「それが一番聞きたかった」
そしてバックルを剣崎に差し出した。剣崎はそれを受け取り頷く。
「正直な話、テストしたかったが今そんなこと言っている暇は無い」
烏丸はポケットから一枚のカードを取り出した。それはカブトムシが描かれたものだった。
「いきなりだがやってもらう」


追いついたボアがトレーラーの後ろに激突しシャッターが凹みトレーラーは動きを止めた。ボアはトレーラーから離れてもう一撃加えようとする、が後ろのシャッターがゆっくりと開かれた。だが一番上まで上がらず人が一人通れるくらいだった。そこから飛び降りてきたのは剣崎だった。さっきまで逃げていた顔とは違う。瞳は真っ直ぐにボアを見据え手には銀色のバックルと一枚のカードが握られていた。烏丸に言われたとおり剣崎はカードをバックルに差し込んだ。するとベルトが独りでに飛び出し剣崎の腰に巻きつく。ここまでは言われたとおりだった。ここから成功するか分からない。剣崎は右手をゆくりと構えた。そして、
「変身!」
『ターンアップ』
バックルのレバーに手をかけると青白いスクリーンが目の前に出現した。剣崎は目を閉じゆっくりと歩き出す。手、足、そして体全てが何の感触も無くそれを通り抜ける。

心を剣に変える。その覚悟と決意を胸に剣崎は目を開けた。目に広がった景色はいつもと同じように見えた。だが視界の両脇には何かのメーター、そして薄暗かった景色が明るくなりボアの姿がくっきりと現れた。次に手を見れば肌色ではなかった。紫紺の下地にしてそこに鎧がつけれている。だが重みは無い。
『成功だ』
烏丸の声が聞こえた。剣崎はグッと腰を落とした。そしてそれを解放するかのように飛び出すと今までに見たことの無いようなスピードが出る。戸惑いながら剣崎は確かに走った。

「成功だ」
烏丸はその光景を見ながら頷いた。栞も驚きながらそれを見ている。
「あれがライダーシステム二号、・・・」
「そうだ。橘の現在地は?」
栞はすぐさまモニターを見た。
「はい、この調子だと約一分で到着します」
状況はこちらに傾きつつある。烏丸は安心してため息をついた。

走ったままの剣崎はボアにショルダータックルを仕掛けた。ボアは突き飛ばされて地面を転がった。だがすぐに立ち上がり拳を振り上げる。剣崎には今まで見ることが出来なかったその光景を確かに見ることが出来た。そしてボアのパンチを受け流し中段にカウンターを入れた。しかしボアも一筋縄で終わるわけが無い、すぐに立て直し今度はボアがタックルしてくる。
「うわぁっ!」
鎧の中でも貫く衝撃。剣崎は地面に転がった。追撃とばかりにボアが剣崎の首根っこを掴んで宙吊りにした。
「っ・・・」
息が出来ない。ボアが拳を上げる。だがその脇から光り輝く弾丸がボアの腕に命中した。ボアは手を離し剣崎は自由になる。剣崎はそっちを向くと真紅の戦士がいた。
『橘が到着した。二人で協力してアンデッドを封印してくれ』
「了解!」
『頼んだぞ・・・ブレイド』
それが剣が抜かれた瞬間だった。

・・・
「で、このあと橘さんと協力して封印したんだ」
剣崎はようやく長い話を話し終えた。虎太郎は面白い、というのを満面に広げていた。
「そうかあ」
剣崎はコーヒーを飲んだ。
「で、封印した後はそのままBOARDに入ったんだよね?」
「ああ。でもそこからが大変だった。橘さんのスパルタがこれでもかってくらい続いてな・・・思い出すだけでもゾッとする」
苦しそうな顔をしているのだから本当にスパルタ教育だったのだろう。虎太郎は苦笑いを浮かべた。そしてふと時計を見ると夕方だった。
「そうだ、今日の晩御飯まだ決めてないんだけど何がいい?」
「あ、俺今日はいいわ。ちょっと出かけてくる」
少し躊躇いがちに剣崎は言った。それを聞いてキョトンとした虎太郎は、
「え、どうして?」
だが虎太郎の問いに答えることなく剣崎は居間を出て行ってしまった。遅れてバイクのエンジン音が聞こえる。
「どうしたんだろう・・・」
虎太郎は心配げに呟いた。
「放っておいても大丈夫なんじゃない?」
栞が言った。何となくだが虎太郎も剣崎が一人になりたい理由が分かった気がした。


剣崎は街中を訪れていた。過去とはつまるところ複雑に絡み合った一本の紐のようなものだ。その過去を一つでも思い出せばそこから芋づるで別の記憶も引き出される。楽しかった記憶、悲しかった記憶など本人も見たくない記憶まで引っ張り出される。そんなときは一人になって感傷的になりたくなる。剣崎はすっかり日も暮れて都会の夜空を見上げた。都会のせいで白井邸のように綺麗な星は見えない。行く当てもなく剣崎はコンビニの前でさて、今日の晩御飯はどうしようかとぼけっとしていた。すると、
「お前、剣崎じゃないか??」
どこか聞きなれた声がした。ふと目を向ければ一年以来の同僚の姿があった。
「盾脇!?」

ばったり会った盾脇と剣崎は近くのファミレスに向かった。料理を食べながらいろいろなことを話した。いきなり仕事やめてどうしたんだ、とかあの上司が退職してな・・・、などなど。そして盾脇が最後に寿退社したらしい女社員の話を終えたところで剣崎は口を開いた。
「お前は今何をやってるんだ?」
「あ、俺か?俺もつい最近仕事止めたよ」
それには剣崎は驚いた。だが盾脇はいつものように軽い印象だった。
「でも勘違いするなよ。俺もうすぐしたら海外に行くんだ。ボランティア活動ってな、世界の貧しい国に行って生活を手伝うんだ」
「へえ。すごいな、それ」
剣崎は素直に感心した。わざわざ清掃員を辞めてそんなことしに行くのだから剣崎がいない間に余程のことがあるんだろう。
「だろ?俺もヒーロー目指すんだぜ?」
ヒーローと言われてついさっき話していたことを思い出して噴出してしまう。そんな剣崎をみていた盾脇はコーヒーを飲みながらどこかさびしげに、
「お前・・・何か変わったな」
その言葉に剣崎は目を丸くした。
「いや、何か余計にバカっぽくなったな。って思っただけだ」
「お前なぁ・・・」
演技が嘘だと気付いて剣崎はうなだれた。その反応を楽しむように盾脇は笑っていた。
「嘘だよ。何か雰囲気とかそんなもの、どこかでいい友達でも見つけたのか?」
剣崎は真っ先に屋敷にいる人を思い出した。全く、こういう奴は本当に、変なところで勘が鋭い。
「お前は相変わらずだな」
皮肉を込めて剣崎は言った。だが盾脇はどこか嬉しそうだった。
「だろ。ところでだが、お前こそ今何やってんだよ?急に仕事やめてさ」
その質問には今ならはっきりと胸を張って答えることが出来る。
「何って・・・ヒーローだよ」